先ほど、つれづれなるままに朝刊を読み、「作家は、満たされない思いを抱え、原稿用紙にひと文字ひと文字埋めていくことで、ぽっかりと空いた心の空洞をも埋めようとする人たちであるという」という一文に出会い、一瞬で心奪われた。
オートバイ乗りの作家、斉藤純さんは、その著書『暁のキックスタート』にこう記している。
「オートバイ乗りの心には、埋めようのない深い穴ポコが空いているのです。オートバイ乗りは、表向きはタフな振りをしつつ、その穴ポコを埋めようとあがいています」と。
たぶん僕の心の中にも空洞がある。
家族を持とうが、自立して生活しようが、ふと気づいてのぞき込んでしまう心の中の深い空洞が。
そこからときおりこんな声が聞こえる。
『結局、おまえは独りぼっちなのだ。たった独りで全てを受け止めなければいけないのだ』と。
それは寂しいし、苦しいし、辛い。
だが走っているときには、その考えを忘れることができる。
危険に身をさらしながら、
転倒すれば命がないと思いながら、
200kgを超える金属の固まりを、時速150km以上のスピードで操りながら飛び込んでゆく高速道路のコーナリング。
頭が痺れるような、周りの景色がモノクロでゆっくり動いているような、激しい向かい風で体が吹き飛ばされそうになるような。
そんな状態に身をさらし、僕はひととき全てを忘れている。
唇は「笑み」を形作り、どこかで聞いたようなメロディーをリフレインで口ずさみ、耳は風の音とともに天上の音楽を聴いている。
ライダーの、死と隣り合わせの至福感を、僕は今後も味わおうとするのだろう。
命をかけてその感覚を求めようとするのだろう。そのことで心の中の空洞を埋めていこうとするのだろう。
そしてまた明日、僕はツーリングに出かける。
オートバイ乗りの作家、斉藤純さんは、その著書『暁のキックスタート』にこう記している。
「オートバイ乗りの心には、埋めようのない深い穴ポコが空いているのです。オートバイ乗りは、表向きはタフな振りをしつつ、その穴ポコを埋めようとあがいています」と。
たぶん僕の心の中にも空洞がある。
家族を持とうが、自立して生活しようが、ふと気づいてのぞき込んでしまう心の中の深い空洞が。
そこからときおりこんな声が聞こえる。
『結局、おまえは独りぼっちなのだ。たった独りで全てを受け止めなければいけないのだ』と。
それは寂しいし、苦しいし、辛い。
だが走っているときには、その考えを忘れることができる。
危険に身をさらしながら、
転倒すれば命がないと思いながら、
200kgを超える金属の固まりを、時速150km以上のスピードで操りながら飛び込んでゆく高速道路のコーナリング。
頭が痺れるような、周りの景色がモノクロでゆっくり動いているような、激しい向かい風で体が吹き飛ばされそうになるような。
そんな状態に身をさらし、僕はひととき全てを忘れている。
唇は「笑み」を形作り、どこかで聞いたようなメロディーをリフレインで口ずさみ、耳は風の音とともに天上の音楽を聴いている。
ライダーの、死と隣り合わせの至福感を、僕は今後も味わおうとするのだろう。
命をかけてその感覚を求めようとするのだろう。そのことで心の中の空洞を埋めていこうとするのだろう。
そしてまた明日、僕はツーリングに出かける。