Herbie Hancock, Dexter Gordon, 他 / 'Round Midnight ~ Original Motion Picture Soundtrack ( 米 Columbia C 40464 )
この映画が公開された時、私は封切をちゃんと観に行った。もう随分昔のことになる。新宿歌舞伎町の一番奥にある、噴水を中心にして小さな
ターミナル状に映画館が取り囲んだ中の一画だったと思う。映画自体は可もなく不可もなく、ストーリーももうほとんど覚えていない。
当時はここに出演しているビッグ・ネームたちの多くは普通に音楽活動していたし、さほど彼らの出演自体も有難みは薄かったように思う。
ただ、デックスだけは別で、あまり表に顔を出さないこの人がまさか、という驚きをもって迎えられたように記憶している。
伝説のミュージシャンを地でいくような感じだった。
まだジャズを聴き出してそれほど時間も経っていない駆け出しのファンだった私はすぐにサントラ盤を買って聴いていたけれど、当時はどの楽曲も
短く刈り込まれて大雑把な演奏に思えて、まあこんなもんか、という感じで接していた。ところが、それから少し時間が経ったある時期を境にして
ここで聴ける演奏の凄さがわかるようになり、今では頻繁に聴く愛聴盤になっている。
ハービー・ハンコックが音楽監督として全体を制御、適材適所で見事な采配を振るっている。彼自身のプレイも素晴らしく、マイルスのバンドに
いた頃のアコースティック・ハービーの透徹した演奏が素晴らしい。
ハイライトの1つはやはりデックスで、"Body and Soul" では彼がこの曲をやる際に昔からやっているイントロのフレーズから始まって、最後まで
原曲のメロディーをまったく使わずにバラードを朗々と吹き切る。同じコード進行上で別メロディーの楽曲のように展開しながら、どこか遠くで
"Body and Soul" の聴き慣れたメロディーが同時に鳴っているような、パーカーやエヴァンスが多用したパラドキシカルな演奏が圧巻だ。
ゴルソンではなくケニー:ドーハムが書いた方の "Fair Weather" をチェット・ベイカーが気怠く内省的に歌い、ハービーが伴奏を付ける。
こんな夢のような組み合わせ、他では考えられないではないか。
また、ハービー、ロン・カーター、トニー・ウィリアムスのトリオにボビー・マクファーリンがマイルスのミュート・トランペットの役割として
加わる "Round Midnight" と "Chan's Song" は、敢えて大袈裟に言うなら、現代の巨匠たちがジャズという偉大な音楽へ捧げた祈りのような演奏だ。
静かな演奏なのに、トニーのドラムのなんと凄いことか。
映画のサウンドトラックという肩書などどうでもいい。ジャズの神々が集まって本気を出した、凄まじい演奏の記録である。