山内 圭のブログ(Kiyoshi Yamauchi's Blog)

英語教育、国際姉妹都市交流、ジョン・スタインベック、時事英語などの研究から趣味や日常の話題までいろいろと書き綴ります。

幼児教育学科プティ・コンセール鑑賞

2011-12-08 11:13:58 | 日記
12月7日(水)、新見公立短期大学幼児教育学科の第54回プティ・コンセールが開催されました

基本的に学内での各種行事はできるだけ参加することにしていますが、このプティ・コンセールは本学の会議日である水曜日に開催されるので、会議と重ならない限りできるだけ参加させてもらっています。

この日は、幸いにも会議が重なりませんでしたので、参加し鑑賞させてもらいました。
プティ・コンセールを鑑賞させてもらったのは、2年ぶりとなります。
2年前の鑑賞の際の感想については、音楽のすばらしさについてをご覧ください。

全体を通じて感じたことは、音楽というのはメッセージだなあということ、音楽というのは言葉を超えてメッセージを伝えることができるのだということ。

高校時代の同級生で現在ジャズ・シンガーとして活躍中の鈴木重子さんも12月2日にNHK BS1で放送されていた『エルムンド』という番組に出演して、同様の趣旨のことを言っていました。

今回のプティ・コンセールの中にも、アメリカ、イギリス、ドイツ、ハンガリー、そしてもちろん日本の音楽が演奏されたり歌われたりしたわけですが、諸外国の音楽もメッセージを持って日本の私たちに伝えるものがあります。その意味でも、音楽が言葉や国境を越えるということはわかるかと思います。

このプティ・コンセール、プログラムの終了後に教員の講評があり、大体は学科内の教員がすることになっていますが、私も教養科在籍時に一度だけこの大役を仰せつかったことがあります。

今回は、幼児教育学科の片山先生と武石先生が、それぞれ素晴らしい講評をされていました。

ので、僕がここに書くのは講評というようなものではなく、単なる感想程度のコメントです。

プログラム1番の1年生全員による合唱、大震災の際の子どもたちの感想文などを織り交ぜて、音楽がメッセージを伝える力を感じました。1年生の皆さんも、クラスメートと声を合わせて歌う楽しさというものを実感したことでしょう、そしてこれが1年後のプティ・コンセールで毎年後期のプティ・コンセールで恒例となっているプログラムの最後の2年生による全員合唱につながっていくのでしょう。

プログラム2番の2年生18名による合奏はいろいろな楽器が使われていて、演奏する学生たちも楽しそうに演奏していて、こちらまで楽しい気持ちになりました。和楽器も使われていることもよいことだと思いました。

プログラム3番の1年生2名によるピアノ連弾は、二人がサンタクロースの衣装を着て、「星に願いを」とクリスマスメドレーを弾いてくれました。「星に願いを」は毎年幼児教育学科1年生の「英語コミュニケーションⅠ」の授業で七夕の時に星の関連で歌っていますし、クリスマスソングは12月のクリスマスに近い授業で紹介し歌うようにしています。今年は、12月9日(金)の授業が、年内最後の「英語コミュニケーションⅠ」の授業になりますので、その際に歌おうと思います

プログラム4番の2年生5名による合唱は、会場の観衆を乗せる演出がよかったです。このような力は、保育者になる人には必要となる力ですね。僕には、その力があまりなく、人前で話すときには、いつも盛り上がりにかける話となってしまいます。

休憩をはさみ、プログラム5番の2年生3名によるピアノ6手連弾は、斎藤総研の3名の学生たちによってメンデルスゾーンの「結婚行進曲」が演奏されました。3人がこの曲に込めたメッセージ性についても思いを巡らせましたが、実はこの曲、元々は歌劇『夏の夜の夢』のために書かれた曲らしいです。この歌劇『夏の夜の夢』は、イギリスの劇作家ウィリアム・シェイクスピアのA Midsummer Night's Dream(『夏の夜の夢』)が下敷きになっています。

6番目の1年生12名による合唱では、2曲が披露されました。そのうちの1曲「ラスト・クリスマス」では、学生達が英語の歌詞をしっかりと覚えて歌っている点が評価できると思いました。すこし、恥ずかしさのようなものも見られましたが、外国語であれくらい歌えれば大したものですよ。ちなみに、Last Christmasの作曲者は、イギリス人のGeorge Michaelでカタカナ表記は「ジョージ・マイケル」となります(プログラムでの表記が間違っていました)。

7番目の2年生17名による合奏では、イギリス民謡の「ピクニック」とブラームスのハンガリー舞曲第5番が披露されました。生き生きと演奏している学生たちがいて、その顔が印象的でした。

8番目の2年生の田中さんによるピアノ独奏では、リストによる「ハンガリー狂詩曲第11番」が見事に演奏されました。100名以上の聴衆の前で見事な演奏を披露できるなんて、とてもうらやましいことです

9番目でプログラム最後の2年生全員による合唱は、毎年後期のプティ・コンセールでは恒例となっています。今年度は、「オレンジ」と「未来へ」という2曲が歌われ、感謝のメッセージ等も挿入され、ひとりひとりの心が伝わる合唱でした。

ということで、今回のプティ・コンセールも楽しませてもらいました。ありがとうございました。





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日米開戦70年

2011-12-08 05:06:58 | 日記
今日は、12月8日、日本が70年前、アメリカ軍に対し真珠湾攻撃を仕掛け、太平洋戦争に突入した日となります。

70年後、アメリカ合衆国は日本にとってとても親しみのある国になっていて、先日の内閣府の調査では合衆国に対して親しみを感じる日本人が約8割に上ったことが紹介されていました。
(内閣府による調査結果概要)

さて、この日米開戦70周年の日に、私は、以前このブログでも記事にしたことを話題にしたいと思います。

それは、旧日本兵の日の丸返還についてです。6月17日に投稿したこの記事旧日本兵の日の丸返還先情報求む
を是非ご参照ください。

その記事でも書いたことですが、新見市のアメリカの姉妹都市New Paltz Village在住の友人Alfred Marksさんを通じて、近郊Saugertiesの退役軍人の会から2枚の旧日本兵所有だった日の丸の遺族または関係者への返還希望の意思を伝えられています。

ここにその2枚の日の丸の写真を示したいと思います。


金子惣二氏の日の丸


小早川春義氏の日の丸

どちらにも出兵前にそれぞれの周りの人たちから書いてもらった寄せ書きが記されています。

当時の軍人の皆さんはこのような日の丸をお守りのように、肌身離さず身に付けておられたのだと思います。

そして、自分が命を落とすことになれば、この日の丸が遺体を覆うものとなり、身元を特定するものとなり、自分の故郷の親元に遺骨が届く助けになるものとなることも考えておられたことと思います。

日の丸が旧日本兵の遺体を覆う状況は、この夏に鳥取県日南町の美術館で開催されていた「拒否された戦争画を描いた画家 小早川秋聲展」で「國の楯」という作品を見たときに知りました。
(絵本作家宮西達也氏の講演会を聴講参照)

これは、その時に購入した同作品の絵葉書の写真です。


このような旧日本兵の思いが詰まった2枚の日の丸の遺族への返還に是非協力したいと思っています。

アメリカでは、11月11日が退役軍人の日(Veteran's Day)になっていますが、今年の退役軍人の日にこの2枚の日の丸とともに写るSaugertiesの退役軍人会のBill PayneさんとAlan Grecynskiさんの写真が届きました。


また、Billさんから日の丸についての追跡調査の結果も送られてきました。

1枚目の金子氏の日の丸については、Vincent Voerg(ヴィンセント・ヴォーグ)さんによって持ち帰られたということはわかったようですが、調査中とのことです。

そして、2枚目の小早川氏の日の丸については、聞き取り調査がうまくいかなかったようで、自分の先祖を探すサイトである、Ancestry.comにアクセスし、旗を持ち帰ったアメリカ兵を特定したようです。

それによると、この日の丸を持ち帰ったのは、Richard F. Loerzel(リチャード・F・ローゼル)さんで、1924年生まれ、1943年3月10日米国陸軍入隊、1944年5月10日T.H.Bliss将軍号に3,500名の隊員と共に乗船し、ニューギニアのオロ湾に上陸をした方らしいです。

ですから、Billさんは、Loerzelさんがこの小早川氏の日の丸をニューギニアで入手したのだと推測しているとのことです。

これらの情報は関連機関にも送っておりますが、もし皆さんでも何か情報をお持ちの場合はご提供ください。

また、このブログはリンクや転送等ご自由になさってください。

ご協力よろしくお願いいたします。





コメント (1)
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