京都つれづれなるままに

京都好きの旅日記。お寺、神社、グルメからスイーツまで!思いつくままに。

乗船付き!田邊朔郎のお孫さんが語る琵琶湖疏水②琵琶湖疏水船

2023年11月04日 08時04分00秒 | 日記
 次に琵琶湖疏水船で滋賀県大津から京都東山の蹴上まで下ります。

琵琶湖疏水船には過去に上り1回、下り2回と3度乗船しています。





① 大津閘門

門扉を開閉する事で琵琶湖と疏水との水位を調整する施設です。
もう少し琵琶湖寄りにある三保ヶ関取水口から第一トンネル沿いは地理的には滋賀県の土地ですが、行政区分では京都市左京区に属する京都市の飛地になり、京都市上下水道局が管理しています。
(滋賀県民が"琵琶湖の水、止めたろか!"と言っても無理な話です。
また、京都市は"疏水感謝金"と言う勘定科目で年間2億3千万円を支払っています。)



来年度からのは、ミシガンやビアンカが乗降船する大津港が発着場になるそうです。





乗船する疏水船は"明治号"。現在、就航している4艘の中の1艘です。

腰に付ける救命具を付けて出航です。





② 第一トンネル

琵琶湖疏水工事で最大の難関の第一トンネルです。
長さ2436mあり、長等山の山頂から2本の竪坑を掘り、合計6ヶ所から掘り進め工期を短縮する工法がとられました。




予想外の岩盤や地下水の流入など工事は困難を極め、数名の殉職者を出した工事でした。

トンネル貫通時の誤差を考えると、このシャフト工法は必要なかったのでは?と思っています。






第一トンネルの中程には第三代京都府知事・北垣国道の扁額が隠れるように掲げられています。
明治政府の要人や元勲に配慮した北垣らしい性格を感じます。

約20分をかけて第一トンネルを抜けます。
疏水沿いには散歩を楽しまれている方々や鳥では青鷺や鶺鴒(セキレイ)が迎えてくれます。





次のトンネルには出入り口に扁額があるませ
ん。
昭和40年代にJRが現在の東海道本線の北側に湖西線を新設する際に疏水が付け替えられ新設されたトンネルです。
それまではJRの線路に近い山の麓を流れていました。






 
船は本圀寺への参道に架かる"本圀寺正嫡橋"を潜ります。

③ 第11号橋




第三トンネル大津側にある小さな橋ですが"日本最初の鉄筋コンクリート橋です。
こちらの橋も田邊朔郎の設計です。

安全対策で両側に柵が付けられているのは残念ですが、今も現役で使われています。

すぐ西側には先人の偉業を讃える石碑が建っています。





最後の第三トンネルを抜けると蹴上舟溜です。

④ 蹴上舟溜







ここで「そう京」スタッフ6名全員のお迎えがあり感動の一瞬です。
ホント、感謝の気持ちで一杯です。
20年間ありがとうございました。
知らない京都をたくさん教えて頂き、大学の先生や博物館・美術館の学芸員の先生の講義、時には料亭の懐石料理など、、、数えきれない程の経験をさせて頂きました。

⑤ 旧御所水道ポンプ室

この時代、まず第一に御所を火災から守る事が重要と考えられていました。

その防火用水を御所に送水する目的として明治45年(1912)に竣工しています。

設計は京都国立博物館や奈良国立博物館、迎賓館赤坂離宮を手掛けた片山東熊です。
田邊朔郎の姉が彼に嫁いでいます。
令和2年(2020)4月には国の登録有形文化財に登録されています。

耐震性の問題があり、内部は非公開です。

⑥ インクライン(傾斜鉄道)



蹴上舟溜と南禅寺舟溜との高低差を解消する為に、建設当時世界最長の約582mの傾斜鉄道が敷かれました。

今ではこの界隈の観光スポットのひとつです。





その後、地下鉄を乗り継ぎ京都駅地下のポルタへ。

いつもの"リプトン"でロイヤルミルクティーパフェを頂きました。

"オッさんもすなるパフェ"です。(笑)
(土佐日記より?)