『筆談ホステス』に関しては、本及びテレビでのドラマ化が話題となった。
しかし、一部には、その内容に関する疑問等が呈されている。
どうしても、出版社やテレビ局の売らんかなの精神が、事実と真実を描くことに対してはマイナスに働くことがあるのは、今までの歴史を見ても容易にわかることだろう。
今回のドラマをめぐっても、様々な問題提起は読みとれるようだが、ろう者として、ろう文化という視点からの、木村晴美さんのメールマガジンの内容を転載させていただく。木村さんは、ろう文化の歴史の上で、重要な「ろう文化宣言」に関わったろう者である。また、裁判員制度の模擬裁判に参加して、ろう者の立場からの意見を述べられている。
なお、木村さんのメールマガジンを登録することで、ろう文化からの彼女の視点を知ることができる。
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◆ろう者の言語・文化・教育を考える◆
No.157 2010年2月17日
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■<文化> ドラマ『筆談ホステス』を見て
新春特別企画でドラマ「筆談ホステス」が放送された。これは、青森県出身で25歳の斉藤里恵さんが銀座のナンバーワンホステスになるまでをまとめた自伝をもとに作られたもので、自伝は20万部を売り上げたベストセラーとなっている。自伝のほうはまだ読んでいないが、筆談ホステスについては以前から耳にしていたので、家族と一緒にくだんのドラマを見てみた。内容の是非は別として、考えさせられることが多々あった。
主人公は、親の考えによりろう学校には行かず、ずっと普通校に通った。そのため手話はできない。しかし、口話で支障なく会話できるほどではなく、母親の厳しい訓練が続けられた。耳が聞こえない子の家庭における様子がそのまま再現されていたが、それはきっと一般の視聴者にとっては初めて見る光景だろう。口話訓練はなにもインテグレートした子に限ったことではない、ろう学校に通うろう児たちも口話の力を伸ばすために同じような経験をしているものだ。
高校生になると、やはり友達との間に距離が生まれる。口話で通じなければ書くことになるが、今どきの高校生は筆談ではなく携帯電話のメール画面に文を入力したものを見せる。私たちにしてみれば、筆記用具がないときにやむを得ず使う手段だ。書くより手軽に思えるが、それでも会話に一手間かかることからだんだん会話の輪から外されてしまう。自分の高校時代と同じだ。このようにインテグレーションの聴覚障害学生の実態をそのまま再現しているところも多くなかなか面白いドラマになっていた。
しかし、残念ながら実態に忠実なことばかりではなかった。たとえば、主人公が心理的に落ち込んでふらふらと横断歩道を渡り、あわや車と接触しかけるシーンがあった。思わず家族と顔を見合わせてしまった。周りを確認もせずに車道に出るなど自殺行為ではないか。どんなに落ち込んでいても、ろう者が周りを見もせずに道を渡るなどありえない。また、人工内耳の手術を勧められるシーンがあった。手術に乗り気になった主人公は、聞こえるようになったら車の免許を取りたいと語る。
そこですかさず、わが家の母は「なんと世間知らずな・・・」とつぶやいた。たしかに条件付きではあるが、今はろう者も運転免許が取れるのだ。
このドラマは家族旅行中に放送された。今回宿泊先に選んだグルメ民宿は、その名のとおり食事はすばらしかったが、残念ながらテレビはまだ地デジ化されていなかったので、翌日帰宅してから録画しておいたものを見ることになった。見ていてようやく合点がいった。実は、民宿で朝食を済ませ出発準備をしているときに、女将さんが帰りの交通手段を確認にきた。駅から少し離れているところなので心配してくれたのだろうと思っていたのだが、なんと前日到着時に車で来ていることは確認済みだったのだという。親切な女将だと思っていたのに健忘症だったかといぶかしがっていたが、もしかしたら私たちが宿泊した夜、「筆談ホステス」を観ていたのではないだろうか。到着時には車で来たと聞いたものの、ドラマによれば耳が聞こえない人は運転免許が取れないらしい、自分の聞き間違いかと思って翌朝改めて確認にきたのではなかろうか。
テレビドラマは、それなりに脚色されており、斉藤さんの自伝どおりの内容ではなかったかもしれない。しかし、テレビを観た人はそこで繰り広げられることが事実だと思ってしまう。事実とは異なるものを放送し、誤解を植えつける責任は決して軽くない。筆談ホステス自身についても賛否両論あるようだ。青森県の新成人を祝う行事に講師として招かれたとき、自分の話は5分だけで、その後20分はあらかじめ用意されていた質問に答える形で進められたそうだ。もちろんすべて筆談である。
結末はともかく、ドラマ「筆談ホステス」は概ねインテグレートした聴覚障害者の実態をよく再現しているといえるのでご紹介した。
(日本語訳:chu)