A Rider's Viewpoint

とあるライダーのものの見方

知と情

2013-08-04 20:53:06 | 所感
亡くなった叔母のことにもちょっと触れておきたい。

叔母は父の妹であり生家の近くに住んでいた。僕にとっては物心着いた頃にはそばにいた最も身近な親戚であり、両親、祖父母に次いで僕を育ててくれた人でもある。

叔母は地元の鉄道駅で立ち食い蕎麦を営んでいる会社に勤めていたので、小学校、中学校の帰りに蕎麦やコーヒー牛乳をご馳走になることはしょっちゅうあり、まるで日常の出来事であったかのようだ。

うまいものにも目がなく、それがお店のものなら何々なら盛岡のどこが美味いとか、素材ならどこどこで買ってきて貰うのが良いとか、グルメ情報誌のない時代、口コミと実体験で豊富な情報を手にしていた人だった。
僕がトーストをご馳走になった時、「お前の母さんはしっかり者だから、あまり(トーストにバターを)つけないけど、本当はもっとつけた方が美味しいんだよ」……と言っていたことを覚えている。
「どうせ食べるならより美味しく」という発想は叔母から学んだと言っても過言ではない。

また叔母は人付き合いも広く~過日の葬儀の際、引き出物が足りなくなって葬儀屋が慌てて追加したというエピソードがある~よく町中で声をかけられることがあった。また、飲み会での気配りは素晴らしく、話の輪から外れている人には、必ず叔母が「飲んでるかい?」と声をかけていたことも、人づてに聞いたことではあるが、「確かにそうだ」と思い当たることでもあった。

難しいことは知らず、そういう意味では学もなく、理路整然としていたわけでもなかったが、誰もが叔母を慕い、その言葉に耳を傾けていた。
「知」ではなく「情」で人の心を掴む天賦の才があった。そんな人だった。

思えば母が認知症になり叔母と仲違いをしたというのも、実は母の方に叔母に対するコンプレックスがあったのではないかと思っている。
素直で朴訥ではあるが弁が立たない母が、能弁で人の中心になる叔母を羨んでいたのではないかということだ。
今となっては確かめる術はないが、ほぼ間違いのないことであろうと僕は思っている。

かつて母と叔母をモチーフに「永遠のドロー」という文を書いた。
次がその一文である。

“憎み合う人間同士の争いは、やがて双方が死に至ることで永遠の引き分けとなる。
そこには勝者も敗者もなく、当事者以外には意味がない泥沼へと沈んでしまう。
永遠のドロー。感情は既に消え、結果すら意味を持たない。
それは究極の終末。果てのない闇。全ての人間に等しく訪れるもの。裁きの安らぎ。”

憎みあっていようがいまいが、全ての人間に訪れる「永遠のドロー」
僕らもその狭間で生きているに過ぎない。

母も叔母も逝った。いずれ僕らも逝く。

親しい人の相次ぐ死は、僕に改めて「生きることの意味」を問いかける。

どうせ生きるのであれば「知」だけではなく、「情」も。
そう考えるのは、欲張りすぎだろうか?

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