森の中の一本の木

想いを過去に飛ばしながら、今を見つめて明日を探しています。とりあえず今日はスマイル
  

春の気配

2023-02-19 15:02:44 | 梢は歌う(日記)

今まで自覚がなかったのですが、花の写真、撮るのが下手 !!

まあ、それはこれからの修練するという事で(^_^;)

マンションの花壇の花たちです。

そのへたくそ人が撮った昨日のクロッカス。

もうすぐ咲きそうだなと思ってました。

2月16日は

 ちょっと寂しく感じるのは、ぽつんとしているからだと思います。来年は群生させたら良いのではないかと思いました。

知らないうちに植えられていたスノードロップ。

 先走って咲いてくれたけれど、この花たちはお仲間が傍にたくさん目を出していましたから、ほんの少しだけ群れて咲く姿を楽しめるかなと思っています。

種が落ちて芽が出たのを移植して育てている、ノースボール。

 ボケの花もチラホラと。

やっぱり春の気配を感じさせてくれるのは、花が一番ですね。

 

遠目で見ていると可愛らしく感じたコーナーも、写真に撮ると、けっこう残酷な面が映し出されてしまいますね。

それって、私たちの写真に似てるかも(笑)

あっ、なかなかうまく撮れてるじゃない。で、アップにすると・・・・・きゃーってなる(^_^;)

 

ところで下の画像は、私の行っている病院の玄関に飾られている生け花。

地域の方のボランティアもしくは依頼(?)で、毎回飾られているのですが、私はこの花を見る事を楽しみにしています。

 

今回は春の息吹みたいなものを感じさせる作品でしたね。

昨日病院に行ったところ、すっかり数字が良くなっていて、一応「治りました。」と言って良いみたいです♪

 

実は昨日のその言葉を聞くまでは、ちょっと憂鬱でした。と言うのも、まだちょっとお腹が痛むときがあったからです。それに入院前から背中が張り付くような気がしていて、入院中はそれがなかったのに、退院してからまたその感覚が戻ってしまったからでした。

だけど2月1日に退院が決まった時には、まだ炎症の数字はハイスコアだったのに、今回はみな正常値で

「すぐにはすっかり良くはなっていかないから。でもこの数字なら大丈夫。」と言う言葉でホッとしました。

 

不安だと少し未来の予定も入れたくないし、ヤル気も起きてこなかったのです。

 

私にとって昨年の妹の死は、本当に大きな出来事でした。しかしそれと共に、癌発覚からたった8か月でこの世を去っていってしまった義兄の死も、心に食い込んでいたのです。

これは私のみならず、多くの人に言える事だと思うのですが、来年の今頃、地上の人であるかどうかは本当に分からない事なんですよね。

だけど人には未来は見えない。

でも見えないからこそ、希望も夢もあるんです。

この一年にやりたいこと、また来年、更に10年の展望も持てるんです。

 

もちろん私は死に至る病になったら、告知も余命宣告もしっかりして欲しいと思う人です。

だけど先日、お友達と久しぶりにお茶をしていましたら、その人が

「で、あなたは結局はすい臓がんかもしれないの。」みたいな事を言ったんです。ちょっと吃驚してしまったので正確な言い方は忘れてしまいましたが、物事を知らないからこんな雑な言い方なのかしらと不思議に思いました。

すい臓がんと言われても、ちゃんと助かっている方もいます。直接な知り合いではありませんが、友達のお兄さんがそうです。でもたいがいは死の宣告と同レベルと思って、心の中で拳を握るような案件だと思います。

そしてその時は、退院したのは良いものの、なんとなく続いているような腹痛などに不安を感じていた私は、彼女の雑な物の言い方に、少々の疲れを感じました。

でもこの人のこう言うものの言い方は、今に始まった事ではなかったのでした。

「たぶん大丈夫。でももし私がすい臓がんと告知を受けたら、自分のために時間を費やしたいから、もうこのようなお茶会はしないわね。」と私は言いました。

 

未来は見えない。だから未来の展望も明るく持つことが出来る。

未来は見えない。だからなんて多くの無駄な時間を費やしてしまっているんだろう。

 

 

 

 

 


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5年日記&マイ☆メモ

2023-02-16 23:19:02 | 梢は歌う(日記)

※ 下の方にテレビやPCで見られるお芝居情報のメモを載せました。

              ☆      ☆     ☆

やたら可愛らしいノートとかメモ帳とか、買うのがかつては好きでした。

だけどそれ、使っては廃棄、使っては廃棄と言う流れが出来上がってないと恐ろしい事が数年後、もしくは数十年後には起きるのですよね。

と言うわけで、その整理中で、ただケチな私は、やっぱりそのまま捨てる事は出来ません。

前にも書きましたが、100均の手帳のメモ部分を補うためのノートにリフォームして使っています。

ツイッターでも使った画像ですが、

 だんだんリフォームも上手くなってきて、あんなに本箱の片隅に放置されていたノートが生き返りました。

でもお察しの通り、こんな感じでユルユルやっていたらいつになったら使い終わるのか ?

一応、この先ノートは買わない決意はしているわけですが、文具を買うのが好きな私に、いつまでその決まりが守れるのか ?

やはりこの先の自分の工夫次第かなと思います。

 

ところで私は1年に多くても60日ぐらいだと思うのですが、アナログでも日記をつける事がごく稀にあります。

ずっと昔、ブログなどやっていなかった頃、面白そうなので5年日記を買ったのです。

去年の今日は何をしていたのだろうかと、分かる仕組みになっているわけですから、続けていけば面白かったと思います。

このブログでも昨年の記事をgooさんが送ってくれるでしょう。それをアップしていくとツリーになるじゃないですか。あれは結構好きなんです。つまりアナログ時代から好きだったというわけなんですよね。

ところがこの日記、あまり2年目の欄が埋まっていないんです。こんなに長々とブログをやっているくせに、日記の方は、まさに三日坊主の人。あっ、ごく稀に60日ですが。

じゃあ、まったく意味がないかと言うとそうでもないと思いました。

例えば

2016年、2月11日。

「夜は『報道ステーション』で拓郎のトーク。その感想を日付をまたがって書いた。 他に何をしていたのか記憶がない。」

へえ、そうだったんだ。

すっかり忘れていました。もちろん、このような事をいちいち覚えては居られないと思いますが。

それで自分のブログを辿ってみたら・・・・

2016年、2月12日に投稿した記事

報道ステーション☆吉田拓郎

あまり内容が無いよう~。

まっ、そこはね・・・・(^_^;)

しかし2016年、拓郎氏はやる気満々でしたね。

でもその記事の中で、「祭りのあと」について語っていたんです。

ありゃりゃ。前に拓郎氏が好きじゃない歌とか言うのを当てる企画があったよね。あの時の答えって、この曲じゃなかったかしら。

えっと、もう忘れた(^_^;)

でももしこの曲だったら、ちゃんと答えをこの時に語っていたのでしたね。

 

それはともかく、ブログには

「夜は『報道ステーション』で拓郎のトーク。その感想を日付をまたがって書いた。・・・・・」なんて、一行で済ますような日記、やっぱり書けないじゃないですか。

アナログ日記、たまに書くのも楽しいし、後で読み直しても役に立つし、如何に他の四年分がちっとも埋まらなくても良いんじゃないかと思うんです。書かないのなら処分しちゃえばは、今の私にはない事ですね。

トップの画像は、私の5年日記ですが、何でか2冊。まるっきり埋まってなくても、なぜ次を買うのか。

それが私だから・・・・ !!

いや、たぶんそれは間違っていないと思うんです。ピーターラビットの柄の方が可愛らしので買ったんです、たぶん。

そしてこの間に、ノートに線を引いただけの手作りの10年日記もあるのですが。

でもそれはちょっと他の本の下に埋没してるので、この2冊だけの事を言うと。1995年、1996年、1999年、2000年、2003年、2011年、2016年、2017年、2021年。とびとびのそんな日記なのに、読み直すと胸がキューンとなります。

あの時の子供たち。あの時の姉妹たち。そしてあの時の私。なんかキラキラしているような気がします。

2000年1月5日「4:00から8:00 kの仕事も始まった。パパも新年会。新年会などと聞いても、まったく正月気分なんかない。毎日毎日仕事ばかりしているからさ。」

この年ラッタさんの高校受験で実家にも帰らず、私は1月1日から仕事を入れていました。そう言えばこの時の12月31日は、ラッタさんは塾に泊まりで、私は除夜の鐘をききながらkの採点の仕事をリビングでしていました。

2000年1月11日「仕事仕事の一日だった。今日から子供たちは新学期だ。頭の中が空っぽで生活も空っぽで、何も書くことがないな。」なんて事が書いてあります。

それでもやっぱり、私は過去の自分と向き合って「君、頑張っていたね。」と頭を撫ぜてあげたくなるのでした。

 

同じ日記帳をアマゾンで見つけました。ロングセラーなのね。

って、値段見て、「えっ !?」ってなりました。

 

最後までちゃんと使おうっと。

そう決意した私です(笑)

 

 

好きな事のメモ。

「劇団☆新感線『狐晴明九尾狩』」は4月にwowowにて放送。

 wowowのHPを開いたら、偶然見つけました。

「ジョン王」埼玉大千秋楽Ver 2月24日wowowオンデマンドで配信決定だそうです。

(ちょっと都合が悪く見られないかも (ノД`)・゜・。)

 舞台「薔薇王の葬列」日テレプラス

02/19(日)16:00【若月佑美バージョン】、02/19(日)19:00【有馬爽人バージョン】

原案がシェークスピア。薔薇戦争を描く。面白そうだけれどどうなのかなとアマプラを見たらアニメが見られそうなので、一応それを見てみようと思います。

タイトルが素敵ですよね。

追:3話以降はレンタルだった(涙)

・・・


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約8年《番外編・残酷な夢》

2023-02-15 00:21:03 | ランダム自分史

それは昔からなのですが、体のどこかが不調だと悪夢を見る事が多い私です。

でもその夢は、それなりにストーリーがあったり、心に残る風景があったりで、意外と嫌いではありません。

例えばある日ー、

〈ああ、しかし、夢ってあんなにはっきり覚えていたというのに「君の名は。」でも言っていた通り、どうしても覚えていられない宿命があって、あっという間にモヤモヤの中に吸い込まれて行ってしまうのは、ある意味、自分の脳と心を守る為でもあるのかも知れませんね。長い夢のストーリーをすべて覚えていて、毎日見ていたら、とんでもないことが起こりそうです。だいたいはっきりと覚えているのはそのラストなのではないでしょうか。〉

ー、タクシーに乗って子供を迎えに行くんです。

「ここから先には行けません。」とタクシーの運転手が言うので、降りて、振り向くとそこには長い長い砂の下りの坂道が続いているんです。

夢の中に自分で作り上げた街があるなんて事はないですか ?

私は横浜の育った町がベースで、故郷の町と作りは一緒なのにまったく違う街の中が、たいがい私の夢の舞台です。

ちょっと変なのですが、その夢の中の街は、本当に綺麗な風景が多いんですよ。

その下りの坂道のその先には、さながら日本アルプスのような山々が見えて、なんて美しいのだろうと、しばし足が止まるほどです。

それなのに、そこから続く夢は、ちょっと怖いホラー・・・・。

それでもそんな綺麗な風景を見る事が出来たのなら、まあいいかと言う所です。

 

だけど昨日見た夢は、何でかスノウさんがやたら元気な夢でした。

ほんの少しは「あらら」と思いました。だけどあまり深くは考えなかったのです。

あまりにも普通に当たり前のようにいたから。そんな事もあるな。なんか気を付けようっと。何に気を付けるのかって。さあ、よく分からないけれど、何かに?

そんな感じ。

 

私たちはいつものように賑やかでワイワイとしていました。さながらみんなでディズニーランドに遊びに来たノリと言う感じだったと思います。

大きな声で話すスノウさん。

そこは何かのイベント会場で、そして私は何かに関わっていたみたいで、何らかの雑用に追われていました。

その時スノウさんが言いました。

「あそこ、楽しそう。あっちに行ってみない ?」とそのイベント会場の一角を指さしました。

「あっ、今私ちょっと行けない。」と私は言い、

名都さんと蝶子さんに、一緒に行ってあげてと頼んだのです。だけど私が戻ってくると、スノウさん一人だけが、そっちのブースの方に行っていました。

「どうして付いて行ってあげなかったの ?」と聞くと、二人は不思議そうな顔をしました。

「ひとりで平気と言うから、ここで待ってることにしたのよ。イケなかったの?」

「見張ってなきゃダメなのよ。」と私は言いました。

 

そう。見張ってなきゃダメなのよ。いったい何から ?

だけど私はそう思って、そのブースまで走っていきました。

なんとそのブースの奥は、海水浴場のようなプールになっていました。

真っ赤な唇の受付の女が、笑いながら聞いてもいないのに、「あそこにいる。」と言いました。

 

私は悲鳴をあげました。

なぜなら妹は、楽しそうに人口の波にはしゃぐ人々の向こう側に、ぷかぷかと息もしないで浮いていたからです。

「ダメよ~ !!!」と私は叫びながら、水の中にバシャバシャと入っていきました。そして沈んでいる妹の頭を水の上に一生懸命に持ち上げました。

「まだ大丈夫。間に合うから。息をするのよ。息をして。息をして。息を !!」

 

私はこの夢を、目覚めた後しばらく忘れていました。

午後になってふと思い出し、しみじみと、なんて残酷な夢なんだろうかと思いました。

あの子はキラキラと生きていなたぁと思い、またあの子は死んだんだなと思ったからです。

 

※      ※

スノウさんの心臓が止まった時、名都さんは願うように言いました。

「マッサージは !?  心臓マッサージしたら・・・。」

だけど私は、小さく首を振り、はっきりとゆっくりと名都さんに言いました。

「しないのよ。」と。

 

自宅で延命無しを希望するという事は、実はそういう事なんです。父の自宅での看取りを経験したので、いろいろと分かっていた事もありました。

心臓が止まったからと言って、救急車などを呼ぶなどしないわけで、ゆえにこの場合の心臓マッサージなど本当に意味がない事だと思います。

だけどこの時、その言葉が出て来るとは、実は私にとっては思いもよらない事だったのです。

その時、冷静な私は言うべき5文字を彼女に伝えたけれど、その裏側には、その無駄な意味のない行為を誰よりもしたかったもうひとりの自分が居たんじゃないかと思うんです。

その閉じられた目が再び開かなくても、息をするその呼吸は苦しそうでも、今ひとたびその息の音を聞きたいと、馬鹿みたいになりふり構わずにやりたかった・・・・。

そしてそれはその部屋にいたみんなも、きっと同じような気持ちだったんじゃないかと、今でもふとそう思う時があるのです。

 

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「プレイヤー」を再び観ました。

2023-02-14 01:28:59 | 観劇・コンサート日記

この舞台は、2017年8月にシアターコクーンで観ました。

その時の感想は→・「プレイヤー」を観てきました。

 

そして2018年、wowowで放送され録画してあったものを、ようやく見直しました。

2018年ですものね。

どれだけ寝かせたらいいのだと言う感じですね。(^_^;)

 

だけど間を空けて、記憶の底に沈んでしまっていたお芝居を見るという事も、たまにはいいなと思います。

 

確か、私は劇場では「ああ、そう来たか。」と思ったものの、そこに行きつくまでの物語には、くらいついて真剣に見ていたように思います。

「分からない」と言うのではなかったのですが、じっと真剣に見ていなければ、やはり迷路に迷い込むような内容だったからです。

だから何処かでその言葉を拾うまで、そのお芝居がホラーであることにも気がつかなかったのでした。

だけど内容を80%忘れていたような二回目であっても、芯の部分は分かっていたので、分かりやすく面白く見ていました。

 

その時思った正直な感想ですが、「イキウメ」の前川知大が書いたシナリオは、学生演劇でも演じやすそうだなと思ったのです。これは別に低く見たというわけではありません。物語に良い意味のシンプルさを感じたのかも知れません。

シンプルだけど、実は複雑。

WOWOWさんからあらすじをお借りしてきました。

【【ストーリー】
ある公共劇場のリハーサル室に俳優やスタッフが集い、戯曲「PLAYER」の稽古が行なわれている。刑事の桜井を演じる道彦(藤原竜也)、環境保護団体代表で瞑想ワークショップの指導者・時枝役の悟(仲村トオル)、時枝の助手・神崎を演じる恵(成海璃子)、妻子を失い瞑想ワークショップに参加している大河原役の和夫(木場勝己)らも参加し、演出家・東(真飛聖)が演出している。
物語は「行方不明の女性・天野真が遺体で見つかるが、彼女は肉体を失った後も意識として存在し続け、友人の口を借りて自分の想いを伝え始める。真相を追う桜井を前に、彼女を死に導いた時枝は、死者との共存こそが物質文明の行き詰まりを打開し世界を変えるのだと主張する」というもの。死者の言葉を「再生」することと、台本のせりふを「再生」することが意識の中で重なった俳優やスタッフたちは、やがて戯曲の中の倒錯した死生観に感覚を浸食されていく。】

舞台の中に舞台があり、その中の俳優たちは演じる役柄の中で、死者である天野真のプレイヤーになっていく。が、このお芝居の作者は既に亡くなっている。

ここから先はネタバレしています。

 

そしてこのお芝居を演じる事によって、その中のひとりは、(お芝居の中のお芝居の)作者のプレイヤーに・・・・と言うお話。

が、これ、実はもう一つ先があると思いました。つまりそのお芝居を見ていた私たちも、縁して、プレイヤーになってしまうという・・・・・(つまり前川知広の ?)

作者のプレイヤーになってしまった道彦は、舞台の中でもプロデューサーの女性に「必ずネットにあげてね。」と言います。

だからそれを読んだ人もまた・・・・ってね。

 

リングにちょっと通じるものがあると思いましたが、こちらは滅びゆく世界を救うための手段だから、その辺はちょっと安心です。しかし、安心と言っても死を乗り越えなければならず(死体がゴロゴロ)、ちょっと信用が出来ない・・・・かも。

そしてこれは演出も、その舞台を飛び出して、しばらくはそのシナリオがネット公開されたはず。

なかなか企画が面白かったですね。

 

また学生演劇の人たちが演じやすそうとか思いながらも、このお芝居は、あらすじの中にも載っているように、かなりの豪華俳優でキャスティングされていました。

 

上にリンクした2017年の感想の中に

>《そして、

「これで良いかな、神山さん。」と道彦がプロデューサーの神山に言う。

「えっ !?」

この瞬間にプレイヤーは劇中劇の中から飛び出して・・・・・

私はまたも「おおっ」と思う。

 

「このシナリオ、約束通りネットに挙げて・・」とこの劇中劇の作者のプレイヤーになった道彦が言う・・・・・。

本当の恐怖はこの物語の先にあるー。》

と書いたのですが、その神山の「えっ !?」に、一瞬の喜びの輝きが見て取れて、そして物語は終わるのでした。

 

ずっと会いたかった人に、思いがけない形で再び会えることは、やはり幸せな事なのかも知れません。

このお芝居はホラーでも、「標野凪「伝言猫がカフェにいます」」にも通じている所があるなと思いました。

 

演出は、長塚圭史


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マイ☆メモ

2023-02-13 15:48:56 | 梢は歌う(日記)

好きな人、気になる番組・ドラマなどのメモ。

こんな事ばかり考えているのかと言う感じですが、さすがに生活メモは晒せません。

私の生活メモは、いついつ歯医者、いついつ整形外科、母のショートステイ体験はいつとか、楽しい「やりたい事リスト」ではなくて、マジに生活感バリバリですから(現状は

あとはあの書類出して、この書類書いて、ここ整理してあそこ片付けて・・・・

あれ勉強して、これの計画を立てて・・・・・・ああ、

 

ゆえに 以下は現実逃避の楽しいメモです。

 

 「グレーテルのかまどー萩尾望都のチョコレートケーキ」

  Eテレ22:00~22:25

 ☆瀬戸康史が挑む「ケーキケーキケーキ」の萩尾望都のチョコレートケーキ

追記:2月11日に見ました。

「層を重ねる チョコの一族」に思わず笑いました。ちゃんと作ると、本当に手間暇がかかったチョコレートケーキ。

最近ケーキが高いなと思っていましたが、あんなに手が込んでいたら、仕方がないなと感じたりもしました。

 

 『オールナイトニッポン55周年記念オールナイトニッポン55時間スペシャル』

  吉田拓郎氏の時間割は2月18日11時から13時まで

  ☆交渉してくれてありがとう。承諾してくれてありがとう。楽しみにしてるね。

追記:時間を間違えてしまいました。コメント欄を開けていたら、どなたかに間違いを指摘して頂けたかもしれませんね。どこかを見ながら記事を書いたはずなので、なぜ   間違えたのか不明ですが、大いなる思い込みがその原因だったと思います。18日夜のお楽しみ~と思っていたので吃驚しましたが、どちらにしても昨日は病院予約の日だったので、リアタイでは聴けませんでした。

また、この元の記事でご迷惑をおかけした人が居ましたら、すみませんでした。私ものんびりとradikoで聴く予定なので、是非そちらにてお聴きくださりますようお願いいたします。

 

 「ハリー・ポッターと呪いの子」の2023年6月から9月までのチケットは。

 先行発売: 2023/2/12 (日) 10:00〜2/23 (木祝) 23:59
 一般発売: 2023/2/25 (土) 10:00〜

 実はこれが意外とビミョウ。先の自分の体力に自信がないのと、PCからのお買い物を控えているから。

 

 録画しました。

「北欧サスペンス「オオカミの棲む森」 #1 消えた少年(字幕版)」

2月13日23時から23時50分。WOWOW。1話は無料放送。

☆ちょっと面白そうじゃないかと思う。

※ ついでながら次回WOWOWの「連続ドラマW ギバーテイカー 」は最終話ですね。

出演「中谷美紀、菊池風磨、深川麻衣、馬場ふみか、吉沢悠、斉藤由貴、池内博之」

これけっこう面白いのよね^^

 

 映画はたぶん当分行かない予定。

だけどちょっと「バビロン」、気になりだした。

 

 読みたい本が積読状態だが、読みたいと思っていた本を姉が持っているので、このさい実家に帰った時に借りて来ようと思う。


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「大河ドラマが生まれた日」

2023-02-13 01:10:23 | テレビ・ラジオ

2023年はテレビ放送70周年、NHKでも大河ドラマ60周年だそうで、その記念としてこの作品は作られ、2月4日に放送されました。

私は録画組なので、11日の日曜日、今の大河ドラマ「どうする家康」の始まる前に見ました。

 

主演は生田斗真。シナリオは金子茂樹。

他にも、阿部サダヲ、中村七之助、中井貴一、ともさかりえなど、さながら大河ドラマのキャスティングかと思うほどの豪華さでした。

NHK芸能局長である成島の「君、今のテレビをどう思う。」の一言から始まり、「映画に負けない新しい連続大型時代劇を作れ」と楠田と山岡に命じるのです。

その時代は、映画とテレビには一線が引かれていて、映画俳優はテレビには出さないという五社協定なるものもありました。

 

そんな中で俳優たちの家に通い詰め、出演を取り付ける苦労から、または撮影時間短縮の為に、今までの経験からの意見に真摯に耳を傾けて工夫していく姿に、テレビから目が離せなくなりました。

そのような時代に、テレビに出ようと心に決め新しいチャレンジを試みた俳優さんたちは、さながらファーストペンギンのようだったと思いました。

そのファーストペンギン、佐田啓二さんの役を中村七之助が演じました。そして佐田啓二さんの息子さんである中井貴一が成島を演じました。

ある意味の親子共演のようで、感慨深かったです。

 

大型時代劇第1作「花の生涯」のクライマックスシーンの桜田門外の雪のシーンの作りこみ方など、見ごたえがありました。

その時代にはその時代の苦労があり、そしてそこから知恵が生まれて、そして今日まで来たんだなと思いました。

NHKの番組紹介、お借りしました。

『テレビ放送開始から70年を迎える2023年2月。初めてテレビで大型時代劇に挑戦し、夢をかけた人たちの思いに触れます。れい明期のテレビマンの情熱がぶつかり合うハートウォーミングコメディー。』

 

脇を固める人たちが、皆名優なので、見ていて何も揺らぐところがありませんでした。そして主演の生田斗真はやっぱり素晴らしかったです。なんでも器用にこなしますね。

そう言えば、何かの番組で、鶴岡八幡宮の雪は塩で、倒れた時に口に入ったりして、「寒いんだよ !!」じゃなくて「しょっぱいんだよ !!」みたいな気持ちだったとか言っていましたよね、彼。

 

大型時代劇が大河ドラマと呼ばれるようになったのは、2作目の「赤穂浪士」の時に読売新聞がそう書き、それが浸透したからなんですってね。

 

何事も生まれた時があって、そして育って行ったという事なのだと思います。

その時その時に苦労して、そして知恵を生みながら。

昔は昔の、今は今の。

 

ついでながら、「どうする家康」は今回も面白かったですね。

これ、内容の残酷さから言ったら、既に「鎌倉殿の13人」とさほど変わらないと思います。昔から戦国はそういう時代だと思っていて、タイムマシンがあったら行ってみたいのは戦国時代などと言う方は結構いらっしゃるのですが、私はいつも「そんなのごめんだわ。」と思ってしまう方です。

「大河ドラマが生まれた日」の為に、少々ネット検索をしていたら、、このドラマの記事から今の大河批判につなげてる方がいて、その同じ記事があちらこちらに拡散していて、私は少々不愉快な気持ちになりました。と言っても喧嘩など売る気もないので、どこがなどとは言いませんが、誰だって面白いなと思って気に入っているドラマの批判を言われたら不愉快になって当たり前の感情です。

かなり残酷な内容を、美しいオープニングで癒し、眉をひそめずに物語に入りこめていくようなシナリオに工夫がされていると思います。

先週もそうでしたが、忍者集結のシーンに、私は心が踊りました。そして女大鼠は視聴者のみんなに愛されて隠れヒロインになって行く予感がしました。

ついでにまた少し関連記事に飛ぶと、視聴率が下がったからどうのこうのとか。

いやいや、初回から少し数字が下がっていくのは、それは大河ドラマのみならず新作ドラマのあるあるでしょう。

自分の好みに合うか、またはついていけるかなどのフルイなのではないかしら。

「鎌倉殿13人」など、私に10人の友達がもしいたら、見ていたのはその中の2人ぐらいなものですよ。

それでもあの作品が傑作であったことには間違いのない事なんですよね。

作り手が満足するものを作って行ったら、それをしっかりと受け止めていく視聴者はたくさんいると思います。

 

で、今回の感想をさらに一言だけいうと、今川氏真は本当に上品に育てられたお坊ちゃまだったのかなと思いました。今日の彼は(溝端淳平)は、本当に美しかったですね。←えっ、そこ !?


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ポーの一族「青のパンドラ」

2023-02-12 14:54:04 | 漫画・マンガ・まんが

月刊フラワーズで、もう全話読んだのだから要らないのではと思いながら、そうはいかないのがその作品その作者への「愛」と言うものだと思います。

2月9日に本屋さんにて買い求めてきました。(「金の国 水の国」」はこの時一緒に買い求めたものでした。)

 

「青のパンドラ」と言うタイトルに相応しい美しい青色の表紙でした。

 

やはりまとめて一気に読むと、迫ってくるものが違うような気がします。

神話がそこにあり、壮絶な歴史物語が寄り添っていて、そして人間としてかなり長い間を生きて、そして時を止めた大老ポーとそのつれ合いだった老アンナの人生の歴史が語られました。

人だって、イヤ、ありとあらゆる生き物は、自分たちがどこから来て何処に去っていくのかを知る事がありません。

彼らの一族もそれは同じです。

ただ血の神と言う存在が、彼らの来た道を辿れる唯一の存在なのかも知れません。

「ゴシックホラー」と呼ばれたころも懐かしいですが、SFチックなこの作品も良いですね。

 

ひたすら神のような存在だった大老ポーが、何やら人間臭さを感じさせいきなり身近になりました。

フォルカにはじいさんと呼ばれ、ブランカに役立たずと責められる大老ポーはちょっと気の毒(笑)

だけど彼が何を考えているのかもよく分からず、ちょっとずれていた事を書いていたかも知れないそれぞれのお話の感想は、以下にリンクしておきました。

あっ、書いてないけれど、アーサーは頼もしくカッコいいですね^^

 

ポーの一族「青のパンドラ」vol.1

ポーの一族「青のパンドラ」vol.2

ポーの一族「青のパンドラ」vol.3

ポーの一族「青のパンドラ」vol.4

ポーの一族「青のパンドラ」vol.5炎の剣

 

※ 本日2回目の投稿です。

前の『相棒21 第16話「女神」』もよろしくお願いいたします。

 


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相棒21 第16話「女神」

2023-02-12 09:40:01 | ドラマ(相棒)

特命係がいつ来るのかと、その影におびえ(?)つつ捜査していたイタミン。

でもとっくのとうに右京は捜査していて・・・・ってところが、分かっていたけど、面白かったところだと思うの。

それに細かい小ネタやシーンに面白みがあって、そして最後は全ていい風に落ち着いて、結婚詐欺師も殺人犯も捕まり40年前の真相も暴かれて、そして財宝も返って来て、良いお話風にまとまり、なんて言うかオールオッケーだと思うのです。

 

が、後から何となく何かが違うような気持ちになって来てしまいました。

ひとつは、こんな所を突っ込む人はそうそうには居ないと思うのですが、この橘志織っていう方と殺されてしまった寝たきりの老人は、何歳設定なのでしょう。

まさか60歳代って事はないですよね。寝たきり老人は見るからに80歳代にも見えるほどの老いた様相。その知人の施設の館長もそう。だけど彼女は、現役で働いているし・・・・

だいたい右京さんも50歳代設定 ?

なんだか世界観がつかめません。

この人たちの40年前・・・・?

「みんなが幸せになれる。」と強欲な金貸しの老人の家に強盗に入り、時には困っていた養護施設にお金を渡すと言う義賊のような事をする。

でもこんな発想、その時代の背景から沸き起こって来るかしら。

そんなの人それぞれじゃんと言われたら、確かにそうなのですが、人の発想ってその時代を少々反映していると思うんです。

もしも40年と言わずに、もう少し前、つまり50年前のあの日本の知の結晶の卵たちでさえ、その武力抗争に憑りつかれた安保闘争のあの頃だったら、そういう発想もありかなと思うんですよ。

バブル少し前って、意外と世の中は落ち着いていて静かだったと思うんです。

この人たちって、どこからそんな自分勝手な発想が沸き起こって来たんだろうと思ってしまったのです。

 

しかもこの女性、その後勉強してカウンセラーの資格を取ったと言っていましたが、心理士って大学院まで行かないと取れない資格で、だからと言って彼女は頑張ったなとはなかなか思えなかったのです。

 

最後は良いお話風になっていたのですが、この二人、押し入り強盗って言うのはいきなりじゃないわけで、こんな大きな悪事をしようとしているのに無計画過ぎません ?

いざという場合の落ち合う場所とか、その奪ったお金の使い道とか。

時効になって財宝も返しても、それ自己満足じゃないのかしら。

財宝は使い切ってしまえば良かったのに。もう奪った人には返らないと思うし、もっと日本中の困っている人にばらまいてしまえば良かったのにと、闇のkiriyは思ったりもしたのです。

そして一番気に入らなかったのは・・・・・。

たぶん作者様は、そこが一番のお気に入りだったと思うのですが、

「女神が持ってる。」は本当は「女神が待ってる」の聞き間違いではないかと言う所。

確かに漢字が似ていて、この漢字を習った時、間違えてしまった事もあったかも。または一緒に覚えて覚えやすいなと思った事もあったかも。

でもさ、この今まさに自身の危機の時に、もしかしたらこの狂った女から危害が及ぶかもしれないというのに、言うかな~、それ ?

 

あー、もうね、ファンの皆様ごめんなさい。

まったくもって、「煩いヤイ」って感じですよね。

だけど、なんたって「相棒」歴が長いものですから、細かい所が気になる右京のお仲間になっちゃってるんですね。

 

それにひとつ前の「相棒」の感想の中に

>そしてですね、私が感想はもう良いかなと思ったとたん、いきなり全話面白くなってきたように感じるのです。これはもしかしたら「感想はもう書かなくて良いや。」とお気楽に見ていたから、逆にそう感じるようになってきたのかも知れません。また感想を書くことを復活させたら、「うーん、なんか、イマイチだったような・・・」なんて偉そうな事を思ってしまうのでしょうか。

と書き込んだのですが、「やっぱり~」ってなりました(^_^;)

 

でも今朝、私が朝からやっていた事はロケ地検索。

山荘からの風景は素敵だったでしょう。

あれは「埼玉県比企郡小川町にある仙元山見晴らしの丘公園」なのですって。でもそこに行くには、JR小川町駅から徒歩40分・・・・ !!

女神像がある部屋は、「パトリック・キソ・ガーデン」で結婚式場です。「相棒」は結婚式場、けっこう使いますね。

 

そう言えば、ヒロコママの回、死体があった場所、「柏の葉公園」でした。←分かる人には分かる。

バッタリと撮影してるときに出会いたかったなぁ。

 

 

 

 


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「金の国 水の国」

2023-02-11 12:54:13 | 漫画・マンガ・まんが

やはり入院中にKindleのお試し版で途中まで読みました。

スマホからのお買い物が未体験だったので、セキュリティなどを確認してからと思って、その時はその途中までで我慢していました。

でもその途中まででも、この作品が凄く面白いのは分かってしまいました。

 

この漫画のアニメが公開されることを知ったのは、だいぶ前で、実は試写会に申し込んで落選していました。

家の近所の映画館だったので、てっきり行けると信じていたのに落選。

いろいろと今は厳しいのかしら(^_^;)

 

それでも試写会時のあらすじを読んでも面白いなと思っていたので、ちゃんとお金を出して見に行きたいと思っていました。

退院してからの最初の1作目を、キムタクにするかトヨエツにするか(お二人とも一時期は、こう呼ばれることを悩んでいたのですってね。でも日本人、ブラピって言うし、ジョニデって言うし・・・・レオ様って言われることを考えたら、すべてOKなような気がするな。)、はたまたこの金曜日水曜日のアニメにするか(違うけど)

自分の胸に手を当てて、今の気持ちで正直に選ぶとしたら、やっぱりこの「金の国 水の国」だなと思いました。

 

ところが諸々の雑用あり、少々の気力体力も無しで、なかなか行くことが出来ません。

そうこうしているうちに、またも本屋に行く機会があり、「あの途中になっている漫画の続きが読みたいな。」と言う気持ちが沸き起こり、原作の方を買い求めて読んだのでした。

 

私は泣き虫。

だから「泣きました。」と言う感想が、皆さまの役に立つとは思えません。それでも買って来てからの一日でも思わず繰り返し読み、そしてその度に涙してしまうのでした。

それは哀しみの涙ではありません。

世の中には「心を洗い流す」と言う言葉があったような気がしますが、まさにこの漫画の涙はそれ。

知らず知らずのうちに涙がポロポロ零れます。

 

主人公の金の国のお姫様、サーラは本当に可愛らしい。

でも作者がうっかり、顔の線を横に伸ばしてしまったのかと思うような四角い顔と輪郭の大きめの体型をしています。

水の国のナランバヤルも、けっしてイケメンと言うわけではないのです。

 

だけどこれは間違いのない、美男美女の物語だと思いました。

 

敵対するA国とB国が、友好の為に、国で一番の美しい娘と一番賢い若者を送りあい縁組をする事になりました。そんな中、A国の姫サーラはB国の青年と偶然出会い・・・。

本来ならば、二組のカップルが生まれるわけですが、A国もB国も、送りあったのは・・・・・。

けっこう笑いどころがいっぱいです。

私、病院で試し読みの所で、声を出して笑ってしまいました。

(面白いし、内容が良いので細かい所もネタバレなしで書いています。)

 

それにこの作者の方は、シーンの切り取りが上手いと思いました。

辺境の地に住む93王女のサーラの少女時代が、たった3コマぐらいの夢のシーンで、(たぶん)孤独で寂しい時代だったのではないかと推測出来たり、B国の族長の言葉から、族長とナランバヤルの家族とは、特に父親(?)とは何かあったのかも知れないと、推測できるような気がするのです。

そして大事なシーンを大きく描くと、その後のシーンは省略で、次の話を運ぶのは当たり前のように見えて、かなり画期的に感じました。

だからこの物語は、1冊で完結しています。

 

 

 

スペシャル版は他の方のレビューを読むと、カラーとイラストが多いらしくて、物語の描かれなかった部分へ想像が増すような、そんな感じを受けました。

 

・・・・


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標野凪「伝言猫がカフェにいます」

2023-02-09 19:32:15 | ユーモレスクを聴きながら(book)

この本も病院の売店で買い求めました。前の本の感想(村上春樹「猫を棄てる」)にも書きましたが、わずか10冊程度の本の中から選んだ割には、素敵な出会いが出来、その出会いに私は感謝したくなりました。

退院までには読み切れませんでしたが、退院後に整形外科に行き(2月3日)、その待合室で読み切りました。その時ふとハンカチを目に当てると、そのハンカチが微かに濡れました。

泣き虫なんだから~、私。

でもジワッと来ますよ、これ。

帯には「もう会えない人からの『想い』を猫が届けます。」とあり、これはあの世とこの世の堺にあり、「会いたい人に会わせてくれる」と噂のカフェ・ポンで、天寿を全うした猫のふー太が、「仕事を5回達成すると、会いたい人に会える」と言う報酬につられて、店主・虹子の元で働く物語です。

5つのエピソード+エピローグ、皆素敵です。ただ涙涙のお話だけではなく、時には苦い気持ちにもなったり、時にはざまあみろと言うようなお話もあり、読んでいて楽しかったです。

だけど私が、ポンのポストに「ももちゃん」と名前を書いて、または「スノウさん」と名前を書いて入れたとしたら、いったいどんな形で会いに来てくれるのだろう・・・・

ほんのちょっぴり、そんな気持ちにもなって切なかったです。

 

この本の装丁(長崎綾)は綺麗だし、装画(日下明)の猫さんもとっても可愛らしい。

標野凪さんの本は初めてです。初めての方の本を手に取るのは、やはりタイトルも大事ですが、表紙も大事だと思います。

この本を評価する時、やはり作者の方にばかり目が行きますが、実は1冊の本と読者が出会うには、多くの人の手がそれを支えているのだとしみじみと思いました。

 

 

ただその後は、作者の力です。今日、また本屋に行きました。2月2日発売の新刊が出ていました。

今月はちょっとお預け。

でもきっとまたこの方の本を読むと思います。

 

 

 


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