【掲載日:平成21年10月5日】
神代より 言ひ伝て来らく
そらみつ 倭の国は 皇神の 厳しき国
言霊の 幸はふ国と・・・
天平五年〔733〕三月
憶良は 丹比真人広成の 訪問を受けた
この度の 遣唐使派遣の 大使である
「憶良殿 貴殿の唐でのご活躍 聞き及んでおります 是非とも ご経験を教示のほど」
〔そういえば 大宝二年〔702〕の折には 人麻呂殿が 送りの歌を 詠ってくれたのであった〕
憶良に かつての 勲が 蘇る
大使訪問の翌々日 憶良は 無事の行き来を「好去好来歌」に託し 広成に 奏上した
神代より 言ひ伝て来らく
そらみつ 倭の国は 皇神の 厳しき国 言霊の 幸はふ国と
語り継ぎ 言ひ継がひけり 今の世の 人も悉 目の前に 見たり知りたり
《大和の国は 神代から 威厳あふれる 神の国 言霊叶う 幸の国
語り継がれて 今の世の あまねく人の 知るところ》
人多に 満ちてはあれども 高光る 日の朝廷 神ながら 愛の盛りに
天の下 奏し給ひし 家の子と 撰び給ひて
《数多の人の 居る中で 天皇の 思し召し めでたき者と 選ばれて》
勅旨 戴き持ちて 唐の 遠き境に 遣され 罷り坐せ
《お言葉持って 唐の国 遠き遣いに 出かけらる》
海原の 辺にも奥にも 神づまり 領き坐す 諸の 大御神たち 船舳に 導き申し
《岸沖治める 海神は 船に先立ち お導き》
天地の 大御神たち 倭の 大国霊 ひさかたの 天の御空ゆ 天翔り 見渡し給ひ
《天地神と 大和神 空駆け渡り お見守り》
事了り 還らむ日には またさらに 大御神たち 船舳に 御手うち懸けて
墨繩を 延へたる如く あちかをし 値嘉の岬より 大伴の 御津の浜辺に
直泊てに 御船は泊てむ
《お役目終えて 帰る日は 神々すべて 打ち揃い 舳先掴まえ 引き戻す
値賀島通って 難波浜 一筋道に 戻りませ》
恙無く 幸く坐して 早帰りませ
《無事な行き来を 祈ります》
―山上憶良―〔巻五・八九四〕
大伴の 御津の松原 かき掃きて われ立ち侍たむ 早帰りませ
《大伴の 御津の松原 掃き清め わし待ってるで 早よ帰ってや》
―山上憶良―〔巻五・八九五〕
難波津に 御船泊てぬと 聞え来ば 紐解き放けて 立走りせむ
《難波津に 船帰ったと 聞いたなら 取るもん取らんと 駆けつけまっせ》
―山上憶良―〔巻五・八九六〕
〔はたして わしの人生 どれ程の功をなしたと言うのか〕
憶良晩年の胸に 込み上げる 悔悟の念