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令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

坂上郎女編(7)宮に行く児を

2010年04月30日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年4月9日】

うちひさす 宮に行く児を まがなしみ
             むれば苦し ればすべなし



大伴家いえを思うあまり 人選び間違うたか
 異母妹いもうとには 可哀想をした
 気晴らしを  させてやらねば
 そうじゃ 異母弟おとうと 宿奈麿が娘 田村大嬢たむらのおおいらつめ
 宮仕えに出るとの知らせ  届いておった
 そうか  十三にもなったか
 坂上郎女いらつめを伴い 祝いに行くか〉

旅人と大伴郎女おおとものいらつめ夫婦 
坂上郎女を連れての 訪問おとない 
宿奈麿邸は 大童おおわらわであった
先妻の子 
宿奈麿にとって  妻の忘れ形見
幼女とばかりに  接してきただけに
うろたえが先に出る 
「お父さま  しっかりなさい
 母のない子が  宮仕えに出るのです
 早いに越したことはないと みなが言われる
 私も  そう思い 決心したのです
 お父さまが  そんなでは 困ります」
父を  励ます 田村大嬢
「おやおや  これは 反対ではありませぬか」
坂上郎女は  あきれ返って 宿奈麿を見る

涙顔の  宿奈麿
「そうは 言っても こんな 幼女こどもを・・・」

うちひさす 宮に行く児を まがなしみ むれば苦し ればすべなし
宮処みやどこへ 幼気いたいけない子 出すのんは 行かせたいけど 行かせともない》
難波潟なにはがた 潮干しほひ波残なごり くまでに 人の見る児を 我れしともしも
いとに 見飽きるほども 逢える奴 うらやましいで ワシ複雑や》 
                         ―大伴宿奈麿―〈巻四・五三二~三〉 

うろうろして  役立たずの宿奈麿を尻目に 
坂上郎女は 甲斐甲斐かいがいしく 支度を手伝ってやる
見守る  旅人の眼が細い

〈ワシは  間違っていたやも知れぬ
 父安麻呂は  皇親派との 繋がりを求め
 ワシは  権勢派との 結びつきを 考えた
 係累けいるいの大きくなった 大伴家 
これの 固めこそ 今すべきことの大事〉

親戚縁者が  佐保大納言邸に 続々詰めかける
婚儀の席 
正面 内裏雛だいりびなぜんとして 並ぶは
新郎  大伴宿奈麿
新婦  大伴坂上郎女
時に  新郎五十 新婦二十七




坂上郎女編(8)継ぎて相見む

2010年04月27日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年4月13日】

そとて 恋ふれば苦し 吾妹子わぎもこ
             ぎて相見む ことはかりせよ



神亀じんき五年〈728〉夏 大宰府からの急使
旅人赴任同行の 妻大伴郎女おおとものいらつめ死去の知らせ
次いで 家持からの 要請ようせいぶみ
《父 旅人の  落ち込み 只事では ありませぬ
 叔母おば上の 下向 乞い願うばかり》
時に 家持十一歳 必死の願いぶみ
前年 宿奈麿を亡くし 寡婦かふの身の坂上郎女いらつめ
した 大嬢おおいらつめ 二嬢にのいらつめの 幼子おさなごを抱えていた
急遽きゅうきょのこと 田村大嬢たむらのおおいらつめの宿下がりを 願い出
二人を託し  筑紫へと急ぐ

留守宅を  預かる 田村大嬢
忠実忠実まめまめしい 世話のなか
同母妹とも見紛みまがう絆が この時生まれた

やがて 佐保邸家刀自いえとじとなった 郎女
大嬢おおいらつめ 二嬢にのいらつめは 引き取られる
田村邸に  一人残る 田村大嬢
大嬢への  募る思慕
そとて 恋ふれば苦し 吾妹子わぎもこを ぎて相見む ことはかりせよ
《別々の 暮らしはつらい ねえあんた 会える手だてを 考えてえな》
遠くあらば わびてもあらむを 里近く りと聞きつつ 見ぬがすべなさ
《遠いとこ るんやったら 仕様しょうないが 近く住んでて 会えんの淋し》
白雲の  たなびく山の 高々に 我が思ふ妹を 見むよしもがも
《首のばし  あんた会える日 待ってるが 会える手だては 無いもんやろか》
いかならむ 時にか妹を 葎生むぐらふの 汚なき屋戸やどに 入りいませてむ
《むさくるし このあばに あんたをば いつになったら 迎えられんや》
                         ―大伴田村大嬢―〈巻四・七五六~九〉 

係累けいるいの無いまま 生母実家 飛鳥奈良思ならし岡に 引き籠こもった田村大嬢
大嬢への  思慕は続く
茅花ちばな抜く 浅茅あさぢが原の つほすみれ 今盛りなり 我が恋ふらくは
《ツボスミレ  花がいっぱい 咲いとおる うちもいっぱい あんた会いたい》
                         ―大伴田村大嬢―〈巻八・一四四九〉 
故郷ふるさとの 奈良思ならしの岡の 霍公鳥ほととぎす ことりし いかに告げきや
奈良思ならし岡 さとホトトギス らしたが ちゃんとあんたに 伝えたやろか》 
                         ―大伴田村大嬢―〈巻八・一五〇六〉 

我が屋戸やどの 秋の萩咲く 夕影ゆふかげに 今も見てしか 妹が姿を
《夕暮れの  咲いた秋萩 見とったら あんたの姿 見とうなったわ》
我が屋戸やどに 黄変もみ鶏冠木かへるで 見るごとに 妹を懸けつつ 恋ひぬ日は無し
《庭先の 赤いかえでを 見るたんび あんたのことを いっつも思う》
                         ―大伴田村大嬢―〈巻八・一六二二~三〉 

老境  田村大嬢に なお大嬢への思慕は尽きない
沫雪あわゆきの ぬべきものを 今までに 流らへぬるは 妹に逢はむとぞ
《雪みたい 消えになって 生きてるは あんたに会おと 思うよってや》
                         ―大伴田村大嬢―〈巻八・一六六二〉 




坂上郎女編(9)誰とか寝らむ

2010年04月23日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年4月16日】

山菅やますげの 実成らぬことを 我れに
             言はれし君は たれとからむ


【大坂峠の道 右手が名児山の山裾】



ここ筑紫 
都の洗練才女の坂上郎女いらつめ
次々届く  相聞歌

旅人配下百代ももよも 声かける
事も無く 生きしものを おいなみに かかる恋にも 我れはへるかも
《平凡に  生きてきたのに 年取って こんなせつない 恋するかワシ》
恋ひ死なむ のちは何せむ ける日の ためこそ妹を 見まくりすれ
《恋狂い  して死んだかて 意味ないで 生きてるうちに 逢いたいもんや》
おもはぬを 思ふと言はば 大野おほのなる 三笠のもりの 神し知らさむ
《嘘ついて 愛してるやて 言うたなら 三笠の神さん ばち当てはるで》
〈嘘やないから 罰当たらんで〉
いとま無く 人の眉根まよねを いたづらに かしめつつも 逢はぬ妹かも
《人のまゆ しょっちゅかせて その気させ うてくれんと 悪いひとやで》
                         ―大伴百代おおとものももよ―〈巻四・五五九~六二〉

三十路みそじに乗った郎女 それとは無しの拒み
黒髪に 白髪しらかみまじり ゆるまで かかる恋には いまだ逢はなくに
《黒髪に 白髪しらがじる 年なって こんな恋した ことあれへんわ》
山菅やますげの 実成らぬことを 我れにせ 言はれし君は たれとからむ
《うちのこと  思てるなんて 嘘言いな あんた誰かと 寝てるくせして》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・五六三~四〉 

天平二年〈730〉そちの任解かれし旅人
前もっての  帰京の道を辿る郎女
宗像郡むなかたのこおり 名児山なごやま その名に誘われ 思わず詠う 恋の歌
大汝おほなむち 少彦名すくなひこなの 神こそば 名付けめけめ 
名のみを 名児山なごやまひて 我が恋の 千重ちへ一重ひとへも 慰めなくに

大汝おおなむち 少彦名すくなひこなの 神さんが 名前を付けた 名児山は
 名前倒れや うちの恋 万に一つも なごめへんがな》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻六・九六三〉 
我が背子に 恋ふれば苦し いとまあらば ひりひて行かむ 恋忘貝こひわすれがひ
《貝拾ろお  あんた思たら 胸苦し 恋を忘れる 片貝拾ろお》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻六・九六四〉 

帰京ののちも 筑紫が 偲ばれる
今もかも 大城おほきの山に 霍公鳥ほととぎす 鳴きとよむらむ 我れ無けれども
《ホトトギス 今も大城山おおきで 鳴いてるか うち平城こっちきて らへんけども》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一四七四〉 
何しかも  ここだく恋ふる 霍公鳥 鳴く声聞けば 恋こそまされ
《ホトトギス 鳴く声なんで 待つんやろ 聞いたら余計よけい 恋しなるのに》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一四七五〉 





<名児山>へ



<三笠の社>へ


坂上郎女編(10)田蘆(たぶせ)に居れば

2010年04月20日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年4月20日】

しかとあらぬ 五百代いほしろ小田をだを 刈りみだ
             田廬たぶせれば 都し思ほゆ



旅人が  没した
大宰府より帰還  大納言を拝命した翌年
享年六十七の 身罷みまかりであった
帰京後の半年ばかりは 
亡妻大伴郎女おおとものいらつめを 偲ぶ日々であった

異母兄あに旅人を亡くし さすがの坂上郎女いらつめも 気落ちのきわみを 味わっていた

鳴く鳥  咲く花 季節の移ろい
生まれる歌に  寂しさ漂う

霍公鳥ほととぎす いたくな鳴きそ ひとり居て らえぬに 聞けば苦しも
《ホトトギス そないに鳴きな 聞いてたら ひとり悶々もんもん 寝られへんがな》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一四八四〉 
咲く花も をそろはいとはし おくてなる 長き心に なほかずけり
見頃みごろ前 あわて咲く花 きらいやな おそに咲くんが うちええ思う》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一五四八〉 
妹が目を 始見はつみの崎の 秋萩は この月ごろは 散りこすなゆめ
《よう咲いた 始見はつみの崎の 秋萩よ ここ一月ひとつきは 散らんといてや》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一五六〇〉 
隠口こもりくの 泊瀬はつせの山は 色づきぬ 時雨しぐれの雨は 降りにけらしも
泊瀬山はつせやま 黄葉もみじの色に 染まってる 時雨しぐれも降って 秋くんやな》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一五九三〉 
吉隠よなばりの 猪養いかひの山に 伏す鹿の 妻呼ぶ声を 聞くがともしさ
猪養山いかいやま んでる鹿が 妻呼んで 鳴くの聞いたら けてくるがな》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一五六一〉 
沫雪あわゆきの この頃ぎて かく降らば 梅の初花はつはな 散りか過ぎなむ
沫雪あわゆきが 続き毎日 降って来る 咲いた梅花 散って仕舞まううがな》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一六五一〉 
松蔭まつかげの 浅茅あさぢの上の 白雪を たずて置かむ ことはかも無き
松蔭まつかげの かやに積もった 白雪を そっと置いとく すべないやろか》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一六五四〉 
しかとあらぬ 五百代いほしろ小田をだを 刈りみだり 田廬たぶせれば 都し思ほゆ
ひろもない 田圃たんぼ耕し 暮らしてる 田舎ったら 都懐かし》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一五九二〉 

故郷ふるさと 飛鳥の地
心安らぎはするが 
都慣れした郎女 平城ならにぎわいが 恋しい







坂上郎女編(11)平城の明日香を

2010年04月16日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年4月23日】

故郷ふるさとの 飛鳥あすかはあれど あをによし
         平城なら明日香あすかを 見らくし好しも



〈空気が違うわ 
 飛鳥のは  澄んではいるが 重苦しい
 平城ならの明日香は 華やぎの香り
 私は  やはりここがいい〉

故郷ふるさとの 飛鳥あすかはあれど あをによし 平城なら明日香あすかを 見らくし好しも
故郷ふるさとの 飛鳥ええけど ここ平城ならの 明日香もええな なんぼ見てても》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻六・九九二〉 
尋常よのつねに 聞けば苦しき 呼子鳥よぶこどり 声なつかしき 時にはなりぬ
《いつもなら 聞く気せえへん 郭公鳥かっこどり 気持ち聞ける 季節なったで》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一四四七〉 

平城風ならかぜに染まる 心に 
恋の奴が たわむれかかる
こころぐき ものにそありける 春霞 たなびく時に 恋のしげきは
《恋心 つのってるとき 春霞 ぼやっと棚引たなびき うっとしなるわ》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一四五〇〉 
いとまみ ざりし君に 霍公鳥ほととぎす 我れかく恋ふと 行きて告げこそ
ひまいて ん人に ホトトギス 恋しがってる 言うて来てんか》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一四九八〉 
五月さつきの 花橘を 君がため たまにこそけ 散らまく惜しみ
《散らすんが 惜しい橘 花つなぎ 薬玉たまにしてるで あんた思うて》 
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一五〇二〉 
夏の野の  繁みに咲ける 姫百合の 知らえぬ恋は 苦しきものぞ
《知られんで  ひとり思てる 恋苦し 夏の繁みで 咲く百合みたい》 
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一五〇〇〉 

ひさかたの あまの原より たる 神のみこと 奥山の 賢木さかきの枝に 
白香しらか付け 木綿ゆふ取り付けて 斎瓮いはひべを いはひほりすゑ 竹玉たかだまを しじき垂れ 
猪鹿ししじもの ひざ折り伏して 手弱女たわやめの 襲衣おすひ取り懸け
 
《雲分けて はるかな天の 高みから くだりこられた 神さんに 山からった 榊枝さかきえだ
 白髪しらが木綿ゆうと 取り付けて 清い酒壷 掘ってえ 竹玉いっぱい ぶら下げて
 けものみたいに ひれ伏して か弱い女が 祈布ぬのを掛け》
かくだにも 我れはひなむ 君に逢はじかも
《こんないっぱい  祈ります どうかあの人 逢わして欲しい》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻三・三七九〉 
木綿畳ゆふだたみ 手に取り持ちて かくだにも 我れはひなむ 君に逢はじかも
木綿布ゆうぬのを 手にし祈るよ 懸命に どうかあの人 逢わせて欲しい》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻三・三八〇〉 
男運の悪い郎女 
旅人も亡くし 
ない心の 置きどこを求め続ける




坂上郎女編(12)しましはあり待て

2010年04月13日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年4月27日】

恋ひ恋ひて 逢ひたるものを 月しあれば
           こもるらむ しましはあり待て



坂上郎女いらつめ 稲公いなきみ 駿河麻呂
郎女の従弟いとこ 安倍虫麻呂
居並び  平伏 
一同をめ付ける なき安麻呂正妻 石川内命婦いしかわのうちみょうぶ
佐保大納言家を取り仕切る大刀自おおとじ

「そなたら 先頃さきごろの 神祭り 何というざまじゃ
 神祭りといえば  
 天孫降臨をお導きした 家の祖 天忍日命あめのおしひのみことまつる神事
 事もあろうに その席で 拝礼装束しょうぞくでの 相聞詠み 如何なる所存じゃ 郎女 
 その他の者も  同罪じゃ」
「今より 外部男女相聞は法度はっと
 歌修練は  一族身内相聞のみとする」

~大伴稲公の田村大嬢への相聞〈郎女代作〉~ 
あひ見ずは 恋ひずあらましを 妹を見て もとなかくのみ 恋ひばいかにせむ
《せえへんで 逢わんかったら こんな恋 うたこの胸 どう仕様しょうもない》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・五八六〉 

~大伴駿河麻呂と坂上郎女との相聞~ 
大夫ますらをの 思ひびつつ たびまねく なげく嘆きを はぬものかも
わびしゅうに 男嘆くか 何べんも 女のあんた どうなんやろか》
                         ―大伴駿河麻呂―〈巻四・六四六〉 
心には 忘るる日なく おもへども 人のことこそ しげき君にあれ
《いついつも 心にかかる あんたはん 他人ひとうるそうて 逢われへんがな》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六四七〉 
あひ見ずて 長くなりぬ この頃は いかにさきくや いふかし吾妹わぎも
《この頃は なごう逢わんと るけども あんたどしてる ちょっと気になる》
                         ―大伴駿河麻呂―〈巻四・六四八〉 
くずの 絶えぬ使の よどめれば 事しもあるごと 思ひつるかも
《絶えず来た 使いこのごろ 来えへんな あんたに何か あったんちゃうか》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六四九〉 

~安倍虫麻呂と坂上郎女との相聞~ 
向ひて 見れどもかぬ 吾妹子わぎもこに 立ち別れ行かむ たづき知らずも
《一緒て 見飽きん お前別れるて そんな方法 思い着かんで》
                         ―安倍虫麿―〈巻四・六六五〉 
あひ見ぬは 幾ひささにも あらなくに ここだく我れは 恋ひつつもあるか
《このあいだ うたとこやに なんでまた 逢いたなるんや 恋しなるんや》
恋ひ恋ひて 逢ひたるものを 月しあれば こもるらむ しましはあり待て
《久し振り うたんやから ゆっくりし 夜明けまだやし 道暗いから》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・六六六~七〉 
一族内の身内相聞 
恋心の たかぶりは無いが ほのぼのと 心は通う





坂上郎女編(13)飲みての後は

2010年04月09日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年4月30日】

酒杯さかづきに 梅の花け 思ふどち
           飲みてののちは 散りぬともよし



坂上郎女いらつめは 厳しい説諭せつゆを受けていた
一同集められての訓戒くんかいあと
「大伴家本流は  今や 佐保大納言家 
 跡取りは家持じゃ 
 しかるに いまだ若年 後ろだてとて思うに任せず
 老いけたわしでは 如何いかんともし難い
 頼むは  そなたじゃ
 今後の 家刀自いえとじの役目 そなたに託す
 しかるべき人物とのよしみを築き 一族をたばねることが肝要ぞ」
石川内命婦いしかわのうちみょうぶの言葉に 身を固くする郎女

〈先ず  一族融和を図らねば〉
佐保大納言邸  
連日の 一族結束図りのえん
仕切るは 家刀自坂上郎女いらつめ

「さあ 皆の者 うたげじゃ えんじゃ 
一族縁者えんじゃの 固めのえんじゃ」
軽口を 飛ばして 郎女がうた

かくしつつ  遊び飲みこそ 草木すら 春は咲きつつ 秋は散りゆく
《草木かて 春に花咲き 秋は散る 飲んで遊んで たのしに暮らそ》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻六・九九五〉 

〈そうそう 大宰府での 梅花うめはなうたげにあったぞ
 『酒杯さかづき梅』に 『散りぬともよし』〉

酒杯さかづきに 梅の花け 思ふどち 飲みてののちは 散りぬともよし
梅花うめはなを 酒杯さかづき浮かべ 友どうし 飲んで仕舞しもたら 散ってええやん》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一六五六〉 
つかさにも 許したまへり 今夜こよひのみ 飲まむ酒かも 散りこすなゆめ
《おかみかて かめへんてる 宴会や 酒のみ明かそ 梅散らさんと》
                         ―こたふる人―〈巻八・一六五七〉
〈よしよし 風紀紊乱びんらんにより 宴酒うたげざけは禁じられておるが 身内酒は 許されておる〉

「駿河麻呂殿 
 そなた  家持と同じ年ごろ
 友に 見込みある人物もの 誰ぞあるか
 後ろ盾無き家持のため  友を選んでおきたい」
「それならば 似つかわしい御仁ごじんが 
 葛城王かつらぎおう〈後の橘諸兄たちばなのもろえ〉の御子息 奈良麻呂殿
 若年ながら 才気さいき煥発かんぱつ人物ひと
「おお  橘三千代様のお孫か 高みじゃのう」
「何を 小母おば様なら
 虎穴に入らずンばですよ」 

山守やまもりの ありける知らに その山に しめひ立てて ひのはぢしつ
《山番が るの知らんと 山はいり しるし付けたで 恥ずかしことに》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻三・四〇一〉 
山主やまもりは けだしありとも 吾妹子わぎもこが ひけむしめを 人かめやも
《山番が ってもええで あんた来て 付けたしるしや 誰ほどくかい》
                         ―大伴駿河麻呂―〈巻三・四〇二〉 





坂上郎女編(14)新羅の国ゆ

2010年04月06日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年5月7日】

栲綱たくつのの 新羅しらきの国ゆ 人言ひとごとを よしと聞かして・・・ 


「橘三千代様か  先年お亡くなりになられたが
 不比等様とのお子 光明子こうみょうし様が 聖武帝皇后
 伝手つて辿たどるには 母上内命婦うちみょうぶさまのお仲立ちが無くてはかなわぬな」
「母上は  今 皆を連れ 有間の湯
 色々と  掛けた心労が災いしての療養旅
 帰られての  ご相談と致そう」
思案の坂上郎女いらつめに 下女が駆け込んできた
「郎女様 理願りがんさまが お倒れに・・・」

尼理願 
過ぐる  持統四年〈690〉
新羅より渡来  帰化した僧俗五十人の一人
多くは  関東へと送られたが
先に来朝の新羅使 金智祥きんちしょうよりの書状持参
世話になった  大伴安麻呂を頼れとの文面
特別のはからいを以って 佐保大納言邸に寄宿していた
その  尼理願が 倒れたという
駆け付ける  郎女
せめて石川内命婦の帰還まではとのねがいむなしく
あわただしいばかりの身罷みまか
急ぎの便りが  有間の湯へと飛ぶ

栲綱たくつのの 新羅しらきの国ゆ 人言ひとごとを よしと聞かして 問ひくる 親族うから兄弟はらから 無き国に 渡りまして
《新羅から 日本の国が ええ聞いて 親兄弟も れへんに 渡り来られた この国の》
大君の 敷きます国に うち日さす みやこしみみに 里家さといへは さはにあれども 
いかさまに 思ひけめかも つれもなき 佐保さほ山辺やまへに 泣く児なす したまして 
敷栲しきたへの いへをも造り あらたまの 年の長く 住まひつつ いまししものを
 
《都に家は 多いのに どない思たか 縁もない この佐保山に したい来て
 家作られて 年月を 住まい暮らして 来られたが》 
生ける者 死ぬといふことに まぬかれぬ ものにしあれば 
たのめりし 人のことごと 草枕 旅なるほど
佐保河さほかはを 朝川あさかは渡り 春日野かすがのを 背向そがひに見つつ
あしひきの 山辺やまへをさして くれくれと かくりましぬれ
 
《世の中定め  人いつか 死ぬと決まった ことやけど
 頼りうてた 人みんな たまたま旅で 留守のうち
 佐保の川瀬を 朝渡り 春日かすがの野原 背ぇ向けて 山の闇へと 隠られた》
言はむすべ むすべ知らに たもとほり ただひとりして 
白栲しろたへの 衣手ころもでさず 嘆きつつ 我が泣く涙 有間山ありまやま 雲居たなびき 雨に降りきや

《何もでけへん 言われへん あちこち彷徨さまよい 一人して 
 喪服の袖を 泣き濡らす 流す涙は 雲となり 有間山へと 雨降らす》     
                         ―大伴坂上郎女―〈巻三・四六〇〉 
とどめ得ぬ 命にしあれば 敷栲しきたへの 家ゆはでて 雲隠くもがくりにき
《永遠の 命ちゃうから 住み慣れた 家を出ていき 雲なりはった》 
                         ―大伴坂上郎女―〈巻三・四六一〉 




坂上郎女編(15)むささびそこれ

2010年04月02日 | 坂上郎女編
【掲載日:平成22年5月11日】

大夫ますらをの 高円山たかまとやまに めたれば
           里にる むざさびそこれ



宮中の見知りの女官から  便りが届く
《光明皇后お付きの女官  
 賀茂神社かものやしろ 四月第二のとり祭礼におもむく手筈
 よしみつなぎの好機とするは如何いかが
ねての手配が 功を奏す

お付き女官は 郎女かつて参内さんだい懇意こんい
渾身こんしんの作を ことづける
橘を 屋前やどおほし 立ちてゐて のちゆとも しるしあらめやも
《高級な 橘庭に 植えたんで 上手じょうず育てな 悔いが残るで》 
吾妹子わぎもこが 屋前やどの橘 いと近く ゑてしからに 成らずはまじ
貴女あんたはん 植えた橘 うち身近 きっと一緒に 実のらせましょや》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻三・四一〇~一〉 
昨天平八年〈736〉十一月  
臣籍降下を許され 橘宿禰すくねの氏姓称し 
橘諸兄たちばなのもろえとなった 葛城王への 献歌である

宿願を終え 郎女の足は 近江を目指す
近江  
かの壬申の乱で  敗れた近江朝旧都
この乱で 逼塞ひっそく大伴家が 息を吹き返した
吹負ふけい 馬来田まくた 御行みゆき 安麻呂の活躍である
今またも  衰運漂う 大伴家
これの  立て直しに力をと
乱ゆかりの湖水に  盛運を祈願すべく 
手向たむけの山の峠を越える
木綿畳ゆふたたみ 手向たむけの山を 今日けふ越えて いづれの野辺のへに いほりせむ我れ
木綿布ゆうぬのを 畳み手向ける 手向け山 越えて泊まりは どこの野辺やろ》 
                         ―大伴坂上郎女―〈巻六・一〇一七〉 

余勢をっての 策は続く
昔の 首皇子おびとのみことのえにしを頼りに 
聖武帝へと里苞さとづとに思いを託す
あしひきの 山にしをれば 風流みやびなみ 我がするわざを とがめたまふな
《山里で 無粋ぶすいな暮らし してるんで つまらんもんで 御免なさいね》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・七二一〉 
にほ鳥の かづ池水いけみづ こころあらば 君に我が恋ふる こころ示さね
《にほ鳥の もぐる水さん 知ってたら うちの気持ちを 天皇きみに伝えて》
よそに居て 恋ひつつあらずは 君がいへの 池に住むといふ 鴨にあらましを
《宮中の 外で恋しと 思うより 天皇きみ住む池の 鴨なりたいな》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻四・七二五~六〉 

やがてのこと  
郎女に 高円たかまどの野の遊猟みかりの誘いが届く
大夫ますらをの 高円山たかまとやまに めたれば 里にる むざさびそこれ
狩勇士ますらおが 高円山で 追うたので 里逃げりた むささびやこれ》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻六・一〇二八〉 
郎女の快哉かいさい 歌ににじみ出る