小泉内閣総理大臣記者会見[衆議院解散を受けて] 平成17年8月8日
解散直後の小泉総理の演説、NHKでの放送開始時は10%ほどだった視聴率が終了時には27%にも上昇していたという。たぶん、チャンネルをザッピングしていた人は熱弁に引き込まれてリモコンを操る手が止まり、あるいは親しい人々に電話やメールで「小泉さんが凄い演説してるから見て!」と自発的に宣伝したのだろう。
2ちゃんねるでも
「信念を貫き通す漢の顔だ」
「断言した・・・・・公認しないと。なんて決意だ・・・震えた」
「ギレン・ザビ以上の演説」
「きっと、ジュリアス・シーザーの演説というのは、こんな感じだったのだろうな」
などの絶賛の書き込みがあふれた。
もちろん冷笑的な、あるいは鋭く批判するような意見もあったが、賞賛と批判の割合は私の見たいくつかのスレッドを合わせて8対2くらい。人の心に響く言葉という意味で「名演説」だったことは疑いない。
で、私も演説を見ていたのだが、小泉ファンを自認しているにもかかわらずそれほどの感銘を受けなかったというのが正直なところ。これまでの小泉の発言、彼の性格と能力からしてこれくらいの演説をして当然という気持があった。
「繰り返しが多い」「話が抽象的」「表情が怖すぎやしないか」「『国民に聞いてみたい』というフレーズは良い」など、まるでカール・ローブ(ブッシュの選挙参謀)のような視点で距離を置いて見てしまった。柄にもなく小賢しい真似をして感動する機会を逃してしまったようでちょっと残念である。
さて、この演説は有権者の気持を大きく動かしたようで、各社の世論調査では解散前と比べ支持率が約10%の上昇を見た。あちこちで「強引な政治手法」「無理な解散」と批判されたマイナス分を考えると、演説の効果は支持率15%アップほどにもなるかもしれない。なんとも凄いことである。
気迫と信念に裏打ちされた言葉の力を見せ付けられて、日ごろ言葉を商売道具にしながら手入れを怠り切れ味を落とすばかりのマスコミや言論人はいったいどう思ったろう。お手軽な批評ごっこに興じている自分たちの有様を少しは反省しただろうか。いや、どうもそういうことはありそうにない。残念である。
とりあえず選挙戦の第一ラウンドは小泉が強烈なストレートパンチを放った。今度こそ政権を奪取すると意気込んでいるはずの民主党・岡田代表には、小泉に負けない力のある言葉で有権者の心を動かしてほしい。クリンチやウィービングで逃げるばかりではノックアウトはもちろん判定勝ちも得られるはずない。審判である有権者の目をごまかすことはできない。
解散直後の小泉総理の演説、NHKでの放送開始時は10%ほどだった視聴率が終了時には27%にも上昇していたという。たぶん、チャンネルをザッピングしていた人は熱弁に引き込まれてリモコンを操る手が止まり、あるいは親しい人々に電話やメールで「小泉さんが凄い演説してるから見て!」と自発的に宣伝したのだろう。
2ちゃんねるでも
「信念を貫き通す漢の顔だ」
「断言した・・・・・公認しないと。なんて決意だ・・・震えた」
「ギレン・ザビ以上の演説」
「きっと、ジュリアス・シーザーの演説というのは、こんな感じだったのだろうな」
などの絶賛の書き込みがあふれた。
もちろん冷笑的な、あるいは鋭く批判するような意見もあったが、賞賛と批判の割合は私の見たいくつかのスレッドを合わせて8対2くらい。人の心に響く言葉という意味で「名演説」だったことは疑いない。
で、私も演説を見ていたのだが、小泉ファンを自認しているにもかかわらずそれほどの感銘を受けなかったというのが正直なところ。これまでの小泉の発言、彼の性格と能力からしてこれくらいの演説をして当然という気持があった。
「繰り返しが多い」「話が抽象的」「表情が怖すぎやしないか」「『国民に聞いてみたい』というフレーズは良い」など、まるでカール・ローブ(ブッシュの選挙参謀)のような視点で距離を置いて見てしまった。柄にもなく小賢しい真似をして感動する機会を逃してしまったようでちょっと残念である。
さて、この演説は有権者の気持を大きく動かしたようで、各社の世論調査では解散前と比べ支持率が約10%の上昇を見た。あちこちで「強引な政治手法」「無理な解散」と批判されたマイナス分を考えると、演説の効果は支持率15%アップほどにもなるかもしれない。なんとも凄いことである。
気迫と信念に裏打ちされた言葉の力を見せ付けられて、日ごろ言葉を商売道具にしながら手入れを怠り切れ味を落とすばかりのマスコミや言論人はいったいどう思ったろう。お手軽な批評ごっこに興じている自分たちの有様を少しは反省しただろうか。いや、どうもそういうことはありそうにない。残念である。
とりあえず選挙戦の第一ラウンドは小泉が強烈なストレートパンチを放った。今度こそ政権を奪取すると意気込んでいるはずの民主党・岡田代表には、小泉に負けない力のある言葉で有権者の心を動かしてほしい。クリンチやウィービングで逃げるばかりではノックアウトはもちろん判定勝ちも得られるはずない。審判である有権者の目をごまかすことはできない。
政官業しがらみ社会の「虎の尾を踏んじゃった」んだから、どうする、日本国民よ。
兎に角選挙に行こう、投票しよう
「分かりやすくて」「魅せる」演説というだけでヒトラーですか?
リンカーンのゲティスバーグの演説はどうでしょう?もしくは孔明の出師の表とか。もしくは大戦中のチャーチルの演説とか、マルチン・ルーサー・キング牧師のI have a dreamでもいいです。
どれも分かりやすくて魅せる演説ですよ。検索すれば原稿も見つかります。
ヒトラーの演説は原稿を(翻訳でも)読んだことはありませんので判断は難しいのですが、何か小泉氏の演説に比べるべき点はありましたか?教えていただければ幸いです。
ヒトラーの名前をいきなり出して比べるのは、悪質な印象操作にもとられかねないと思いますのでご注意ください。(ヒトラーやナチスには、大衆操作などの点においても非常に悪いイメージがつきまとっておりますので、安易に喩えに用いるのは考えものです)
世界において「偉大な政治家」と評価されている人々は、押し並べて演説上手です。いや、むしろ日本以外の国においては、演説上手でないと一流の政治家になるのは難しいと考えられているかもしれません。
日本においては、残念ながら「演説のうまい政治家=ヒットラー」という短絡的な思考回路ができてしまっています。このような思考回路の背景には、「沈黙は金なり」「巧言令色少なし仁」等のことわざに代表されるように「リーダー(特に政治家)は、あまりベラベラしゃべるべきでない」というような認識ができてしまっているからかもしれませんね。
申し訳ありません。お詫び申し上げます。
"しゃべる"人には例えば渡辺美智雄とか石原慎太郎とか居ますけど、彼らは要らん事もしゃべるのですな(笑)それに比べると、小泉さん言葉を選んでますよ。
藤田殿>
「政治家はあまりベラベラしゃべるべきでない」認識の裏には、ともすれば揚げ足取りに終始する日本の政治風土・マスコミ風土が大きいと私は思うのです。
それでも、ヒトラーでもカエサルでもリンカーンでも聴衆を魅了する能力という点ではどれも優れているわけでして、行われた行為の善悪はその人の能力に対しての批評とは無関係でしょう。近代以前において偉大な政治家というのは偉大な軍事指導者とほぼ同義です。
悪人の演説には価値が無いという歴史の観かたは偏った歴史観に陥りやすいと思いますよ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E6%B3%89%E7%B4%94%E4%B8%80%E9%83%8E
~~引用~~
・勤務実態がないにも関わらず、幽霊社員として厚生年金に不正加入していたとして追及された際、民主党岡田代表に対して「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろ、岡田さんあなたの会社もそうでしょ?」と発言したが、恣意的に「人生いろいろ、会社もいろいろ、社員もいろいろだ」部分のみが抜き出されて報道を繰り返されている。なおこのあと、岡田代表にも不正就労疑惑が発覚し、特定公務員の兼業規制に引っかかると問題になった。
~~引用終わり~~
というのが実情です。失言というより、マスコミが都合のいいところを切り抜いた印象操作と見るべきでしょう。
私のコメントの、「失言」のところ、「足元をすくわれた」に変えたほうが良いですね(笑)
もうご覧にならないかもしれませんが、念の為。私が申したかったのは、小泉演説に対して「ヒトラー」の名を出してくる「いやらしさ」への皮肉ですので、それ以外のことではありません。
ヒトラー演説のことをあなたは少しでもご存知ですか?そうでないならばあの譬えは悪意にしか受けとれませんね。皮肉もわからない方に野暮でした。ごめんなさい。場汚し失礼しました。