山陽新幹線から見た高御位山(中央)と竜山(左手前)
ボクちゃんこと高木功は、10月12日8時50分、張り切って「のぞみ105号」に乗り込んだ。前日、奈良の自宅に帰る予定であったが、急に夜の研究会、というか交流会、要するに飲み会が入ってしまい、予定を変更しての朝立ちになってしまった。
この列車にはヒメとヒナちゃんが乗っているはず、と自分の16号車から前の車両を捜してみると、9号車のグリーン席にヒナちゃんが乗っていた。
「ヒメ様はまだなの?」
「皆んなで実家に泊まってもらうことになったので、準備しなければとおっしゃって、予定を変更して、昨夜、姫路にお帰りになりましたよ」
「へえ、ヒメにそんな家庭的なところがあるなんて、予想もしなかったなあ」
「実家にはお母様がお一人ですから、お客を迎えることになると準備が必要と思いますよ」
「じゃあ、この横の席に座っていい?」
「新横浜から誰か乗りませんか?」
「大丈夫。その時には、二人で別の席に移ればいいよ。空いているんだから」
ヒナちゃんには迷惑かも知れないけど、こんなチャンスは逃せない。
「ヒメ様から校正を頼まれていて、パソコンで仕上げようと思っていたんですけど・・・」
ちょっと困った口振りだったけど、笑顔の返事だったので、もう一押しすることにした。
「ボクも今日・明日の調査について、もう少しホームページで調べようと思っていたところなんだ。データベースを作っておかないと、皆さんの質問はどこから来るかわからないからさ」
そうなんだよ。皆さんはもっぱら推理で楽しいだろうけど、私がデータをきちっと準備しておくからネットミーティングが成り立っているとも言えるからね。自慢したいところをぐっと押さえて、高木は胸の中で自分で誉めた。
「一夜漬けより美味しい、3時間の浅漬けですよね?」
「ネットミーティングだと、皆さんが議論している時に、ホームページや資料をカンニングして、即席漬けを出せるけどね。しかし、この2日間はアウトドアだから、それはできないよね」
「私も、昨日、少し調べておきましたから、サポートさせていただきますわよ」
「真面目なできのいい女の子とできが悪い男の子」、という図式は、小学校の時からずっと同じかな、高木は何人かのかつてのあこがれの女の子達を一瞬思い浮かべた。またまた、同じパターンになりそうではないか。しかし、そこは年上の余裕を見せておかなければ。
「さすがだなあ、ヒナちゃん。よろしく頼むよ。じゃあ、仕事に入ろうか」
名古屋を過ぎたあたりでいつの間にか眠ってしまい、遠くに駅のアナウンスを聞いたような気がして目が覚めた。慌ててここはどこ、と外を見ると、新神戸の駅をでてトンネルに入るところだった。隣をみると、ヒナちゃんも眠っていて、その寝顔はまるで童女のようで、いつもの近づきがたいヒナちゃんとは全く違った印象であった。こんな幼子が生まれたなら、娘に夢中になってしまうのではないかな、一瞬、時空を越えたイメージがわいてきて、高木はびっくりした。
西明石を出て、海の向こうに淡路島を望みながら、先程調べた「名ぐわしき印南」「心恋しき加古の島」と歌った柿本人麻呂の「夷の長道ゆ恋ひ来れば」の情景を思い浮かべた。ヒナちゃんに「そろそろだよ」と声をかけてから、北西方向を捜していると、ちょうど加古川を越えた向こうに神奈備山型の美しい「高御位山」が見つかった。
「ヒナちゃん、あれが高御位山じゃあないかな」
「確かにそうよね。播磨富士と言われるだけあるわね」
「ヒナちゃん、左の小山が石の宝殿のある竜山だよ、きっと」
やがて列車は竜山のそばを通り抜け、高木の目には、紀元2世紀頃から現代まで続いている竜山石の石切場が一瞬目に入ったが、石の宝殿は確認できなかった。
姫路には11時58分に到着した。約束の12時、新幹線の改札口には、ヒメ、長老、カントク、マルちゃんが待っていた。
「さあ、これで播磨国探偵団は全員揃ったわね。神話探偵団としては、ホビットさんが欠けたけど、今晩、写真を送りましょうよ」 ヒメの元気な挨拶で、すっかり眠気も覚めた。
「まず、腹ごしらえとしょうかのう、ヒメ、何か名物はないの?」 食べものとなると、カントクの反応はいつも一番である。
「B級グルメになるけど、私が学生時代から姫路に帰郷した時に、必ず食べるソウルフードがあるのよ。マイナーだけどね、そこでいいかしら?」
ヒメの案内で、新幹線乗降口の「招(まねき)」に入った。
「もともと、駅ホームの立ちそば店で食べていたんだけど、今は、こんな店ができたのよ」
品書きをみると、「えきそば」という見慣れないメニューがトップにでている。「姫路駅名物 えきそば」の看板も見える。
「じゃあ、皆さん、ここのえきそばを是非、食べてみてね。天ぷらときつね、どちらにします。それにと、穴子寿司がいなり、おにぎりを付けましょう」
別に、「和そば」「うどん」があるので、ラーメンかな、と思っていると、出てきたのは「色の白いそば」で、つゆは薄い色の澄んだもので、上に小エビの回りに衣が広がった天ぷらが乗っている。おそるおそる高木が口を付けてみたが、初めて食べる不思議なそばであった。細い麺は柔らかくて、うどんやソーメンでもないし、蕎麦でもない、ラーメンの麺でもない、独特の味で、つゆの味はうどんのダシと似ている。そして、うどんやにゅうめん、蕎麦、ラーメンより美味しい。
「全国でこれという名物麺は食べ尽くしたけど、このえきそばは独特で美味いなあ。前に姫路にきた時に、なぜ気付かなかったのかなあ」
カントクは不思議そうな顔をしている。
「えきそばは戦後からあるんだけど、有名になったのは、私の通った白国小学校の後輩の松浦亜弥ちゃんがオールナイトニッポンで紹介してからだから、ほんの最近なのよ」
「 “あやや”がヒメと似ているのは、ひっとして血の繋がりでもあるの?」
こういう時にいつも突っ込んでくるのはマルちゃんである。
「親戚ではないけど、ずっと昔にはDNAが繋がっていたかもね。それはさておき、このえきそばは、小麦粉にかんすいを混ぜた、いわゆる中華麺とうどんだしの和中折衷のコラボなのよ」
「しかし、ラーメンのような腰がないですよね」
高木は疑問をぶつけてみた。
「そうなのよ。この辺はね、腰がないうどんに、上等の昆布味のきいた薄味のだし汁をからませて食べるのが好きなの。それで、この独特の腰のない“えきそば”ができたんだと思うわ」
「腰なしうどん圏ってあるかもしれないわね。広島や大阪も同じだもんね」
マルちゃんのコンサルとしてのアンテナに何かが引っかかってきたようである。
「せっかくだけど、うどん文化論は長引くので、続きは龍野に行った時に手延べそーめんを食べながらやりましょう。もう2つ、自慢させてもらうと、今日行くことになる高砂の穴子は日本一です。それと、この「まねき」は、日本で初めて「折り詰め幕の内弁当」を駅弁として発売しています」
「三輪や灘を含めて、麺文化論は、細く長くやりましょう。ところで、ヒメって、姫路の観光大使かなんかやっていたっけ?」
マルちゃんの追撃は続く。
「それは“あやや“じゃあない。どうも、世界文化遺産にからめた『姫路城お菊の井戸殺人事件』でイメージを悪くしたと言って、市長が怒っているみたいなの」
「そろそろ、今日のスケジュール案に入りましょう」
いつもながら、脱線からの立ち直りが早いのが長老である。
(日南虎男:ネタモトは日向勤氏の『スサノオ・大国主の日国―霊の国の古代史』梓書院刊です)
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ボクちゃんこと高木功は、10月12日8時50分、張り切って「のぞみ105号」に乗り込んだ。前日、奈良の自宅に帰る予定であったが、急に夜の研究会、というか交流会、要するに飲み会が入ってしまい、予定を変更しての朝立ちになってしまった。
この列車にはヒメとヒナちゃんが乗っているはず、と自分の16号車から前の車両を捜してみると、9号車のグリーン席にヒナちゃんが乗っていた。
「ヒメ様はまだなの?」
「皆んなで実家に泊まってもらうことになったので、準備しなければとおっしゃって、予定を変更して、昨夜、姫路にお帰りになりましたよ」
「へえ、ヒメにそんな家庭的なところがあるなんて、予想もしなかったなあ」
「実家にはお母様がお一人ですから、お客を迎えることになると準備が必要と思いますよ」
「じゃあ、この横の席に座っていい?」
「新横浜から誰か乗りませんか?」
「大丈夫。その時には、二人で別の席に移ればいいよ。空いているんだから」
ヒナちゃんには迷惑かも知れないけど、こんなチャンスは逃せない。
「ヒメ様から校正を頼まれていて、パソコンで仕上げようと思っていたんですけど・・・」
ちょっと困った口振りだったけど、笑顔の返事だったので、もう一押しすることにした。
「ボクも今日・明日の調査について、もう少しホームページで調べようと思っていたところなんだ。データベースを作っておかないと、皆さんの質問はどこから来るかわからないからさ」
そうなんだよ。皆さんはもっぱら推理で楽しいだろうけど、私がデータをきちっと準備しておくからネットミーティングが成り立っているとも言えるからね。自慢したいところをぐっと押さえて、高木は胸の中で自分で誉めた。
「一夜漬けより美味しい、3時間の浅漬けですよね?」
「ネットミーティングだと、皆さんが議論している時に、ホームページや資料をカンニングして、即席漬けを出せるけどね。しかし、この2日間はアウトドアだから、それはできないよね」
「私も、昨日、少し調べておきましたから、サポートさせていただきますわよ」
「真面目なできのいい女の子とできが悪い男の子」、という図式は、小学校の時からずっと同じかな、高木は何人かのかつてのあこがれの女の子達を一瞬思い浮かべた。またまた、同じパターンになりそうではないか。しかし、そこは年上の余裕を見せておかなければ。
「さすがだなあ、ヒナちゃん。よろしく頼むよ。じゃあ、仕事に入ろうか」
名古屋を過ぎたあたりでいつの間にか眠ってしまい、遠くに駅のアナウンスを聞いたような気がして目が覚めた。慌ててここはどこ、と外を見ると、新神戸の駅をでてトンネルに入るところだった。隣をみると、ヒナちゃんも眠っていて、その寝顔はまるで童女のようで、いつもの近づきがたいヒナちゃんとは全く違った印象であった。こんな幼子が生まれたなら、娘に夢中になってしまうのではないかな、一瞬、時空を越えたイメージがわいてきて、高木はびっくりした。
西明石を出て、海の向こうに淡路島を望みながら、先程調べた「名ぐわしき印南」「心恋しき加古の島」と歌った柿本人麻呂の「夷の長道ゆ恋ひ来れば」の情景を思い浮かべた。ヒナちゃんに「そろそろだよ」と声をかけてから、北西方向を捜していると、ちょうど加古川を越えた向こうに神奈備山型の美しい「高御位山」が見つかった。
「ヒナちゃん、あれが高御位山じゃあないかな」
「確かにそうよね。播磨富士と言われるだけあるわね」
「ヒナちゃん、左の小山が石の宝殿のある竜山だよ、きっと」
やがて列車は竜山のそばを通り抜け、高木の目には、紀元2世紀頃から現代まで続いている竜山石の石切場が一瞬目に入ったが、石の宝殿は確認できなかった。
姫路には11時58分に到着した。約束の12時、新幹線の改札口には、ヒメ、長老、カントク、マルちゃんが待っていた。
「さあ、これで播磨国探偵団は全員揃ったわね。神話探偵団としては、ホビットさんが欠けたけど、今晩、写真を送りましょうよ」 ヒメの元気な挨拶で、すっかり眠気も覚めた。
「まず、腹ごしらえとしょうかのう、ヒメ、何か名物はないの?」 食べものとなると、カントクの反応はいつも一番である。
「B級グルメになるけど、私が学生時代から姫路に帰郷した時に、必ず食べるソウルフードがあるのよ。マイナーだけどね、そこでいいかしら?」
ヒメの案内で、新幹線乗降口の「招(まねき)」に入った。
「もともと、駅ホームの立ちそば店で食べていたんだけど、今は、こんな店ができたのよ」
品書きをみると、「えきそば」という見慣れないメニューがトップにでている。「姫路駅名物 えきそば」の看板も見える。
「じゃあ、皆さん、ここのえきそばを是非、食べてみてね。天ぷらときつね、どちらにします。それにと、穴子寿司がいなり、おにぎりを付けましょう」
別に、「和そば」「うどん」があるので、ラーメンかな、と思っていると、出てきたのは「色の白いそば」で、つゆは薄い色の澄んだもので、上に小エビの回りに衣が広がった天ぷらが乗っている。おそるおそる高木が口を付けてみたが、初めて食べる不思議なそばであった。細い麺は柔らかくて、うどんやソーメンでもないし、蕎麦でもない、ラーメンの麺でもない、独特の味で、つゆの味はうどんのダシと似ている。そして、うどんやにゅうめん、蕎麦、ラーメンより美味しい。
「全国でこれという名物麺は食べ尽くしたけど、このえきそばは独特で美味いなあ。前に姫路にきた時に、なぜ気付かなかったのかなあ」
カントクは不思議そうな顔をしている。
「えきそばは戦後からあるんだけど、有名になったのは、私の通った白国小学校の後輩の松浦亜弥ちゃんがオールナイトニッポンで紹介してからだから、ほんの最近なのよ」
「 “あやや”がヒメと似ているのは、ひっとして血の繋がりでもあるの?」
こういう時にいつも突っ込んでくるのはマルちゃんである。
「親戚ではないけど、ずっと昔にはDNAが繋がっていたかもね。それはさておき、このえきそばは、小麦粉にかんすいを混ぜた、いわゆる中華麺とうどんだしの和中折衷のコラボなのよ」
「しかし、ラーメンのような腰がないですよね」
高木は疑問をぶつけてみた。
「そうなのよ。この辺はね、腰がないうどんに、上等の昆布味のきいた薄味のだし汁をからませて食べるのが好きなの。それで、この独特の腰のない“えきそば”ができたんだと思うわ」
「腰なしうどん圏ってあるかもしれないわね。広島や大阪も同じだもんね」
マルちゃんのコンサルとしてのアンテナに何かが引っかかってきたようである。
「せっかくだけど、うどん文化論は長引くので、続きは龍野に行った時に手延べそーめんを食べながらやりましょう。もう2つ、自慢させてもらうと、今日行くことになる高砂の穴子は日本一です。それと、この「まねき」は、日本で初めて「折り詰め幕の内弁当」を駅弁として発売しています」
「三輪や灘を含めて、麺文化論は、細く長くやりましょう。ところで、ヒメって、姫路の観光大使かなんかやっていたっけ?」
マルちゃんの追撃は続く。
「それは“あやや“じゃあない。どうも、世界文化遺産にからめた『姫路城お菊の井戸殺人事件』でイメージを悪くしたと言って、市長が怒っているみたいなの」
「そろそろ、今日のスケジュール案に入りましょう」
いつもながら、脱線からの立ち直りが早いのが長老である。
(日南虎男:ネタモトは日向勤氏の『スサノオ・大国主の日国―霊の国の古代史』梓書院刊です)
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