8月22日は、久しぶりに京都御所を参観しました。
受付で手荷物検査を受け御所内に入ります。
最初に目にする建物が「御車寄(おくるまよせ)」です。
儀式や天皇との対面のために参内した者を迎える玄関です。
公卿や殿上人などごく限られた者だけしか使うことが許されません。
この様に、御所では身分や位により様々な制約があり完全な身分による格差社会?です。
諸太夫の間
参内した者の控えの間です。
格式の高い順に「虎の間」、「鶴の間」、「桜の間」と襖絵にちなんで呼ばれています。
右に行くほど格式が高く、身分に応じて部屋が決まっていました。
部屋の格は畳縁の違いなどにも反映されています。
虎の間・鶴の間を使用する者は車寄から参入するが、桜の間を使用する者は左の脱石から参入しました。
承明門から紫宸殿が見えます。
建礼門
御所の南向きにある正門で最も格式の高い門です。
天皇皇后両陛下をはじめ、外国の国賓クラスの方のみ使用が許されています。
紫宸殿
京都御所の正殿で、新天皇の即位の礼など重要な儀式が行われます。
安政2年(1855)に時の帝・光格天皇の強い要望により、平安時代の建築様式・規模で再建されました。
普段は見えないですが、中には天皇の御座「高御座」、その脇には皇后の御座「御帳台」が置かれています。
清涼殿
平安時代中期(10世紀中頃)以降、天皇の日常のお住ましとして定着した御殿であり、政事・神事などの重要な儀式ここで行われていました。
天正18(1590)年に、御常御殿にお住まいが移ってからは、主に儀式の際に使用されました。
伝統的な儀式を行うために、平安中期の建築空間や調度が古制に則って伝えられている。
小御所
鎌倉時代以降建てられるようになった御殿で、江戸時代は武家との対面や儀式の場として使用されました。
明治維新の際には、将軍に対する処置を定めた「小御所会議」が行われたことでも有名です。
昭和29(1954)年に焼失し、昭和33(1958)年に復されました。
御池庭
池を中心とした池泉回遊式庭園です。
右手には"欅橋"が架り、庭園の前面は州浜です。
御常御殿
清涼殿内に設けられるようになっていた常所が、天正18(1590)年に殿として独立したものです。
天皇のお住まいであるとともに、南面に上段・中段・下段を備えて儀式や対面の場としても使われていました。
内部は、神器を納める剣璽の間,寝の間等15室からなっています。
江戸時代に再建されたとは言え、「光る君へ」を彷彿させる平安王朝の雅さを感じる京都御所です。
こんな素晴らしい施設が通年公開され、しかも無料で参観出来るのは有難い事です。
なお、各建物の説明は、設置されている駒札から転載させて頂きました。
次にいつもの?食事処へと向かいます。