蒲田耕二の発言

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引退

2010-10-04 | スポーツ
キッと前を睨み据え、高々と足を上げて四股を踏む。絵になってたよなあ。堂々たる大横綱の風格だった。

朝青龍というと、オレはマリア・カラスを連想して仕方がない。若いころのカラスが関取並みのデブだったから、じゃないよ。どっちも自分に正直だったからだ。

カラスは現役中、バッシングされどおしだった。思うところを率直に口に出し、行動にあらわし、それがことごとく軋轢を呼んだ。百年に一人の名歌手でありながら異端のヒールだった。

ライバルとの芸風の違いをシャンペンとコカコーラにたとえたら高慢と非難され、『ホフマン物語』の4人のヒロインを一人で演じるならギャラも4人分もらわなきゃ、と冗談を言ったら強欲と誹られ、風邪を引いてステージを降りたら国家に対する侮辱だと責められた。

こうして気まぐれなキャンセル魔のレッテルを貼られたが、実はカラスが契約を履行しなかったのは、このローマのウォークアウト事件(1958)を入れて二度だけである。疲労や条件が折り合わないなどの理由で契約しなかったり、契約外の追加公演を承諾しなかったりしたのもキャンセルに勘定された。

周知のとおり朝青龍も、やることなすこと非難された。どこまで彼に責任があったのか知らないが、土俵の上で思わず出たガッツポーズまで非難されては、たまったもんじゃないだろう。八百長疑惑も中傷だったらしいし。

朝青龍が白鵬に劣らず相撲を愛していたのは間違いあるまい。でなきゃ、土俵にキスしたりするか。それだけ愛した相撲をあきらめるところまで彼を追い込んだのは、つまるところ異質を嫌う角界の体質、日本の風土だったのではないか。オペラ界を支配するヨーロッパ貴族社会が、貧しいギリシャ移民の子のカラスを目のカタキにしたように。

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