【財政破綻への懸念】
いろんな書物でいろんな形で財政破綻への懸念が述べられている。これは国債消化の大本の原資である国民の預貯金の残額が残り少なくなってきたことといわゆる団塊の世代が65歳を越えはじめ社会保障費の急増が目前の日程に上がってくるという従前からのスケジュールに加え東日本大震災による財政支出増と税収減が避けられないからだ。これにリフレ派の人達が主張している国債の日銀直接引き受けなどが行われたら、それこそ国債暴落、財政破綻のトリガーになりかねない。
【能天気なリフレ派】
リフレ派の人はお金をジャバジャバ印刷してインフレにすれば万事解決みたいな事をいうが、現在のアメリカの混迷をどう見るのだろうか。そもそもリフレ派の主張は最新の経済学研究の成果と言いながら、「インフレは貨幣現象(=客観的社会現象)」と「インフレ期待(=心理現象)を持たせなければならない」という論理矛盾を平気で主張する。高橋洋一氏に至ってはテレビで「お金ジャバジャバでも日本はデフレだからハイパーインフレにならない」とこれだけなら同意できないがまあ一つの主張として聞けるが、続けて「もしハイパーインフレになりそうだったらお金の供給をとめればいい」と言った。これは「高血圧になりそうなら心臓を止めればいい」と同じ理屈で非常に無責任。貨幣の供給を国内の経済取引の全面停止なしではやめられなくなったからハイパーインフレになるのだ。
【求められる経済構造の転換】
ここ20年間アメリカが幾ばくかの経済成長をして日本が停滞したのは金融政策の違いによるものではない。アメリカは産業構造を金融業やIT産業など生産性の高い産業にシフトさせてきたが、日本は規制などにより産業構造の転換が遅れてきたうえに従来の工業がキャチアップしてきた新興国との激しい競争にさらされてきたからだ。日本の停滞を人口構造の高齢化にみる考えかたもある。たしかにこの間アメリカはラテンアメリカから若い労働力、アジア(中国韓国インド)から専門的高学歴者を多量に受け入れて先進国の中での一番の人口増化率をほこっている。だからそうした人口構造の面も否定できないが、僕は産業構造の転換の遅れに心引かれる。というのは40〜20年前の日米の構図(繊維〜自動車貿易紛争)が現在の日中の構図と相似であるならば日本もアメリカがしたように産業構造を変えざるをえない(変えなければ停滞する)。これは野口悠紀雄さんの説。
【非伝統的金融政策の本質】
そもそも非伝統的金融政策の本質は、むかしながら(だからある意味伝統的)の自国の通貨安による近隣国炎上政策と、株式買い上げによって株価を人為的に吊り上げ株式を保有している企業や金融機関の含み資産を膨らませる詐術にあると思う。自国の通貨価値を毀損しての通貨安による輸出競争は過去に世界経済を荒廃させたので表立ってはできなくなっている。また株式は市場で取引されている物はほんの一部だが、市場での株価は株式全体の価格と見なされる。だから中央銀行が株式を購入するのは貨幣を社会に行き渡させるためではなく、株式を多量に保有している大企業や金融機関の含み資産を増やすことなのだ。それらの経済倫理にもとるとして否定された手口を非伝統的金融政策とか新しい知見などと表紙だけ張り替えただけなのだ。それは経済発展のためには害こそあれ益はないのだか、それがアメリカで幅をきかすのは、選挙までの間でも経済指標をよく見せたいという政治的要請があるのだろう。
さて話は本題に戻るろう。野口悠紀雄さんといえば、幸田真音さんと『日本人が知らない日本経済の大問題』(三笠書房)という本をだしているね。これは昨年(2010年)の本だから国債暴落(金利上昇、インフレ)が10年以内に起きるといっているが、本の中心は産業構造とかビジネススタイルの転換の必要性だ。しかし大震災をへて、復興財源がとりざたされるなか、リフレ派の蠢動が活発化しており、国債の扱いいかんによっては近々の財政破綻が予想されるので、それを警告する本が最近目だっている。須田慎一郎『国債クラッシュ』(新潮社)、池上彰『先送りできない日本』(角川oneテーマ21)、上野泰也『国家破局カウントダウン』(朝日新聞出版)などである。
【幸田真音『財務省の階段』と高橋是清とバーナンキ】
余談だが、幸田さんは最近『財務省の階段』(角川書店)という経済スリラーという新ジャンルの小説本を出した。その中に本の表題にもなっている短編『財務省の階段』は財務省の階段下の書庫に保管されている昭和初期の記録文書を研究していた若手官僚が不審な自殺をするというもの。大蔵大臣の高橋是清は満州事変の勃発による戦費調達のためやむなく一時的な措置として国債の日銀の直接引き受けをおこなった。だが翌年度は大幅な緊縮予算を組み軍部の大きな恨みをかい2・26事件で殺された。若手財務官僚の原田は高橋是清の苦闘と当時と現在の類似を感じとり、決して国債の日銀直接引き受けなどは許してはならないと苦慮するが軍部の亡霊に殺されたというのがその内容。幸田さん、ネタバレになって本の売り上げが落ちたら御免なさい。でも本の目的は上記の主張の仮託だと思うのだから許してくれるかも。
アメリカのFRB(中央銀行、日銀のようなもの)のバーナンキ議長は、日本の高橋是清が日銀の国債直接引き受けで恐慌脱出したのを研究して非伝統的金融政策を打ちたてという。でもバーナンキはまともに研究してなんかいないよ。ただ高橋是清が国債の日銀直接引き受けを行なったことと日本がいちはやく恐慌から脱出したことをもつて自己の非伝統的金融政策理論の実証にしたのだ。でも幸田さんも言うように国債の日銀の直接引き受けは一時的な緊急財政手当であり貨幣供給増を意図した物ではない。実際に高橋是清は日銀が引き受けた国債を市中銀行にすみやかに引き取るように依頼している。だから意図も実状もバーナンキの考えるような貨幣の大量供給ではない。バーナンキが高橋是清を持ち出すのは実証主義手法の悪い例であり擬似科学の見本である。ついでに高橋是清は日本のケインズと言われ従来から金融政策よりも財政政策を評価されてきた。国債を発行して政府支出を増やして景気を回復したというもの。しかしそんなにケインズ的財政政策って有効かな?アメリカでも大恐慌から本当に回復したのはニューデール政策の公共支出の時ではなく第二次世界大戦にはいってからという。だから日本が早く大恐慌から抜け出したのは満州事変とその後の関東軍の拡大を始めとする急速な軍備拡張のせいかもしれない。
なお一昨日(8月16日)の「経済教室」で小黒一正一橋大准教授は、『限界に近づく日本財政 国民貯蓄減で生産縮小も』という論文のなかで、高橋是清蔵相の言葉を引用している。「多額の公債が発行されたにもかかわらず、いまだ弊害が表れずかえって金利の低下や景気回復に資せるところが少なくないので、世間の一部にはどしどし公債を発行すべしと論ずる者もあるが、これは欧州大戦後の高価なる経験を無視するものである」
いろんな禁じ手は、それに手を染めて結果として厳しいしっぺ返しを受けた時は、もう二度としないと反省するが、世代が替わり体験をしていない人たちが経済活動の担い手になるとまた同じ誤ちをしたくなるらしい。でも記録はげんとして残っているので知らないはずはないのだが、彼らは愚か者に共通の万古不変の言葉を吐く。「今度は違う、なぜなら・・・」ってね。バブルなら「IT産業は永続するブームでバブルではない」とか、「土地価格は決して下がらないので不動産投資はバブルではない」とか、「ノーベル賞級学者が作った金融工学を使えば損失を回避できる」などと言われたが結果はいつも同じだ。国債乱発の場合のものは「あたらしい経済理論」とか「現代的通貨システム」とかね。これは今現在のアメリカの混迷をみれば結果は同じだ。アメリカの二度の量的緩和も発動し始めた時の目標は失業率の改善だが結果は失業率には変化がなく、回復したのは主に企業収益(特に銀行のもの)と株式市場だけだ。これはabz2010[http://d.hatena.jp/abz2010/ ]さんのアメリカの学者の記事の紹介によるが、上に書いた非伝統的金融政策の本質からすれば当然の結論だ。アメリカでは企業関係者から再度の量的緩和つまりQE3を求める声があるが、それはないな。だってエリザベス女王(QE)は現在の2世(QE2)までしかないから。
【金融政策の行き詰りと非伝統的金融政策の出現】
ここで伝統的金融政策と非伝統的金融政策の違いを述べると、伝統的金融政策とは以前は普通に金融政策と呼ばれたもので、おもに中央銀行が銀行へ貸出す金利を下げることや銀行の持っている国債を買い上げて銀行の手持ち資金を潤沢にして、銀行が企業などに貸し出す金利を下げて景気を刺激しようと言うもの。しかし先進国の多くで中央銀行の金利が0%かそれに近い超低金利にすでになっているから金融政策を実行する余地がなくなってきた。そのため出てきたのは非伝統的金融政策または量的緩和政策だ。金利を操作してお金をいきわたさせるのではなくて、中央銀行が市中の債権や株式を買い上げで直接に市中に多量のお金を流通させようというもの。中央銀行の国債直接買い上げはこの極端なもの。この政策の主旨はインフレを起こして景気を良くしようと言うもの。でも本質はこの文の上記に書いたとおり。
でも非伝統的金融政策は論外としても、金融政策自体が害が益よりはるかに大きいのだ。もともと金利というのは取引きで決まるお金の値段だ。それは起業家が事業資金計画をたてるための貴重なシグナルとなっていた。ところが金融政策で人為的に金利が操作されると正しい情報が市場に伝わらなくなる。人為的に低くされた金利は投機対象を見つけた投機家・金融機関・企業に潤沢な投機資金を提供してバブルを起こさせるが、一度バブルがはじけて投機対象を見失うといくら金利を低くしても誰も借りなくなるうえに景気を考えると金利をあげられない。リフレ派の人たちはインフレ期待を煽るため、中央銀行(日銀)にずっと金利を上げないと宣言せよという。そうなるとどうなるかな?本来なら金利が下がった今なら融資を受けて事業を拡大(or起こす)するチャンスととらえるのだが、人為的な低金利が続くと思うとしばらく市場動向を見てみようということになる。金利の動きに反応するのは金利のシグナル性があるからなのに、シグナル性を奪ったもので人々を反応させようとするのは矛盾だね。リフレ理論の本質は、人々を操作[manipulate]できると考えるその社会主義性(マルクス教にせよワルサス流にせよ)にある。
リフレ派の人たちはバブルを起こした方が景気は良くなると考えているふしがある。それはバブルとインフレは双子の兄弟みたいなものだから。バブルは、はじける前にうまく抑制すれば良いと考えているみたいだけど、一度のったら途中でおりることが困難で、膨らんだら必ずはじけるのがバブルなのだよ。
【財政破綻に対する僕の考え】
ここで僕の考えを述べておくと、財政破綻は理屈からは回避できるが、現実には避けられないうえに日本社会にとって必要かもしれないと思う。もちろん財政破綻により多くの公共機関はストップし生活保護なども多くの自治体では(国庫負担分の)減額か不支給になり自殺者や飢え死にする人もでるかもしれない。また公共需要で商売していた業者は突然に注文や支払いがなくなって倒産するだろう。財政破綻に続くインフレーションは多くの人から財産を奪い、ハイパーインフレションになれば経済機構は壊滅するだろう。だから避けられれば避けた方が良い。
理屈では避けられるというのは、日本は消費税率が他の先進国に較べて低いから課税の余地があり、例えば先進国並みに消費税率を20%にして政府支出も減らせば財政は均衡するだろう。そうなればいくら国債残高があっても(ただし国債の利率が経済成長率より高いと話しは別)破綻は避けられる。というのは今国債を購入している人が考えているように「国家には寿命がないと期待される」から。つまり定年や寿命がある人間には住宅ローンで借りられる金額が限定されるのと反対の理屈。これは小泉祐一郎さんの『経済学バトルロワイヤル』(ナツメ社)から知ってなるほどと思った。
寿命がなくて無限に後の世代に先送りできるなら、早晩壁にぶち当たるのが致命的なネズミ講から壁を取り除いたようで便利このうえないと言えるだろう。でもそれは財政が均衡してこれ以上国債残高が増えない場合の話。今のように毎年新規国債を発行し続ければ、間もなく国民の預貯金を食い尽くし国債の買い手が無くなるだろう。そうなったら海外資金を求めれば壁は突破できると思うかもしれないが、この段階での外国資金の目的は空売りで暴落させて利益を得ることだ。
だから財政破綻を避けるには早急に財政を均衡させることだが、そのためには増税が必要だが、国家財政に寄生する不当利得者や不合理非効率な支出が目に余る現状では大胆な行政改革なしではとても増税は国民に受け入れないだろう。並みの大臣なら官僚に対する自己の無力さに気づき自己の任期中だけの安寧を求めて官僚と妥協屈服するだろう。
かくして財政破綻を回避できるとしたら、国の指導者に、強い意志とアピール力と官僚にごまかされないブレインと大衆支持のバックアップが必要だ。ヒトラーについて言っているようだが小泉純一郎にも当てはまるかも。でも今の日本ではもう無理な気がする.一番の理由は、大なり小なりの既得権益を持っている人が日本社会に広範に存在して、本質的に被害を被っている者も別の面では既得権益者でありうる。また一般的の人々の多くが不条理で不正と感じていることを取り上げようとすると必ずポピュリズムとの批判を受ける。これは既得権益者が広範にいるという面と、今までの政治家が選挙で言うのみで、実行面では貫く意志も能力もなかったせいであろう。分裂しがちな国民の意志をまとめあげてそれを背景に大胆な行政改革を行なうのは至難の技だ。だから僕は不可能と断じる。
右翼的な意味(個人的心情や主義)でなくても国民精神とか民族精神とか言うと、ヘーゲルが嫌いなはずのポパー信奉者らしくないのだが、僕はそうした物があるような気がしている。第二次世界大戦での対米開戦も日中戦争で収拾がつかなくなった日本国民の敗戦とそれによる軍閥の清算を求める無意識の集合体が引き起こしたと思っている。だから、不当利得と既得権益にまみれたこの日本を洗濯するために財政破綻の業火の洗礼は避けられないと思う。財政破綻すれば不要なものは暴力的に剥ぎ取られ、真に必要なものだけが残るはずである。しかしこの民族精神なるは個人を識別しないので罪の無い人々も苦しむことになるかもしれない。でも避けられないものならそれを契機とした社会機構の刷新と急速な回復を図らねばはらない。
【財政破綻とインフレ】
財政破綻したインフレそれも悪性インフレが来るというのが財政破綻を心配している論者の共通認識だ。リフレ派はもともと財政破綻はないと言っているから関係ないけど、彼らが好都[convenience]と考える年3%には収まらなくて最後はハイパーインフレまでいくかもしれない。でも国債清算上の要請からいえばインフレ率は高いほど好都合だ。財政破綻したから国債はチャラではないかって?財政破綻は国債は償還できない(つまり金は返せん)と宣言することを含むが、それで債務が無くなるわけではない。国家が続くかぎり償還義務は残る。しかしハイパーインフレになれば額面800兆円の国債残高も、戦闘機1機の値段と同じになるかもしれない。実は世界史的にみても国家財政を破綻させるほどの借金はほぼ例外なくハイパーインフレによって清算してきたのだ。日本がハイパーインフレになるかはわからないが悪性インフレにはなるだろう。それでも国債残高は実質なん分の1にはなるだろう。悪性インフレはハイパーインフレの下だから、仮にこれをスーパーインフレと呼ぶと、財政破綻はコンビニを素通りしてスーパーに入るのだ。お後がよろしいようで。
《これからが本題》
【松岡圭祐『万能鑑定士Qの事件簿』1・2の中のハイパーインフレーション】
悪性インフレなりハイパーインフレの前に財政破綻とか経済崩壊が先行することは通念だけど、ハイパーインフレが財政破綻と経済崩壊をもたらす面もある。では財政破綻や経済崩壊が先行しない前にハイパーインフレが起こるとしたらどんな原因だろう。そんなハイパーインフレが松岡圭祐『万能鑑定士Qの事件簿』(角川文庫)の1冊目を読んだら出てきた。そして2冊目でそのカラクリがあきらかにされた。
僕がこのシリーズを読みだしたのは、最新の10冊目をふと書店で手に取ってみると、主人公の凛田莉子が万能鑑定士の能力を身につけた秘密がこの10冊目であかされるという。ちなみに「万能鑑定士」というのは公的な資格とか称号ではなく、博学と観察力でなんでも鑑定する仕事をするとういう屋号なのだ。ぼくは大いに興味をひかれた。でも10冊目から読んでも今までの経過がわからなくなる。それでAmazonの中古でまず1冊目を取り寄せて読んで見ることにした。もし面白くなかったらそれでやめれば良いから。ところが第1冊目から日本がハイパーインフレーションになる場面がでてきたのだ。それも財政破綻は関係なしに。主人公は犯行声明をマスコミにした偽札団を追って東京と自分の故郷でもある沖縄を駆け回る。1冊目で解決しないので2冊目も注文した。
ところで政府の財政破綻が原因ではないハイパーインフレーションの方法は昔から知られており実際に実行されようとした。『ヒトラーの贋札』という史実に基づいた映画がある。僕はレンタルDVDで見た。主人公は偽造書類の作製を得意とするユダヤ人の画家だ。第二次世界大戦中にナチスの収容所に収容された彼は他のユダヤ人とともに収容所内でイギリスのポンド紙幣のニセ札づくりを命じられる。目的はそのニセ札を飛行機により多量にイギリスにばら撒いてイギリスにハイパーインフレを起こさせて経済的にイギリスを壊滅させようとしたもの。見本ができスバイがイギリス国内の銀行で鑑定させたが本物との鑑定がでた。後は量産するだけとなったが、ポンド作製をやめてドル紙幣のニセ札を作れという命令がきた。戦争に必要な資源物資を購入するためだ。
飛行機でお札をばら撒くなんて、他にも聞いたような、と思ったら、ヘリコプターならあった。ヘリコプター・ベンのことだ。ヘリコプター・ベンと言うのは、アメリカのFRB議長のベン・バーナンキがお金の流通量を増やせばインフレになって景気がよくなる。そのためならヘリコプターからお金をばら撒くのも良い方法と言ったことによる(最初に言ったのはフリードマンの説あり)。バーナンキはアメリカ経済を繁栄させるために、ヒトラーはイギリス経済を破壊するために、同じ方法を行なおうとしていたのだね。いやひょっとしたらバーナンキも潜在意識ではアメリカの破滅を望んでいるのかも。マチガイナイ。方法が同じなら結果も同じだもの。
『万能鑑定士Qの事件簿』1・2のなかでもニセ札の大量流入が原因と思われた。偽造団をなのる者からマスコミ各社へありえない同じ番号の一万円札が送られてきて、どちらも本物としか鑑定されなかった。一万円札の図柄を描いた工芸員が警察の捜査をふりきり失踪する。それより決定的なのは、日銀が民間金融機関に供給するマネタリーベースは93兆2171億円なのに、政府調査で推計され流通する通貨量はそれを20兆円以上上回っていた。
僕がまず思ったのは、20兆円という大量の紙幣が日本経済に流入したのなら必ずその流入口の痕跡がわかるはずだ。全国の金融機関の統計をとるだけでも、どこの地方のどの業種からお金の流れが異常に増えたことがわかるはず。つぎに93兆円が117兆円に増えたぐらいでハイパーインフレになるかなということ。貨幣数量説的にいうと倍の物価にもならないことになる。この小説ではそんな貨幣数量説は相手にせず(それは正しい)、流通しているお札にニセ札が多量に紛れこんでいると思われるが、それを誰も識別できないうえに、政府がニセ札を容認しない姿勢を貫くため、お札に対する信頼性が著しく失われたことがハイパーインフレ発生の原因らしい。
この本のネタバレになるけど、真相はこうだ。実はニセ札は存在しなかった。マスコミに送られた2枚の1万円札は実は2枚とも本物で、書き変えしやすい数字が1字違いになっている番号のお札を数字を変えて、同じ番号にして送ったのだ。細かい字を書ける画家が墨を使って手をいれて、特許のため公表されている札とおなじコーティングをして墨を紙と融合させたので番号の偽造も見破れなくなっていた。20兆円のマネタリーベース増はニセ札が多量に出回っていると信じた国民がタンス預金をとりだして銀行に預けたため。でも古くからのタンス預金なら本物にちがいないのにね。誰も本物と証明できないから銀行に預けて通帳上の数字にした方が安心かな。これがハイパーインフレになったのは上記にも書いたように、貨幣に対す信頼かくずれたため。大変凝っていて説得力もある。でもこの方法も人々を操作できる前提に立っているがそれは間違っているだから現実には不可能だ。だから小説にできるかな。
いろんな書物でいろんな形で財政破綻への懸念が述べられている。これは国債消化の大本の原資である国民の預貯金の残額が残り少なくなってきたことといわゆる団塊の世代が65歳を越えはじめ社会保障費の急増が目前の日程に上がってくるという従前からのスケジュールに加え東日本大震災による財政支出増と税収減が避けられないからだ。これにリフレ派の人達が主張している国債の日銀直接引き受けなどが行われたら、それこそ国債暴落、財政破綻のトリガーになりかねない。
【能天気なリフレ派】
リフレ派の人はお金をジャバジャバ印刷してインフレにすれば万事解決みたいな事をいうが、現在のアメリカの混迷をどう見るのだろうか。そもそもリフレ派の主張は最新の経済学研究の成果と言いながら、「インフレは貨幣現象(=客観的社会現象)」と「インフレ期待(=心理現象)を持たせなければならない」という論理矛盾を平気で主張する。高橋洋一氏に至ってはテレビで「お金ジャバジャバでも日本はデフレだからハイパーインフレにならない」とこれだけなら同意できないがまあ一つの主張として聞けるが、続けて「もしハイパーインフレになりそうだったらお金の供給をとめればいい」と言った。これは「高血圧になりそうなら心臓を止めればいい」と同じ理屈で非常に無責任。貨幣の供給を国内の経済取引の全面停止なしではやめられなくなったからハイパーインフレになるのだ。
【求められる経済構造の転換】
ここ20年間アメリカが幾ばくかの経済成長をして日本が停滞したのは金融政策の違いによるものではない。アメリカは産業構造を金融業やIT産業など生産性の高い産業にシフトさせてきたが、日本は規制などにより産業構造の転換が遅れてきたうえに従来の工業がキャチアップしてきた新興国との激しい競争にさらされてきたからだ。日本の停滞を人口構造の高齢化にみる考えかたもある。たしかにこの間アメリカはラテンアメリカから若い労働力、アジア(中国韓国インド)から専門的高学歴者を多量に受け入れて先進国の中での一番の人口増化率をほこっている。だからそうした人口構造の面も否定できないが、僕は産業構造の転換の遅れに心引かれる。というのは40〜20年前の日米の構図(繊維〜自動車貿易紛争)が現在の日中の構図と相似であるならば日本もアメリカがしたように産業構造を変えざるをえない(変えなければ停滞する)。これは野口悠紀雄さんの説。
【非伝統的金融政策の本質】
そもそも非伝統的金融政策の本質は、むかしながら(だからある意味伝統的)の自国の通貨安による近隣国炎上政策と、株式買い上げによって株価を人為的に吊り上げ株式を保有している企業や金融機関の含み資産を膨らませる詐術にあると思う。自国の通貨価値を毀損しての通貨安による輸出競争は過去に世界経済を荒廃させたので表立ってはできなくなっている。また株式は市場で取引されている物はほんの一部だが、市場での株価は株式全体の価格と見なされる。だから中央銀行が株式を購入するのは貨幣を社会に行き渡させるためではなく、株式を多量に保有している大企業や金融機関の含み資産を増やすことなのだ。それらの経済倫理にもとるとして否定された手口を非伝統的金融政策とか新しい知見などと表紙だけ張り替えただけなのだ。それは経済発展のためには害こそあれ益はないのだか、それがアメリカで幅をきかすのは、選挙までの間でも経済指標をよく見せたいという政治的要請があるのだろう。
さて話は本題に戻るろう。野口悠紀雄さんといえば、幸田真音さんと『日本人が知らない日本経済の大問題』(三笠書房)という本をだしているね。これは昨年(2010年)の本だから国債暴落(金利上昇、インフレ)が10年以内に起きるといっているが、本の中心は産業構造とかビジネススタイルの転換の必要性だ。しかし大震災をへて、復興財源がとりざたされるなか、リフレ派の蠢動が活発化しており、国債の扱いいかんによっては近々の財政破綻が予想されるので、それを警告する本が最近目だっている。須田慎一郎『国債クラッシュ』(新潮社)、池上彰『先送りできない日本』(角川oneテーマ21)、上野泰也『国家破局カウントダウン』(朝日新聞出版)などである。
【幸田真音『財務省の階段』と高橋是清とバーナンキ】
余談だが、幸田さんは最近『財務省の階段』(角川書店)という経済スリラーという新ジャンルの小説本を出した。その中に本の表題にもなっている短編『財務省の階段』は財務省の階段下の書庫に保管されている昭和初期の記録文書を研究していた若手官僚が不審な自殺をするというもの。大蔵大臣の高橋是清は満州事変の勃発による戦費調達のためやむなく一時的な措置として国債の日銀の直接引き受けをおこなった。だが翌年度は大幅な緊縮予算を組み軍部の大きな恨みをかい2・26事件で殺された。若手財務官僚の原田は高橋是清の苦闘と当時と現在の類似を感じとり、決して国債の日銀直接引き受けなどは許してはならないと苦慮するが軍部の亡霊に殺されたというのがその内容。幸田さん、ネタバレになって本の売り上げが落ちたら御免なさい。でも本の目的は上記の主張の仮託だと思うのだから許してくれるかも。
アメリカのFRB(中央銀行、日銀のようなもの)のバーナンキ議長は、日本の高橋是清が日銀の国債直接引き受けで恐慌脱出したのを研究して非伝統的金融政策を打ちたてという。でもバーナンキはまともに研究してなんかいないよ。ただ高橋是清が国債の日銀直接引き受けを行なったことと日本がいちはやく恐慌から脱出したことをもつて自己の非伝統的金融政策理論の実証にしたのだ。でも幸田さんも言うように国債の日銀の直接引き受けは一時的な緊急財政手当であり貨幣供給増を意図した物ではない。実際に高橋是清は日銀が引き受けた国債を市中銀行にすみやかに引き取るように依頼している。だから意図も実状もバーナンキの考えるような貨幣の大量供給ではない。バーナンキが高橋是清を持ち出すのは実証主義手法の悪い例であり擬似科学の見本である。ついでに高橋是清は日本のケインズと言われ従来から金融政策よりも財政政策を評価されてきた。国債を発行して政府支出を増やして景気を回復したというもの。しかしそんなにケインズ的財政政策って有効かな?アメリカでも大恐慌から本当に回復したのはニューデール政策の公共支出の時ではなく第二次世界大戦にはいってからという。だから日本が早く大恐慌から抜け出したのは満州事変とその後の関東軍の拡大を始めとする急速な軍備拡張のせいかもしれない。
なお一昨日(8月16日)の「経済教室」で小黒一正一橋大准教授は、『限界に近づく日本財政 国民貯蓄減で生産縮小も』という論文のなかで、高橋是清蔵相の言葉を引用している。「多額の公債が発行されたにもかかわらず、いまだ弊害が表れずかえって金利の低下や景気回復に資せるところが少なくないので、世間の一部にはどしどし公債を発行すべしと論ずる者もあるが、これは欧州大戦後の高価なる経験を無視するものである」
いろんな禁じ手は、それに手を染めて結果として厳しいしっぺ返しを受けた時は、もう二度としないと反省するが、世代が替わり体験をしていない人たちが経済活動の担い手になるとまた同じ誤ちをしたくなるらしい。でも記録はげんとして残っているので知らないはずはないのだが、彼らは愚か者に共通の万古不変の言葉を吐く。「今度は違う、なぜなら・・・」ってね。バブルなら「IT産業は永続するブームでバブルではない」とか、「土地価格は決して下がらないので不動産投資はバブルではない」とか、「ノーベル賞級学者が作った金融工学を使えば損失を回避できる」などと言われたが結果はいつも同じだ。国債乱発の場合のものは「あたらしい経済理論」とか「現代的通貨システム」とかね。これは今現在のアメリカの混迷をみれば結果は同じだ。アメリカの二度の量的緩和も発動し始めた時の目標は失業率の改善だが結果は失業率には変化がなく、回復したのは主に企業収益(特に銀行のもの)と株式市場だけだ。これはabz2010[http://d.hatena.jp/abz2010/ ]さんのアメリカの学者の記事の紹介によるが、上に書いた非伝統的金融政策の本質からすれば当然の結論だ。アメリカでは企業関係者から再度の量的緩和つまりQE3を求める声があるが、それはないな。だってエリザベス女王(QE)は現在の2世(QE2)までしかないから。
【金融政策の行き詰りと非伝統的金融政策の出現】
ここで伝統的金融政策と非伝統的金融政策の違いを述べると、伝統的金融政策とは以前は普通に金融政策と呼ばれたもので、おもに中央銀行が銀行へ貸出す金利を下げることや銀行の持っている国債を買い上げて銀行の手持ち資金を潤沢にして、銀行が企業などに貸し出す金利を下げて景気を刺激しようと言うもの。しかし先進国の多くで中央銀行の金利が0%かそれに近い超低金利にすでになっているから金融政策を実行する余地がなくなってきた。そのため出てきたのは非伝統的金融政策または量的緩和政策だ。金利を操作してお金をいきわたさせるのではなくて、中央銀行が市中の債権や株式を買い上げで直接に市中に多量のお金を流通させようというもの。中央銀行の国債直接買い上げはこの極端なもの。この政策の主旨はインフレを起こして景気を良くしようと言うもの。でも本質はこの文の上記に書いたとおり。
でも非伝統的金融政策は論外としても、金融政策自体が害が益よりはるかに大きいのだ。もともと金利というのは取引きで決まるお金の値段だ。それは起業家が事業資金計画をたてるための貴重なシグナルとなっていた。ところが金融政策で人為的に金利が操作されると正しい情報が市場に伝わらなくなる。人為的に低くされた金利は投機対象を見つけた投機家・金融機関・企業に潤沢な投機資金を提供してバブルを起こさせるが、一度バブルがはじけて投機対象を見失うといくら金利を低くしても誰も借りなくなるうえに景気を考えると金利をあげられない。リフレ派の人たちはインフレ期待を煽るため、中央銀行(日銀)にずっと金利を上げないと宣言せよという。そうなるとどうなるかな?本来なら金利が下がった今なら融資を受けて事業を拡大(or起こす)するチャンスととらえるのだが、人為的な低金利が続くと思うとしばらく市場動向を見てみようということになる。金利の動きに反応するのは金利のシグナル性があるからなのに、シグナル性を奪ったもので人々を反応させようとするのは矛盾だね。リフレ理論の本質は、人々を操作[manipulate]できると考えるその社会主義性(マルクス教にせよワルサス流にせよ)にある。
リフレ派の人たちはバブルを起こした方が景気は良くなると考えているふしがある。それはバブルとインフレは双子の兄弟みたいなものだから。バブルは、はじける前にうまく抑制すれば良いと考えているみたいだけど、一度のったら途中でおりることが困難で、膨らんだら必ずはじけるのがバブルなのだよ。
【財政破綻に対する僕の考え】
ここで僕の考えを述べておくと、財政破綻は理屈からは回避できるが、現実には避けられないうえに日本社会にとって必要かもしれないと思う。もちろん財政破綻により多くの公共機関はストップし生活保護なども多くの自治体では(国庫負担分の)減額か不支給になり自殺者や飢え死にする人もでるかもしれない。また公共需要で商売していた業者は突然に注文や支払いがなくなって倒産するだろう。財政破綻に続くインフレーションは多くの人から財産を奪い、ハイパーインフレションになれば経済機構は壊滅するだろう。だから避けられれば避けた方が良い。
理屈では避けられるというのは、日本は消費税率が他の先進国に較べて低いから課税の余地があり、例えば先進国並みに消費税率を20%にして政府支出も減らせば財政は均衡するだろう。そうなればいくら国債残高があっても(ただし国債の利率が経済成長率より高いと話しは別)破綻は避けられる。というのは今国債を購入している人が考えているように「国家には寿命がないと期待される」から。つまり定年や寿命がある人間には住宅ローンで借りられる金額が限定されるのと反対の理屈。これは小泉祐一郎さんの『経済学バトルロワイヤル』(ナツメ社)から知ってなるほどと思った。
寿命がなくて無限に後の世代に先送りできるなら、早晩壁にぶち当たるのが致命的なネズミ講から壁を取り除いたようで便利このうえないと言えるだろう。でもそれは財政が均衡してこれ以上国債残高が増えない場合の話。今のように毎年新規国債を発行し続ければ、間もなく国民の預貯金を食い尽くし国債の買い手が無くなるだろう。そうなったら海外資金を求めれば壁は突破できると思うかもしれないが、この段階での外国資金の目的は空売りで暴落させて利益を得ることだ。
だから財政破綻を避けるには早急に財政を均衡させることだが、そのためには増税が必要だが、国家財政に寄生する不当利得者や不合理非効率な支出が目に余る現状では大胆な行政改革なしではとても増税は国民に受け入れないだろう。並みの大臣なら官僚に対する自己の無力さに気づき自己の任期中だけの安寧を求めて官僚と妥協屈服するだろう。
かくして財政破綻を回避できるとしたら、国の指導者に、強い意志とアピール力と官僚にごまかされないブレインと大衆支持のバックアップが必要だ。ヒトラーについて言っているようだが小泉純一郎にも当てはまるかも。でも今の日本ではもう無理な気がする.一番の理由は、大なり小なりの既得権益を持っている人が日本社会に広範に存在して、本質的に被害を被っている者も別の面では既得権益者でありうる。また一般的の人々の多くが不条理で不正と感じていることを取り上げようとすると必ずポピュリズムとの批判を受ける。これは既得権益者が広範にいるという面と、今までの政治家が選挙で言うのみで、実行面では貫く意志も能力もなかったせいであろう。分裂しがちな国民の意志をまとめあげてそれを背景に大胆な行政改革を行なうのは至難の技だ。だから僕は不可能と断じる。
右翼的な意味(個人的心情や主義)でなくても国民精神とか民族精神とか言うと、ヘーゲルが嫌いなはずのポパー信奉者らしくないのだが、僕はそうした物があるような気がしている。第二次世界大戦での対米開戦も日中戦争で収拾がつかなくなった日本国民の敗戦とそれによる軍閥の清算を求める無意識の集合体が引き起こしたと思っている。だから、不当利得と既得権益にまみれたこの日本を洗濯するために財政破綻の業火の洗礼は避けられないと思う。財政破綻すれば不要なものは暴力的に剥ぎ取られ、真に必要なものだけが残るはずである。しかしこの民族精神なるは個人を識別しないので罪の無い人々も苦しむことになるかもしれない。でも避けられないものならそれを契機とした社会機構の刷新と急速な回復を図らねばはらない。
【財政破綻とインフレ】
財政破綻したインフレそれも悪性インフレが来るというのが財政破綻を心配している論者の共通認識だ。リフレ派はもともと財政破綻はないと言っているから関係ないけど、彼らが好都[convenience]と考える年3%には収まらなくて最後はハイパーインフレまでいくかもしれない。でも国債清算上の要請からいえばインフレ率は高いほど好都合だ。財政破綻したから国債はチャラではないかって?財政破綻は国債は償還できない(つまり金は返せん)と宣言することを含むが、それで債務が無くなるわけではない。国家が続くかぎり償還義務は残る。しかしハイパーインフレになれば額面800兆円の国債残高も、戦闘機1機の値段と同じになるかもしれない。実は世界史的にみても国家財政を破綻させるほどの借金はほぼ例外なくハイパーインフレによって清算してきたのだ。日本がハイパーインフレになるかはわからないが悪性インフレにはなるだろう。それでも国債残高は実質なん分の1にはなるだろう。悪性インフレはハイパーインフレの下だから、仮にこれをスーパーインフレと呼ぶと、財政破綻はコンビニを素通りしてスーパーに入るのだ。お後がよろしいようで。
《これからが本題》
【松岡圭祐『万能鑑定士Qの事件簿』1・2の中のハイパーインフレーション】
悪性インフレなりハイパーインフレの前に財政破綻とか経済崩壊が先行することは通念だけど、ハイパーインフレが財政破綻と経済崩壊をもたらす面もある。では財政破綻や経済崩壊が先行しない前にハイパーインフレが起こるとしたらどんな原因だろう。そんなハイパーインフレが松岡圭祐『万能鑑定士Qの事件簿』(角川文庫)の1冊目を読んだら出てきた。そして2冊目でそのカラクリがあきらかにされた。
僕がこのシリーズを読みだしたのは、最新の10冊目をふと書店で手に取ってみると、主人公の凛田莉子が万能鑑定士の能力を身につけた秘密がこの10冊目であかされるという。ちなみに「万能鑑定士」というのは公的な資格とか称号ではなく、博学と観察力でなんでも鑑定する仕事をするとういう屋号なのだ。ぼくは大いに興味をひかれた。でも10冊目から読んでも今までの経過がわからなくなる。それでAmazonの中古でまず1冊目を取り寄せて読んで見ることにした。もし面白くなかったらそれでやめれば良いから。ところが第1冊目から日本がハイパーインフレーションになる場面がでてきたのだ。それも財政破綻は関係なしに。主人公は犯行声明をマスコミにした偽札団を追って東京と自分の故郷でもある沖縄を駆け回る。1冊目で解決しないので2冊目も注文した。
ところで政府の財政破綻が原因ではないハイパーインフレーションの方法は昔から知られており実際に実行されようとした。『ヒトラーの贋札』という史実に基づいた映画がある。僕はレンタルDVDで見た。主人公は偽造書類の作製を得意とするユダヤ人の画家だ。第二次世界大戦中にナチスの収容所に収容された彼は他のユダヤ人とともに収容所内でイギリスのポンド紙幣のニセ札づくりを命じられる。目的はそのニセ札を飛行機により多量にイギリスにばら撒いてイギリスにハイパーインフレを起こさせて経済的にイギリスを壊滅させようとしたもの。見本ができスバイがイギリス国内の銀行で鑑定させたが本物との鑑定がでた。後は量産するだけとなったが、ポンド作製をやめてドル紙幣のニセ札を作れという命令がきた。戦争に必要な資源物資を購入するためだ。
飛行機でお札をばら撒くなんて、他にも聞いたような、と思ったら、ヘリコプターならあった。ヘリコプター・ベンのことだ。ヘリコプター・ベンと言うのは、アメリカのFRB議長のベン・バーナンキがお金の流通量を増やせばインフレになって景気がよくなる。そのためならヘリコプターからお金をばら撒くのも良い方法と言ったことによる(最初に言ったのはフリードマンの説あり)。バーナンキはアメリカ経済を繁栄させるために、ヒトラーはイギリス経済を破壊するために、同じ方法を行なおうとしていたのだね。いやひょっとしたらバーナンキも潜在意識ではアメリカの破滅を望んでいるのかも。マチガイナイ。方法が同じなら結果も同じだもの。
『万能鑑定士Qの事件簿』1・2のなかでもニセ札の大量流入が原因と思われた。偽造団をなのる者からマスコミ各社へありえない同じ番号の一万円札が送られてきて、どちらも本物としか鑑定されなかった。一万円札の図柄を描いた工芸員が警察の捜査をふりきり失踪する。それより決定的なのは、日銀が民間金融機関に供給するマネタリーベースは93兆2171億円なのに、政府調査で推計され流通する通貨量はそれを20兆円以上上回っていた。
僕がまず思ったのは、20兆円という大量の紙幣が日本経済に流入したのなら必ずその流入口の痕跡がわかるはずだ。全国の金融機関の統計をとるだけでも、どこの地方のどの業種からお金の流れが異常に増えたことがわかるはず。つぎに93兆円が117兆円に増えたぐらいでハイパーインフレになるかなということ。貨幣数量説的にいうと倍の物価にもならないことになる。この小説ではそんな貨幣数量説は相手にせず(それは正しい)、流通しているお札にニセ札が多量に紛れこんでいると思われるが、それを誰も識別できないうえに、政府がニセ札を容認しない姿勢を貫くため、お札に対する信頼性が著しく失われたことがハイパーインフレ発生の原因らしい。
この本のネタバレになるけど、真相はこうだ。実はニセ札は存在しなかった。マスコミに送られた2枚の1万円札は実は2枚とも本物で、書き変えしやすい数字が1字違いになっている番号のお札を数字を変えて、同じ番号にして送ったのだ。細かい字を書ける画家が墨を使って手をいれて、特許のため公表されている札とおなじコーティングをして墨を紙と融合させたので番号の偽造も見破れなくなっていた。20兆円のマネタリーベース増はニセ札が多量に出回っていると信じた国民がタンス預金をとりだして銀行に預けたため。でも古くからのタンス預金なら本物にちがいないのにね。誰も本物と証明できないから銀行に預けて通帳上の数字にした方が安心かな。これがハイパーインフレになったのは上記にも書いたように、貨幣に対す信頼かくずれたため。大変凝っていて説得力もある。でもこの方法も人々を操作できる前提に立っているがそれは間違っているだから現実には不可能だ。だから小説にできるかな。