玄倉川の岸辺

悪行に報いがあるとは限りませんが、愚行の報いから逃れるのは難しいようです

総裁選「盗撮」は憲法違反か

2007年09月26日 | 政治・外交
自民党総裁選における杉村議員の投票「盗撮」を憲法違反だと批判するブログが多い。

 日本テレビ、自民党総裁選で「盗撮」、無記名投票を有名無実のものに:Garbagenews.com
 痛いニュース(ノ∀`):日テレが杉村太蔵の投票を盗撮→「麻生に投票した」と報道
 。(仮)記日折骨 | マス”ゴミ”と呼ばれる覚悟の上とお見受けいたす。
 オレンジのR+: 日テレが杉村太蔵の投票を盗撮→「麻生に投票した」と報道
 盗撮ってレベルじゃねーよ at gomlog
 ひつまぶし。 lω・`)
 Aの日記 福澤アナ、また涙の謝罪をするのかな


この事件についての15条4項違憲説は間違いである。どれくらい間違っているかといえば、
 「クジラを魚だと思う」
 「コウモリを鳥だと信じる」
 「タラバガニをカニだと主張する」(参照
といったレベルである。つまり
「一見してそう思うのは無理もないが、いつまでも言い張るのは恥ずかしい」

やけに偉そうな言い方をしてしまった。
間違いと断定した奴(私のことだ)は何者かというと、憲法について勉強したのは大昔のこと、高校の公民が最後である。専門的な知識など何もない。もちろん権威も信頼性もない。「なんだ、素人のたわごとか」と切り捨てる人はこれから先を読んでも時間の無駄である。


日本国憲法15条

条文

  1. 公務員を選定し、及びこれを罷免することは、国民固有の権利である。

  2. すべて公務員は、全体の奉仕者であつて、一部の奉仕者ではない。

  3. 公務員の選挙については、成年者による普通選挙を保障する。

  4. すべて選挙における投票の秘密は、これを侵してはならない。選挙人は、その選択に関し公的にも私的にも責任を問はれない。


総裁選「盗撮」が憲法違反だと主張する人たちは日本テレビが第四項「投票の秘密」を侵したと批判している。
なるほど、「すべて選挙における」と書かれているからには、自民党総裁選挙にも適用されると思うのは自然なことだ。
だが、本当にそれで正しいのだろうか。実際のところ、日本で行われている「すべて」の選挙で投票の秘密が守られているだろうか。
国会で行われている投票・採決の方法を見てみよう。

内閣総理大臣指名選挙 - Wikipedia

日本では、内閣が総辞職した場合、日本国憲法第67条の規定により、国会において文民である国会議員から内閣総理大臣を選出しなければならない。

内閣は国会法64条により衆議院と参議院に内閣の総辞職を通知する。本会議において議長から議員に通知を受けたことを報告し、その後直ちに記名投票による内閣総理大臣指名の議決を行う。

衆議院議長
議長選挙は無名投票であり(規則第3条第2項)、半数を得たものを当選人とする(規則第8条)。

参議院議長
議長選挙は単記無名投票である(規則第4条第2項)。

衆議院規則 第六節 表決
第百五十一条 議長が表決を採ろうとするときは、問題を可とする者を起立させ、起立者の多少を認定して、可否の結果を宣告する。

  議長が起立者の多少を認定しがたいとき、又は議長の宣告に対し出席議員の五分の一以上から異議を申し立てたときは、議長は、記名投票で表決を採らなければならない。
 (略)
第百五十二条 議長が必要と認めたとき、又は出席議員の五分の一以上の要求があったときは、記名投票で表決を採る。

参議院規則 第6節 表決
第137条 議長は、表決を採ろうとするときは、問題を可とする者を起立させ、その起立者の多少を認定して、その可否の結果を宣告する。
  議長が起立者の多少を認定し難いとき、又は議長の宣告に対し出席議員の五分の一以上から異議を申し立てたときは、議長は、記名投票又は押しボタン式投票により表決を採らなければならない。
第138条 議長は、必要と認めたときは、記名投票によつて、表決を採ることができる。出席議員の五分の一以上の要求があるときは、議長は、記名投票により、表決を採らなければならない。
 (略)
第140条の2 議長は、必要と認めたときは、押しボタン式投票によつて、表決を採ることができる。


以上のように、議長の選出(無名投票)以外の採決は「記名投票」「起立投票」(参議院のみ押しボタン式投票あり)で行われる。誰がどういう投票をしたか一目瞭然だ。大事な「投票の秘密」は無視されている。それなら国会の採決方法は憲法違反なのか。もちろんそんなことはない。何十年も続くあからさまな憲法違反(もしそうだとして)に誰も気付かないはずがない。

そもそもなぜ憲法に「投票の秘密」が規定されているか理解する必要がある。
一般の国民は建前としては主権者だが、実際はさまざまな圧力にさらされる弱い存在だ。A党支持を明らかにするとB党の支持者に怒られる。憲法改正論に賛成すると護憲論者に嫌われる。それが単に政治的意見の相違だけならいいが、生活への直接の圧力となり不利益を被る。そんな状況を野放しにしては政治的自由が萎縮し、民主主義が機能しなくなる。一般国民が投票の「選択に関し責任を問われる」ことのないよう15条4項「投票の秘密」規定が生まれた。

なぜ国会では「投票の秘密」が無視されるのか。
それは国会で投票するのは議員であり、政治のプロだからだ。
政治家は政治活動を行うことによって有権者に認められ議員の地位を得ている。政治は彼らの職業であり生活だ。政治的意思を公にして活動しなければ存在価値がない。その点「政治を目的に生きているわけではない」一般国民とまったく違う。
もちろん政治家にも一般人と同じく、いやそれ以上に強く政治的圧力がかかってくる。だがそれに負けるようでは政治家の資格はない。圧力をはねのけて政治的信条を守り、政策を実現するのが政治家の仕事だ。
強くあることが義務の政治家に一般人と同じ保護は必要ない。議員を政治のプロと認めた結果「投票の秘密」は無視される。
有権者にとっての利益を考えれば、ますます議員の「投票の秘密」を守る意味はない。自らの利益代表として送り込んだ政治家が誰を総理大臣に選びどんな政策を支持したか知るのは当然の権利だ。選択を隠そうとする政治家は信用できない。代議制民主政治において議員の特権として行われる投票は原則的に全て(国会の秘密会など例外はある)公開されるべきだ。そして、議員の選択は有権者によって評価され次の選挙での支持に影響する。一般国民とちがい政治家は「政治的選択について責任を問われる」存在なのだ。

このような考えからすると、自民党総裁選の議員投票が無記名投票であることのほうが異常である。
国会の議長選挙は無記名投票だが、議長は公平中立にして非政治的であることが求められる。プレイヤーではなくジャッジだ。特別な事情によって無記名投票が行われるのは理解できる。だが自民党総裁はまさにプレイヤー代表だ。内閣総理大臣が記名投票で選ばれるのだから、自民党総裁(河野洋平以外すべて総理大臣になった)を選ぶのも記名投票であるべきだ。
それならなぜ現在の総裁選が無記名投票なのかといえば、派閥支配の遺産だろう。かつては各派閥が所属議員を押さえ込み好き勝手な投票を許さなかった。自由投票も秘密投票も形だけのことである。あまりにもガチガチで何のために選挙をするのかわからない。せめて「自由」で「民主」的な姿を装うために、ボス支配の隙間として無記名投票が必要だったのだろう。何らかの事情で、あるいはやむにやまれず、派閥の命令に逆らって投票する議員がいても建前は無記名投票なので(実際はほとんどバレているのだが)お目こぼしできるのだ。
昔はどうあれ、現在の自民党は派閥支配を固めれば政権は安泰、という状況ではない。参議院では野党に過半数を奪われた。多くの国民は派閥支配を当然だとも好ましいとも思っていない。弱小派閥の麻生候補は予想外に善戦し、当選した福田総裁は派閥支配を否定した。

asahi.com:「強い派閥」今は昔 中間議員、麻生氏へ
■中間議員、麻生氏へ

 「得票数をご覧になってどう思われましたか。派閥の数合わせ、とおっしゃいましたが、そうでなかったと証明されたんじゃないですか」

 23日夕、自民党本部。新総裁に選ばれた福田氏は記者会見で、「派閥談合」批判を意識して自らこう語った。

 福田氏330票、麻生氏197票。両院議員総会で開票結果が読み上げられると、会場に拍手が起きた。とりわけ沸いたのは、敗北した麻生氏の陣営だった。

 福田氏支持を打ち出した8派の所属議員は計300人余り。無派閥を含め、21日時点の朝日新聞の取材で「福田氏支持」は253人。態度を明確にしていない議員が79人いたが、福田氏が獲得した議員票は254票どまり。中間的な立場だった議員が、麻生氏に雪崩を打った結果だ。麻生選対の幹部も「(全体得票の)上限は170票ぐらいと思ったが、夢のまた夢の数字に到達した」と驚きを隠さない。

 「いまの自民党に対する批判票だ。派閥でものごとを進めていくことに民意から批判があり、それが国会議員票にも影響した」。21日には態度を明かさず、結局、麻生氏に投票した高村派の若手はこう声を潜めた。

 もっとも、01年総裁選で小泉前首相が予想を覆す逆転勝利をとげて以来、総裁選での派閥の結束は乱れ続けた。03年には津島派の前身である旧橋本派が分裂、06年は派閥横断の「安倍雪崩」が起き、派閥会長は存在感すら示せなかった。今回も、そんな流れは止まっていない。

派閥支配が過去のものになれば、派閥の束縛から議員を守るための無記名投票はもはや必要ない。有権者、自民党支持者への説明責任を重視するなら総裁選挙の議員投票は当然「記名投票」で行われるべきだ。

さらに言えば、そもそも政党は私的団体なので憲法の参政権規定は適用されない。
さまざまな会社・組合・同好会・町内会・PTA等で全ての採決が無記名秘密投票により行われているかといえば、もちろんそんなことはない。適当に話し合ってなんとなく決めたり、挙手したり、発声したり、はたまたクジで決めたりといったさまざまな方法が使われる。そこに憲法15条4項の出番はない。
自民党総裁選にしても、無記名投票が用いられているのはあくまで党則の規定によるもので憲法とは無関係である。自民党員が党紀改正を望めば総裁選出を記名投票で行うことも、クジで選ぶことも、現職の指名に任せることも可能だ。

厳密に言えば私的行為であっても「間接運用説」によって憲法の「私人間効力」が認められる場合がある(・ )。
私にはよくわからないが、公人中の公人である国会議員の互選が「社会的権力による一般国民への人権侵害」に当たるとは思えない。私にはどう考えても自民党総裁選挙が無記名投票である必要が見つからない。

以上、日本テレビの総裁選投票「盗撮」が憲法15条4項違反にあたらない理由を書いた。
「盗撮」批判としては憲法問題のほかに「杉村議員のプライバシー問題」と「自民党党則を無視したマナー問題」がある。この二つについては私も問題ありと思う。とはいえ、私自身の(そして大多数の国民の)利害と直接のかかわりはない。あくまでも杉村議員・自民党と日本テレビの間のことだ。公人の政治活動を伝えるのは公益性がある。熱心な自民党支持者か、プライバシーとマナーに特に敏感な人たち以外が大騒ぎする必要はないだろう。



コメントされる方へのお願い。
この記事では日本テレビ「盗撮」批判のうち15条4項の違憲問題のみを取り上げています。
それ以外、具体的には「盗撮」の是非(プライバシーとマナーの問題)についてのご意見はほかの記事のコメント欄をご利用ください。
記事の趣旨にそぐわないコメントは移動あるいは削除します。


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5 コメント

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Unknown (そふ)
2007-09-27 10:57:20
>何十年も続くあからさまな憲法違反(もしそうだとして)に誰も気付かないはずがない。

ここだけが気になる。
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Unknown (Unknown)
2007-09-27 15:41:11
憲法違反は大袈裟な話だとは思いますが…

(表面上だけでも)秘密の選挙の秘密を侵した
→ 秘密じゃない選挙もあるから問題ない
→ その選挙が秘密である必要ないから問題ない
ちょっと論拠として弱い気がします。

全てのカニにハサミがある訳じゃないし、
ヤドカリにはハサミがある種も居るから、
タラバガニはヤドカリの仲間って言われた感じ?
返信する
残念 (玄倉川)
2007-09-29 02:19:35
そふさん、Unknownさん、読んでいただいてありがとうございます。

自分としては冒頭でかなり「違憲派」を煽ったつもりなのに反響が少なくてちょっとがっかりしています。
「違憲だ」と怒っていた人たちは読んでくれなかったのかな。
読む価値なしと判断されたのか、長すぎて敬遠されたのか、それとも納得してもらえたのか(?)。
gooブログが不調でトラックバックを送れないのが残念です。
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Unknown (Unknown)
2007-09-29 12:08:23
上のエントリでは主観で法を語るなと言い、
このエントリでは主観で憲法解釈とか、
弁護士は現実を強調し、政治家には理想を要求するとか、
二つのエントリは別人が書いたような違和感を感じました。

最近のエントリは過激なネット世論に一石投じる論調が
多いように見られますが、ブレる世論に対抗する余り
ご自分のスタイルもブレがちに見えるのが心配です。
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基礎知識 (玄倉川)
2007-09-29 20:02:35
>Unknown 09-29 12:08:23 さん

光市事件問題についても、この問題についても私は「主観的」「客観的」といった言い方はしていないはずですが。
そうではなくて、「基礎知識に欠けた批判は無意味」ということです。

この「盗撮」事件(?)についてもののわかった人は何も発言していないようです。
(「もののわかった人」とは自民党の事情をよく知ってるジャーナリスト、あるいは憲法の専門家といった人たちのことです)
何も言わないのは事件(?)の存在を知らないか、あるいは知っていても大した問題じゃないと判断しているのでしょう。
私は後者だと思います。私も「大した問題じゃない」「評価すべき点もある」という意見ですから、今のところは自分の考えは専門家とそれほど違わない、言ってみれば客観的なものであろう、と思っております。
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