goo

昌原(チャンウォン)、第1日目。

釜山から、KTXでもない、セマウル号でもない、ムグンハ?号に乗って、マサン駅に到着。

途中で乗り換えがあったので、ひやひやしたが、セーフ。

予め予約しておいたマサンアリランホテルに到着。マサン駅から1分。

チェックインしようとしたら、どうも指名手配されていたようで、

キョトンC様ですかと念を押される。ハイと答えるとフロントのお姉さんがどこかに電話。

すると、電話の向こうは、H医療財団の金様であった。

前日、私の係りになりましたとメールが入っていた。

28分で金様が到着。アリランはキャンセルして、H病院の近くにある、Pホテルが良いですよと。

確かにマサンからH病院までは遠かったので、Pホテルに宿泊することに。

15階の素晴らしい眺め。

釜山は最悪のホテルだったが、このPホテルは最高。

H財団の金様と遅めのお昼を。

H病院で職員様対象の講演を15日にすることになっていたのだが、このお昼の打ち合わせで、急遽、講演テーマを変更することに。

金様の意向ではなく、小生が勝手に自己決定でテーマと中身を変更した。

研修講演なので、病院と老人ホームの職員様に最も身近で参考になる話の方が良いに決まっている。

大至急、パワポのスライドを削除したり加筆修正したり、えらく時間がかかった。

かって、ハン・ヒョジュ氏が<アドリブ・ナイト>という映画の主演をしたが、さしずめ、私の場合は、<アドリブ・デイ>であった。

/////////

      昨日のアルコール

         キリンビール 瓶ビール小瓶 1本 少ないなあ。 

 

 

 

コメント ( 3 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

釜山3日目、上海料理。

訪韓前に、何年振りかで原稿を書くために<徹夜>した。

完徹である。

その原稿は、連載原稿で34回目。とても融通の利く媒体で、他の仕事で原稿が書けない時は<パス1>ができる。

これまでも何度も<パス1>をしてきた。

定められた締め切り日を過ぎてから、5日間で原稿を書くというウルトラQを、無理の利かなくなったこの歳ですること自体、無茶な話だ。

加藤茶だってしないと思う。

今回は<パス2>を避けなければならないという<根拠のない責任感>から、無茶をした。

誰もそこまで無理することを期待してはいないのに・・・・。

そう、痛い性格なのでR。

その翌日も訪韓の準備で忙しく、夜が来るまで寝ていない。

翌日の夕方、セントレアホテルに移動したのだが、金山駅ホームの風がやけに冷たく、何故か、<膝に寒さを感じた>。

翌朝6時起床。タンが出た。焼肉ではない。

私の場合、タンが出れば、風邪を引いたというサインである。

今回、生まれて初めての<風邪を伴うインタビュー調査研究出張>となった。

私の場合、風邪を引くと<必ず声が出なくなる>。

ソウル3日目から、声が出にくい。

というか、<変声期のような声を絞り出す>状態。

私の場合、風邪は必ず悪化し、必ず悪寒と発熱でダウンしてきた。40代後半までは。

不幸中の幸いとはこのことで、咳とクシャミはひどいが、悪寒、関節痛、40度近い発熱はない。

ずっと37度台前半の感じである。

ということで、釜山3日目は、チャガルチ市場、国際市場を久しぶりに散歩し、

のんびりしようと計画していたのだが、寒い部屋でずっと横になっていた。電気毛布様様である。

夜、あろうことか、中華料理が食べたくなった。

私の場合、絶不調でも<食欲>だけは絶滅しない。

あろうことか、ラーメンと餃子が食べたくなった。

釜山駅前に、<チャイナタウン>がある。

自分の勘だけを頼りに、上海料理屋へ。

焼餃子とビールと麺を注文。

出てきた餃子は、揚げ餃子12個。話が違う!

油ギッシュで、くどそー。念のために、お姉さんに聞いたが、これが焼餃子。

絶不調なので、完食出来ず、餃子を一つ残す。

麺も食べれないことはないが、全く美味しくない。ちょっとだけ残す。ビールだけは、約束のお味。

弱り目に祟り目とはこのことだ。

チャイナタウンのはずが、半分は<ロシアタウン>。釜山港に立ち寄る船員さんのための飲み屋さんがずらり。

 

 

 

コメント ( 8 ) | Trackback ( 0 )
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする