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令和・古典オリンピック

令和改元を期して、『日本の著名古典』の現代語訳著書を、ここに一挙公開!! 『中村マジック ここにあり!!』

家持・青春編(一)(1)はねかづら

2010年08月31日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年5月28日】

葉根蘰はねかづら 今する妹を いめに見て
              こころのうちに 恋ひ渡るかも



家持やかもちは 思わず目を見張った
大宰府から  戻った 佐保の屋敷
うるわしい 乙女がいる
〈どこの・・・〉 
と思った  家持
〈おお あの女童めわらわではないか〉

養老二年〈718〉大伴旅人おおとものたびとに 長男誕生
家持 
佐保大納言家待望の  後継ぎ
時に  旅人五十四才 

神亀じんき四年〈727〉父の大宰府赴任ふにんに同行
約三年の大宰府滞在は  
少年家持に  色々を教えた
父の政務 
筑紫歌壇 
そこでの  大人の付き合い
取り交わされた  歌の数々
分けても 
女人にょにんと交わされた歌に 早熟の芽を育てていた

葉根蘰はねかづら 今する妹を いめに見て こころのうちに 恋ひ渡るかも
《大人なる かずらかぶる児 夢に見て ひそかに恋を し続けてんや》
                         ―大伴家持おおとものやかもち―〈巻四・七〇五〉

葉根蘰はねかづら 今する妹は 無かりしを いづれの妹そ 幾許ここだ恋ひたる
《うち知らん かずらかぶる児 てへんで 何処どこ何方どなたに 恋したんやろ》
                         ―童 女―〈巻四・七〇六〉 

住むやかたは ことにするものの
佐保大納言邸 屋敷うちに 起居ききょする者同士
弟 書持ふみもちと共に たわむれ遊んだ 幼い日々

幼馴染おさななじみの気安さ 家持は 誘いの歌を贈る
まだ 幼さ留めた 乙女おとめ
それでも 
即妙の  返し歌

やがて おみなめとの飯事ままごとのような 生活くらしが始まる


家持・青春編(一)(2)若月(みかづき)見れば

2010年08月27日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月1日】

ふりけて 若月みかづき見れば 一目見し
             人の眉引まよひき 思ほゆるかも



大伴坂上郎女おおとものさかのうえのいらつめは 不機嫌であった
〈大伴本家たる  佐保邸
 後取りは しかるべき身分の嫁が順当
 しかるに  身分釣り合わぬ娘などと・・・
 わが 娘坂上大嬢おおいらつめこそ 似合い〉

従兄いとこ 家持を 
実兄あにとも慕う 年端行かぬ大嬢おおいらつめ
それと察する 坂上郎女いらつめからの歌が届く

月立ちて ただ三日月の 眉根まよねき 長く恋ひし 君に逢へるかも
《三日月の ようなまゆを いたんで こいがれてた あんたに逢えた》
                         ―大伴坂上郎女おおとものさかのうえのいらつめ―〈巻六・九九三〉

〈あの 少女こどもにしては 出来すぎ
 ははぁ 叔母おばさまの代歌かわりうたじゃ これは〉
坂上郎女いらつめの真意 知ってか知らずか
家持 かまい気分で筆を執る

ふりけて 若月みかづき見れば 一目見し 人の眉引まよひき 思ほゆるかも
《振りあおぎ 三日月見たら 一目見た おまえのまゆを 思い出したで》
                         ―大伴家持―〈巻六・九九四〉 

我が屋外やどに きし瞿麦なでしこ いつしかも 花に咲きなむ なそへつつ見む
《庭植えた 撫子なでしこ咲くん 楽しみや 女らしなる お前おんなじ》
                         ―大伴家持―〈巻八・一四四八〉 

石竹なでしこの その花にもが 朝な朝な 手に取り持ちて 恋ひぬ日けむ
《撫子の お前花やと えのにな 毎朝手にし いつくしめるに》
                         ―大伴家持―〈巻三・四〇八〉 

思いもよらぬ  返し歌
坂上郎女いらつめ 大嬢おおいらつめを駆り立て
手取り足とり 歌みさせる

生きてあらば 見まくも知らず 何しかも 死なむよ妹と いめに見えつる
《生きてたら 逢えるんやのに なんでまた 夢に出てきて 死のやてうの》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・五八一〉 
大夫ますらをも かく恋ひけるを 弱女たわやめの 恋ふるこころに たぐひあらめやも
《男でも 夢に見るほど 恋苦くるう おんな恋苦くるしん 当たり前やん》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・五八二〉 
つき草の 移ろひやすく 思へかも 我が思ふ人の ことも告げ
《移りな 露草の児や 思うんか 逢いたいあんた 何もん》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・五八三〉 
春日山かすがやま 朝立つ雲の ゐぬ日無く 見まくの欲しき 君にもあるかも
《春日山 朝雲いつも かかってる うち、、もいっつも あんた思てる》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻四・五八四〉 

〈これは たまらん 母子おやこしての 相聞攻勢か〉
家持 思わずの苦笑にがわら


家持・青春編(一)(3)手触れし罪か

2010年08月24日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月4日】

味酒うまさけを 三輪みわはふりが いはふ杉
           れしつみか 君に逢ひがたき



家持は 恋にあこがれていた
筑紫 
そこで  大人の恋を 見知った

これが恋だと 幼馴染おさななじみおみなめとの生活くらし
ときめきが無い 
大嬢おおいらつめとの 歌のり取り 
叔母おばの監視のもとでは こころ踊らない

家持 こいみちさぐりに精を出す
うたぶみ贈れば 人が知る
 知られた上は 為損しそんじは恥じゃ
 よし  歌なぞ 贈りはせぬぞ
 名のある家の 御曹司おんぞうし
 気に入りに  押し入り 手を握る
 なんのさわりがあろうか〉
体裁ていさい構いと自尊じそんが 同居する家持 
訪れるは 自ずと警護ゆるやかな身分の家

はつはつに 人をあひ見て いかにあらむ いづれの日にか またよそに見む
《ちょっとの 逢瀬おうせのあんた いつえる ちらっと姿 見られんやろか》
                         ―河内百枝娘子かふちのももえのをとめ―〈巻四・七〇一〉
ぬばたまの その夜の月夜つくよ 今日けふまでに 我れは忘れず なくし思へば
うたの あのえ月が 忘られん ずっとあんたを おもてるさかい》
                         ―河内百枝娘子かふちのももえのをとめ―〈巻四・七〇二〉

思ひる すべの知らねば 片もひの 底にそ我れは 恋ひなりにける
《恋心  晴らす仕方が 分からんで 片恋底に うち沈んでる》
                         ―粟田女娘子あはためのおとめ―〈巻四・七〇七〉
またも逢はむ よしもあらぬか 白栲しろたへの 我が衣手に いはひ留めむ
う手立て ないもんかなと 袖の端 結び合わして 祈ってるんや》
                         ―粟田女娘子あはためのおとめ―〈巻四・七〇八〉

鴨鳥かもどりの 遊ぶこの池に の葉落ちて 浮きたる心 我が思はなくに
《鴨遊ぶ 池に浮いてる 葉ぁみたい 軽い気持ちで るんとちゃうで》
                         ―丹波大女娘子たにはのおほめのをとめ―〈巻四・七一一〉
味酒うまさけを 三輪みわはふりが いはふ杉 れしつみか 君に逢ひがたき
《三輪山の 神さん杉に 手えさわり ばち当たったか あんた逢われん
〈身分ちゃう 人に誘われ その気なり うちアホやった うてもらえん〉》
                         ―丹波大女娘子たにはのおほめのをとめ―〈巻四・七一二〉
垣穂かきほなす 人言ひとごと聞きて 我が背子せこが こころたゆたひ 逢はぬこのころ
《取り巻きの 中傷うわさを聞いて あんたはん 躊躇とまどうてんか うてくれへん》
                         ―丹波大女娘子たにはのおほめのをとめ―〈巻四・七一三〉

無理強むりじい家持を ものともせず
とうとき人と見ての 必死の取り付き
あわてる家持 早々はやばや逃げる

見知りの恋は  頭の恋
身をっての恋 知らぬ悲しさ
家持  恋の 駆け引き間合いを 測りかねている


家持・青春編(一)(4)いま二日だみ

2010年08月20日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月8日】

我が屋外やどの 萩花はぎはな咲けり 見に来ませ
           いま二日ふつかだみ あらば散りなむ



場数踏んだ  家持
少し駆け引きを覚えた 
掛け持ち恋に  浮き身をやつす

我が背子せこを あひ見しその日 今日けふまでに 我が衣手ころもでは る時も無し
《逢い引きの  日から今日まで ご無沙汰や うちは涙で 袖ぐしょ濡れや》
                         ―巫部麻蘇娘子かむなぎへのまそのをとめ―〈巻四・七〇三〉
栲縄たくなはの ながき命を りしくは 絶えずて人を 見まく欲りこそ
永遠とわまでの 命欲しいと おもたんは ずっとあんたと てたいからや》
                         ―巫部麻蘇娘子かむなぎへのまそのをとめ―〈巻四・七〇四〉

我が屋外やどの 萩花はぎはな咲けり 見に来ませ いま二日ふつかだみ あらば散りなむ
うちの庭 萩が咲いたで 見においで 二日もしたら 散ってしまうで》
                         ―巫部麻蘇娘子かむなぎへのまそのをとめ―〈巻八・一六二一〉

たれ聞きつ 此間ゆ鳴き渡る 雁がねの つま呼ぶ声の ともしくもあるか
《連れ呼んで 鳴き飛ぶ雁が うらやまし 誰かさんかて 聞いたんちゃうか》
                         ―巫部麻蘇娘子かむなぎへのまそのをとめ―〈巻八・一五六二〉

聞きつやと 妹が問はせる かりは まことも遠く 雲隠くもがくるなり
《聞いたかと あんたたずねる 雁の声 雲に隠れて 聞こえんかった》
                         ―大伴家持―〈巻八・一五六三〉 

秋づけば 尾花が上に 置く露の ぬべくも は 思ほゆるかも
《秋来たら すすき置く露 消えるに うちの命も 消えそに思う》
                         ―日置長枝娘子へきのながえのをとめ―〈巻八・一五六四〉

我が屋外やどの 一群ひとむら萩を 思ふ児に 見せずほとほと 散らしつるかも
うちの庭 れ咲く萩を いとし児に 見せず大方おおかた 散らしてしもた》
                         ―大伴家持―〈巻八・一五六五〉 

つれない心の  返し歌
家持は  自信を深めていた
〈これこれ  これぞ恋遊び
 我ながら  うまくなったものだ〉

坂上郎女の 苛々いらいらは募る
大伴家いえを思う 私の心根
 わからぬ家持であるまいに 
分不相応な  娘相手に 手当たり次第〉

坂上郎女から 謎めいたふみが届く
《家持殿 今少し 美味びみを食すと 思うたが 如何物いかもの食いとは 恐れ入る》


家持・青春編(一)(5)名の惜しけくも

2010年08月17日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月15日】

剣太刀つるぎたち 名のしけくも 我れはなし
             君に逢はずて 年のぬれば



「おお 旅人たびと殿の若い時に 生き写し
 よくぞ このばばを 訪ねてこられた」
相好そうこうを崩す 丹生女王にうのおおきみ
旅人若年の 相聞そうもん相手
「なになに 女王ひめぎみに類する 乙女おとめじゃと
 これは  これは 血は争えぬ
 口添えを  せぬではないが
 合う合わぬは  お互いしだい
 誘いに乗せるは  腕しだい
 よいかな  家持殿
 首尾の責めは  負わぬぞよ」

坂上郎女いらつめの とがめ立てに反発
しからば 美味びみなる身分の御方おかたと よしみを通じ
鼻明かそうとの  魂胆

おもふと 人に見えじと なまじひに 常に思へり ありぞかねつる
《物思い 知られんとこと 無理をして 思い悩むん ほんまにつらい》
                         ―山口女王やまぐちのおおきみ―〈巻四・六一三〉

葦辺あしへより 満ちしほの いや増しに 思へか君が 忘れかねつる
《潮ちる みたいに慕情おもい こみあげて あんたのことが 忘られへんよ》
                         ―山口女王やまぐちのおおきみ―〈巻四・六一七〉

秋萩に 置きたる露の 風吹きて 落つる涙は とどめかねつも
《風吹いて 萩の玉露 散るみたい うちの涙は められへんわ》
                         ―山口女王やまぐちのおおきみ―〈巻八・一六一七〉

あひおもはぬ 人をやもとな 白栲しろたへの 袖つまでに ねのみし泣くも
《片思い  分かってんのに 思い詰め 袖びしょ濡れに なるまで泣くよ》
                         ―山口女王やまぐちのおおきみ―〈巻四・六一四〉

我が背子せこは あひはずとも 敷栲しきたへの 君が枕は いめに見えこそ
《あんたはん  思ててくれん 思うけど せめて夢でも 出てくれへんか》
                         ―山口女王やまぐちのおおきみ―〈巻四・六一五〉

剣太刀つるぎたち 名のしけくも 我れはなし 君に逢はずて 年のぬれば
《うちなんか なに言われても もうえわ 逢えん日なごう 続いたよって》
                         ―山口女王やまぐちのおおきみ―〈巻四・六一六〉

〈いやはや  高貴なお方は 育ちが良すぎる
 変に  なよなよばかりか すぐに涙じゃ〉
 
恋の狩人  家持
渉猟しょうりょうの旅は 続く


家持・青春編(一)(6)わが恋やまめ

2010年08月13日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月18日】

ただに逢ひて 見てばのみこそ たまきはる
               いのちに向ふ 我が恋まめ



〈さてはて  「下はならず」と言われ
 上を求めても しょうわず
 同等通いの道しかないか〉 

夜中よなかに 友呼ぶ千鳥ちどり 物思ふと わびをる時に 鳴きつつもとな
《物思い  してる夜中に やかましに 千鳥鳴きよる よけ沈むがな》
                         ―大神女郎おおみわのいらつめ―〈巻四・六一八〉

霍公鳥ほととぎす 鳴きし登時すなはち 君がいへに 行けと追ひしは 至りけむかも
《鳴いたんで  思いを乗せて ホトトギス そっち行かした 着いたやろうか》
                         ―大神女郎おおみわのいらつめ―〈巻八・一五〇五〉

をみなへし 佐紀沢さきさわふる 花かつみ かつても知らぬ 恋もするかも
《佐紀沢に  咲いてるカツミ〔あやめ〕 かつてうち こんな思いは したことないわ》
                         ―中臣女郎なかとみのいらつめ―〈巻四・六七五〉

春日山かすがやま 朝ゐる雲の おほほしく 知らぬ人にも 恋ふるものかも
《山かる 朝雲みたい 気ィ晴れん なんであんたに 惚れたんやろか》
                         ―中臣女郎なかとみのいらつめ―〈巻四・六七七〉

ただに逢ひて 見てばのみこそ たまきはる いのちに向ふ 我が恋まめ
《命かけ 惚れた私の 恋ごころ じかに逢わんと おさまらへんわ》
                         ―中臣女郎なかとみのいらつめ―〈巻四・六七八〉

いなと言はば ひめや我が背 すがの根の 思ひ乱れて 恋ひつつもあらむ
《逢いたない  言うんやったら 無理言わん じっと我慢で 恋忍んでる》
                         ―中臣女郎なかとみのいらつめ―〈巻四・六七九〉

わたの底 奥を深めて 我が思へる 君には逢はむ 年はぬとも
《胸の奥 深うに思う あんたはん 時間掛けても きっとうたる》
                         ―中臣女郎なかとみのいらつめ―〈巻四・六七六〉

これぞとの女  妻問い
重ねての  通い
やがての  別れ

家持は  気付いていなかった
恋は 互いの心がよいあってこそ
相手品定めの前に 改めるはおのれ真実まことの無さ
心の隅に  恋は遊びの意識

天平十年〈738〉家持は内舎人うちとねりに任じられた
宮中参内さんだいの とある日
家持の胸に  衝撃が走る

ももしきの 大宮人は 多かれど こころに乗りて 思ほゆるいも
《宮仕え する女官さん いけども 心懸かるん あんただけやで》

上辺うはへなき 妹にもあるかも かくばかり 人のこころを 尽さく思へば
《このわしに  こんな思いを させるやて 罪な人やで あんた云う人》
                         ―大伴家持 ―〈巻四・六九一~二〉


家持・青春編(一)(7)馬うち渡し

2010年08月10日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月22日】

千鳥鳴く 佐保の河門かはとの 清き瀬を
             馬うち渡し 何時いつかよはむ



〈こんなひとが 居ただろうか
 しかと 容貌かんばせを見てはいない
 声さえ  聞いていない
 なのに  この胸狂おしさは なんなのだ〉
宮中で見た ひとりの娘子おとめ
身も心もの  一目惚れ
打算など  差し挟む余地とて無い
〈これが  恋 
 これこそ  恋
 探し求めた 本物まことの恋〉

懊悩おうのうきわ
あふれ出る思いを 矢継ぎばや 歌に

かくしてや なほや退まからむ 近からぬ 道のあひだを なづみまゐ来て
《苦労して 来たのに帰れ うのんか 遠い道のり 難儀むりして来たに》
                         ―大伴家持―〈巻四・七〇〇〉 

こころには 思ひ渡れど よしを無み よそのみにして 嘆きぞ我がする
《心では おもうてるけど 伝手つてうて 余所よそながら見て わし嘆いてる》
                         ―大伴家持―〈巻四・七一四〉 
千鳥鳴く 佐保の河門かはとの 清き瀬を 馬うち渡し 何時いつかよはむ
《佐保川の 千鳥鳴いてる 清い瀬を 馬走らして 早よかよいたい》
                         ―大伴家持―〈巻四・七一五〉 
夜昼よるひると いふわき知らず 我が恋ふる 心はけだし いめに見えきや
《思てるで  夜昼無しの 恋ごころ きっとあんたの 夢に出たやろ》
                         ―大伴家持―〈巻四・七一六〉 
つれも無く あるらむ人を 片思かたもひに 我れし思へば わびしくもあるか
《惚れたけど 連れないり されてもて ひとり思うん せつないこっちゃ》
                         ―大伴家持―〈巻四・七一七〉 
思はぬに 妹がゑまひを いめに見て 心のうちに 燃えつつそ居る
微笑顔ほほえみを 思いがけずに 夢に見て わしの恋心こころは 燃え上ったで》
                         ―大伴家持―〈巻四・七一八〉 
大夫ますらをと 思へる我れを かくばかり みつれにみつれ 片思かたもひをせむ
《このわしが 苦恋こいするもんか おもてたに 胸きむしる 片恋かたこいすんや》
                         ―大伴家持―〈巻四・七一九〉 
村肝むらぎもの こころくだけて かくばかり 我が恋ふらくを 知らずかあるらむ
《この胸が  張り裂けそうな わしの恋 あんたほんまに 知ってんやろか》
                         ―大伴家持―〈巻四・七二〇〉 

かくばかり 恋ひつつあらずは 石木いはきにも ならましものを 物はずして
《こんなにも 恋い焦がれんと 石や木に 成りたいもんや 心のたん》 
                         ―大伴家持―〈巻四・七二二〉 

家持は 打ちひしがれていた
〈届かぬ思い 
 我れとしたことが・・・ 
 こんなことがあって良いものか 
 恋とは  残酷
 片恋は なんとみじめなものよ〉

ふと よぎる 過ぎてった女たち
その破れた恋心に  思い致す家持


家持・青春編(一)(8)色に出でにけり

2010年08月06日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月25日】

託馬野つくまのに ふる紫草むらさき きぬ
             いまだ着ずして 色にでにけり



ついに 
家持  安らぎの恋を得た
探しに探し  待ちに待った
理想の相手 
笠郎女かさのいらつめ
容貌かんばせは 十人並みだが
かしこく抑えた 利発さ 
教養備えた 歌み才気
一緒して 気疲きづかれが無い
まさに  波長が合うとは このこと

水鳥の 鴨の羽色はいろの 春山の おほつかなくも 思ほゆるかも
《春の山 ぼっと霞んで 見えんに あんたの気持ち よう分からへん》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻八・一四五一〉

朝ごとに 我が見る屋戸やどの 瞿麦なでしこの 花にも君は ありこせぬかも
《毎朝に 見る撫子なでしこの 花みたい あんた毎日 見たいて思う》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻八・一六一六〉

ぎりの おほに相見し 人ゆゑに 命死ぬべく 恋ひわたるかも
《霧みたい かおおぼろしか 見てへんに なんでこんなに 恋しいのやろ》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九九〉

皆人みなひとを よとの鐘は 打つなれど 君をしへば ねかてぬかも
みんなみな 早よと鐘は 鳴るけども あんた思たら 寝られへんがな》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・六〇七〉

託馬野つくまのに ふる紫草むらさき きぬめ いまだ着ずして 色にでにけり
託馬野つくまのに えてる紫草くさで 染めた服 着てもせんのに 見られてしもた
〈あんたとは こころを染めた だけやのに 逢わへんうちに 知られてしもた〉》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻三・三九五〉

陸奥みちのくの 真野まの草原かやはら 遠けども 面影おもかげにして 見ゆといふものを
《あんたには しばらうて ないけども 面影浮かび うち、、見えてるで》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻三・三九六〉

奥山おくやまの 岩本いはもとすげを ふかめて 結びし心 忘れかねつも
《忘れへん あんなふこうに ちこたんや あんたの心 うち、、忘れへん》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻三・三九七〉

我が形見かたみ 見つつしのはせ あらたまの 年の長く 我れもおもはむ
《思ててや  うちの身代わり 見てながら うちもずうっと 思てるさかい》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五八七〉

家持は 満ち足りたかよいに いそしんでいた


家持・青春編(一)(9)我が名告らすな

2010年08月03日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年6月29日】

あらたまの 年のぬれば 今しはと
             ゆめよ我が背子せこ 我が名らすな



互いが  互いを思い
気に入られようと 心をくだ
相手あってこその 心くばり 
これがまた  自分の喜び

白鳥しらとりの 飛羽山とばやま松の 待ちつつぞ 我が恋ひわたる この月ごろを
《待ってんの もう長いこと なって仕舞た あんたしとうて 恋し続けて》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五八八〉

衣手ころもでを 打廻うちみの里に ある我れを 知らにぞ人は 待てどずける
打廻里さとって じっと待ってる 心内こころうち 知ってるやろに あんたえへん》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五八九〉

あらたまの 年のぬれば 今しはと ゆめよ我が背子せこ 我が名らすな
年月としつきが 経ったからて うち、、の名を ええやろ思て うたらあかん》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九〇〉

我がおもひを 人に知るれか 玉匣たまくしげ 開きけつと いめにし見ゆる
《隠してる うち、、の思いが 知れたんか 櫛箱くしばこ開いてる 夢見てしもた》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九一〉

やみに 鳴くなるたづの よそのみに 聞きつつかあらむ 逢ふとはなしに
《暗い夜に  鳴く鶴みたい 逢われんで あんたの噂 聞いてるだけや》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九二〉

君に恋ひ いたすべなみ 平城山ならやまの 小松がしたに 立ち嘆くかも
《恋しゅうて どう仕様しょうて 奈良山の 松の下来て 嘆息ぼけっとしてる》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九三〉

我が屋戸やどの 夕蔭草ゆふかげぐさの 白露の ぬがにもとな 思ほゆるかも
《庭に咲く 夕影草くさに置いてる 露みたい 心もとない 気持ちやうち、、は》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九四〉

我が命の またけむ限り 忘れめや いやには 思ひすとも
《あんたはん うち、、は死んでも 忘れへん 日に日に募る 思いかかえて》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九五〉

歌ににじむ 笠郎女の恋にける直向ひたむき
知りつつも  これが 家持の腰を引かせる


家持・青春編(一)(10)浜の沙(まなご)も

2010年07月30日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年7月2日】

八百日やほか行く 浜のまなごも 我が恋に
             あにまさらじか 沖つ島守



少しの緊張が 遠慮を連れている内は
ねんごろが深まれば 甘えが出る
甘えが 我儘わがままを呼び 相手を傷つける
どちらともなしに 

逢うことへの  気詰りの気付き
あいだを置いてみるか〉
家持に 気詰り除き策とも 逃げともつかぬ 心芽がまれる

八百日やほか行く 浜のまなごも 我が恋に あにまさらじか 沖つ島守
《広い浜 ある砂数すなよりも うち、、の恋 ずっといのん 分かるなあんた》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九六〉

うつせみの 人目をしげみ 石橋いははしの 間近まぢかき君に 恋ひわたるかも
他人ひとの目が うるさいよって 逢わへんで 焦がれるだけや 近くるのに》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九七〉

恋にもぞ 人は死にする 水無瀬河みなせがは 下ゆ我れす 月に
《恋したら 人死ぬんやで うち、、もそや 日に日にせる あんた分かるか》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・五九八〉

伊勢の海の いそもとどろに 寄する波 かしこき人に 恋ひわたるかも
《大波の とどろくみたい 勿体もったない 人にこのうち、、 惚れたんやろか》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・六〇〇〉

こころゆも はざりき 山河も へだたらなくに かく恋ひむとは
《山川に 隔てられてる わけちゃうに こんな焦がれる 思わなんだわ》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・六〇一〉

ゆふされば 物さる 見し人の 言問こととふ姿 面影にして
《日暮れには 睦言むつごと顔を 思い出し 恋しさ募り どう仕様しょうもない》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・六〇二〉

剣大刀つるぎたち 身に取りふと いめに見つ 如何いかなるそも 君にはむため
《夢見たで おっかたなに 添い寝する なんのこっちゃろ える前徴しるしか》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・六〇四〉

天地あめつちの 神のことわり なくはこそ 我がふ君に 逢はず死にせめ
《この世には ほんま神さん らんのか うち、、死にそやで あんた逢えんと》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・六〇五〉

遠のきがちの  家持
「何故 来ぬか」の  笠郎女
笠郎女の恋への執着ごころ
激しさ  増すごと
家持の気重きおもは 増す


家待・青春編(一)(11)餓鬼(がき)の後(しりへ)に

2010年07月27日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年7月6日】

あひおもはぬ 人を思ふは 大寺おほでら
             餓鬼がきしりへに ぬかづくがごと



狂わんばかりの  笠郎女
疲れ果て  心へとへと 家持

我れも思ふ 人もな忘れ おほなわに 浦吹く風の む時なけれ
《忘れんと  うち思てるで あんたもな いついつまでも 途切れんように》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・六〇六〉

思ふにし しにするものに あらませば 千遍ちたびぞ我れは 死にかへらまし
《もしもやで 恋焦がれして 死ぬんなら うち千回も 死んで仕舞しもてる》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・六〇三〉

あひおもはぬ 人を思ふは 大寺おほでらの 餓鬼がきしりへに ぬかづくがごと
《気ィめた 人思うんは 寺の餓鬼 尻から拝む みたいなもんや》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・六〇八〉

〈我れは  餓鬼の尻か 
 いや  それ以下やも知れぬ
 あれだけの  いい女
 大事に  してやれなんだ〉

いまさらに 妹に逢はめやと 思へかも ここだ我が胸 いぶせくあるらむ
《あんたには  もう逢わんとこ 思うけど ちょっとこの胸 ちくちくするな》
                         ―大伴家持―〈巻四・六一一〉 

なかなかに もだもあらましを 何すとか 相見そめけむ げざらまくに
げられん 恋やになんで 逢うたんや 声掛けたんが 間違いやった》
                         ―大伴家持―〈巻四・六一二〉 

二人の  長く激しい恋は 終わった

恨みつらみが いたかゆい思い出と なった頃
思わずに ふみが届く

こころゆも 我ははざりき またさらに 我が故郷ふるさとに 帰りむとは
《なんでまた 故郷くにに帰って 来たんやろ 恋くさした あんたの所為せいや》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・六〇九〉

近くあらば 見ずともあらむを いや遠く 君がいまさば 有りかつましじ
《あんたはん 近くったら 生きてける 離れて仕舞しもて 生きる甲斐かい無い》
                         ―笠郎女かさのいらつめ―〈巻四・六一〇〉

笠郎女にとって  一世一代の恋であった



家待・青春編(一)(12)塞(せき)も置かましを

2010年07月23日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年7月9日】

でて行く 道知らませば あらかじめ
                妹をとどめむ せきも置かましを



何事もなく  過ぎていく日々
穏やかな 時間ときが 流れている
〈恋とは  気疲れの伴うものよ〉
〈家がいい〉 
落ち着きを取り戻した  家持の家

それも つかの間
天平十一年〈739〉夏六月 
家持を  悲劇が襲う
妻 おみなめの死
幼馴染おさななじみ 大伴書持ふみもちも駆け付ける

今よりは 秋風寒く 吹きなむを いかにかひとり 長き夜を宿
《これからは  秋の風吹き 寒いのに 長い夜ひとり 寝るのん寂し》
                         ―大伴家持―〈巻三・四六二〉 

長きを ひとりやむと 君が言へば 過ぎにし人の 思ほゆらくに
《長い夜を 独りで寝るて 聞いたとき うなった人 思い出したで》
                         ―大伴書持おおとものふみもち―〈巻三・四六三〉

秋さらば 見つつしのへと 妹が植ゑし 屋前やど石竹なでしこ 咲きにけるかも
撫子なでしこの 花咲いとおる 秋来たら 見て楽しもと お前の植えた》
                         ―大伴家持―〈巻三・四六四〉 
うつせみの 世は常なしと 知るものを 秋風寒み しのひつるかも
《世の中は  無常なもんと 知ってるが 秋風吹くと 思い出すなぁ》
                         ―大伴家持―〈巻三・四六五〉 

我が屋前やどに 花ぞ咲きたる そを見れど こころも行かず しきやし 妹がありせば 
水鴨みかもなす 二人ふたり並びゐ 手折たをりても 見せましものを

《庭で咲く 花を見たかて 面白おもろない もしもお前が ったなら 並んで花を 手折たおるのに》
うつせみの れる身なれば 露霜つゆしもの ぬるがごとく
あしひきの 山道やまぢをさして 入日いりひなす かくりにしかば

《人の定めや 仕様しょうなしに 露霜みたい はかのうに 帰らん旅へ 出て仕舞しもて 日ィ沈むに 死んでもた》
そこ思ふに 胸こそ痛き 言ひもず 名づけも知らず あともなき 世間よのなかにあれば むすべもなし
《思い出すたび 胸痛い 嘆く言葉も 見当たらん 消えてく定め どもならん》
                         ―大伴家持―〈巻三・四六六〉 

時はしも 何時いつもあらむを こころ痛く にし吾妹わぎもか 若子みどりごを置きて
《人いつか 死ぬけどなんで 今やねん わし悲しませ 幼子おさなご残し》
                         ―大伴家持―〈巻三・四六七〉 

でて行く 道知らませば あらかじめ 妹をとどめむ せきも置かましを
《もしわしが あの世行く道 知ってたら お前の行く手 ふさいだったに》
                         ―大伴家持―〈巻三・四六八〉 
妹が見し やどに花咲き 時はぬ 我が泣く涙 いまだなくに
《時過ぎて  お前の庭に 花咲いた わしの涙は まだ乾けへん》
                         ―大伴家持―〈巻三・四六九〉 


家待・青春編(一)(13)奥(おく)つ城(き)と思へば

2010年07月20日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年7月13日】

昔こそ よそにも見しか 吾妹子わぎもこ
             おくと思へば しき佐保山



葬儀  初七日と 日は過ぎる
多忙のまぎれに 隠れていた悲しみが よみがえ

かくのみに ありけるものを 妹も我れも 千歳ちとせのごとく たのみたりけり
《こんななる 運命さだめやったに 二人して ずっと長生き 出ける思てた》
                         ―大伴家持―〈巻三・四七〇〉 

家離いへさかり います吾妹わぎもを とどめかね 山隠やまがくしつれ 精神こころともなし
《この家に らすするの 出けへんで 死なして仕舞しもた 情けないがな》
                         ―大伴家持―〈巻三・四七一〉 

世間よのなかは 常かくのみと かつ知れど 痛きこころは 忍びかねつも
《世の中は  こんなもんやと 分かるけど 辛い気持は 耐えられんのや》
                         ―大伴家持―〈巻三・四七二〉 

佐保山に  たなびく霞 見るごとに 妹を思ひ出 泣かぬ日はなし
《佐保山に 棚引く霞 見るたんび お前思うて 泣かん日ィない》
                         ―大伴家持―〈巻三・四七三〉 

昔こそ よそにも見しか 吾妹子わぎもこが おくと思へば しき佐保山
《気にせんと 見てた山やに 佐保山は お前の墓と 思たらいとし》
                         ―大伴家持―〈巻三・四七四〉 

索漠さくばくの思いの日が 過ぎていく
〈恋にうつつを抜かし
 穏やかなさいわいが 何事もない日々にあること 気付かなかった〉
若気わかげの 移り気
手痛い  しっぺ返し
佐保の山を  望むたび
おみなめへの思い 家持の胸に 深くみ入る


家待・青春編(一)(14)醜(しこ)の醜草(しこくさ)

2010年07月16日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年7月16日】

忘れ草 わが下紐したひもに 着けたれど
             しこ醜草しこくさ ことにしありけり



〈可哀想をしたが  いまが千載一隅やも知れぬ
 この時期  
 いかな家持  他への妻問いもなかろう
 早速に  呼び出さねば〉
坂上郎女さかのうえのいらつめの 勘気かんきに触れ 
出入り差し止めとなっていた  竹田の庄
大嬢おおいらつめとの逢瀬おうせは 途絶えていた

家持とて 大嬢をいとうていた訳ではない
おみなめとの同棲
多くのおみなとの 恋の遍歴
若気の至りと云えば  それまでであるが
家持なりの  人成り道ではあった

坂上郎女からの  誘い
心躍る  家持
足は  自ずと軽くなる

玉桙たまほこの 道は遠けど はしきやし 妹をあひ見に 出でてぞ
《遠い道 苦にもせんとに いとおしい 叔母あんたに逢いに 出かけて来たで》
                         ―大伴家持―〈巻八・一六一九〉 
あらたまの 月立つまでに まさねば いめにし見つつ 思ひそがせし
《ひと月が ってもあんた んよって 夢にまで見て 待ってたんやで》
                         ―大伴坂上郎女―〈巻八・一六二〇〉 

大嬢との  交情復活
大嬢は 喜びを 稲穂のかずらに託す

わがれる 早稲田わさだの穂立ち 造りたる かづらそ見つつ しのはせわが背
《家の田の 早稲穂わせほで編んだ かずらです 見るたびうちを 思い出してや》
                         ―大伴坂上大嬢―〈巻八・一六二四〉 
吾妹子わぎもこが なりと造れる 秋の田の 早穂わさほの蘰 見れど飽かぬかも
《お前ちゃん 作ってくれた 秋の田の 早稲穂わせほの鬘 見飽きんこっちゃ》
                         ―大伴家持―〈巻八・一六二五〉 
秋風の 寒きこの頃 下に着む 妹が形見と かつもしのはむ
《秋の風 寒いよってに もろ下衣ふく あんたやおもて 着てみよ思う》
                         ―大伴家持―〈巻八・一六二六〉 

止む無く裂かれた仲 
家持は その間の苦渋と 二人しての喜びをうた

忘れ草 わが下紐したひもに 着けたれど しこ醜草しこくさ ことにしありけり
《恋心 消す云う草を けたけど 名前倒れや このアホ草は》
                         ―大伴家持―〈巻四・七二七〉 
人もき 国もあらぬか 吾妹子わぎもこと たづさひ行きて たぐひてをらむ
《人誰も 居らへん国が 在ったら お前連れ立ち 一緒行こかな》
                         ―大伴家持―〈巻四・七二八〉 

初めての 歌わしから
六年が  経っていた


家待・青春編(一)(15)手ゆ離(か)れざらむ

2010年07月13日 | 家持・青春編(一)恋の遍歴
【掲載日:平成22年7月20日】

朝にに 見まくりする その玉を
             いかにせばかも 手ゆれざらむ



佐保の地から  竹田の庄へ
家持の通い  日に日を重ね
あふれる歓喜
初めて得た恋さながら 

逢う喜び 
逢うての別れは  甘く辛い
待つ辛さ 
辛さ故の  喜び

世のすべてが 二人のために
 
思ひ絶え  わびにしものを なかなかに 何か苦しく 相見そめけむ
あきらめて 一人わびしゅう してたのに なんで逢うこと なったんやろか》
                         ―大伴家持―〈巻四・七五〇〉 
相見ては 幾日いくひぬを ここだくも 狂ひに狂ひ 思ほゆるかも
うてから 日も経たんのに なんでまた 気ィ狂うほど 思うんやろか》
                         ―大伴家持―〈巻四・七五一〉 
相見ては しましも恋は ぎむかと 思へどいよよ 恋ひまさりけり
えたんで 恋の苦しさ やわらぐと おもおたけども 募るばかりや》
                         ―大伴家持―〈巻四・七五三〉 

竹田へ通えぬ日 
それでもの 逢う手立てだてはとの 思案
ゆふさらば 屋戸やどけて われ待たむ いめに相見に むといふ人を
よる来たら 家の戸けて 待つとしょう 夢でお言う お前来るのん》
                         ―大伴家持―〈巻四・七四四〉 
朝にに 見まくりする その玉を いかにせばかも 手ゆれざらむ
《朝昼と 見てたい玉を この手から 離さんとくん どしたらんや》
                         ―大伴家持―〈巻三・四〇三〉 

手にした 珠玉たま 
いとおし いとおし 自分だけの珠玉たま