玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

宝剣で大根を切る

2009年12月13日 | 政治・外交
鳩山総理の「強い要請」で慣例に反して決められた中国副主席と天皇陛下の会見が新聞各紙で批判されている。

天皇特例会見 憂慮される安易な「政治利用」 : 社説・コラム : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
 天皇が時の政権に利用されたと疑念が持たれることは、厳に慎むべきなのだ。その基本を現政権はわかっていないのではないか。

asahi.com(朝日新聞社):社説 天皇会見問題―悪しき先例にするな
歴史的な政権交代があった。鳩山政権にも民主党にも不慣れはあろうが、天皇の権能についての憲法の規定を軽んじてはいけない。この大原則は、政治主導だからといって、安易に扱われるべきではない。今回の件を、悪(あ)しき先例にしてはいけない。

社説:天皇の特例会見 誤解招かぬ慎重さを - 毎日jp(毎日新聞)
1カ月ルールが政府内の事務的な取り決めであるのは確かだ。鳩山首相は「諸外国と日本との関係を好転させるためで、政治利用という言葉は当たらない」と語っている。内閣が掲げる「政治主導」とは相いれないと考えているのかもしれない。

 しかし、「(会見設定は)国の大小や、政治的に重要かどうかなどにかかわりなくやってきた」(羽毛田長官)との指摘にも留意する必要がある。一度のルール逸脱が今後、時の政権によって恣意(しい)的に拡大される余地を残してはならない。天皇の特例会見は内外の誤解を招かぬよう慎重になされるべきである。

【主張】天皇と中国副主席 禍根残す強引な会見設定 - MSN産経ニュース
天皇は憲法上、日本国と日本国民統合の象徴とされる。時の政権による政治利用は、厳に慎まねばならない。だが、今回設定される陛下と中国副主席の会見は中国でも一方的に宣伝されかねず、政治的に利用されている。


左翼だ反日だ、民主党応援団だと批判されることの多い朝日がはっきりと批判しているのを意外に思う人がいるかもしれない。実は朝日は昔から「エリート・エスタブリッシュメント御用達」のプライドがあり、昔から皇室報道は読売(ザ・大衆紙)などよりもちゃんとしている。もともと護憲派の朝日が天皇の政治利用を忌み嫌うのは当たり前のことで、何も怪しむことはない。毎日の社説も、一見すると鳩山総理を擁護しているようで実は言い訳を封じているようにも見える。結論としては「ルーツ逸脱」批判に間違いない。
各紙がこれほど足並みをそろえて批判するとは思わなかった。最高権力者(小沢氏・鳩山氏)の意向だろうと中国の強い要請だろうと、おかしなことは許さない、はっきり筆誅を加えるというのは結構なことである。各紙の社説担当者はよくやった。

かくのごとく全国紙の社説はすべて「異例の会見」を問題視し「天皇の政治利用は避けよ」と批判しているのだが、世論はどう反応するだろうか。私は空振りに終わるんじゃないかと心配している。
あまりこういうことは言いたくないのだが、平均的な日本国民が皇室について充分な知識を持っているとは思えない。「なんとなく敬愛している」人は多いけれど、皇室の歴史的・文化的意味とか、国際社会の中でどれほどの権威があるのかといったことを意識している人は少ないんじゃないか。皇位継承問題を一般家庭の跡継ぎ問題と同レベルで論じる人の多さを見ると、皇室が特別な存在であり政治的爆弾になりかねないことを知らない人のほうが多そうだ。

今回の「慣例破りの会見」をごく安直に考えれば、「今の社長が重要な取引先の副社長(次期社長候補)に会うことになった。ついでに名誉会長に会ってもらって何が悪い」ということになるだろうか。
実はこういう態度を批判するのはそれほど簡単ではない。皇室がなぜ特別な存在なのか、「偉い」のかといえば、「それは多くの日本国民がそう思っているからだ」という答はありうるし、「それなら多くの国民が慣例破りの会見をよしとすれば何も問題ない」と考えてもおかしくない。
そうはいっても、憲法で天皇は日本の象徴と規定されているし、大事なシンボルはそれなりにうやうやしく扱わないと自分たちの名誉も損なわれますよ、昔から「秘するが花」なんて言葉もありますし、善光寺のご開帳に全国から600万人も集まるのは歴史と神秘性と「もったいぶる」やりかたが有難がられているからで… と説明しても、皇室の名誉と日本国(国民)の名誉を重ねて考える習慣のない人には通じそうにない。軍部が天皇を政治利用したことが昭和前期の歴史をいかに狂わせたか、という話をしても「時代が違う、軍部じゃなくて民意を得ている民主党政権なら天皇を政治利用してもいいじゃないか」と言われそうだ。実は昭和初期の軍部も腐敗した政党と比べてずっと「民意を得て」いたのだが。

こんなことも考える。
とある地方都市に大昔から伝わる宝剣を祀った神社がある。
その街に工場進出を検討している外国企業の副社長がやってくる。副社長氏は「宝剣をぜひ拝見したい」と市長に申し入れる。
これまでの市長は急な拝観申し入れに対して「宝剣はわが町の大事な宝なので厳重にしまってあります。拝観するにはルールがあり、私にもルールを曲げることは出来ません」と断ってきた。
だが新しく当選した市長は「せっかくの宝剣をしまいこんでも仕方がない、見せて減るものじゃないんだからどんどん見せてやれ」「副社長氏が望めば宝剣で大根でもネギでも切ればいい、それで工場進出してくれるなら安いものだ」という実利一辺倒の考えだ。嫌がる神主に無理強いして宝剣を出させようとする。
市の有識者は「市のシンボルである宝剣は市長が好き勝手にしていい道具じゃない」と批判するが、市長は「そんなのは古臭い権威主義だ、私には市民の支持がある、宝剣を利用して何が悪い」と反省する様子もない。
さてどうなることか。問われているのは市民の見識である。


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2 コメント

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Unknown (へりへり)
2009-12-14 14:45:45
これから会見要請が外交関係の踏み絵として使われることになるかと思うと、なんて先例を作ってしまったんだと嘆きたくなります。
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Unknown (てつ)
2009-12-16 03:08:28
「1ヶ月ルール」なるものを今回初めて知ったくせに、あたかも昔から把握していたかのように大上段に小沢らを批判しているブログがかなり見られますね。ブログ主さんがどうなのかは知りませんが。

今回は、「天皇陛下の神秘性」を盾に宮内庁が好き勝手にお役所ルール作ってたら、現政権に官僚批判されてキレちゃっただけ、と自分の眼には映ります。
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