令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

赤人編(13)止む時もあらめ

2010年01月29日 | 赤人編
【掲載日:平成22年3月2日】

・・・この山の きばのみこそ この川の 絶えばのみこそ 
               ももしきの 大宮所おほみやどころ む時もあらめ

赤人は  願い出た
是非ともの 寿ことほぎ歌の朗詠ろうえい
歌姿うたすがたの なんたるかを 突き止め得た赤人
いま  一つの 境地にいる
心底しんそこ 歌に沈みきれば
 長歌と反歌の繋がりなどは  よいのだ
 時々の歌ごころに任せ 
 長歌に付くもよし 
 長歌をするもよし
 これぞ 我が歌道みち

天平八年〔736〕夏六月 
吉野離宮に  赤人の歌声が 流れる

やすみしし わご大君おほきみの し給ふ  吉野の宮は 山高み 雲そたな引く 
川速み 瀬のそ清き かむさびて 見れば貴く よろしなへ 見ればさやけし
 
天皇おおきみの お治めなさる 吉野宮 山が高こうて 雲なび
 流れ速うて 音清い 神々こうごうしいて とうとうて 清らかなんは 当然や》
この山の きばのみこそ この川の 絶えばのみこそ 
ももしきの 大宮所おほみやどころ む時もあらめ

《山の姿が  消えるなら 川の流れが 絶えるなら
 その時こそは 大宮の うなる時や それは無いけど》
                         ―山部赤人―〔巻六・一〇〇五〕 

神代より 吉野の宮に ありがよひ たからせるは 山川をよみ
《昔から 吉野の宮に かようんは 山と川とが 素晴らしからや》
                         ―山部赤人―〔巻六・一〇〇六〕 

居並ぶ 人々の胸に 聞きがれた 人麻呂吉野賛歌が よみがえ
そして  それは
赤人の 人となりを 思わせる 爽やかなかろみを覚える 歌でもあった


赤人編(14)田児の浦ゆ

2010年01月26日 | 赤人編
【掲載日:平成22年3月5日】

田児の浦ゆ うち出でて見れば ま白にぞ 
           不尽の高嶺に 雪は降りける 
 
【薩埵峠道から見た富士】




「うわぁ 不尽ふじのお山だ!」
赤人あかひとは 思わず声を上げた

駿河の国 庵原郡いばらのこおり由比ゆい
狭隘きょうあいな 崖にかる海沿いのみち
足元に気を集め 歩を運ぶ赤人 
やっと険路けんろを外れ 崖の縁をめぐる平坦道に
ふと仰ぐ視線に 不尽が飛びこむ 
天突く 霊峰 
まぶしい 雪 
威容に虚を突かれ 立ちつくす赤人 
やがて 
胸深く 思いがあふれ 調べとなる 
田児の浦ゆ うち出でて見れば ま白にぞ 不尽の高嶺に 雪は降りける 
《田子の浦 回って見たら パッと富士 山のてっぺん 雪降ってるで》 
                         ―山部赤人―(巻三・三一八)
生まれたばかりの歌を 反芻はんすうする赤人
(思わず出来てしまった歌だ 
 気持 そのままではないか 
 この歌を生かすには たたえる長歌が必要だ)
赤人は 崖縁がけふちの道に立ちつくしたまま 筆を取る

天地あめつちの わかれし時ゆ かむさびて 高く貴き 
駿河なる 布士ふじの高嶺を あまの原 ふりけ見れば 
渡る日の 影もかくらひ 照る月の 光も見えず  
白雲も い行きはばかり  時じくぞ 雪は降りける  
語りつぎ 言ひつぎ行かむ 不尽ふじの高嶺は

天地てんちのできた その昔 神が作った その山は 
 駿河の国の 富士の山  振り仰いでも 高過ぎて 
 お日さん隠れ よう見えん  月の光も 届かへん 
 白雲漂い よう行かん  雪はいっつも 降っている 
 威容すがた尊い この山は 国の誇りや 富士の山》 
                         ―山部赤人―(巻三・三一七)

(先の短歌を「反歌」とするのは どうか 
「反歌」では 出会いの感動が伝わらん) 

山部赤人をうた上手じょうずとする 長・短歌の誕生であった



<田児の浦(1)>へ



<田児の浦(2)>へ

赤人編(15)真間の手児名が

2010年01月21日 | 赤人編
【掲載日:平成22年3月9日】

われも見つ 人にもげむ 葛飾かづしかの 真間まま手児名てこなが おくどころ

【市川市真間町 亀井院横「真間の井」】



葛飾かづしかの 真間まま手児奈てこなを まことかもわれに寄すとふ 真間の手児奈を
《ほんまかな 真間の手児名が わしのこと 思てる言うが うそちゃうやろか》
                    ―下総国歌―〔巻十四・三三八四〕 
葛飾かづしかの 真間まま手児奈てこなが ありしばか 真間の磯辺おすひに 波もとどろに
《葛飾の 真間の手児名が 生きてたら 波騒ぐよに ひと騒ぐやろ》
                    ―下総国歌―〔巻十四・三三八五〕 
鳰鳥にほどりの 葛飾かづしか早稲わせを にへすとも そのかなしきを に立てめやも
新嘗にいなめの 男子おとこ禁制はっとの 最中さなかやが 外であんたを 待たすのでけん》
                    ―下総国歌―〔巻十四・三三八六〕 
おとせず 行かむ駒もが 葛飾かづしかの 真間まま継橋つぎはし やまずかよはむ
《足音の てん馬欲し 知られんと 真間の継橋 ずっと来れるに》
                    ―下総国歌―〔巻十四・三三八七〕 

〔ついに来た 
 念願の真間だ 
 下総国歌に 
 高橋蟲麻呂殿の歌に 
 うたわれし真間 手児奈の里〕
 
いにしへに りけむ人の 倭文幡しつはたの 帯きかへて 伏屋ふせや立て 
妻問つまどひしけむ 葛飾かづしかの 真間まま手児名てこなが おく
 
《その昔 ここに住んでた 男ども 一緒にもと 小屋立てて
 次から次と 結婚えんぐみを 申し出た言う 葛飾の 真間の手児名の 墓処はかどころ
こことは聞けど 真木まきの葉や 茂りたるらむ 松の根や 遠く久しき 
ことのみも 名のみもわれは 忘らえなくに

《ここと聞いたが 何処どこやろか 真木まきの葉茂り 松の根も 古びてしもて 分かれへん
 分からんけども 真間の地の 伝え話や この名前 心掛かって 忘れられん》 
                         ―山部赤人―〔巻三・四三一〕 
われも見つ 人にもげむ 葛飾かづしかの 真間まま手児名てこなが おくどころ
《わし見たで 皆におせたろ 葛飾の 真間の手児名の 墓あるあたり》
                         ―山部赤人―〔巻三・四三二〕 
葛飾かづしかの 真間まま入江いりえに うちなびく 玉藻刈りけむ 手児名てこなし思ほゆ
《葛飾の  真間の入江で 藻ぉ刈った 手児名のことが 偲ばれるがな》
                         ―山部赤人―〔巻三・四三三〕 
長年の思いもかない 
遠い  歌の旅路を
しみじみ思う  赤人




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赤人編(16)萩の古枝に

2010年01月19日 | 赤人編
【掲載日:平成22年3月12日】

百済野くだらのの 萩の古枝ふるえに 春待つと 居りしうぐひす 鳴きにけむかも


春まだ浅い野  梅がほころびを待つ
かすかに 鶯の声
赤人は  思いやっていた
〔あれは 野枯れた原を 辿たどっていた折であった
 季節はずれの  鶯 
 萩の古枝ふるえだ 寒げに 止まってった
 あの 枯野のおもむき
 なぜか 心にかるものがあった〕

百済野くだらのの 萩の古枝ふるえに 春待つと 居りしうぐひす 鳴きにけむかも
《百済野の 萩の古枝 止まってた 春待ちどりは もう鳴いたかな》
                         ―山部赤人―〔巻八・一四三一〕 

あしひきの  山谷越えて 野づかさに 今は鳴くらむ うぐひすの声
《山や谷  越えて野の岡 来て今は 鳴いてるやろな 鶯の声》
                         ―山部赤人―〔巻十七・三九一五〕 

恋しけば 形見にせむと わが屋戸やどに 植ゑし藤波 いま咲きにけり
郭公かっこうを 偲ぶよすがに 植えといた うちの藤花 今咲いたがな》
                         ―山部赤人―〔巻八・一四七一〕

そこには  
自然の中に身を置き  
あるがままを楽しむ  
枯れた赤人が  いた



金村・千年編(1)見る人無しに

2010年01月15日 | 金村・千年編
【掲載日:平成21年12月16日】

高円の 野辺のへ秋萩あきはぎ いたづらに
             咲きか散るらむ  見る人無しに

【志貴皇子の墓 茶畑に囲まれて】





采女うねめの 袖吹き返す 明日香風あすかかぜ 都を遠み いたずらに吹く
〔ああ あの志貴皇子しきのみこが 亡くなられた
天智天皇の 皇子おうじとして生まれ
壬申の乱後の 世を生きてられた 皇子みこ
ここ 高円たかまと山の風も いたずらに吹くのか〕

梓弓あずさゆみ 手に取り持ちて 大夫ますらをの 得物矢さつやばさみ 立ちむかふ 高円たかまと山に 
春野焼く  野火と見るまで もゆる火を いかにと問へば
 
武人ますらおが 手に持つ弓に 矢をつがえ 射るため向かう まとな 高円山たかまとめぐる 春の野を
 焼く火みたいに  燃えるのは 何の火ィかと 尋ねたら》
玉桙たまほこの 道来る人の 泣く涙 小雨に降り 白拷しろたへの ころもひづちて 立ちとまり われに語らく 
《道を来る人 顔上げて あふれる涙 雨みたい 着てる服まで 濡れそぼち 足をとどめて 語るには》
何しかも もとな問ふ 聞けば のみし泣かゆ 語れば 心そ痛き 
天皇すめろきの 神の御子みこの いでましの 手火たびの光そ ここだ照りたる

なんで聞くんや そんなこと 聞いたら余計よけい 泣けてくる 話すと胸が 痛うなる
 天皇おおきみさんの 御子みこはんが あの世旅立つ 送り火や こんないっぱい 光るんは》
                         ―笠金村かさのかなむら歌集―〔巻二・二三〇〕

笠金村かさのかなむらは あの葬送の日を 思い出していた
皇子みこの居た 春日宮かすがのみやから 高円山の裾を巡り
 田原の里へ  延々と続く 送り火の列
あれほどの人が なげきを持って 続いていた
さわやかな 人柄が そうさせたか〕
〔こうして 皇子みこしのんで 宮跡を 訪れると 淋しい限りだ〕
高円の 野辺のへ秋萩あきはぎ いたづらに 咲きか散るらむ 見る人無しに
高円たかまとの 野に咲く萩は むなしいに 咲いて散ってる 見る人おらんで》
                         ―笠金村歌集―〔巻二・二三一〕 
三笠山 野辺行く道は こきだくも しげり荒れたるか ひさにあらなくに
うなって 日もたんのに 野辺の道 えらい荒れてる 三笠の山は》
                         ―笠金村かさのかなむら歌集―〔巻二・二三二〕
〔この 寂寥せきりょう短歌 本歌ほんかは 皇子遺族の鎮魂歌ちんこんかであった〕
高円たかまとの 野辺の秋萩 な散りそね 君が形見かたみに 見つつしのはむ
《高円の 野に咲く萩よ 散らんとき あんたをしのぶ よすがと見たい》
                         ―笠金村歌集―〔巻二・二三三〕 
三笠山 野辺ゆ行く道 こきだくも 荒れにけるかも ひさにあらなくに
《三笠山 めぐる野の道 こんなにも 荒れてしもうた 日も経たんのに》
                         ―笠金村歌集―〔巻二・二三四〕 





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金村・千年編(2)うべし神代ゆ

2010年01月14日 | 金村・千年編
【掲載日:平成21年12月17日】

・・・神柄かむからか たふとくあらむ 国柄くにからか 見がしからむ
     山川を きよさやけみ うべし神代かみよゆ 定めけらしも

【宮滝の激湍】



「赤人殿は いずれを 目指めざされる」
当代を担う 宮廷歌人 三人が つどうていた
笠金村かさのかなむら 車持千年くるまもちのちとせ 山部赤人やまべのあかひと
「人麻呂殿が  居られぬ今 宮廷歌人としての役目 われら三人に 託されておる 
人麻呂殿の  得意とされた長歌 そのうち わしは 枕詞まくらことばに 重きを置きたいと思う」 
わたくしも 尊敬する人麻呂様の 後を辿たどり 対句ついくの妙を 極めたいと 思っております」 
 
養老七年 〔723〕夏五月 
元正げんしょう天皇の吉野離宮への行幸みゆき
笠朝臣金村かさのあそみかなむらは詠う
たぎの 御舟みふねの山に 瑞枝みづえざし しじひたる とがの 
いやつぎつぎに 万代よろづよに かくし知らさむ み吉野の 蜻蛉あきづの宮は
 
《急流の ほとりそびえる 三船山 え枝いっぱい 付けたとが 葉ぁ次々に 付ける
 何時いつの世までも 続いてく 吉野の里の 蜻蛉宮あきづみや
神柄かむからか たふとくあらむ 国柄くにからか 見がしからむ 山川を きよさやけみ 
うべし神代かみよゆ 定めけらしも

《神さんやから とうといで 国土くにえから かれるで 山川ともに 清らかや
 昔にここを 大宮所みやどこと 決めなさったも もっともや》
                         ―笠金村―〔巻六・九〇七〕 
毎年としのはに かくも見てしか み吉野の 清き河内かふちの たぎつ白波
《来る年も  また来る年も 見たいんや 吉野の川の 激しい波を》
                         ―笠金村―〔巻六・九〇八〕 
山高み 白木綿花しらゆふはなに 落ちたぎつ たぎ河内かふちは 見れど飽かぬかも
けへんな 白木綿花ゆうはなみたい ほとばしり 流れて下る 川の激流ながれは》
                         ―笠金村―〔巻六・九〇九〕 
【ある本の反歌】 
神柄かむからか 見が欲しからむ み吉野の たぎ河内かふちは 見れど飽かぬかも
《神さんが 宿ってはるから 見たいんや 吉野の滝は けへんこっちゃ》
                         ―笠金村―〔巻六・九一〇〕 
み吉野の 秋津あきづの川の 万代よろづよに 絶ゆることなく またかへり見む
《いつまでも  水の絶えへん 秋津川 また見に来るで またまた見ィに》
                         ―笠金村―〔巻六・九一一〕 
泊瀬女はつせめの 造る木綿花ゆふはな み吉野の たぎ水沫みなわに 咲きにけらずや
《咲いてるで 吉野の滝の 波の上 はつむすめ 造る言う木綿花はな
                         ―笠金村―〔巻六・九一二〕 
うたい終え 笠金村は 「ふうっ」と息を




<滝の河内>へ


金村・千年編(3)止む時無しに

2010年01月13日 | 金村・千年編
【掲載日:平成21年12月18日】

千鳥鳴く み吉野川の 川音かはとなす
            止む時無しに 思ほゆる君 



「先日の 三者談合の折 千年ちとせ殿は 何も言わなんだが どうなのじゃ」
吉野宮滝行幸みゆき 宴果てた後 
笠金村かさのかなむらは 車持千年くるまもちのちとせを誘い 河原にいた
「わたし如きが  なにを申せましょうや
 人麻呂殿のあと お努めあるは 金村殿と赤人殿」
「いやいや  今日のわしの歌なぞ 人麻呂殿に 及びもつかぬは」
「なにを  仰せです
 赤人殿は けいを詠むに きらめきが ございます
 金村殿は 志貴皇子しきのみこ挽歌ひきうたで 構想に新しい道を開かれました
 それに 人麻呂様の時代 天皇おおきみは それこそ 雲の上のお方
 平城ならの都移りののち
 天皇おおきみも 我らに 少しく お近づきになられ
 行幸も 君臣くんしんしての遊覧となり申した
 親しさと優しさを そなえられし 金村様のお歌 見事なものでございます
 私も 金村様に なろうて このような歌を」

うまごり あやにともしく 鳴る神の 音のみ聞きし 吉野の 真まき立つ山ゆ 見おろせば
うらややんで うわさ聞いてた 吉野宮 山の上から ながめ見る》
川の瀬ごとに け来れば 朝霧あさぎり立ち 夕されぱ かはづ鳴くなへ 
ひも解かぬ 旅にしあれば のみして 清き川原かはらを 見らくし惜しも

《川瀬川瀬に 明けたら 朝に霧立ち 夕方は 蛙鳴く声 聞こえてる
 妻を残して 来た旅や 清い川原を わしひとり 見るのんしい 一緒に見たい》  
                         ―車持千年くるまもちのちとせ―〔巻六・九一三〕
たぎの 三船の山は かしこけど 思ひ忘るる 時も日も無し
急流たきの上 そびえる三船山やまは えけども お前のことが 忘れられへん》
                         ―車持千年―〔巻六・九一四〕 
【ある本の反歌】 
千鳥鳴く み吉野川の 川音かはとなす 止む時無しに 思ほゆる君
《続けざま  波音続く 吉野川 お前思うの 続けざまやで》
                         ―車持千年―〔巻六・九一五〕 
あかねさす 日並ひならべなくに わが恋は 吉野の川の 霧に立ちつつ
《旅に来て 日も経たんのに 恋つのる 吉野の川で 霧が立つよに》
                         ―車持千年―〔巻六・九一六〕 

女房にょうぼ 恋しの歌
優しさを そなえしは そなたの方じゃな」
肝胆かんたん相照らす友 金村と千年
夜の静寂しじまに 瀬音が 響く



金村・千年編(4)愛(うつく)し夫(つま)は

2010年01月08日 | 金村・千年編
【掲載日:平成21年12月21日】

大君の 行幸みゆきのまにま 物部もののふの 八十伴やそとも
                で行きし うつくつまは・・・



神亀じんき元年〔724〕冬十月 紀伊国きのくにへの行幸みゆき
聖武天皇が  即位され 初めての行幸である
笠金村かさのかなむらは 従駕じゅうがの任を 帯びていた
で立ちの朝 宮中へと駒を進める金村に 駆けよる 一人の官女
「金村様に  お願いがございます
 夫が  行幸に お供いたします
 心配で ならぬ心 うたいたくはあるのですが わたくし如きでは とてものこと 
 そこで 金村様に かわり歌を お願いしたいのです」
 親しみと優しさを  感じさせる 金村の歌
 その評判を聞いての  官女の 頼み

大君の 行幸みゆきのまにま 物部もののふの 八十伴やそともと で行きし うつくつま 
天皇おおきみさんの 行幸みゆきに付いて お伴の人と 出かけたあんた》
天飛あまとぶや 軽の路より 玉檸たまだすき 畝火うねびを見つつ 麻裳あさもよし 紀路きぢに入り立ち  真土山まつちやま ゆらむ君は 
《軽の道から 畝傍を眺め 紀の国はいって 真土まつちの山を 越えて行くんか いとしいあんた》
黄葉もみちばの 散り飛ぶ見つつ にきびにし われは思はず 草枕 旅をよろしと 思ひつつ 君はあらむと 
黄葉もみじ散るのを 綺麗きれいとながめ うちのことなど すっかり忘れ 旅楽しもと おもうてなさる》
あそそには かつは知れども しかすがに 黙然もだもありえねば 
《そんな気持も 分かるんやけど ひとり待つんは 辛抱出来ん》
わが背子せこが ゆきのまにまに 追はむとは 千遍ちたびおもへど 手弱女たわやめの わが身にしあれば 
《あんた行く道  追いかけ行こと 思うてみても 女の身では》
道守みちもりの はむ答を 言ひらむ すべを知らにと 立ちて爪つまづく
《道の番人 問い詰めされて 言い訳できる 自信がうて 出かけるのんを 躊躇ためらうこっちゃ》
                         ―笠金村―〔巻四・五四三〕 
おくれゐて 恋ひつつあらずは 紀伊の国の 妹背いもせの山に あらましものを
《あんたはん あとに残って しのぶより 妹背の山で りたいもんや》〔一緒に居れる〕
                         ―笠金村―〔巻四・五四四〕 
わが背子せこが あとふみ求め 追ひ行かば 紀伊の関守い とどめてむかも
《追いかけて あんた行く道 辿たどっても 紀伊の関守 めるんやろな》
                         ―笠金村―〔巻四・五四五〕 
〔あの官女の思い うまくうたえたであろうか〕
納得しつつも  いまひとつ 官女の心が気になる 金村であった


金村・千年編(5)三香(みか)の原

2010年01月06日 | 金村・千年編
【掲載日:平成21年12月22日】

三香みかの原 旅の宿りに 玉桙たまほこの 道の行きひに
               天雲あまくもの よそのみ見つつ・・・


風はまだ寒いが  心浮き立つ 春三月
お伴の 官人たちの声も はなやいでいる
神亀じんき二年〔725〕三香原みかのはらへの行幸みゆき
水清く 山青い 三香原みかのはら
都のたたずまいを整えし 平城ならみやこ
ここ 三香原みかのはらは なにか 心安らぐ離宮であった

「金村殿 久方ぶりの なごみの行幸ではないか
 みやこずれしない 純な娘子むすめの 歓待が 待っていて欲しいものじゃが」
同行の 車持千年くるまもちのちとせが 馬上から 声を掛ける
「そう  願いたいものじゃのう
 よしよし 願いを込めて 一首 うとうてみるか」

三香みかの原 旅の宿りに 玉桙たまほこの 道の行きひに 天雲あまくもの よそのみ見つつ 
言問こととはむ よしの無ければ こころのみ 咽せつつあるに
 
三香みかの旅 道で出逢うた 可愛かいらし 気にはなるけど
 声かけの 切っ掛けうて 胸詰まり くるし思いで いたけども》
天地あめつちの 神祇かみこと寄せて 敷拷しきたへの 衣手ころもでへて 自妻おのづまと 
たのめる今夜こよひ 秋の夜の 百夜ももよの長さ ありこせぬかも

《なんたる神の  引き合わせ 思いもかけず 話でき 一緒泊まれる この夜は
 〔春の短い 夜やけど〕  秋の夜長の 百倍の 夜の長さに 成って欲し》
                         ―笠金村―〔巻四・五四六〕 
天雲あまくもの よそに見しより 吾妹子わぎもこに 心も身さへ 寄りにしものを
《一目見て 惚れて仕舞しもうた あのむすめ 身ィも心も 取られてしもた》
                         ―笠金村―〔巻四・五四七〕 
今夜このよるの 早く明くれば すべをみ 秋の百夜ももよを 願ひつるかも
《このよるは 早よに明けたら あかんがな 秋の長夜の 百倍欲しい》
                         ―笠金村―〔巻四・五四八〕 

「これは  これは
 いい娘子むすめに 逢える気がしてきた」
「もし 出逢うたら 籤引くじびきにいたそう」

こまを並べる ふたり
背を  春の日が 暖かに包む



金村・千年編(6)滝(たぎ)の常盤(ときは)の

2010年01月05日 | 金村・千年編
【掲載日:平成21年12月24日】

皆人の 命もわれも み吉野の
             たぎ常磐ときはの つねならぬかも


千年ちとせ殿だと 気は張らぬが
 赤人殿じゃと  そうは行かぬ」
われ知らず 競争意識が先に立つ 金村かなむら

神亀じんき二年〔725〕 夏五月 吉野の離宮

先ず 山部赤人に 詠歌えいかのおめしがあった
『やすみしし わご大君の・・・』に始まり 川め山めが続き 宮の永遠なるを うた
人麻呂以来の つぎならわされた 長歌のうた

続く反歌に 金村は 仰天ぎょうてんした

み吉野の 象山きさやまの 木末こねれには ここだもさわく 鳥の声かも
《吉野山 象山きさやま木立ち こずえさき 鳥がいっぱい さえずる朝や》
―山部赤人―〔巻六・九二四〕 

おだやかならざる 心を胸に 笠金村かさのかなむらは 詠う

あしひきの み山もさやに 落ちたぎつ 吉野の川の 川の瀬の 清きを見れば 
上辺かみへには 千鳥しば鳴き 下辺しもへには かはづ妻呼ぶ 
ももしきの 大宮人おおみやびとも をちこちに しじにしあれば
 
さわやかな 激流ながれこだま 響いてる 吉野の川の 川の瀬の 清い流れの 上流で
 千鳥鳴いてる 下流かりゅうでは 蛙妻呼び 鳴いとおる
 大宮人も あちこちで 大勢って 遊行あそんでる》
見るごとに あやにともしみ 玉葛たまかづら 絶ゆること無く 万代よろづよに かくしもがもと 
天地あめつちの 神をそ祈る かしこくあれども

《心かれる いつ見ても 何時何時いついつまでも このままで あって欲しいと 祈るんや
 神さんよろしゅう 願います》
                         ―笠金村―〔巻六・九二〇〕 

万代よろづよに 見とも飽かめや み吉野の たぎ河内かふちの 大宮所おおみやどころ
永遠とわまでも 見飽けへんなあ この吉野 はげし流れの 大宮所》
                         ―笠金村―〔巻六・九二一〕 
皆人の 命もわれも み吉野の たぎ常磐ときはの つねならぬかも
《このわしも 皆の命も 永久とわ続け 吉野の滝の この岩みたい》
                         ―笠金村―〔巻六・九二二〕 

〔反歌は 長歌の一部反復か そうまとめが 常の道
 しかるに  あれは なんじゃ
 新しき試みと言えば  聞こえはいいが・・・〕
金村の  耳に 赤人の声が 残る
『・・・ここだもさわく  鳥の声かも』
〔この 清々すがすがしさは どうじゃ
 何とは無しの けいの歌 
 み人の心根 何一つ 言葉にしてらぬに 伝わってくるものがある・・・〕
〔わしは  古いのかも 知れぬ・・・〕
夜更け まんじりともせず とこす 金村