まどか先生の「ママ達のおやつ」

ママの笑顔は、我が子が幸せであるためのママ・マジック。ママが笑顔であるために、この「おやつ」が役立つことを願っています!

とらえ方ひとつで!

2007年10月03日 | にこにこ
 この場をおかりして・・・
7月21日、沖縄県伊江島で、トライアスロン競技中、自転車から落車。肋骨3本、恥骨、骨盤臼蓋部骨折をした夫でしたが、おかげさまで、すでに普通生活に戻っております 完全復帰しておりますことをお知らせするとともに、大変ご心配をおかけし、多くのみなさまからお見舞いのお言葉、励ましのお言葉を頂戴したことに、あらためてお礼申し上げます。本当にありがとうございました

 夫は、日頃からランニングやスイムで鍛えた筋力、体力が功を奏し、驚異的な早さで回復しました
 また、事故後に搬送され、1ヶ月間入院した沖縄県名護市の沖縄県立北部病院が、マラソンやトライアスロンという競技に対して非常に明るく、理解が深かったため、骨折や気胸の治療と同時進行で、健康で無傷の筋力を入院することで落としてしまうことなく、むしろ、骨折、安静によって落ちてしまう筋力や体力を補わなければならない、という考え方で、事故後「早い時期から、筋力トレーニング的なリハビリ」をしてくださいました この事も、信じがたいほど早い快復に大きな意味を持ちました

 沖縄のドクターや看護師さん達は、夫が全く動くことができず、ベッドの上だけの生活を余儀なくされていた時期から、常に部屋をのぞいては・・・
 「南坊さん、一日も早く良くなって、沖縄で開かれる競技に参加しましょうねえ
 と、声をかけてくださいました 車椅子や松葉杖で歩けるようになると、売店や食堂の方々まで、
  「ツールドオキナワは、名護であるんですよー。知っていますかあ?」とか・・・ 
  「南坊さん、トライアスロンの復帰戦は、沖縄の大会がいいと思いますよー!」とか・・・盛んに声かけをしてくださいました
 
 これが都会であったなら。
  「南坊さん、もう、年齢だって50歳を過ぎてるんだから、あんまり過酷な趣味は考えもんですよ・・・ 他に、たくさんあるでしょう、危険を伴わないスポーツが。今度の怪我は、そんな警告の意味もあるんですよ、きっと
 というような言葉になったのではないでしょうか・・・(実際、横浜の病院では、これに似たことを、何度言われたことでしょう・・・

 都会では、50歳を過ぎる年齢になれば、スポーツどころではなく、メタボリックシンドロームを危惧する人達がほとんどです。
「スポーツは健康に良い」とはわかりつつ、ジョギング程度なら理解の範疇。しかし、毎週末、必ず20キロくらいは走るトレーニングをしたり、時間を見つけてはささっと1キロ泳いだり、苦手といいつつも自転車の練習をする・・・・そんな夫は、「変わり者」の目で見られます
 今回の怪我は、まさに変人が、勝手に沖縄まで行き、海を満喫するでもなく、仲間とトライアスロン そして、勝手に転んで、骨折、入院・・・ ああ、バカだなあ・・・ってところ、です・・・

 じつは、私も不思議に、夫の事故のあと、すぐに思ったことは「ほら、こんなことになってしまって・・・もう、絶対にこんな危険なスポーツは止めてもらおう」ではありませんでした。
 もちろん、転倒して肋骨骨折、という程度のケガではなく、大きな骨の骨折でしたし、骨盤の中でも「臼蓋部」という、足の骨を支える部分の骨折で、歩行に大きな影響のある部分 全治3ヶ月、と言われ、ICUに緊急入院した時には、「これはとんでもないことになった」と思いました。
 事故後2,3日は、状態の急変もありえるから、と言われていて、多くのことを考える余裕もありませんでした

 けれど、次第にさまざまな数値も安定し、あとは時間の流れを待つのみ・・・ となってきた時には、私はひたすら、夫がまた、お仲間との大好きなトライアスロンに復帰し、息子との沖縄でのダイビングを楽しめるように、一日も早く、快復を と願い、「自転車をやめる」ことなど、考えもしませんでした
 むしろ、この事故を教訓に、自分の筋力や体力を過信せず、一層、適切なトレーニングに励めるよう、また、身近な仲間も、あらためて自転車の危険性を再確認できるまたとないチャンスとなるよう、願いました

 「人間万事、塞翁が馬」と言います。
 私は、まさにそう思います

 自分に降りかかったことを、どのように受け止めるか?受け入れるか?というのは、とても重要なことです。
 受け止め方によって、前進することもできれば、足踏みをしたり、時には後退してしまうこともある・・・

 今回の夫の快復には、沖縄の土壌が大きく関係しています
 あの「ゆいまーる、いちゃりばちょーでー」のあたたかい心を持った沖縄の人達の、「前向きな捉え方」「前向きな言葉かけ」が、1500キロ離れた横浜と名護を5往復することを余儀なくされた私の心を明るく、ハッピーにしてくれました 「旅行だったら、とうの昔に帰ってしまっていたところ。住人でもなく、旅行者でもない、この摩訶不思議な立場で、たーくさんの『沖縄』を感じよう」という意欲を持たせてくれました

 そして、「僕は、なんてバカなことをしたんだろう・・・ 多くの人に迷惑をかけて・・・」と、怪我の痛さの何倍も、精神的に落ち込み、どん底の暗い気持ちを抱えた夫の心を「骨折だけ、これだけで済んでよかったんだ」と気持ちの切り替えをさせ、せっせとリハビリに励む鋭気を与えてくれました

 私達だって、物事の捉え方で、「沖縄の人」のようになれるのです。
私はあらためて、自分自身のために、これからの人生、気持ちの持ち方を自分で上手くコントロールし、後退も足踏みもせず、常に「前に進む」ことをモットーにしていきたい、心からそう考えています

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