トッペイのみんなちがってみんないい

透析しながら考えた事、感じた事。内部障害者として、色々な障害者,マイノリティの人とお互いに情報発信したい。

blogramランキング参加中

blogram投票ボタン

たまには旅に出たりして

2012-08-07 23:17:47 | 日記
ゆっくり流れる時間を過ごしたくて、ただいま旅先のホテルの部屋にいます。非日常としての旅をしたいと思っていますが。結構難しいことです。藤村操でしたでしょうか、この土地に強い関係を持った人物の名前は。人々から忘れ去られる、歴史の共有や記憶の共有の喪失は、儚く悲しいものです。

今日も中央線、人身事故で遅れています

2012-08-01 07:56:14 | 日記
 異常なほど暑い日が続いています。

 朝、携帯からあの着信音が聞こえてきました。携帯電話会社の、電車の遅延や休止を知らせるサービスです。
この所、よく成る事が多くなっています。
「中央線快速電車は、八王子~西八王子駅間での人身事故の影響で、上下線で運転を見合わせています。」

 通勤時間帯のこの暑さの中、各駅での乗客たちは、同情よりは怒りの感情を持っているのでしょう。一人の死が、混乱と怒りを招きます。

このところの気象の異常はニュースなどで話題になっていますが、中央線での人身事故は、またかという思われ方をされそうで、異常なことと感じられなくなったら悲しいことです。
年間、3万人を超える人が自らの命を絶っています。

 携帯から、その後、3度目のメールで電車の運行再開の知らせが届きます。

 先日、女性の平均寿命が世界2位に交代したというニュースがありました。東日本大震災の影響が原因とされていますが、20歳代の若い女性の自殺者が増えたことも影響を及ぼしたとの報道もありました。

 私たちに、何ができるのか、何をすべきなのか、真剣に考える時期です。

忙しいのは良いことかも

2012-07-29 08:22:45 | 日記
今日も、患者団体の集まりの手伝いをします。最近は、日曜日はなにかしらの予定が入っています。透析をしていると、時間が経つのが、保存期の頃と比べてずっと加速されたような感じがします。歳を取ると同様に時の経過が早まると申しますから、我々透析患者は、普通列車でなく特急列車の乗客ということになるのでしょうか。
普通列車といえば、今日は中央線の立川行きに乗ってきました。タイミングの良さで始まった今日が充実した1日でありますように。来週の日曜日も忙しくなるようです。でも、自分でも役に立つという自己肯定感が味わえるなら問題無しです。
さて、時間のようなのでこの辺で筆を置きます。

今日はあずさに乗って「上野休みばかり」

2012-07-17 18:46:52 | 日記
いやはや、今日もお茶の水の病院に行く日を、祝日の翌日の予約という日に設定してしまっていた。博物館や美術館は月曜日が休みの日が多い。しかし、月曜日が祝祭日の時は、その日に開館する。代わりに翌日の火曜日は休館となる。
病院の通院日は、診察券を受付に出してから診察の時間までを利用して、神社に行ったり、上野や両国の美術館や博物館に行くことにしている。時間の有効利用ということになる。公立の施設は、赤手帳で入場料が無料となる。患者団体の活動の成果である。患者団体の否定が好きな人は、自分でメリットを得ていることは無視して、会員になってもメリットを得るところはないと発言したがる。他の多くの難病患者にくらべてみたのだろうか。
話を本題に戻して、今日は上野での美術館等には行けなかった。気温が異常に上昇し、高温注意報の発令をテレビが伝えていた。外出は控えるようにとも。上野に出かけないのが、結果的には正解だったかも。空き時間は、患者団体の事務所での手伝いにあてた。有効に使わなくて。帰りは、時間の節約とちょっとした贅沢で、また新宿から特急に乗った。とブログを書いているうちに、降りる駅が近付いてきた。
スーパーあずさ松本行きに乗って。29号。

6月は「みんなちがってみんないい」から

2012-06-06 10:52:35 | 日記
青春時代、過去の歴史の過ちを越えて、若い世代がこの国に革新の時代をもたらすと思っていた。しかし、現実は、若者の保守化どころか、ヨーロッパのネオナチ同様のネット右翼のような存在がネット上に巣くっている。憎悪と排外主義は、若者の近現代の学習の空白部分に、心情的に働きかけ、ファシズムの子供たちを増殖させている。小選挙制による政治の膠着状態にうんざりした国民と共に、独裁者を選び出す危険すら考え得る。
そんな流れに反する小さな祭りが「みんなちがってみんないい」、多文化環境共生型イベントだ。要は、日本人も外国人も、障害者も健常者も仲良くしようというお祭りである。今年は、6月6日(日)開催。会場の八王子市役所前の浅川河川時期に着くと天気は大丈夫で太陽も明るいけど、お店の数は少なかったようだ。テントのレンタル料等が安くないのが原因か。
色々な人に会うこともイベントの楽しみである。知り合いがいたテントで休憩。無料の氷入りの天然水をごちそうになる。
アイヌの歌と踊りが始まったのでテントを出る。
北海道を離れても、アイヌ文化の伝承に若者が加わっているのは素晴らしいことだ。ムックリの演奏もあり、踊りは鶴の舞が良かった。最後は、観客も参加しての輪踊り。僕も進んで参加した。(手話サークルに入ってから、そうしたことに恥ずかしいという気持ちが弱くなった)。踊りは最高に盛り上がった。知らない者同士にその場かぎりでも連帯感が生まれる。今回はこの参加だけでも意味があった。そう、みんなちがってみんないいのだ。

透析者歩きながら考える

2012-06-01 10:29:14 | 日記
そうなんです。私たち透析患者は人工透析のお陰で生きることが出きるようになりました。平和の中でしか生きられない私たちを支える透析の技術は戦争が産み出したようなものだという矛盾を抱えながら。
人工透析は、医療費の面でも、先輩の透析患者の命をかけた運動の成果で現在は多くのメリットを受けて生きることができます。身体障害者手帳の交付も、障害者年金の受給と共に透析患者の運動の成果です。身体障害者に認定されたことで、交通費などで大きなメリットを受けています。
しかし、喉元過ぎれば何とやらで、患者会に入る透析患者は減少しています。入会を呼び掛けても、メリットが無いなどと平気でノタマワルのであります。メリットの中にドップリと浸かっているのは、どなたなのでしょうか。また、集団が個人より優先されるのが嫌だとかも。でも、透析者が会を作るのは、自分という個人の為に有効だからなのにね。ルソーやロックの社会契約論的に考えることを停止している。夏目漱石が日本人は個人主義を利己主義と取り違えて、理解しようとしないと既に言及しているのに、その後変化はあったのでしょうか。
東腎協は今年で創立40年となりますが、毎年、マル都の制度の継続を都に要望しています。その制度は条例上のものではなく、単年度の事業ですから、都が止めようと思えば、次年度から議会の承認なしに止められるものです。だから、毎年東腎協で交渉している。
今年もお陰で中止されなかったと認識している患者はどれ程いるのでしょうか。メリットは受けていないと、集団で行動させられるのは嫌だと決まり文句はまだまだ使われるのでしょうね。そう、他の障害者団体の為には熱心にボランティア活動されているのでしょうね。メリットを受けながら放棄することもなく、既得権益者と自らを攻撃する患者すら存在しますね。

人の活動範囲の変化

2012-05-30 10:39:33 | 日記
ファンモンの発車メロディに送られて、今日も電車で大塚へと向かう。先日は北陸地方の友人からメッセージがあった。この夏休みに2回目の旅行を計画したことを、近況と共に伝えてきた。文通という言葉は今は死語となっているようだ。僕らの世代の言葉が次々と僕らに感傷だけを残した消えて行く。
前回の旅行は伊豆方面であったが、出不精の僕にとっては、地元からかなりの距離の移動となっていた。
人の歴史は、活動の時間と空間を拡大した面が大きい。徒歩で20日かけた旅が3時間で済むなら、その旅程の内容を無視した場合、差額の時間分だけ、寿命が伸びたことと同じにことになりそうである。
母体から生まれ出て、成長と共に世界が広がって行く。しかし、残念なことに、退職後、行き場を失う人が最近は多くなっているようだ。地域のコミュニティの崩壊が輪をかけている。
昼間の図書館を覗いてみるとよい。催眠商法の会場前の高齢者の行列。若者の中にも、開店前のパチンコやパチスロに行列を作っている姿も、ありふれた風景。活動の時空は狭められ、多様性を失い単調なものと化していく。そして、棺桶から骨壺へと、再び空間は狭まる。
なりたくはない、人の形だけのものに。

スイッチが切れるまで

2012-05-28 08:44:31 | 日記
今年も、早くも暦の半分に入ろうとしている。透析をしていると、時間が経つのがなおのこと早く感じられる。今のクリニックに通うようになってから、10年程になるが、当時からのスタッフもだいぶ老けた感じだ。当然だが僕自身も。鏡に映る姿は、青春の名残もない。患者会の会員も何人もこの世界から去っていった。それぞれの終わり方で。同じフロアで、透析日は家族よりも時間を共有している他人同士。患者会に入ってくれる人は少なく、多くが無関心の中にドップリと浸かっている。挨拶すらしない人も珍しくない。(透析中の透析食の保険からの提供が止められた時、患者会の事務所に不満の電話をかけてきたのは、大方が非会員だったという)。メリットを享受しながら、患者会に入っていることにはメリットがないと言う非会員が多いのは、透析者という種の寿命が尽きる前兆なのだろうか?
透析導入の平均年齢が67歳を超える現在でも、名前だけでもと患者会に入って下さる高齢の患者さんもおられる。Nさんもその一人であるが、透析者として初めて市の障害者文化展に出展して奨励賞をもらうという快挙を行った。88歳の会員の行動は、もう一年の半分になろうとする今日という日を、まんざらでもないよと思わせてくれる。五重の塔をはじめとした一連の作品は、プレスの時の金属の屑を材料にしたそうだ。彼の快挙があった年度の中程で、1日でも長く生きようと思う。
さて、今日は難病団体の署名を国会に届ける手伝いのために、朝早くの電車の中である。
スイッチが切れるまで、やれることを増やしていこう。

ベリーダンスとコマネチ

2012-05-27 13:35:03 | 日記
最近、イベントでベリーダンスを見かける機会が多くなった。セクシーな振りはたくさんの男性の目を集める。イスラム文化との関係がどうなっているのか、興味のあるところである。
6月3日には、八王子で恒例となった環境異文化共生型イベントの「みんなちがってみんないい」が行われる。エイサーと並んでベリーダンスも人気の演目のようだ。市役所前の河川敷という野外が舞台となる。今年も観に行けるだろうか?
去年は、当初の開催日は悪天候のために中止されたが、9月11日に特別に開催された。規模は小さくなったものの、障害者団体の店やエスニックな食べ物屋など楽しめる仕掛けはたくさんあった。
ベリーダンスはといえば、演技中にダウン症の青年の飛び入りがあった。観客は彼のコマネチダンスに笑っていたのだが、踊り子さんたちは大変だったろう。彼は幸せだったかも。でも、まだコマネチのポーズとる人がいるんだね。時は流れ、東欧の置かれていた位置も忘れられ今は昔。東欧も新たな主人に取り入っている現実。
さあ、今年のお祭りは?

今年最初のアートムーチョ

2012-05-25 10:30:29 | 日記
今回の5月19日、20日開催のアートムーチョは珍しく悪い天気ではなかった。最近は、1日は雨が降っていた、年2回、合わせて4日間が実質2日間の開催が続いた記憶。
会場の西放射線通りは、透析の帰り道にあるので、土曜日は作品をのぞきなからの帰り道となる。
でも、タイトルのいうようなアート作品に出会うことは少ない。単なるクラフト止まりか、カルチャースクールの卒業生の趣味の延長のような作品が多い。それでも、装身具の波の中に、激しく或いは密やかに自己表現する存在の波長を拾い出そうとする。
感覚の出会いを求めて。

かつては、鈴木ちささんの焼き物の人形に心惹かれた。下田に転居されてからはアートムーチョで会うことは叶わなくなった。

愛犬が死んだ年のアートムーチョで、ユニークな犬の絵に出会った。こちらの気持ちに応じて、その表情を変えてくる。

今回、歩みを止めてじっと観ていた場所は、あの犬が一時いたところだった。子供の絵を求めた。名刺をいただいた。園英俊さんであった。

時間を買うということ

2012-05-23 09:55:26 | 日記
今日は、障害者団体の事務所へ手伝いに行きます。京王線の中です、今は。
最近は電車に乗る機会が多くなりましたが、東京の外れからは目的地に着くまでは結構時間を要します。心理的には、1分でも早く到着したいと思ってしまいます。でも、昔の人と比べたら、移動時間が早まった分、寿命が長くなったのと同じになったのですね。江戸時代などは、京都にしろ甲府にしろ、街道を歩いていった。現代人はその間の時間を他のことに使えるようになった。現代といっても、バブル以前は、人々は結構歩いていました。
「時は金なり」から「時を買う」時代へと変わってきています。もちろん、その時間をどう使うのか、時には時間を忘れたい時とかいった問題はまた別物ですが。最近の反原発運動の中には感情論からのものが少なくないようですが、「時を買う」ということの折り合いが必要なようです。私たちに何が出来るのかの具体的な提案があってこその説得力でしょうね。
と言いつつ、今月は帰宅するのに「あずさ」で新宿から八王子まで乗車しました。車窓の風景は違って見えました。
東京電力といえは、あの原子力発電のクリーンさと安全性をアピールしていたデンコちゃんはどうなったのでしょうか?一説には、原発推進派の財界人や学者や「文化人」の代わりに「責任」を取らされて死刑になったそうです。(冗談です)。

八王子から新宿まで「かいじ」に乗って

2012-05-09 09:41:48 | 日記
学生時代から、通学で八王子駅で何回も特急電車の発車を見送っている。乗るべき電車は中央線特快か快速。たまに、青い普通列車に乗ることもあった。その後も、あまり地元から出ることもないので、特急は縁のない存在だった。とはいえ、八王子から東京方面に一回は利用したいと思っていた。そう、先月の4日に初めて、ホームにある券売機で新宿までの特急券500円を買って乗ってみた。人と会う約束の時間が迫っていたからだ。ちょっとした贅沢。そして今日も乗ってしまった。快適です。こうして書いてうるうちに、もう新宿駅に着きます。時間を買った気分です。

大森駅の前に立つ

2012-03-11 13:44:10 | 日記
本日は、大森東急インで、第23回腎臓病を考える都民の集いが14時から開催されます。東腎協主催、東京都共催の慢性腎臓病の患者さんのためのイベントてす。どなたでも参加できます。最近は、慢性腎臓病の事、CKDと呼びますね。ただいま、大森駅の前で看板持って立っています。もう1時間半位です。さっきまで日だまりて暖かったのですが、今は日陰の中。すぐ前ては、ガールスカウトが東日本大震災の募金をしています。

久しぶりの投稿

2011-09-25 10:09:05 | 日記
前回の投稿から、どれだけ時間が経ったのだろうか。自分にとってリアルな世界にいる時間が急激に増えた感覚が強まっている。その文、ブログの投稿は止まってしまった。
今日は、患者会の日帰りバス旅行である。現在は目的地に向かうバスの中である。この機会を利用してブログ投稿再開しよう。
しかし、体調は良くはない。息苦しく胸痛あり。昨年度は、今頃は胸膜炎で抗生剤を点滴しながらのイベント参加が待ち構えていた。ひょっとしたら今年もかなと思ってしまう。それもまた善しかな。
バスは高速を埼玉通過中。目的地は伊香保温泉。温泉が、体の痛みを取ってくれれば良いのだが。加えてストレスもね。

日記/最近のこと

2011-04-03 00:17:37 | 日記
 計画的でない「計画停電」の影響が、まともに日々の透析生活に影響を与えている。透析クリニックの予定はすっかり狂って、日日の変更だけではなく、4時間透析が既に3時間の短時間透析に変更された回数も3回にのぼった。今後、夏の計画停電、冬の計画停電、そして来年の夏の計画停電のことを考えると、大きな不安に襲われる。短時間透析は、余命時間を短縮することは明白だから、僕たちは、今後命を削ることになる可能性が高くなっているようだ。社会の寄っていかされている僕たちは、少しずつ命を削って、社会に恩を返すことになるのであろうか。仕方ないことなのだろうか。銀河鉄道の夜の蠍の火から石炭袋への過程の中での、ジョバンニのような気持ちにはなかなかなれないよ、賢治さん。

 3月31日の透析は、計画停電の中止で、4度目の短時間透析は免れた。中2日だったので、本当に安堵した。でも、先の事は不透明である。
 帰りは、いつものように徒歩で帰った。駅前の枝垂れ桜のうちの日当たりの良い場所の1本が、他の3本に先駆けて、蕾がふくらんでいた。植物たちは、何事もなかったかのように成長を続けている。春を生きている。



 帰り道、毎年、ブログに紹介している早咲きの小さな桜の写メールをとる。ソメイヨシノではない、この品種名のわからない桜の木は、毎年、早々と春の到来を告げている。今年もまた。この木の成長に比べれば、僕のほうがはるかに年を取るのが早いのである。花の散る時間は短くても、木自体は、僕がこの世を去っても、成長を続けるであろう。国道沿いの、クルマの往来が激しい空気の悪い小さな一角でも、その生を続けていく。今年も、ブログに写真を載せることができた。





 漠然たる不安の中で、胃の調子がすこぶる悪い。朝方はなんともないのであるが、夕飯の前は、胃のむかつきが激しくなり、食欲が無くなる。胃カメラの予約も、計画停電の影響で先延ばしになっていて、何時になるかわからない。胃薬も増やしてもらったが、一向によくならない。精神的なものか。果物ならいくらでも食べられそうであるが、果物を健康な人並みに食べることはできない。透析患者が、果物や生野菜を食べすぎると、血中のカリウム値が急激に上がり、心停止してしまうからだ。食欲不振のときにも、食べやすいものは、水分過剰になるものが多いので、それもアウトである。なんとか、無理をしても、食事を取らねばならない。ここで、倒れるわけにはいかないのである。まだ、生きてやりたいことがたくさんあるのだから。

 このシーズン最後のみかんの中に、ハートの形をしているものを見つけた。ささやかな慰めか。しばらくは、ウンシュウミカンは食べられない。そう、本当は、みかんだったら、小さいのが1個が限度なのだろうが、今回は、このハートを1個食べてしまった。甘かった。