月と歩いた。

月の満ち欠けのように、毎日ぼちぼちと歩く私。
明日はもう少し、先へ。

にんまり

2013-12-19 | 仕事
昔あった「街のでんき屋さん」。
今は都会では量販店に押されて姿を消してしまった。
それでも、お年寄りをターゲットにしている「街のでんき屋さん」もある。
値段とは関係なく、身内のように丁寧に設置してくれて、メンテナンスもしてくれ、ついでに電球をとりかえるとか、ちょっとした日曜大工をしてくれるとか、お買い物をして来てくれるとか。
そういうサービスで差別化し、生き残っているのだ。

先日、取材した中に、「でんき屋」さんではなく「ガス屋さん」なのだが、同じようなサービスで頑張っている人がいた。
給湯器を替えるだけでなく、水道の蛇口を見たり、窓ガラスを拭いてあげたり、時にはお得意先のおばあちゃんの入院先へお見舞いに行ったり・・・。
そういう街のガス屋さん。

あー、こういう人ならわかるわぁ・・・と思うような、めちゃくちゃいい人で。
素朴で、シャイで、ひたむきで。
年齢35歳。
私の質問にも、一生懸命考えて、いろいろ話してくれる。
時には顔を真っ赤にして照れたり、顔をくしゃくしゃにして笑ったり。
なんとも好感のもてる人物だった。

たくさんしゃべってくれて、私も楽しい気持ちになった。
狭い部屋だったので、カメラマンもすぐに退出し、他の人もいなくて二人きりだったので、リラックスして話せたようだ。
私もやりやすかった。
いい感じで取材終了!

「じゃあ、これでまとめさせてもらいますね」と言ったら、かなりしゃべったはずなのに「え?もう終わり?」というような表情。
なんだか戸惑っているのがわかったので、まだしゃべり足りなかったのかなと思い、
「あ、まだ何か話したいことありますか?いいですよー。あったらお聞きしますので、おっしゃってくださいねー」と笑いかけると、彼はこう言った。

「・・・いや・・・なんか・・・ずっと、きれいなお姉さんやなぁと思ってて・・・」

・・・!!!

キョロキョロ(してないけど)

わ、わたしのことっスか!?
ひょえー!
視力悪いんっスか?
自分で言うのもなんですが、のっぺりした顔でっせ。
起きてるのに「寝てる?」って言われるくらい目は小さいし、口は2センチくらいしか開かないくらい小さいし、街中で一番探しにくい、紛れ込んだらわからないような凹凸のない顔でっせ。
っていうか、その前にもうオバハン!そう、オバハンですわ
「おねえさん」って・・・!
あー、何?この響き・・・おねーさんって・・・!

・・・という高低差ありすぎの心の動揺を押さえ、
「いやいやいやいやぁーーーー、全然そんなーーーー、いやいやいやいやーーーー」
と実際も動揺を隠せない私。

・・・しばし沈黙。

「あ、じゃあ、終わりましょうか。ありがとうございました!」
もう舞い上がって、そう言うしかなかった。
「・・・はい、ありがとうございました・・・」

ドアを開けると、Y澤さんや他のスタッフがみんな取材が終わるのを待っていた。
「お待たせしましたー」
「お疲れさまでしたー」

そして、取材対象者に「ありがとうございましたー」と皆で頭を下げて、外へ出た。
車に乗った。
Y澤さんとK村さんが何か話している。

きれいなお姉さんって言ったよね、あの人・・・
え?そんなこと言われたの、何年ぶり?
いやいやいや・・・社交辞令でしょ、そんなねぇ・・・
うーん、でも・・・あの人、そんなこと冗談で言えるタイプじゃないよね・・・
か、かおりっ!!
あんた、まだイケるんちゃう?!
いやいやいや・・・
あーっ!!もうっ!!私ってば!何を舞いあがっとんねん!
いやいやいや・・・
でも、なんかうれしいよなぁ・・・
Y澤さんとK村さんに言っちゃう?言っちゃう?
いやいやいや・・・何を寝言、いうとんねん!って思われるよねぇ・・・
うふふふ・・・まあいいや、なんかうれし・・・

車の中、Y澤さんとK村さんの後ろの席で、私はずーっとにんまりしていたのだった。
運転していたK村さんはもしかしたら、バックミラーに映る私のにんまり顔を見て、不思議に思っていたかもしれない。

結局、「きれい」とか「かわいい」とか、褒め言葉には弱いのよね~
女って・・・!

だんまり

2013-12-19 | 仕事
取材で一番困るのは、「しゃべってくれない人」だ。

そして、この「しゃべってくれない人」にも3タイプある。

1・話したいけど、うまく話せない
2・心を閉ざしていて、本音を語ってくれない
3・何も考えていないから話すことがない

1の攻略法は簡単だ。
というか、ライターなら誰でもそうだが、こういう人からもうまく情報を引き出して記事にするというのが仕事なわけで。
相手に話す気持ちはあるのだから、そこは何とでもなる。

2は、やや高度。
ガードが固くてなかなか心を開いてくれない人というのはいる。そこをどう突破するか。
相手がものすごく嫌な人間で、わざと意地悪で心を開かないというなら別だが、そんな人は滅多にいないので、こちらがフランクかつ誠実に接していれば、突破口は必ず見つかる。
難しいけれど、これを突破するのが快感だったりもする。ライターの醍醐味と言ってもいいだろう。

やっかいなのは、3である。
「無」からは何も生まれない。「無」なのだからこちらがどう対応しても出てこない。

先日、久しぶりにこの3のタイプ・・・それも強烈なヤツ、を取材した。

例のY澤さんとK村さんとの取材の2日目のことだ。
某企業を訪れ、そこの若手社員(男性)を取材させてもらった。
ある職業訓練校みたいなところを出身の人で(この冊子はその学校の宣伝だ)、学校時代の話やその学校を選んだきっかけ、また勤めてからのやりがいなどを聞くというもの。

愛想は悪くないし、見た目はかわいらしい男の子、という感じ。すれているとか、チャラいとかでもない。
むしろ、第一印象は感じがよかった。
ただ、取材が始まると印象は一変する。

とにかく何もしゃべらず、だんまりなのだ。

「学校でどんなことを学んだんですか?」
「・・・旋盤・・・」
「楽しかったこと、辛かったことなど、何か印象深いエピソードをお願いします」
「・・・」
「何でもいいんですよー、授業の事だけじゃなくてお友達とのこととかでも」
「・・・」
「先生はどんな先生でした?」
「・・・」
「優しいとか、厳しいとか」
「・・・やさしい」
「何か褒められた思い出とかありますか?あ、叱られたとかでもいいですよ」
「・・・」

「入社のきっかけを教えてください」
「・・・特に・・・」
「会社の雰囲気はどうでした?」
「・・・いい」
「今やっているお仕事内容を具体的に教えてください」
「・・・検査」
「えーと、検査っていうのは?」
「・・・」
「金属加工のお仕事ですよね?その製品の検査っていうことですか?」
「・・・はい」
「上司や先輩社員の方で尊敬できる方っていますか?」
「・・・特に・・・」
「え?特にいないんですか?でもいろいろ最初は教わったんですよね?」
「・・・はい」
「じゃあ、先輩すごいなーとか、そういうのないですか?」
「・・・ないです」
「・・・ないですか・・・」
「あまり見てないので・・・」
「あ、一緒の部署でもあまり接することはないってことですかね?お話はあまりされないんですか?」
「話します」
「あ、お話はよくする?・・・でも、仕事はあまり見ていないからわからない、と?」
「・・・はい」
「今の目標や将来の夢を教えてください」
「・・・」
「夢っていうと大げさですから、身近な目標でもいいんですよー」
「・・・」
「・・・ない?」
「・・・ない」

なんじゃ、こりゃ!!

上記、インタビューのほんの一部を再生。
私の質問、100くらい。ちゃんとした答え、1つもなし!!

念のため録音はしているんだけど、聴いたらたぶんほとんど私の声しか入っていないと思う。
大学を中退して職業訓練校に行って就職したという前情報があったので、何かやりたいことが見つかってその道を選んだのかと思っていたら、なんということはない。
誘導尋問で聞き出した話を総合すると(総合するほどのものでもないが)、大学がつまらなくなって辞めて、ふらふらしていたら母親が「こんなのあるから行けば?」と学校を勧めてきて、なんとなく行って、なんとなく勤めて、今も何の目的もなくなんとなく仕事をやっている、ということだった。

途中で何度も何度も心が折れそうになった。
私のライター人生で培った全ての技術を費やして、あの手この手で話を聞き出そうとするのだけど、そのたびにダンマリ。
途中で何度か、「あれ?もしかしてこの人、私を困らせるためにわざとやってるの?」と疑いの心が生まれてしまうほど、それはそれはひどいインタビューだった。

「ない」「いい」「楽しい」「旋盤」
これくらいしか言葉のレパートリーがないのである。

その間、私がどんな顔で、どんな感じで話しているのかと言えば、普段の私を知っている人には考えられないくらい優しいのだ。
こんな対応でもずーっと笑顔。
「あれ?ないですかぁ?」なんて、楽しそうにしてみたり、
「ここは頑張って考えてみましょうか!」「何かあると思いますよ!頑張って!」と励ましてみたり、
それでやっぱりダンマリでも、
ニコッと笑顔で「ちょっと難しかったですよねー、大丈夫ですよ!」と何が大丈夫なのかわからないけどそういってみたり。
あとはやっぱりひたすら誘導尋問で。

そうして、地獄のようなダンマリ・インタビューが終わった。

仕事場での撮影の時、他の取材対象者の時はリラックスして撮影を見ていたのだが、今回は違う。
「次、仕事場の撮影です」となったら、メモを持って真っ先に現場へ行った。
こうなったら周りの人の話を聞くしかないのだ。
彼が「特に尊敬することはない」と言っていた先輩社員をつかまえて、早速インタビュー。
すると、素晴らしい人で、彼のこともたくさん良いところを語ってくれた。
「そんな彼はあんたのこと、何も尊敬してないんっスよ!」と言いたかったが、ぐっとこらえた。

撮影も無事に終わり、車に乗り込んだ私たち。
はぁ・・・と大きなため息が出た。
「・・・ひどかった・・・」
私が言うと、K村さんが「ひどすぎるでしょう!もうめっちゃイライラしましたよ!」と憤っている。
「無口な子やったね、お疲れさん」と優しいY澤さん。
すると、K村さんが「何も考えてないだけですよ!ヘラヘラしやがって!」と。
そして私に「ああいう時、腹立たないんですか?」と聞いてきた。

腹が立つ?!
その言葉を聞いて、ああ、そうか。そうだよな。腹が立ってもいいようなことだよな、と気づいた。
「・・・いや、腹は立たないですねー。心は何度も折れそうになりましたけど」と言うと、
「ほんまですか!!さすがですねぇ・・・もうずっとイライラしてましたよ!」とまた憤っていた。

いや、自分でも不思議な気がした。
普段の私というのは、ちょっとしたことでもイライラするし、短気。そのことは誰よりも自覚している。
でも、本当にイライラすることも、腹が立つこともないのだ。
ただ心が折れそうになるのと、とにかく必死なことだけで。

K村さんの言葉を聞いて、なんでイライラしないのかなと分析してみたら(分析好き!)、これは「仕事」だからなのだった。
取材対象者がどんな人であれ、私はこの人のことを書かなければならないのである。
そのためには情報をできるだけたくさん集めなくてはならない。
私がイライラしても怒っても、情報は集まらない。集まらなければ投げ出してもいい仕事かといえば、もちろんそんなことはなく、なんとかいい記事にしなくてはならないのだ。
だから、怒っている余裕などなく、ただあの手この手で何とか1つでも言葉を引き出したいと、それだけなのだった。
Y澤さんの事務所、クライアントの行政が2箇所、それを受けている民間、学校側、企業側・・・。彼一人の取材記事のために、何十人という人々が関わっていることを私は知っている。
「あの人、何も話してくれないから記事は書けません」とは絶対に言えないのだ。
何が何でも私には書くという義務がある。逃げ道はない。
それをわかっているから、怒ることもなく、必死になっていた。
そして、残念ながら、今回ばかりはただの1つも言葉を引き出すことができなかった。

でも、書けるのだ。
言葉はなかったけれど、「情報」は集められたからだ。
手前味噌だが、今回はキャリアがものを言うなぁと思った。
相手から何も出ないとわかれば、誘導尋問と周囲の声を集めること。もうこれしかないということを長年のキャリアで知っていたのだ。

誘導尋問↓
「先輩社員は優しく教えてくれましたか?」
「はい」
「じゃあ、仕事も覚えやすかったですよね?」
「はい」

これが記事ではこうなる。

「私が入社した時、先輩が優しく丁寧に教えてくれたので、仕事も早く覚えることができました」

うそは一つも入っていない。
本当はこんな手段は使いたくないが、今回は仕方がなかった。残念だけど。
この記事はこのような誘導尋問によって作られることになる・・・