日本海より出石川のこの位置まで、川舟によって運ばれる物資の船着場にあり、夜間の燈明台としていた。この辺りには蔵屋敷、塩倉などが並んでいたそうである。「おりゅう」のいわれは「竿の部分が腰をひねった女性に似ているところから付けられた」というだけの話。(完)
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