巌谷國士による詩人瀧口修造へのオマージュ作品。芸術、美術の秋にふさわしい絵本である。大人のための絵本であるのだろう。
黒い大きな帽子をかぶり、黒い服、黒い靴の孤独な少女チコ。生まれつき普通の人と世界の見え方が違うチコ。「普通」と違うことで他人からはよくは思われていない。ある日手に入れた望遠鏡、この望遠鏡をのぞくことで、異界へ旅することができる。そして、望遠鏡で見つけた一つの扉を目指しての旅が始まる。
シュルレアリスムの世界が描かれている。そこを旅するチコは、ステッキをつく老人と出会う。彼によって導かれる世界。彼にとって最後の旅だと言う。老人の書斎の変わったオブジェ、彼の友人のデュシャンの作品、エルンストのチェスの駒の中では身体が小さくなっていた、その時上からエルンストが見下ろしていることには気が付かなかった。
やがて老人は、別の世界に旅立っていった。ステッキの老人から、しばらくたってから手紙が届く。詩の手紙。彼は「もうひとつの國」にいる。いつかは、チコも旅立つ国に。その国は、「いまここ」とつながってる。チコは望遠鏡を目にあてて、遠い青空の中に、今度は、老人だけでなく、手紙に書かれていた「みんな」の姿を探した。
ステッキの老人は、亡くなった瀧口修造である。この絵本の中に出てくる美術作品は、実在するもの。また作中のオリーブの木も、その実のびん詰も瀧口氏の家に会ったもの。
絵を描いた上野紀子さんと構成した中江義男氏は、夫婦の絵本作家。巌谷氏の言葉と共に、シュルレアリスムの世界への旅へといざなってくれる。
芸術、美術を愛する人の為の絵本。
作中のステッキの老人の手紙の中の詩は、現実の瀧口氏の「遺言」という瀧口氏の書斎で見つかった未発表の草稿の中の詩である。重病を患った後の1970年7月に書かれたもの。