Duke Ellington and His Orchestra / Masterpieces ( 米 Coolumbia ML 4418 )
デューク・エリントン楽団の音楽はジャズのビッグ・バンドの世界においては異端の音楽である。少なくともボールルームで人々がダンスを踊るための
音楽ではないことは確かだ。そういう音楽がジャズ界で第一人者という評価になっているのは不思議だ。彼らが日常的にどういう演奏をしていたのかは
よくわからないけれど、レコードに刻まれた音楽を聴く限りではこれをかけて、さあ踊ってくださいという目的で録音されてはいないことはわかる。
豪華な大編成で演奏されるから目立たないけれど、内省的な音楽だ。タイトルも独特で、孤独とか幻想とか雰囲気とか洗練という陽気なジャンルには
似つかわしくない言葉が用いられ、クラリネットの独白にそういう言葉の意味を担わせている手法も他のビッグ・バンドでは見られない特徴だ。
このアルバムで初披露された "The Tatooed Bride" は明るい色調を帯びながらも、花嫁の肌には刺青が施されているという婚礼の華やかなイメージ
にはおよそタブーとも思える暗いイメージが付加されている。
エリントンの音楽にはそういう陰と陽のコントラストが独特の色調を帯びながら重層的に施されていて、複雑で微妙に揺れ動く無数のイメージを
聴いている側に想起させる。ジャズという本来はシンプルで単純な音楽の中にそういう込み入った内省観を持ち込んだところに、この人の他にはない
重要な価値があるように思える。そして、そういう面を正統的に引き継いで音楽化したのは、私の知る限りではマイルス・デイヴィスただ一人だった。
このアルバムから録音時間が長くなり、エリントンのそういう特質が顕在化するようになる。レコード技術の進化の恩恵をいち早く享受したのは
エリントンだったのではないか。だから、エリントンの音楽の良さを知るにはこのアルバム以降のものを聴くのがいい。3分間の演奏ではそれを
表現するのも聴き取るのも難しい。自作の代表的なタイトルが3曲含まれているけれど、ここでの演奏は "Popular Ellington" のようなアルバムに
含まれるものとは本質的に異質な音楽である。エリントンの音楽はメロディーの美しさやリズム感の良さで聴かせるような一般的な音楽ではなく、
複雑に編み込まれた内的なイメージを聴く音楽なのだ。