かんじゃまのつぶやき(海の見えるチベットより)
日本一細長い四国佐田岬半島での慣れない田舎暮らしの日常や風景、
  そして感じたこと、思い出などをひとコマひとコマ
 



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「かんじゃまのつぶやき partⅡ」





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-10日目のつづきのつづき-
タクシーでナラヤニ・ホテルに戻ったのは正午過ぎ。
少し時間に遅れたが、ガーデンパーティはまだ始まっておらず、半分ほどの集まり。
ぽかぽかいい天気で気持ち良し。
トレッキングのガイドを務めてくれたナワンさん一家も来ている。
パーティは12時半過ぎてからぼちぼち始まる。
ネパールワイン、ビール、そしてごちそう。
旨い 旨い。
のんびり食ってしゃべって、楽しいひと時を過ごす。
やがて、少しずつ人が減っていき、私も2時半頃終了する。

そして、パーティ会場から1人パタンのバザールへ向かう。
 まず、ダルバール広場の寺院周辺を散策する。

【右の石造りはクリシュナ寺院】


【中央の高い建物がタレジュー寺院】

彫刻や建造様式は、バクタプールと同じようだが、
旧王宮は正方形の中庭を囲むように建物が建てられている。
門をくぐって中庭に入ると、こんな感じ。


不思議なのは、ここでも木造でありながら壁面にはレンガが使われていることかな。
そして、この中庭には神々の像で飾られた王家の沐浴場がある。






旧王宮周辺には、所狭しと寺院が建ち並ぶ。



【右は旧王宮の建物群で、高い建物がタレジュー寺院】
遠くには、ヒマラヤのランタン・リルン(7,234m)が見える(写真中央奥)。

ここでも、旧王宮に向いて祈りを捧げるマッラ王の像が建つ。



【クリシュナ・マンデール】



歴史的遺産と人々の日常が混在した町である。



旧王宮や寺院などを見学した後、バザールで土産物を買って、ホテルへ帰る。
他の皆さんも観光や買い物から帰り、いろいろ話している。
ネパール最後の夕食は8時からとなり、食後もしばしロビーで談笑し10時前に部屋へ戻り梱包する。

こうして翌日、ネパールを後にした。
ますます“ネパール病”にかかり・・・。1993年初春
「ダンニャバード」


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地区集会所の前に鎮座する鎮火地蔵。
その地蔵の頭には、どなたが被せたのか赤い帽子がある。
それが変色しずいぶんと傷んで久しい。


ところが数日前、新しい帽子になり、よだれかけもかかっていた。

気のせいだろうが、少し微笑んでいるように見える。

帽子は新調なったけれど、残念ながら表面には地衣類が繁殖し、あちこちにひび割れもある。
この地蔵は、火災から地区を守りたいとの篤い願いで、
およそ200年前(文化13年)に先人が建てたもので、
その長い年月を物語っているように。
その間、ずっと地区を 住民を 見守ってきた。
何とか補修できないものだろうか・・。

3年後、200歳を迎える。



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昨日からの雨が上がり、今日の佐田岬は生暖かい日となりました。

陽を浴びる庭の梅の木が なにやら騒がしい。
「ん・・?」


たくさんのハチが蜜を求めて せわしく飛び回る羽音だった。


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-10日目のつづき-
本日の昼食は、ホテルでガーデンパーティがあるということなので、
時間に追われながら、バクタプール散策をわずか1時間余りで切り上げ、
11時半過ぎに、来た道を戻りトロリーバス・ターミナルへ行く。
しかし、バスの時間がわからないし、あてにしたタクシーはおらずで、
再びライオンゲート方面へ引き返してタクシーを拾うことにする。


周辺には田園風景が広がる。

そして、この古都は職人(家具,陶器など)の町でもある。
だからいいのかもしれない。








     ≪つづく≫


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今年も菜園の端っこの水仙が咲いた。
どの花よりも先に咲いたかな・・。

     ナルシサス


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-10日目(1993年1月4日)-
6時過ぎ目が覚めたが、ベッドから出たのは7時頃。
のんびりと朝仕度をすませ8時前にロビーへ。
本日はカトマンドゥ滞在のフリータイム。

朝食の後、バクタプールへ行こうと外へ出ようとしたが、バスにしようか、タクシーにしようか?迷う。
ホテルのロビーにいたタクシー・ドライバーと話したら、360ルピーとのこと。
うーん、なら乗ってもいいかと思ったのだが、全くしつこく攻めてこないのでちと様子をうかがいながら外へ出た。
が、一向に反応なし。
よって、トロリーバスに乗ることにし、トコトコと霧の町をカトマンドゥ方面へ歩き出す。
歩いて12~13分でトロリーバス通りへ出る。
バス停とおぼしき所で待っていたがなかなか来ない。
1台来たと思ったら50mほど先で停車したためこれを乗り過ごしてしまった。
またまた待つこと10分以上。やっと次のバスが来た。

乗り込んだのはいいが、相当な混みよう。
どんどん郊外へと向かう。
ある程度空いてきたところでガイドが切符きりにくる。
2ルピー(当時のレートで約6円)。 安い!

10時に終点バクタプールに到着。所要時間約40分。
かすかな記憶をたどって北への道を進む。
途中、地元の老人にダルバール広場を尋ねたら、
“Follow me”と言う。
少し話をしながら歩いて行くと、見覚えのある光景が目に入った。
ニャタポラ寺院である。
ここで、老人に礼を述べて別れる。


ニャタポラとは「五重の屋根」という意味らしい。
石段の両側に1対ずつ置かれた石像は守護神で、下から順に伝説の戦士・象・獅子・グリフィン・女神なのだと。
4年前の印象が良かったので、もう一度来たかった町だ。

バクタプールはとても雰囲気のある古都で、寺院の建物、彫刻などが素晴らしい。
カトマンドゥ、パタンと並んでネパールの3大古都とされており、1979年世界遺産に登録されている。
今は、バクタプールもパタンも入場料(外国人のみ)を取られるようだが(他の観光施設も同様)、1993年当時はそんなシステム等なかった。
こんな素晴らしい歴史遺産が傷み放題になっているのを見て心痛んだが、
入場料は建築物の修復工事にあてられているそうだ。


【ニャタポラ寺院の前にあるバイラヴ寺院】

旧王宮のあるダルバール広場へ進む。

【旧王宮で今は美術館】


祈りを捧げるマッラ王


【旧王宮の右の方にある ヴァツァラ・ダルガ寺院とタレジュの鐘(左)】


【中央向こうはシッディ・ラクシュミ寺院】


【狛犬とシッディ・ラクシュミ寺院】


【チャサリン・マンダップ。背後は旧王宮55窓の宮殿】


【パシュパティナート寺院】

次に少し離れたタチュパル広場へ向かう。
ここは14世紀に造られたバクタプールで最も古い広場らしい。


【ビムセン寺院】
ビムセンは職人や商人にとっての守護神。


【ダッタトラヤ寺院】
寺の入口には一対の伝説の戦士像があり、左にみえる柱の上におわすはガルーダの像。


【プジャリ・マート】
現在は木彫博物館になっているが、かつてはヒンドゥー教の僧院として使われていたそうだ。
窓の装飾が美しい。
有名な“孔雀の窓”があるようだが、勉強不足で 見逃した!
     ≪つづく≫


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上京した日、用事が終わって、懐かしの高円寺へ向かった。
時刻は午後9時半。


中央線沿いの道・・居酒屋が並ぶ。


目当ての店に来た。
7年ぶりの入店。
懐かしい大将とおかみさんに会えた。
相変わらずの繁盛ぶりだった。


このおでん屋は、12月上旬の知人情報では、年末までに店をたたむと聞いていたのだが・・・
まだやっているようだ。  ガセだったのか?
ならばご挨拶を と、2軒目。
こちらは閑古鳥・・?・・・ではなかった。


行きたいのはやまやまだったが、さすがに翌朝のことを考えれば、
ここまではきつかろうと思っていたのだが、
3軒目 来てしまった。


話ははずみ・・


とうとう朝4時まで呑んでしまった。


懐かしい通り・・朝通勤時間帯の高円寺北口


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もう少し時間がかかるかな と思っていたが、

寒さが緩んだ昨日ふと見ると、庭の紅梅が5輪余り咲いている。



着実に春に向かっている。




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「巨人、大鵬、卵焼き」生みの親・堺屋太一氏も絶句…大横綱・大鵬死去(スポーツ報知) - goo ニュース

子供の頃、大鵬が大好きだった。
本場所で大鵬が敗れると、その日の夜は食欲がなかった。
と、当時父が担任の先生に話したことがあった。
担任の先生は柏戸ファンだった。
放課後、その先生と一緒に小学校の近くにあった同級生の家に何度か相撲(TV)を見に行ったことが思い出される。
その頃は、大鵬は柏戸になかなか勝てなかった。
勝ち誇ったような先生の どや顔が・・ 悔しかった。
しかし、柏戸と同時に横綱に昇進してからは、逆転して大鵬が優位に立った。

優勝32回  昭和のヒーロー
72歳かぁ~   まだ早いなぁ・・・
夢をありがとうございました。
ご冥福をお祈りします!


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