「御師旧外川家住宅」~~♪
一昨年に富士吉田市を訪れたときは、街並み散策だけでしたが、その時に気になった「御師の家・外川家」~~、今回は見学してきました!
「御師旧外川家住宅」については、山梨県観光のHPより拝借~(とても分かりやすいので~)
『 「御師(おし)」とは富士山を信仰する人たちの登山の世話をし、自宅を宿泊所として提供しながら、信仰者に代わって祈りをあげ富士山信仰を広める役割を果たす人のことで、その住まいを御師の家と呼びます。
江戸時代の最盛期には86軒の御師が上吉田地区に住まいを構え富士山信仰を支えていました。
富士山世界文化遺産の構成資産でもある旧外川家住宅は明和5年(1768)に主屋が建てられ、幕末に裏座敷が増築され、当時の姿を残す貴重な建物です。
建物内には富士山の神を祀る神殿が備わり広い客室が設けられるなど御師の家の暮らしぶりをうかがい知ることができ、貴重な古文書も展示されており、富士山信仰と御師との関わりを学ぶことができます。』
現在でも営業している御師の家は、この通りに三軒あるそうです!
こんな風に、家の前には必ず「提灯」があります。
ここは、「上文司」さんという、今も営業している家です。
このように御師の家は、間口が狭く、奥行きが深いつくりになっていて、
必ず「中門」があるのです。
↓外川家の中門です。
門から中門までの間には、立派な大きな碑がたくさん建っています。
外川家の一つには、「三十三回登山記念」みたいな文字が見えました。
これは、富士山に三十三回登ると「祈願成就」になるという記念の碑だとか~。
富士山へ登る時の装束は、とても面白い!
時代劇なんかで見たことありますよね(笑)
受付の方がいろいろ説明をして下さって、とても勉強になりました。
外川家のお得意様(檀家と呼んでいたそうです)、は、千葉県、東京都、神奈川県の方がほとんどだったようです。
「富士講」というグループでの宿泊が基本だったとか~。
家の中の様子は、写真でど~ぞ。
富士山は、昔からず~~っと、皆のあこがれなんですよね~~♪
昔の人はちゃんと こんな装束を身に纏い富士山に登ったんですねぇ。
メッチャ勉強になりました。
でも・・・こんな格好で寒くなかったんでしょうかねぇ~~。
はい、楽しい旅+嬉しい旅でもありました~~♪
久しぶりに次男に会えて、元気な様子が確認できて本当に良かったです(笑)
富士山って、昔から日本人には「神様」みたいに感じていたんでしょうね。
御師の家の敷地内には、「みそぎ」をする川も流れていました!
登る前に、身を清めるためだそうです。
今も、富士登山の解禁日は7月1日~、昔も冬は登らなかったみたいですね。