かんじゃまのつぶやき(海の見えるチベットより)

日本一細長い四国佐田岬半島での慣れない田舎暮らしの日常や風景、
  そして感じたこと、思い出などをひとコマひとコマ

石仏・石塔見て歩き(9:水神観音)

2008-06-30 15:45:47 | 田舎の歴史

 先日紹介しました伊方町PRビデオの中で、女優・宮本真希さんが手を合わせて拝んでいた石仏・水神観音です。この観音様の下は井戸になっており、ナカジ川(中地川)と呼ばれています。このナカジ川には、子供の頃には地下水・湧き水が溜まっておりました。しかし、残念ながらこの箇所には、もう何年も前から地下水は溜まっておりません。これより上の方に道路が出来たりして“水みち”が変わったのでしょうか、枯れてしまっています。


≪ナカジ川と水神観音≫

名取地区には谷や沢こそあれど、「」と呼べるような地形の箇所はないのですが、このように地下水が溜まっている(溜めている)井戸などのある箇所を、昔から「○○川」と呼んでいるようです(例えば、岡の川、峯の川など)。そうして、上水道が整備されるまでは、地区の貴重な水源だったのです。だからこそ、敬意を持って「○○川」と呼び、大切な水が枯れないように水神様を祀ったのだろうと思われます。
 水神観音の表情はいまひとつはっきり読み取れませんが、うっすらと笑みを浮かべた寛容なお顔のように見えます。そして、右手は胸にかざし、左手に宝珠を持っております。この石仏も砂岩でできており、台座は花崗岩です。

ところで、この水神観音は丁寧に積まれた石垣の祠の中に安置されており、石仏前面は風化のために、刻まれた文字が少し消えかかっておりますが、側面の文字は今でもくっきりと残っております。
それによると、右側面に「慶応二寅 十二月吉日」と刻まれており、左側面には「地主 利右エ門」とあります。慶応二年は西暦1866年、幕末の騒々しい時代です。この年、薩長同盟が成立し、12月には慶喜が徳川15代将軍に就任しております。この時代、この地区の先人達はどのような暮らしぶりをしていたのだろうか。

5円の攻防

2008-06-28 12:51:57 | 田舎の生活
昨日、両親を町の病院に連れて行き、その帰りにあるコンビニに入ったのですが、精算の時レジの脇をふと見ると、珍しいものが置かれてありました。 
レジの横に募金箱が置かれているのはよく目にしますし、財布に一円玉が増えるのを嫌がり、もらったおつりの一円玉を募金箱に入れる、なんてことは皆さんも経験があるのではないでしょうか。ところが、この店には、その募金箱の横に、もうひとつ1円玉が入っている箱がありました。
写真はありませんが、こんな感じです。↓↓↓


その箱には、「4円までお使いいただけます」というような添え書きがあります。おそらく、一円玉を持っていない、あるいは足りない買い物客に便宜を図るためのものなのでしょう。私も買物の時、細かいお金を出そうとして、少し足りなくて、結局たくさん(枚数)おつりを貰うはめになることがあります。おそらく、そういう場合のためのものでしょう。
 親切といえば親切で、これで「ラッキー」と思ったお客さんも少なくないように思います。
店側にとっても、例えば501円の買物で、499円あるいは9円おつりを出すより、両替の面倒がなくて済むようにも思えます。 

このコンビニは大手の店で、たくさんのチェーン店がありますが、他の店でも同じことをやっているのだろうか? 箱の添え書きが手書きだったので、店長の判断によるこの店独自のアイデアかもしれません。
ところで、この箱から一円玉を用立てする場合は、客本人が箱に手を入れて一円玉を取り出すのだろうか? それとも、店員に「あっ これいいな。じゃあこの中から4円足して下さい」といえば、店員が取り出してくれるのだろうか? 客がこの箱に手を入れるのは、ちょっとした度胸がいるような気がします。
4円まで使える」というのがミソです。なぜ5円までにしてくれないのだろうか?5円だと5円玉があるので、「お客さん、5円玉の1枚くらい持っているでしょう?」という感じなのだろうか? 
それにしても、この“愛”の箱の一円玉はどこから調達するのだろうか?
循環と共生? 

みにくいアヒルの子?

2008-06-27 14:46:42 | 田舎の生活
種をミニポットに植えて、生長を楽しみにしていたインパチェンス。ひまわりやサルビアに比べると、とても生長が遅い。そんな中で、他に比べて比較的生長が速い4株があった。でも、この4株は、生長の遅い他のものと本葉の形が少し違っているような気がしていた。それでも、他のインパチェンスもこのくらい生長すれば、同じような本葉になるのだろう、とか、色々な色の花が咲くようだから、花の色によって微妙に本葉の形が違うのかもしれないなあ、などと素人丸出しの安易な考えでいた。そもそも、インパチェンスの花・葉をよく知らないのだ。
そして、その生長の速い苗の本葉4枚もそこそこの大きさになったので、もういいだろうと数日前やっとプランターに移植した。

しかし、つくづく眺めていると、やはりどうもこれらの苗は、インパチェンスではないような気がしてきた。そして、もしかしてこれはシソではないだろうかと思い至り、菜園で自生したシソのうち、疑惑の苗と同じくらいの小さなシソを引っこ抜いてきて、プランターのものと見比べてみた。
ぎゃぁ~~~」、全くそっくり、いや同じではないか。生長を楽しみにし、丁重にプランターに移植した苗が、インパチェンスではなくシソであったとは・・・。
このシソに罪はないのだが、急に愛着がなくなってしまった。少なければ貴重なシソだが、今や菜園にはジャングルのようになって繁茂しているのだから、仕方ない。


≪間引きせずほったらかしのシソ軍団≫

それにしても、なぜミニポットにシソが生えてきたのだろう? おそらく、インパチェンスの種を植える時、菜園の土も混ぜたのだろう。そして、その中にこぼれ落ちたシソの種が混じっていたのだろう。
 そんなシソであるが、いきなり捨てるのもかわいそうだし、今まで注いだ愛情が無になるようで、とりあえず菜園の端っこに移植した。他にもいやというほどシソが生えているというのにだ。

僕の心細道(18:シンガポール編・後編)

2008-06-25 11:30:21 | 旅行
ホテルのバーで声をかけてきた女性は、ニュージーランド人とのことで、オークランドからの機内で私を見た、と言うのです。彼女の顔をみると、確かに私も見覚えがありました。私の反対側の窓の方で、ひとつかふたつ後方の座席に、彼女はいたように思いました。そんな話題から始まり、この後彼女と結構会話をしました。大体、ニュージーランド旅行で訪れた町の印象などを話したと思います。もちろん英語です。
 彼女は、いとこがロンドンに住んでいるので、自分もこれからロンドンへ行って仕事をするのだと言っていました(仕事内容は忘れました)。

そのうち、話も弾んだところで、私は勇気を出して、彼女のロンドンでの住所を教えてくれないか?と尋ねたのです。 ≪何ということでしょう!≫ 当然彼女は、「なぜ住所を知りたいのか?」と私に聞き返しました。私は、「自分は英語が出来ないので、貴方と文通して英語を上達したいからだ」と答えました。すると、彼女は納得して、紙に住所を書いて渡してくれました。
この時の自分の心境に嘘はなかったのですが、日本に帰ってから、仕事に追われる毎日となり、結局彼女には一度も手紙を書いておりません。ごめんなさい。m(__)m 

こうして、思わぬ出会いがあったシンガポールも夜が更けていきました。
・・・余談:そういえば昔、橋幸夫と由美かおるの映画で『シンガポールの夜は更けて』というのがあったような気がするなあ。同名の唄もあったような?・・・

翌日、私は特に予定もなく、A君が買物をするというので、彼に同行することにしました。結局、B君は朝早くにこのホテルを出て、一人で安い宿を探しに行ったとのことでした。

シンガポールの街は、とてもきれいでした。しかし、高いビルが立ち並ぶメインの通りから少し外れると、低所得者層の住宅街といった雰囲気のみすぼらしい家屋もたくさんあったように思います。そして、この国は経済発展には力を入れているが、その分貧富の差が大きいのかも知れないなあ、それに伝統文化というものがないように感じました。
A君が彼女へのお土産をという、買物に付き合ったり、市内を散策したりしました。有名なマーライオンも見に行きました。


そして、昼はマクドナルドへ入ったのですが、私はマックへ入ったのは、この時が初めてでした。
そんなA君と私が同じ感想を持ったことがあります。それは、「女性は東アジア人が一番きれいだね」という印象でした。数ヶ月間ニュージーランドにいた彼と、1ヶ月弱NZを旅行した私との、奇しくも一致した意見でした。シンガポールでは、いろんな国柄の顔形をした人が多かったですが、やはり中国系アジア人が多数のようで、街行く大勢の女性を見ながら、先ほどの結論に至ったわけです。

 夕食は、ホテルの近くにあった広い屋台で、中華料理とビールを美味しくいただきました。
そして、翌日飛行機で日本に帰り、私の初めての海外旅行は終わりました。

僕の心細道(17:シンガポール編・前編)

2008-06-24 11:16:31 | 旅行
 ニュージーランドからシンガポールへ向かう機内で、日本の若者2人と知り合いました(A君、B君としておきます)。そして、私を含めて3人ともシンガポールでの宿を決めていないというので、「では一緒に探そう」ということになり、とりあえず空港からバスに乗って、町の中心地方面へ行きました。
もう既に午後9時を回っておりました。適当なバス停で降りると、客引きの男性が数人おりました。我々は、「安いホテルがあるよ」(多分みんなそう言って誘っているのだろうが)と言って近づいてきた白いターバンの男について行くことにしました。 
そして、宿に着いて部屋を見させてもらったところ、一部屋に10人いや20人以上と思われる、国籍も様々であるような若者が大勢おりました。まさに『深夜特急』のワンシーンのようでした(この時はまだ『深夜特急』を見ていませんでしたが)。山小屋風雑魚寝状態で、びっしりフトン(マットレスかな?)が敷き詰められており、当然全くプライバシーがありません。

私はその光景に少々尻込みをしました。A君も私と同感だったようで、別の宿を探そうと言ったのですが、B君はそこでも良いということでした。B君は、この後まだマレーシアへも行くと言っていたので、宿泊代を少しでも安くあげたかったのだろうと思います。一方、A君と私は、この後はもう日本に帰るだけだから、ということで少し高くてもいいからと、私が日本から持ってきていたホテルリストを頼りに、別のホテルを探しました。そして、そこそこ高級そうなホテルに決めました。時間が時間だっただけに、B君もその日はしぶしぶ、A君と私が気に入ったホテルに宿泊したのです。
A君・B君は私より若いと思ったことと、私が先導してホテルを決めたので、二人には少しでも安く上げてもらおうと、彼ら二人には同じ部屋に泊まってもらい、私は一人で泊まりました(海外のホテルは1部屋いくらですから)。

さて、一人になった私はシャワーを浴び、食事は機内で食べていたので、少し酒でも飲みたいと思い、ホテルのバーへ行くことにしました(バーという表現が正しいかどうかわかりませんが)。
バーでは生演奏をしており、なかなかいい雰囲気でした。「当たりだ」と思いました。そして、私は一人ということで、カウンターに案内され、ビールを注文しました。ひとりで、今回のニュージーランド旅行の感慨に浸りながら杯を進めていると、同じカウンターで飲んでいたひとりの若い女性に声をかけられたのです。私の生涯で、飲み屋で若い女性から声をかけられたのは、この時が最初で最後です。 
この後の話は・・・。御免なさい、少し長くなりますので、続きは次回ということにします。

   ≪つづく≫

なんだかなぁ~

2008-06-23 12:38:19 | スポーツ
今日は、久しぶりに時々陽が射し、空気もさわやかな感じがしており、あのじめじめ、じとじと、むしむし感から開放されている。

昨夜のサッカーW杯アジア3次予選の最終戦。既に最終予選進出を決めている日本対バーレーン戦は、降りしきる雨の中での試合となった。
開始早々、日本はPKを得て、「よしよし」と思ったところが、中村選手のシュートはキーパーに阻まれ先制点ならず。その後も、日本は優位にボールを支配するものの、得点機をものにできないという、いらいらするような試合展開が続く。
しかし、守備陣が安定していたので、負ける感じはしなかった。とはいえ、ホームで引き分けたのでは負けと同じようなもので、前回の雪辱のためにも、ぜひ勝って欲しかった。

あきらめかけた後半ロスタイム突入間際、バーレーンがクリアしたボールを内田選手がヘディングでゴール前に上げる。それをフォローしようと巻選手が中央に走る。それを見てバーレーンのキーパーが前に出てくる。しかし、ボールはキーパーの前でバウンドし、誰も触れずに、キーパーの後方で再びバウンドして、そのままゴールイン。キーパーは、巻選手の動きに惑わされたのだろうか、それとも味方の選手とお見合いする格好になったのだろうか? 
「あれ?! 入っちゃった」っていう感じで日本の得点となる。90分間攻め続けても得点できずにいたのに、なんだかなぁ~。まあこれも、全選手が最後まであきらめずに、点を取りにいく姿勢があったからの得点なのだろう。
 雨の中、お疲れさま。
 9月からのアジア最終予選は、頼みましたよ!

ひまわり咲いた

2008-06-22 13:15:24 | 草花・樹木
 サルビアの種などと一緒に買ったひまわりの種。そのひまわりが1輪開花した。ミニひまわりということで、背丈は20cmくらいである。
種が入っていた袋には、種を蒔いてから約60日で開花とある。この1番のりのひまわりは55日で開花した。確かなものだ。
葉っぱは、虫にかじられたり、黄色く少し枯れかけているものの、小さいながら花は立派なものだ。でもかわいそうに、このひまわりの花は、このところの雨続きで、まだ太陽の光を浴びることが出来ずにいる。
 花ことばは、「献身」だそうだ。

多分ボケ

2008-06-21 11:21:25 | 田舎の生活
 昨日は、朝方は雨が止んでいたものの、その後ずっと降り続き霧に包まれた。今日も雨こそ降っていないものの、どんよりとした雲に覆われて、空気中には水分いっぱいという感じで、霧が出ている。

そんな中、我が家の菜園の端っこに、今頃桃くらいの大きさの実をつけている植物がある。見た目は何やら食べられそうな感じがするのだが、触るととても硬くて、食べたことはない。この植物、春には品のある可憐な感じの桃色の花が咲いていた。そんなわけで、昨年から、この木は何だろう?と気になっていた。




   ≪春咲く花≫

 あてずっぽうに、カリンなのだろうか?と思って調べてみると、木の高さや実の形などが違っている。カリンはバラ科ボケ属とのことで、それならばボケではないだろうかと調べてみると、どうもボケのようだ。いやきっとボケの木に違いないと思えてきた。

 ボケとは、なんとも不名誉な名前だが、この名前の由来は、中国名の木瓜(ぼっけ)と古名の毛介(もけ)の音が混在し変化したものだとの説があるようだ。
そして、カリンと同じように果実酒になるようで、ボケ酒は疲労回復、暑気あたり、咳に効果的とのことである。カリン酒は飲んだことがあるのだが、ボケ酒は飲んだことがない。それでも、その昔、楊貴妃も愛飲していたという伝説があるそうだ。
 「それならば」と、ボケ酒を作ってみようと思うのだが、いつ漬け込めば良いのかわからない。ネットで調べてみると、「黄色く熟したものを漬ける」とあったり、「実が緑のうちに漬ける」とあったりする。
そして、輪切りにするとか、切らずに丸ごと漬け込むとかある。この場合は、熟成日数や酒の濁りの有無に影響が出るようなので、それほど気にすることはないだろう。また、ボケの実1kgに対する砂糖(グラニュー糖または氷砂糖)の分量についても、それぞれのHPなどで、400g~100gとばらつきがある。この場合は、出来上がったボケ酒の味に違いが出るのだろうから、好みと言うことになるのだろうか。

 昨年、我が家のこのボケの実が黄色く熟した記憶がなく、青いままいつのまにか落ちてしまったような気がする。今現在は、一部に少し赤味がさした実もあるけれど、ほとんどが青々(正確には緑々)としている。それでも、30個以上の実をつけているので、十分に果実酒が出来る量だと思う。
梅酒は、まだ梅の実が青いうちに漬け込んだので、ボケの場合も今漬け込んでもよさそうに思えるのだが、もう少し様子を見ることにしよう。
 どなたか、ボケ酒の漬け時、砂糖の分量などについて、初心者に適切なアドバイスをお願いできないでしょうか。

霧の中

2008-06-19 13:34:43 | 田舎の生活
 今日は朝から梅雨パワー全開で、強めの雨が降り続いております。
さらに、時々やや強い風が吹くので、夏野菜たちが心配です。 
大量の雨に濡れ、重たくなったのでしょう、既にうなだれている野菜もあります。 
さらに、これだけ雨が降ると、畑の土が緩んできて、立てた支柱もぐらつき始めることでしょう。
 
そして、我が集落は霧に包まれてしまっており、視程は50mほどでしょうか。
半島も宇和海も全く見えません。 
なんだか頭が重いようで、憂鬱な一日です。  

サルビア無惨

2008-06-18 12:11:59 | 草花・樹木
生まれて初めて種を買って植えた花たち。そのうちサルビアが、生長し始めた頃に、次々と葉っぱが食い荒らされ、無惨な姿になってしまった。せっかく、順調に育ってきたと思っていたので、とても悔しい。
葉っぱを食い荒らされたサルビアは、プランターを梅の木の下に置いていたのだが、それが悪かったのだろうか? 他の場所に置いていたサルビアは虫の被害にあっていない。
また、無惨なサルビアの近くに置いていた他の花は、ほとんど被害にあっていない。まだ幼いサルビアの葉っぱが、よほど美味しいのだろうか?

≪上:無惨なサルビア、下:無事なサルビア≫

 そもそも、葉を食い荒らした犯人が特定できていない。小さいカタツムリが、しょっちゅう這い回っていたので、そいつが犯人かも知れないと思うのだが、カタツムリの仕業なら、あのテカテカ光る這い跡が残ると思うのだが・・・。ということで、分からないままである。しかも、一晩経つと姿が変わっていたというように、急速に食い荒らされた。
それでも、何とか無事に育っているサルビアがあるので、これを大事に育てなくては、と思う今日この頃です。