格差のない平和な社会をめざして   

社会民主党の理念は「平和・自由・民主主義・平等・共生・連帯」
社民党の活動と地域情報を紹介してます。

「さようなら原発集会」に参加しよう

2011年08月25日 | 脱原発・反核・反差別・平和運動
脱原発は一人が動くことから始まります。

日時:9月19日(月・祝日)午後1時30分~

場所:明治公園

呼びかけ人:大江健三郎、内橋克人、鎌田 慧、坂本龍一、澤地久枝、瀬戸内寂聴、辻井 喬、落合恵子、鶴見俊輔
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ヤオコー前で「さようなら原発1000万人署名」

2011年08月20日 | 脱原発・反核・反差別・平和運動
8月20日、ヤオコー前で「さよなら原発1000万人署名」に取り組みました。




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敗戦66年にあたって

2011年08月15日 | くまじろうの一言コラム
敗戦66年にあたって(声明)

                                  社会民主党

 第二次世界大戦が終結して、66年目を迎えました。社民党は、8月15日に当たり、戦争の惨禍を思い起こし、すべての戦争犠牲者を追悼します。平和憲法は多くの人々の犠牲を払って獲得したものであり、私たちはこれからも平和憲法を堅持していかなければなりません。社民党は、改憲のために憲法審査会を動かし国民投票に持ち込もうとする国会内の動きを警戒し、平和憲法を変えさせないという人々の願いを結集します。

 憲法の前文には、「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する」と書かれています。軍事統制下で抑圧され隠されていたことが、語られていますが、それは、なぜあのような無謀な戦争へと突き進んでいったのかを問い続け、自らの体験を歴史の証言として残しておかなければならないという意思の表明でもあります。日本国内だけでなく、各国の証言を突き合わせることによって、日本がアジア太平洋地域の人々との和解と共生をはかり、世界の平和に貢献する国でありつづけるための教訓を学び取らなければなりません。

 2011年は、私たちにとって1945年の広島、長崎、1954年の第五福竜丸事件と同じく、「核の惨禍」に襲われた年として、決して忘れられないものとなりました。3月11日に東日本で日本の観測史上最大となるマグニチュード9.0を記録した大地震が発生しました。今、多くの被災地は、鎮魂の夏を迎えています。さらにこの地震と津波は、福島第一原子力発電所の事故を引き起こしました。チェルノブイリと同じレベル7という深刻な事態になり、多量の放射性物質が5ヵ月経っても処理されないまま残存しており、人々の暮らしを脅かしているのです。

 原発の周辺に住んでいた10万にも及ぶ人々は立ち退きを余儀なくされました。国内のみならず近隣諸国まで放射性物質が飛散し、何万トンもの量の汚染水が海に流されました。汚染された野菜、魚、肉を食べれば、体の内部から被曝し、原発から200キロ以上離れた首都圏でも、母親の母乳や子ども達の尿から放射性物質が検出されています。「ノーモア・ヒバクシャ」を訴えてきた私達は、再び被曝の恐怖にさらされることになりました。地震国日本に原発を作ることがいかに危険なのかは、容易に分かることであり、社民党はずっと警鐘を鳴らし、反対しつづけてきました。「安全神話」を振りまいて、原発をつくり続けてきた歴代政府と電力会社、推進派の学者や評論家はその過程をきちんと検証し、自らの責任を明らかにしなければなりません。それがなければ、また同じ過ちを繰り返すことになります。 

 この日本の惨状を目の当たりにして世界各国で、脱原発の機運が高まってきました。社民党の脱原発アクションプログラムでは2020年までに国内のすべての原発を廃炉にし、2050年には100パーセントを再生可能エネルギーでまかなうことを提案しています。「核の脅威」から解放されるため、多くの人が協力しあってこの目標を達成し、未来への展望を切り開きます。

以上
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村山談話

2011年08月08日 | くまじろうの一言コラム
8月15日を迎えるにあたって、村山富市首相の「村山談話」前文を掲載します。


戦後50年に際しての談話

                        平成7年8月15日

先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。
敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様一人一人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、こころから喜びたいと思います。
平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを二度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。特に近隣諸国の人々と手を携えて、アジアの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことを不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この二つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。
いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。
 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に過ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて切実な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。
 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを拝し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、すれを通じて、平和の理念と民主主義とを推し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなる、私は信じております。
 「杖(よ)るは信(しん)に如(し)くは莫(な)し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。

  参考「杖るは信に如は莫し」・・・・・・頼りとするものとしては、信義に勝るものはない。 (出典/『春秋左伝』
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今、読んでおきたい本「原発はいらない」

2011年08月07日 | 一冊の本・こんな話と言葉


今日も「高濃度放射能汚染水浄化装置」が止まった。

日本の一人ひとりが考え、選択するに参考となる本です。
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