-2日目(1992年12月27日)-
8時前目覚める。
前日は徹夜明けだったが、1晩の睡眠でずいぶん調子が良くなった。
バイキングスタイルの朝食もおいしくいただけた。
午前10時にバス2台に分乗して、カトマンドゥ市内の観光に出発。
現地案内はMr.サキヤ。
まずは、小高い丘の上にあるスワヤンブナート寺院へ。
市内を見下ろす大きな眼が特徴的なストゥーパ。
(ちなみに、ストゥーパとは仏塔のことで、“卒塔婆(そとうば)”の語源である)
何を相談しているのだろう?
再びバスに乗り市内のバザール
、そして旧王宮前広場へ向かう。
案内されたのは、“クマリの館”。
この辺の広場は、前回訪れた際も散策したのだが、この館は外壁しか見なかった。
やはり、ガイドがいない個人旅行では見落とすことが多い。
観光客が来てお賽銭が集まると、中庭に面した2階の窓からクマリが顔を出してくれることがあるそうだ。
ガイドのサキヤさんがその辺の手配をしてくれたのだろう。
クマリが顔を出してくれるという。
ただし、カメラなどでの撮影はNG。
顔を出したのは、化粧した4~5才?くらいの女の子(クマリ)と付き人2名だった。
クマリは選ばれた国の守り神である。
初潮を迎えるとお役御免となる。
大きなお祭りの期間にわずかに外出する以外は、平均7年間、“クマリの館”で暮らすのだという。
完全無欠の神様なので、その間教育を受けることもないという。
かわいそうにも思える。
【「NHK出版」より】
その後、旧王宮広場を散策する。
2階の窓から誰か身を乗り出している。
【シヴァ神とパールヴァティー】
【カーラ・バイラーヴ】
右手に剣を振りかざし、左手には生首を持ち、怖いのだが・・、どことなく愛嬌がある。
バスでホテルへ引き返し昼食。
午後は自由時間となり、私はホテルのガーデンでのんびり寝そべって、柔らかな陽射しを楽しむ。
風が吹けばちと寒いかな・・・というぐらいの陽気で、本当にリラックスできた。
カトマンドゥは冬でも昼間は暖かい(日本の春くらいの感覚)。
年末の仕事の疲れが取れたような気がした。
陽が陰ってきたところで、床屋を探すためにホテルを出て町をさまよう。
見つからないのであきらめてホテルへの帰り道、床屋を見つけた。
ホテルから数分の距離だった。
店の中は、うなぎの寝床のような細長いスペースで、裸電球がやや薄暗い。
それでも4人分の椅子があり、店員はなかなかキビキビ働いている。
すぐに散髪に取りかかってもらえた。
髪型は店員に任せた。
店員の冷たい手が肌に触り、何とも言えない・・・・。
特に髭を剃ってもらう時には、触られた首筋を思わずすくめてしまうくらいひんやりとしていた。
そして、あごの下を剃ってもらっている時、
突然 停電になった。
あたってもらっている場所が場所だけに、ドキドキの緊張感が走り、少々怖かった。
しかし、店員は慣れたもので、蝋燭に火をともして何事もなかったかのように髭剃りを続けた。
私が子供の頃には、この田舎でもしょっちゅう停電があった。
電圧が安定していないのだろう。
この床屋では、シャンプーはないのだけれど、散髪後のマッサージがやたら念入りだった。
頭をやたらクシャクシャする。揉むというより、こする感じだ。
頭の後は、肩、腕、背中・・・と、なかなかのサービスである。
事前にツアーリーダーのKさんから、散髪代は300円くらいだろうと聞いていたのだが、これだけサービスがあれば、もっと高いだろうなと思った。
しかし、65ルピーだった(この当時のレートは1ルピー=約3円)。
安い!
思わず5ルピー チップを渡した。
ちなみに昨夜ホテルで飲んだビールは110ルピーだった。
すっかり気分良くして店を後にする。
で、頭の刈り上がり具合はというと・・・、何の心配もなかった(と記憶している)。
6時前にホテルに帰り、部屋でシャワー&シャンプー。
ウ~~ すっきり!
夕食は7時からで、ボリュームたっぷりで、少々食べ過ぎた。
≪つづく≫
※本日午前、ネパールでカトマンドゥ発ルクラ行きの航空機が墜落し、乗客乗員計19名全員死亡したと・・ご冥福をお祈りいたします。(カトマンドゥ~ルクラ便はこのネパール旅行でも搭乗)
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