カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (コウヘン 6)

2021-05-05 | アリシマ タケオ
 32

 それ は 2 ガツ ショジュン の ある ヒ の ヒルゴロ だった。 からっと はれた アサ の テンキ に ひきかえて、 アサヒ が しばらく ヒガシムキ の マド に さす マ も なく、 ソラ は ウスグモリ に くもって ニシカゼ が ごうごう と スギモリ に あたって ものすごい オト を たてはじめた。 どこ に か ハル を ほのめかす よう な ヒ が きたり した アト なので、 ことさら ヨノナカ が あんたん と みえた。 ユキ でも まくしかけて きそう に ソコビエ が する ので、 ヨウコ は チャノマ に オキゴタツ を もちだして、 クラチ の キガエ を それ に かけたり した。 ドヨウ だ から イモウト たち は ハヤビケ だ と しりつつ も クラチ は モノグサ そう に ガイシュツ の シタク に かからない で、 ドテラ を ひっかけた まま ヒバチ の ソバ に うずくまって いた。 ヨウコ は ショッキ を ダイドコロ の ほう に はこびながら、 きたり いったり する ツイデ に クラチ と モノ を いった。 ダイドコロ に いった ヨウコ に チャノマ から おおきな コエ で クラチ が いいかけた。
「おい オヨウ (クラチ は いつのまにか ヨウコ を こう よぶ よう に なって いた) オレ は キョウ は フタリ に タイメン して、 これから カッテ に デハイリ の できる よう に する ぞ」
 ヨウコ は フキン を もって ダイドコロ の ほう から いそいそ と チャノマ に かえって きた。
「なんだって また キョウ……」
 そう いって ツキヒザ を しながら チャブダイ を ぬぐった。
「いつまでも こうして いる が キヅマリ で よう ない から よ」
「そう ねえ」
 ヨウコ は そのまま そこ に すわりこんで フキン を チャブダイ に あてがった まま かんがえた。 ホントウ は これ は とうに ヨウコ の ほう から いいだす べき こと だった の だ。 イモウト たち の いない スキ か、 ねて から の ヒマ を うかがって、 クラチ と あう の は、 ハジメ の うち こそ アイビキ の よう な キョウミ を おこさせない でも ない と おもった の と、 ヨウコ は ジブン の とおって きた よう な ミチ は どうしても イモウト たち には とおらせたく ない ところ から、 ジブン の リメン を うかがわせまい と いう ココロモチ と で、 イマ まで つい ずるずる に イモウト たち を クラチ に ちかづかせない で おいた の だった が、 クラチ の コトバ を きいて みる と、 そうして おく の が すこし のびすぎた と キ が ついた。 また あたらしい キョクメン を フタリ の アイダ に ひらいて ゆく にも これ は わるい こと では ない。 ヨウコ は ケッシン した。
「じゃ キョウ に しましょう。 ……それにしても キモノ だけ は きかえて いて くださいまし な」
「よしきた」
と クラチ は にこにこ しながら すぐ たちあがった。 ヨウコ は クラチ の ウシロ から キモノ を はおって おいて ハガイ に だきながら、 いまさら に クラチ の ガンジョウ な おおしい タイカク を ジブン の ムネ に かんじつつ、
「それ は フタリ とも いい コ よ。 かわいがって やって くださいまし よ。 ……けれども ね、 キムラ との あの こと だけ は まだ ナイショ よ。 いい オリ を みつけて、 ワタシ から ジョウズ に いって きかせる まで は しらん フリ を して ね…… よくって…… アナタ は うっかり する と あけすけ に モノ を いったり なさる から…… コンド だけ は ヨウジン して ちょうだい」
「バカ だな どうせ しれる こと を」
「でも それ は いけません…… ぜひ」
 ヨウコ は ウシロ から セノビ を して そっと クラチ の ウシロクビ を すった。 そして フタリ は カオ を みあわせて ほほえみかわした。
 その シュンカン に イキオイ よく ゲンカン の コウシド が がらっと あいて 「おお さむい」 と いう サダヨ の コエ が かんだかく きこえた。 ジカン でも ない ので ヨウコ は おもわず ぎょっと して クラチ から とびはなれた。 ついで ゲンカングチ の ショウジ が あいた。 サダヨ は チャノマ に かけこんで くる らしかった。
「オネエサマ ユキ が ふって きて よ」
 そう いって いきなり チャノマ の フスマ を あけた の は サダヨ だった。
「おや そう…… さむかった でしょう」
と でも いって むかえて くれる アネ を キタイ して いた らしい サダヨ は、 オキゴタツ に はいって アグラ を かいて いる トホウ も なく おおきな オトコ を アネ の ホカ に みつけた ので、 おどろいた よう に おおきな メ を みはった が、 そのまま すぐに ゲンカン に とって かえした。
「アイ ネエサン オキャクサマ よ」
と コエ を つぶす よう に いう の が きこえた。 クラチ と ヨウコ とは カオ を みあわして また ほほえみかわした。
「ここ に オゲタ が ある じゃ ありません か」
 そう おちついて いう アイコ の コエ が きこえて、 やがて フタリ は しずか に はいって きた。 そして アイコ は しとやか に サダヨ は ぺちゃん と すわって、 コエ を そろえて 「ただいま」 と いいながら ジギ を した。 アイコ の トシゴロ の とき、 ゲンカク な シュウキョウ ガッコウ で ムリジイ に オトコ の コ の よう な ムシュミ な フクソウ を させられた、 それ に フクシュウ する よう な キ で ヨウコ の よそおわした アイコ の ミナリ は すぐ ヒト の メ を ひいた。 オサゲ を やめさせて、 ソクハツ に させた ウナジ と タボ の ところ には、 その コロ ベイコク での リュウコウ ソノママ に、 チョウムスビ の おおきな くろい リボン が とめられて いた。 コダイ ムラサキ の ツムギジ の キモノ に、 カシミヤ の ハカマ を スソミジカ に はいて、 その ハカマ は イゼン ヨウコ が ハツメイ した レイ の ビジョウドメ に なって いた。 サダヨ の カミ は また おもいきって みじかく オカッパ に きりつめて、 ヨコ の ほう に シンク の リボン が むすんで あった。 それ が この さいはじけた ドウジョ を、 ヒザ まで ぐらい な、 わざと みじかく したてた ハカマ と ともに カレン にも いたずらいたずらしく みせた。 フタリ は サムサ の ため に ホオ を シンク に して、 メ を すこし なみだぐまして いた。 それ が ことさら フタリ に ベツベツ な カレン な オモムキ を そえて いた。
 ヨウコ は すこし あらたまって フタリ を ヒバチ の ザ から みやりながら、
「おかえりなさい。 キョウ は イツモ より はやかった のね。 ……オヘヤ に いって オツツミ を おいて ハカマ を とって いらっしゃい、 その うえ で ゆっくり おはなし する こと が ある から……」
 フタリ の ヘヤ から は サダヨ が ヒトリ で はしゃいで いる コエ が しばらく して いた が、 やがて アイコ は ひろい オビ を フダンギ と きかえた ウエ に しめて、 サダヨ は ハカマ を ぬいだ だけ で かえって きた。
「さあ ここ に いらっしゃい。 (そう いって ヨウコ は イモウト たち を ジブン の ミヂカ に すわらせた) この オカタ が いつか ソウカクカン で オウワサ した クラチ さん なの よ。 イマ まで でも ときどき いらしった ん だ けれども ついに オメ に かかる オリ が なかった わね。 これ が アイコ これ が サダヨ です」
 そう いいながら ヨウコ は クラチ の ほう を むく と もう くすぐったい よう な カオツキ を せず には いられなかった。 クラチ は しぶい ワライ を わらいながら あんがい マジメ に、
「オハツ に (と いって ちょっと アタマ を さげた) フタリ とも うつくしい ねえ」
 そう いって サダヨ の カオ を ちょっと みて から じっと メ を アイコ に さだめた。 アイコ は かくべつ はじる ヨウス も なく その ニュウワ な タコン な メ を おおきく みひらいて まんじり と クラチ を みやって いた。 それ は ダンジョ の クベツ を しらぬ ムジャキ な メ とも みえた。 センテンテキ に オトコ と いう もの を しりぬいて その ココロ を こころみよう と する インプ の メ とも みられない こと は なかった。 それほど その メ は キカイ な ムヒョウジョウ の ヒョウジョウ を もって いた。
「はじめて オメ に かかる が、 アイコ さん オイクツ」
 クラチ は なお アイコ を みやりながら こう たずねた。
「ワタシ はじめて では ございません。 ……いつぞや オメ に かかりました」
 アイコ は しずか に メ を ふせて はっきり と ムヒョウジョウ な コエ で こう いった。 アイコ が あの トシゴロ で オトコ の マエ に はっきり ああ ウケコタエ が できる の は ヨウコ にも イガイ だった。 ヨウコ は おもわず アイコ を みた。
「はて、 どこ で ね」
 クラチ も いぶかしげ に こう といかえした。 アイコ は シタ を むいた まま クチ を つぐんで しまった。 そこ には かすか ながら ゾウオ の カゲ が ひらめいて すぎた よう だった。 ヨウコ は それ を みのがさなかった。
「ネガオ を みせた とき に やはり あれ は メ を さまして いた の だな。 それ を いう の かしらん」 とも おもった。 クラチ の カオ にも おもいかけず ちょっと どぎまぎ した らしい ヒョウジョウ が うかんだ の を ヨウコ は みた。 「なあに……」 はげしく ヨウコ は ジブン で ジブン を うちけした。
 サダヨ は ムジャキ にも、 この クマ の よう な おおきな オトコ が したしみやすい アソビアイテ と みてとった らしい。 サダヨ が その ヒ ガッコウ で ミキキ して きた こと など を レイ の とおり のこらず アネ に ホウコク しよう と、 なんでも かまわず、 なんでも かくさず、 いって のける の に クラチ が キョウ に いって アイヅチ を うつ ので、 ここ に うつって きて から キャク の アジ を まったく わすれて いた サダヨ は うれしがって クラチ を アイテ に しよう と した。 クラチ は さんざん サダヨ と たわむれて、 ヒル ちかく たって いった。
 ヨウコ は チョウショク が おそかった から と いって、 イモウト たち だけ が チュウショク の ゼン に ついた。
「クラチ さん は イマ、 ある カイシャ を おたて に なる ので いろいろ ゴソウダンゴト が ある の だ けれども、 ゲシュク では マワリ が やかましくって こまる と おっしゃる から、 これから いつでも ここ で ゴヨウ を なさる よう に いった から、 きっと これから も ちょくちょく いらっしゃる だろう が、 サア ちゃん、 キョウ の よう に アソビ の オアイテ に ばかり して いて は ダメ よ。 そのかわり エイゴ なんぞ で わからない こと が あったら なんでも おきき する と いい、 ネエサン より イロイロ の こと を よく しって いらっしゃる から…… それから アイ さん は、 これから クラチ さん の オキャクサマ も みえる だろう から、 そんな とき には いちいち ネエサン の サシズ を またない で はきはき オセワ を して あげる のよ」
と ヨウコ は あらかじめ フタリ に クギ を さした。
 イモウト たち が ショクジ を おわって フタリ で アトシマツ を して いる と また ゲンカン の コウシ が しずか に あく オト が した。
 サダヨ は ヨウコ の ところ に とんで きた。
「オネエサマ また オキャクサマ よ。 キョウ は ずいぶん たくさん いらっしゃる わね。 ダレ でしょう」
と ものめずらしそう に ゲンカン の ほう に チュウイ の ミミ を そばだてた。 ヨウコ も ダレ だろう と いぶかった。 やや しばらく して しずか に アンナイ を もとめる オトコ の コエ が した。 それ を きく と サダヨ は アネ から はなれて かけだして いった。 アイコ が タスキ を はずしながら ダイドコロ から でて きた ジブン には、 サダヨ は もう 1 マイ の メイシ を もって ヨウコ の ところ に とって かえして いた。 キンブチ の ついた コウカ らしい メイシ の オモテ には オカ ハジメ と しるして あった。
「まあ めずらしい」
 ヨウコ は おもわず コエ を たてて サダヨ と ともに ゲンカン に はしりでた。 そこ には ショジョ の よう に うつくしく コガラ な オカ が ユキ の かかった カサ を つぼめて、 ガイトウ の シタタリ を ベニ を さした よう に あからんだ ユビ の サキ で はじきながら、 オンナ の よう に はにかんで たって いた。
「いい ところ でしょう。 オイデ には すこし おさむかった かも しれない けれども、 キョウ は ホント に いい オリカラ でした わ。 トナリ に みえる の が ユウメイ な タイコウエン、 あすこ の モリ の ナカ が コウヨウカン、 この スギ の モリ が ワタシ だいすき です の。 キョウ は ユキ が つもって なおさら きれい です わ」
 ヨウコ は オカ を 2 カイ に アンナイ して、 そこ の ガラスド-ゴシ に あちこち の ユキゲシキ を ほこりが に シコ して みせた。 オカ は コトバスクナ ながら、 ちかちか と まぶしい インショウ を メ に のこして、 ふりくだり ふりあおる ユキ の ムコウ に インケン する サンナイ の コダチ の スガタ を タンショウ した。
「それにしても どうして アナタ は ここ を…… クラチ から テガミ でも いきました か」
 オカ は シンピテキ に ほほえんで ヨウコ を かえりみながら 「いいえ」 と いった。
「そりゃ おかしい こと…… それでは どうして」
 エンガワ から ザシキ へ もどりながら おもむろに、
「オシラセ が ない もん で あがって は きっと いけない とは おもいました けれども、 こんな ユキ の ヒ なら オキャク も なかろう から ひょっとか する と あって くださる か とも おもって……」
 そういう イイダシ で オカ が かたる ところ に よれば、 オカ の イトコ に あたる ヒト が ユウラン ジョガッコウ に ツウガク して いて、 ショウガツ の ガッキ から サツキ と いう シマイ の うつくしい セイト が きて、 それ は シバ サンナイ の ウラザカ に ビジン ヤシキ と いって カイワイ で ユウメイ な イエ の 3 ニン シマイ の ウチ の フタリ で ある と いう こと や、 イチバン の アネ に あたる ヒト が ホウセイ シンポウ で ウワサ を たてられた すぐれた ビボウ の モチヌシ だ と いう こと や が、 はやくも くちさがない セイト-カン の ヒョウバン に なって いる の を ナニ か の オリ に はなした ので すぐ おもいあたった けれども、 イチニチ イチニチ と ホウモン を チュウチョ して いた の だ との こと だった。 ヨウコ は いまさら に セケン の アンガイ に せまい の を おもった。 アイコ と いわず サダヨ の ウエ にも、 ジブン の ギョウセキ が どんな エイキョウ を あたえる か も かんがえず には いられなかった。 そこ に サダヨ が、 アイコ が ととのえた チャキ を あぶなっかしい テツキ で、 メハチブ に もって きた。 サダヨ は この ヒ さびしい イエ の ウチ に イクニン も キャク を むかえる モノメズラシサ に ウチョウテン に なって いた よう だった。 マンメン に イツワリ の ない アイキョウ を みせながら、 テイネイ に ぺっちゃん と オジギ を した。 そして カオ に たれかかる クロカミ を ふりあおいで アタマ を ふって ウシロ に さばきながら、 オカ を ムジャキ に みやって、 アネ の ほう に よりそう と おおきな コエ で 「ドナタ」 と きいた。
「イッショ に おひきあわせ します から ね、 アイ さん にも おいでなさい と いって いらっしゃい」
 フタリ だけ が ザ に おちつく と オカ は なみだぐましい よう な カオ を して じっと テアブリ の ナカ を みこんで いた。 ヨウコ の オモイナシ か その カオ にも すこし ヤツレ が みえる よう だった。 フツウ の オトコ ならば たぶん さほど にも おもわない に ちがいない イエ の ウチ の イサクサ など に センサイ-すぎる シンケイ を なやまして、 それ に つけて も ヨウコ の イブ を ことさら に あこがれて いた らしい ヨウス は、 そんな こと に ついて は ヒトコト も いわない が、 オカ の カオ には はっきり と えがかれて いる よう だった。
「そんな に せいたって いや よ サア ちゃん は。 セッカチ な ヒト ねえ」
 そう おだやか に たしなめる らしい アイコ の コエ が カイカ で した。
「でも そんな に オシャレ しなくったって いい わ。 オネエサマ が はやく って おっしゃって よ」
 ブエンリョ に こう いう サダヨ の コエ も はっきり きこえた。 ヨウコ は ほほえみながら オカ を あたたかく みやった。 オカ も さすが に ワライ を やどした カオ を あげた が、 ヨウコ と みかわす と キュウ に ホオ を ぽっと あかく して メ を ショウジ の ほう に そらして しまった。 テアブリ の フチ に おかれた テ の サキ が かすか に ふるう の を ヨウコ は みのがさなかった。
 やがて イモウト たち フタリ が ヨウコ の ウシロ に あらわれた。 ヨウコ は すわった まま テ を ウシロ に まわして、
「そんな ヒト の オシリ の ところ に すわって、 もっと こっち に おいでなさい な。 ……これ が イモウト たち です の。 どうか オトモダチ に して くださいまし。 オフネ で ゴイッショ だった オカ ハジメ サマ。 ……アイ さん アナタ おしり もうして いない の…… あの シツレイ です が なんと おっしゃいます の、 オイトコゴ さん の オナマエ は」
と オカ に たずねた。 オカ は コトバドオリ に シンケイ を テントウ させて いた。 それ は この セイネン を ヒジョウ に みにくく かつ うつくしく して みせた。 いそいで すわりなおした イズマイ を すぐ イミ も なく くずして、 それ を また ヒジョウ に コウカイ した らしい カオツキ を みせたり した。
「は?」
「あの ワタシドモ の ウワサ を なさった その オジョウサマ の オナマエ は」
「あの やはり オカ と いいます」
「オカ さん なら オカオ は ぞんじあげて おります わ。 ヒトツ ウエ の キュウ に いらっしゃいます」
 アイコ は すこしも さわがず に、 クラチ に たいした とき と おなじ チョウシ で じっと オカ を みやりながら ソクザ に こう こたえた。 その メ は あいかわらず イントウ と みえる ほど キョクタン に ジュンケツ だった。 ジュンケツ と みえる ほど キョクタン に イントウ だった。 オカ は おじながら も その メ から ジブン の メ を そらす こと が できない よう に マトモ に アイコ を みて みるみる ミミタブ まで を マッカ に して いた。 ヨウコ は それ を けどる と アイコ に たいして いちだん の ニクシミ を かんぜず には いられなかった。
「クラチ さん は……」
 オカ は イチロ の ニゲミチ を ようやく もとめだした よう に ヨウコ に メ を てんじた。
「クラチ さん? たったいま おかえり に なった ばかり おしい こと を しまして ねえ。 でも アナタ これから は ちょくちょく いらしって くださいます わね。 クラチ さん も すぐ オキンジョ に オスマイ です から いつか ゴイッショ に ゴハン でも いただきましょう。 ワタシ ニホン に かえって から この ウチ に オキャクサマ を おあげ する の は キョウ が はじめて です のよ。 ねえ サア ちゃん。 ……ホントウ に よく きて くださいました こと。 ワタシ とうから きて いただきたくって シヨウ が なかった ん です けれども、 クラチ さん から なんとか いって あげて くださる だろう と、 それ ばかり を まって いた の です よ。 ワタシ から オテガミ を あげる の は いけません もの (そこ で ヨウコ は わかって くださる でしょう と いう よう な やさしい メツキ を つよい ヒョウジョウ を そえて オカ に おくった)。 キムラ から の テガミ で アナタ の こと は くわしく うかがって いました わ。 いろいろ おくるしい こと が おあり に なる ん ですって ね」
 オカ は その コロ に なって ようやく ジブン を カイフク した よう だった。 しどろもどろ に なった カンガエ や コトバ も やや ととのって みえた。 アイコ は イチド しげしげ と オカ を みて しまって から は、 けっして ニド とは その ほう を むかず に、 メ を タタミ の ウエ に ふせて じっと センリ も はなれた こと でも かんがえて いる ヨウス だった。
「ワタシ の イクジ の ない の が ナニ より も いけない ん です。 シンルイ の モノタチ は なんと いって も ワタシ を ジツギョウ の ホウメン に いれて チチ の ジギョウ を つがせよう と する ん です。 それ は たぶん ホントウ に いい こと なん でしょう。 けれども ワタシ には どうしても そういう こと が わからない から こまります。 すこし でも わかれば、 どうせ こんな に ビョウシン で なにも できません から、 ハハ ハジメ ミンナ の いう こと を ききたい ん です けれども…… ワタシ は ときどき コジキ に でも なって しまいたい よう な キ が します。 ミンナ の シュジン オモイ な メ で みつめられて いる と、 ワタシ は ミンナ に すまなく なって、 なぜ ジブン みたい な クズ な ニンゲン を おしんで いて くれる の だろう と よく そう おもいます…… こんな こと イマ まで ダレ にも いい は しません けれども。 とつぜん ニホン に かえって きたり なぞ して から ワタシ は ないない カンシ まで される よう に なりました。 ……ワタシ の よう な イエ に うまれる と トモダチ と いう もの は ヒトリ も できません し、 ミンナ とは ヒョウメン だけ で モノ を いって いなければ ならない ん です から…… ココロ が さびしくって シカタ が ありません」
 そう いって オカ は すがる よう に ヨウコ を みやった。 オカ が すこし フルエ を おびた、 ヨゴレッケ の チリ ほど も ない コエ の チョウシ を おとして しんみり と モノ を いう ヨウス には おのずから な けだかい サビシミ が あった。 トショウジ を きしませながら ユキ を ふきまく コガイ の あらあらしい シゼン の スガタ に くらべて は ことさら それ が めだった。 ヨウコ には オカ の よう な ショウキョクテキ な ココロモチ は すこしも わからなかった。 しかし あれ で いて、 ベイコク-クンダリ から のって いった フネ で かえって くる ところ なぞ には、 ねばりづよい イリョク が ひそんで いる よう にも おもえた。 ヘイボン な セイネン なら できて も できなく とも シュウイ の モノ に おだてあげられれば うたがい も せず に チチ の イギョウ を つぐ マネ を して よろこんで いる だろう。 それ が どうしても できない と いう ところ にも どこ か ちがった ところ が ある の では ない か。 ヨウコ は そう おもう と なんの リカイ も なく この セイネン を とりまいて ただ わいわい さわぎたてて いる ヒトタチ が ばかばかしく も みえた。 それにしても なぜ もっと はきはき と そんな くだらない ショウガイ ぐらい うちやぶって しまわない の だろう。 ジブン なら その ザイサン を つかって から、 「こう すれば いい の かい」 と でも いって、 マワリ で セワ を やいた ニンゲン たち を ムネ の すききる まで おもいぞんぶん わらって やる のに。 そう おもう と オカ の にえきらない よう な タイド が はがゆく も あった。 しかし なんと いって も だきしめたい ほど カレン なの は オカ の センビ な さびしそう な スガタ だった。 オカ は ジョウズ に いれられた カンロ を すすりおわった チャワン を テ の サキ に すえて メンミツ に その ツクリ を ショウガン して いた。
「おおぼえ に なる よう な もの じゃ ございません こと よ」
 オカ は わるい こと でも して いた よう に カオ を あかく して それ を シタ に おいた。 カレ は イイカゲン な セジ は いえない らしかった。
 オカ は はじめて きた イエ に ナガイ する の は シツレイ だ と きた とき から おもって いて、 キカイ ある ごと に ザ を たとう と する らしかった が、 ヨウコ は そういう オカ の エンリョ に かんづけば かんづく ほど たくみ にも スベテ の キカイ を オカ に あたえなかった。
「もうすこし おまち に なる と ユキ が コブリ に なります わ。 イマ、 こないだ インド から きた コウチャ を いれて みます から めしあがって みて ちょうだい。 ふだん いい もの を めしあがりつけて いらっしゃる ん だ から、 カンテイ を して いただきます わ。 ちょっと、 ……ほんの ちょっと まって いらしって ちょうだい よ」
 そういう ふう に いって オカ を ひきとめた。 ハジメ の アイダ こそ クラチ に たいして の よう には なつかなかった サダヨ も だんだん と オカ と クチ を きく よう に なって、 シマイ には オカ の おだやか な トイ に たいして オモイ の まま を かわいらしく かたって きかせたり、 ワダイ に きゅうして オカ が だまって しまう と サダヨ の ほう から ムジャキ な こと を ききただして、 オカ を ほほえましたり した。 なんと いって も オカ は うつくしい 3 ニン の シマイ が (その ウチ アイコ だけ は タ の フタリ とは まったく ちがった タイド で) ココロ を こめて したしんで くる その コウイ には てきしかねて みえた。 さかん に ヒ を おこした あたたかい ヘヤ の ナカ の クウキ に こもる わかい オンナ たち の カミ から とも、 フトコロ から とも、 ハダ から とも しれぬ ジュウナン な カオリ だけ でも さりがたい オモイ を させた に ちがいなかった。 いつのまにか オカ は すっかり コシ を おちつけて、 イイヨウ なく こころよく ムネ の ナカ の ワダカマリ を イッソウ した よう に みえた。
 それから と いう もの、 オカ は ビジン ヤシキ と ウワサ される ヨウコ の カクレガ に おりおり デイリ する よう に なった。 クラチ とも カオ を あわせて、 たがいに こころよく フネ の ナカ での オモイダシバナシ など を した。 オカ の メ の ウエ には ヨウコ の メ が イレメ されて いた。 ヨウコ の よし と みる もの は オカ も よし と みた。 ヨウコ の にくむ もの は オカ も ムジョウケン で にくんだ。 ただ ヒトツ その レイガイ と なって いる の は アイコ と いう もの らしかった。 もちろん ヨウコ とて セイカクテキ には どうしても アイコ と いれあわなかった が、 コツニク の ジョウ と して やはり たがいに イイヨウ の ない シュウチャク を かんじあって いた。 しかし オカ は アイコ に たいして は ココロ から の アイチャク を もちだす よう に なって いる こと が しれた。
 とにかく オカ の くわわった こと が ビジン ヤシキ の イロドリ を タヨウ に した。 3 ニン の シマイ は ときおり クラチ、 オカ に ともなわれて タイコウエン の オモテモン の ほう から ミタ の トオリ など に サンポ に でた。 ヒトビト は その きらびやか な ムレ に モノズキ な メ を かがやかした。

 33

 オカ に ジュウショ を しらせて から、 すぐ それ が コトウ に つうじた と みえて、 2 ガツ に はいって から の キムラ の ショウソク は、 クラチ の テ を へず に ちょくせつ ヨウコ に あてて コトウ から カイソウ される よう に なった。 コトウ は しかし ガンコ にも その ナカ に ヒトコト も ジブン の ショウソク を ふうじこんで よこす よう な こと は しなかった。 コトウ を ちかづかせる こと は イチメン キムラ と ヨウコ との カンケイ を ダンゼツ さす キカイ を はやめる オソレ が ない でも なかった が、 あの コトウ の タンジュン な ココロ を うまく あやつり さえ すれば、 コトウ を ジブン の ほう に なずけて しまい、 したがって キムラ に フアン を おこさせない ホウベン に なる と おもった。 ヨウコ は レイ の イタズラゴコロ から コトウ を てなずける キョウミ を そそられない でも なかった。 しかし それ を ジッコウ に うつす まで に その キョウミ は こうじて は こなかった ので ソノママ に して おいた。
 キムラ の シゴト は おもいのほか ツゴウ よく はこんで ゆく らしかった。 「ニホン に おける ミライ の ピーボデー」 と いう ヒョウダイ に キムラ の ショウゾウ まで いれて、 ハミルトン シ ハイカ の ビンワンカ の ヒトリ と して、 また ヒンセイ の コウケツ な コウキョウシン の あつい コウコ の セイネン ジツギョウカ と して、 やがて は ニホン に おいて、 ベイコク に おける ピーボデー と ドウヨウ の メイセイ を かちう べき ヤクソク に ある もの と ショウサン した シカゴ トリビューン の 「セイネン ジツギョウカ ヒョウバンキ」 の キリヌキ など を フウニュウ して きた。 おもいのほか キョガク の カワセ を ちょいちょい おくって よこして、 クラチ シ に しはらう べき キンガク の ゼンタイ を しらせて くれたら、 どう クメン して も かならず ソウフ する から、 1 ニチ も はやく クラチ シ の ホゴ から ドクリツ して セヒョウ の ゴビュウ を ジッコウテキ に テイセイ し、 あわせて ジブン に たいする ヨウコ の シンジョウ を ショウメイ して ほしい など と いって よこした。 ヨウコ は―― クラチ に おぼれきって いる ヨウコ は ハナ の サキ で せせらわらった。
 それ に はんして クラチ の シゴト の ほう は いつまでも メハナ が つかない らしかった。 クラチ の いう ところ に よれば ニホン だけ の ミズサキ アンナイ ギョウシャ の クミアイ と いって も、 トウヨウ の ショコウ や セイブ ベイコク の エンガン に ある それら の クミアイ とも コウショウ を つけて レンラク を とる ヒツヨウ が ある のに、 ニホン の イミン モンダイ が ベイコク の セイブ ショシュウ で やかましく なり、 ハイニチネツ が カド に センドウ されだした ので、 ナニゴト も ベイコクジン との コウショウ は おもう よう に ゆかず に その テン で ゆきなやんで いる との こと だった。 そう いえば ベイコクジン らしい ガイコクジン が しばしば クラチ の ゲシュク に デイリ する の を ヨウコ は キ が ついて いた。 ある とき は それ が コウシカン の カンイン で でも ある か と おもう よう な、 レイソウ を して みごと な バシャ に のった シンシ で ある こと も あり、 ある とき は ズボン の オリメ も つけない ほど ダラシ の ない フウ を した ニンソウ の よく ない オトコ でも あった。
 とにかく 2 ガツ に はいって から クラチ の ヨウス が すこし ずつ すさんで きた らしい の が めだつ よう に なった。 サケ の リョウ も いちじるしく まして きた。 マサイ が かみつく よう に どなられて いる こと も あった。 しかし ヨウコ に たいして は クラチ は マエ にも まさって デキアイ の ド を くわえ、 あらゆる アイジョウ の ショウコ を つかむ まで は シツヨウ に ヨウコ を しいたげる よう に なった。 ヨウコ は メ も くらむ カシュ を あおりつける よう に その シイタゲ を よろこんで むかえた。
 ある ヨ ヨウコ は イモウト たち が シュウシン して から クラチ の ゲシュク を おとずれた。 クラチ は たった ヒトリ で さびしそう に ソウダ ビスケット を サカナ に ウイスキー を のんで いた。 チャブダイ の シュウイ には ショルイ や コウワン の チズ や が ランボウ に ちらけて あって、 ダイ の ウエ の カラ の コップ から さっする と マサイ か ダレ か、 イマ キャク が かえった ところ らしかった。 フスマ を あけて ヨウコ の はいって きた の を みる と クラチ は イツモ に なく ちょっと けわしい メツキ を して ショルイ に メ を やった が、 そこ に ある もの を エンピ を のばして ひきよせて せわしく ヒトマトメ に して トコノマ に うつす と、 ジブン の トナリ に ザブトン を しいて、 それ に すわれ と アゴ を つきだして アイズ した。 そして はげしく テ を ならした。
「コップ と タンサンスイ を もって こい」
 ヨウ を きき に きた ジョチュウ に こう いいつけて おいて、 はげしく ヨウコ を マトモ に みた。
「ヨウ ちゃん (これ は その コロ クラチ が ヨウコ を よぶ ナマエ だった。 イモウト たち の マエ で ヨウコ と ヨビステ にも できない ので クラチ は しばらく の アイダ オヨウ さん オヨウ さん と よんで いた が、 ヨウコ が サダヨ を サア ちゃん と よぶ の から おもいついた と みえて、 3 ニン を ヨウ ちゃん、 アイ ちゃん、 サア ちゃん と よぶ よう に なった。 そして サシムカイ の とき にも ヨウコ を そう よぶ の だった) は キムラ に みつがれて いる な。 ハクジョウ しっちまえ」
「それ が どうして?」
 ヨウコ は ヒダリ の カタヒジ を チャブダイ に ついて、 その ユビサキ で ビン の ホツレ を かきあげながら、 ヘイキ な カオ で ショウメン から クラチ を みかえした。
「どうして が ある か。 オレ は アカ の タニン に オレ の オンナ を やしなわす ほど フヌケ では ない ん だ」
「まあ キ の ちいさい」
 ヨウコ は なおも どうじなかった。 そこ に オンナ が はいって きた ので ハナシ の コシ が おられた。 フタリ は しばらく だまって いた。
「オレ は これから タケシバ へ いく。 な、 いこう」
「だって ミョウチョウ こまります わ。 ワタシ が ルス だ と イモウト たち が ガッコウ に いけない もの」
「イッピツ かいて ガッコウ なんざあ やすんで ルス を しろ と いって やれい」
 ヨウコ は もちろん ちょっと そんな こと を いって みた だけ だった。 イモウト たち の ガッコウ に いった アト でも、 タイコウエン の バアサン に コトバ を かけて おいて イエ を あける こと は ツネシジュウ だった。 ことに その ヨ は キムラ の こと に ついて クラチ に ガテン させて おく の が ヒツヨウ だ と おもった ので いいだされた とき から イッショ する シタゴコロ では あった の だ。 ヨウコ は そこ に あった ペン を とりあげて カミキレ に ハシリガキ を した。 クラチ が キュウビョウ に なった ので カイホウ の ため に コンヤ は ここ で とまる。 アス の アサ ガッコウ の ジコク まで に かえって こなかったら、 トジマリ を して でかけて いい。 そういう イミ を かいた。 その アイダ に クラチ は てばやく キガエ を して、 ショルイ を おおきな シナ カバン に つっこんで ジョウ を おろして から、 メンミツ に あく か あかない か を しらべた。 そして かんがえこむ よう に うつむいて ウワメ を しながら、 リョウテ を フトコロ に さしこんで カギ を ハラオビ らしい ところ に しまいこんだ。
 9 ジ-スギ 10 ジ ちかく なって から フタリ は つれだって ゲシュク を でた。 ゾウジョウジ マエ に きて から クルマ を やとった。 マンゲツ に ちかい ツキ が もう だいぶ サムゾラ たかく こうこう と かかって いた。
 フタリ を むかえた タケシバ-カン の ジョチュウ は クラチ を こころえて いて、 すぐ ニワサキ に ハナレ に なって いる フタマ ばかり の 1 ケン に アンナイ した。 カゼ は ない けれども ツキ の シロサ で ひどく ひえこんだ よう な バン だった。 ヨウコ は アシ の サキ が コオリ で つつまれた ほど カンカク を うしなって いる の を おぼえた。 クラチ の よくした アト で、 アツメ な シオユ に ゆっくり つかった ので ようやく ヒトゴコチ が ついて もどって きた とき には、 すばやい ジョチュウ の ハタラキ で シュコウ が ととのえられて いた。 ヨウコ が クラチ と トオデ-らしい こと を した の は これ が はじめて なので、 タビサキ に いる よう な キブン が ミョウ に フタリ を したしみあわせた。 ましてや ザシキ に つづく シバフ の ハズレ の イシガキ には ウミ の ナミ が きて しずか に オト を たてて いた。 ソラ には ツキ が さえて いた。 イモウト たち に とりまかれたり、 ゲシュクニン の メ を かねたり して いなければ ならなかった フタリ は くつろいだ スガタ と ココロ と で ヒバチ に よりそった。 ヨノナカ は フタリ きり の よう だった。 いつのまにか オット と ばかり クラチ を かんがえなれて しまった ヨウコ は、 ここ に ふたたび ジョウジン を みいだした よう に おもった。 そして なんとはなく クラチ を じらして じらして じらしぬいた アゲク に、 その ハンドウ から くる ミツ の よう な カンゴ を おもいきり あじわいたい ショウドウ に かられて いた。 そして それ が また クラチ の ヨウキュウ でも ある こと を ホンノウテキ に かんじて いた。
「いい わねえ。 なぜ もっと はやく こんな ところ に こなかった でしょう。 すっかり クロウ も なにも わすれて しまいました わ」
 ヨウコ は すべすべ と ほてって すこし こわばる よう な ホオ を なでながら、 とろける よう に クラチ を みた。 もう だいぶ サケノケ の まわった クラチ は、 オンナ の ニッカン を そそりたてる よう な ニオイ を ヘヤジュウ に まきちらす ハマキ を ふかしながら、 ヨウコ を シリメ に かけた。
「それ は ケッコウ。 だが オレ には サッキ の ハナシ が ノド に つかえて のこっとる て。 ムナクソ が わるい ぞ」
 ヨウコ は あきれた よう に クラチ を みた。
「キムラ の こと?」
「オマエ は オレ の カネ を ココロマカセ に つかう キ には なれない ん か」
「たりません もの」
「たりなきゃ なぜ いわん」
「いわなくったって キムラ が よこす ん だ から いい じゃ ありません か」
「バカ!」
 クラチ は ミギ の カタ を コヤマ の よう に そびやかして、 ジョウタイ を シャ に かまえながら ヨウコ を にらみつけた。 ヨウコ は その メノマエ で ウミ から でる ナツ の ツキ の よう に ほほえんで みせた。
「キムラ は ヨウ ちゃん に ほれとる ん だよ」
「そして ヨウ ちゃん は きらってる ん です わね」
「ジョウダン は おいて くれ。 ……オリャ シンケン で いっとる ん だ。 オレタチ は キムラ に ヨウ は ない はず だ。 オレ は ヨウ の ない もの は カタッパシ から すてる の が タテマエ だ。 カカア だろう が コ だろう が…… みろ オレ を…… よく みろ。 オマエ は まだ この オレ を うたがっとる ん だな。 アトガマ には キムラ を いつでも なおせる よう に クイノコシ を しとる ん だな」
「そんな こと は ありません わ」
「では なんで テガミ の ヤリトリ など しおる ん だ」
「オカネ が ほしい から なの」
 ヨウコ は ヘイキ な カオ を して また ハナシ を アト に もどした。 そして ドクシャク で サカズキ を かたむけた。 クラチ は すこし どもる ほど イカリ が つのって いた。
「それ が わるい と いっとる の が わからない か…… オレ の ツラ に ドロ を ぬりこくっとる…… こっち に こい (そう いいながら クラチ は ヨウコ の テ を とって ジブン の ヒザ の ウエ に ヨウコ の ジョウタイ を たくしこんだ)。 いえ、 かくさず に。 イマ に なって キムラ に ミレン が でて きおった ん だろう。 オンナ と いう は そうした もん だ。 キムラ に いきたくば いけ、 イマ いけ。 オレ の よう な ヤクザ を かまっとる と メ は で や せん から。 ……オマエ には フテクサレ が いっち よく にあっとる よ…… ただし オレ を だまし に かかる と ケントウチガイ だぞ」
 そう いいながら クラチ は ヨウコ を つきはなす よう に した。 ヨウコ は それでも すこしも ヘイセイ を うしなって は いなかった。 あでやか に ほほえみながら、
「アナタ も あんまり わからない……」
と いいながら コンド は ヨウコ の ほう から クラチ の ヒザ に ウシロムキ に もたれかかった。 クラチ は それ を のけよう とは しなかった。
「ナニ が わからん かい」
 しばらく して から、 クラチ は ヨウコ の カタゴシ に サカズキ を とりあげながら こう たずねた。 ヨウコ には ヘンジ が なかった。 また しばらく の チンモク の ジカン が すぎた。 クラチ が もう イチド ナニ か いおう と した とき、 ヨウコ は いつのまにか しくしく と ないて いた。 クラチ は この フイウチ に おもわず はっと した よう だった。
「なぜ キムラ から おくらせる の が わるい ん です」
 ヨウコ は ナミダ を けどらせまい と する よう に、 しかし うちしずんだ チョウシ で こう いいだした。
「アナタ の ゴヨウス で オココロモチ が よめない ワタシ だ と おおもい に なって? ワタシ ゆえ に カイシャ を おひき に なって から、 どれほど クラシムキ に くるしんで いらっしゃる か…… その くらい は バカ でも ワタシ には ちゃんと ひびいて います。 それでも しみったれた こと を する の は アナタ も おきらい、 ワタシ も きらい…… ワタシ は おもう よう に オカネ を つかって は いました。 いました けれども…… ココロ では ないてた ん です。 アナタ の ため なら どんな こと でも よろこんで しよう…… そう コノゴロ おもった ん です。 それから キムラ に とうとう テガミ を かきました。 ワタシ が キムラ を なんと おもってる か、 いまさら そんな こと を おうたがい に なる の アナタ は。 そんな みずくさい マワシギ を なさる から つい くやしく なっちまいます。 ……そんな ワタシ だ か ワタシ では ない か…… (そこ で ヨウコ は クラチ から はなれて きちんと すわりなおして タモト で カオ を おおうて しまった) ドロボウ を しろ と おっしゃる ほう が まだ まし です…… アナタ オヒトリ で くよくよ なさって…… オカネ の デドコロ を…… クラシムキ が はりすぎる なら はりすぎる と…… なぜ ソウダン に のらせて は くださらない の…… やはり アナタ は ワタシ を シンミ には おもって いらっしゃらない のね……」
 クラチ は イチド は メ を はって おどろいた よう だった が、 やがて こともなげ に わらいだした。
「そんな こと を おもっとった の か。 バカ だなあ オマエ は。 ゴコウイ は カンシャ します…… まったく。 しかし なんぼ やせて も かれて も、 オレ は オンナ の コ の フタリ や 3 ニン やしなう に コト は かかん よ。 ツキ に 300 や 400 の カネ が てまわらん よう なら クビ を くくって しんで みせる。 オマエ を まで ソウダン に のせる よう な こと は いらん の だよ。 そんな カゲ に まわった シンパイゴト は せん こと に しょう や。 この ノンキボウ の オレ まで が いらん キ を もませられる で……」
「そりゃ ウソ です」
 ヨウコ は カオ を おおうた まま きっぱり と ヤツギバヤ に いいはなった。 クラチ は だまって しまった。 ヨウコ も そのまま しばらく は なんとも いいいでなかった。
 オモヤ の ほう で 12 を うつ ハシラドケイ の コエ が かすか に きこえて きた。 サムサ も しんしん と つのって いた には ソウイ なかった。 しかし ヨウコ は その いずれ をも ココロ の ト の ウチ まで は かんじなかった。 ハジメ は イッシュ の タクラミ から キョウゲン でも する よう な キ で かかった の だった けれども、 こう なる と ヨウコ は いつのまにか ジブン で ジブン の ジョウ に おぼれて しまって いた。 キムラ を ギセイ に して まで も クラチ に おぼれこんで ゆく ジブン が あわれまれ も した。 クラチ が ヒヨウ の デドコロ を ついぞ うちあけて ソウダン して くれない の が うらみがましく おもわれ も した。 しらずしらず の うち に どれほど ヨウコ は クラチ に くいこみ、 クラチ に くいこまれて いた か を しみじみ と いまさら に おもった。 どう なろう と どう あろう と クラチ から はなれる こと は もう できない。 クラチ から はなれる くらい なら ジブン は きっと しんで みせる。 クラチ の ムネ に ハ を たてて その シンゾウ を かみやぶって しまいたい よう な キョウボウ な シュウネン が ヨウコ を そこしれぬ カナシミ へ さそいこんだ。
 ココロ の フシギ な サヨウ と して クラチ も ヨウコ の ココロモチ は イレズミ を される よう に ジブン の ムネ に かんじて ゆく らしかった。 やや ホド たって から クラチ は ムカンジョウ の よう な にぶい コエ で いいだした。
「まったく は オレ が わるかった の かも しれない。 イチジ は まったく カネ には よわりこんだ。 しかし オレ は はや ヨノナカ の ソコシオ に もぐりこんだ ニンゲン だ と おもう と ドキョウ が すわって しまいおった。 ドク も サラ も くって くれよう、 そう おもって (クラチ は アタリ を はばかる よう に さらに コエ を おとした) やりだした シゴト が あの クミアイ の こと よ。 ミズサキ アンナイ の ヤツラ は くわしい カイズ を ジブン で つくって もっとる。 ヨウサイチ の ヨウス も クロウト イジョウ ださ。 それ を あつめ に かかって みた。 おもう よう には いかん が、 くう だけ の カネ は あまる ほど でる」
 ヨウコ は おもわず ぎょっと して イキ が つまった。 チカゴロ あやしげ な ガイコクジン が クラチ の ところ に デイリ する の も ココロアタリ に なった。 クラチ は ヨウコ が クラチ の コトバ を リカイ して おどろいた ヨウス を みる と、 ほとほと アクマ の よう な カオ を して にやり と わらった。 ステバチ な フテキサ と チカラ と が みなぎって みえた。
「アイソ が つきた か……」
 アイソ が つきた。 ヨウコ は ジブン ジシン に アイソ が つきよう と して いた。 ヨウコ は ジブン の のった フネ は いつでも アイキャク もろとも に テンプク して しずんで そこしれぬ デイド の ナカ に ふかぶか と もぐりこんで ゆく こと を しった。 バイコクド、 コクゾク、 ――あるいは そういう ナ が クラチ の ナ に くわえられる かも しれない…… と おもった だけ で ヨウコ は オゾケ を ふるって、 クラチ から とびのこう と する ショウドウ を かんじた。 ぎょっと した シュンカン に ただ シュンカン だけ かんじた。 ツギ に どうか して そんな おそろしい ハメ から クラチ を すくいださなければ ならない と いう シュショウ な ココロ にも なった。 しかし サイゴ に おちついた の は、 その フカミ に クラチ を ことさら つきおとして みたい アクマテキ な ユウワク だった。 それほど まで の ヨウコ に たいする クラチ の ココロヅクシ を、 オクビョウ な オドロキ と チュウチョ と で むかえる こと に よって、 クラチ に ジブン の ココロモチ の フテッテイ なの を みさげられ は しない か と いう キグ より も、 クラチ が ジブン の ため に どれほど の ダラク でも オジョク でも あまんじて おかす か、 それ を させて みて、 マンゾク して も マンゾク して も マンゾク しきらない ジブン の ココロ の フソク を みたしたかった。 そこ まで クラチ を つきおとす こと は、 それだけ フタリ の シュウチャク を つよめる こと だ とも おもった。 ヨウコ は ナニゴト を ギセイ に きょうして も シャクネツ した フタリ の アイダ の シュウチャク を つづける ばかり で なく さらに つよめる スベ を みいだそう と した。 クラチ の コクハク を きいて おどろいた ツギ の シュンカン には、 ヨウコ は イシキ こそ せぬ これ だけ の ココロモチ に はたらかれて いた。 「そんな こと で アイソ が つきて たまる もの か」 と ハナ で あしらう よう な ココロモチ に すばやく も ジブン を おちつけて しまった。 オドロキ の ヒョウジョウ は すぐ ヨウコ の カオ から きえて、 ヨウフ に のみ みる キョクタン に ニクテキ な コワク の ビショウ が それ に かわって うかみだした。
「ちょっと おどろかされ は しました わ。 ……いい わ、 ワタシ だって なんでも します わ」
 クラチ は ヨウコ が いわず かたらず の うち に カンゲキ して いる の を カントク して いた。
「よし それ で ハナシ は わかった。 キムラ…… キムラ から も しぼりあげろ、 かまう もの かい。 ニンゲンナミ に みられない オレタチ が ニンゲンナミ に ふるまって いて たまる かい。 ヨウ ちゃん…… イノチ」
「イノチ!…… イノチ!! イノチ!!!」
 ヨウコ は ジブン の はげしい コトバ に メ も くるめく よう な ヨイ を おぼえながら、 あらん カギリ の チカラ を こめて クラチ を ひきよせた。 ゼン の ウエ の もの が オト を たてて くつがえる の を きいた よう だった が、 その アト は イロ も オト も ない ホノオ の テンチ だった。 すさまじく やけただれた ニク の ヨクネン が ヨウコ の ココロ を まったく くらまして しまった。 テンゴク か ジゴク か それ は しらない。 しかも なにもかも ミジン に つきくだいて、 びりびり と シンドウ する えんえん たる ホノオ に もやしあげた この ウチョウテン の カンラク の ホカ に ヨ に ナニモノ が あろう。 ヨウコ は クラチ を ひきよせた。 クラチ に おいて イマ まで ジブン から はなれて いた ヨウコ ジシン を ひきよせた。 そして きる よう な イタミ と、 イタミ から のみ くる キカイ な カイカン と を ジブン ジシン に かんじて とうぜん と よいしれながら、 クラチ の ニノウデ に ハ を たてて、 おもいきり ダンリョクセイ に とんだ ねっした その ニク を かんだ。
 その ヨクジツ 11 ジ-スギ に ヨウコ は チ の ソコ から ほりおこされた よう に チキュウ の ウエ に メ を ひらいた。 クラチ は まだ しんだ もの ドウゼン に いぎたなく ねむって いた。 トイタ の スギ の アカミ が カツオブシ の シン の よう に ハントウメイ に マッカ に ひかって いる ので、 ヒ が たかい の も テンキ が うつくしく はれて いる の も さっせられた。 あまずっぱく たちこもった サケ と タバコ の ヨクン の ナカ に、 スキマ もる コウセン が、 トウメイ に かがやく アメイロ の イタ と なって ほしいまま に ウスグラサ の ナカ を くぎって いた。 イツモ ならば マッカ に ジュウケツ して、 セイリョク に みちみちて ねむりながら はたらいて いる よう に みえる クラチ も、 その アサ は メ の シュウイ に シショク を さえ さして いた。 ムキダシ に した ウデ には アオスジ が ビョウテキ と おもわれる ほど たかく とびでて はいずって いた。 およぎまわる モノ でも いる よう に アタマ の ナカ が ぐらぐら する ヨウコ には、 サツジンシャ が キョウコウ から めざめて いった とき の よう な ソコ の しれない キミワルサ が かんぜられた。 ヨウコ は ひそやか に その ヘヤ を ぬけだして コガイ に でた。
 ふる よう な マヒル の コウセン に あう と、 リョウガン は ノウシン の ほう に しゃにむに ひきつけられて たまらない イタサ を かんじた。 かわいた クウキ は イキ を とめる ほど ノド を ひからばした。 ヨウコ は おもわず よろけて イリグチ の シタミイタ に よりかかって、 ダボク を さける よう に リョウテ で カオ を かくして うつむいて しまった。
 やがて ヨウコ は ヒト を さけながら シバフ の サキ の ウミギワ に でて みた。 マンゲツ に ちかい コロ の こと とて シオ は とおく ひいて いた。 アシ の カレハ が ヒ を あびて たつ ソジョチ の よう な ヘイチ が メノマエ に ひろがって いた。 しかし シゼン は すこしも ムカシ の スガタ を かえて は いなかった。 シゼン も ヒト も キノウ の まま の イトナミ を して いた。 ヨウコ は フシギ な もの を みせつけられた よう に ぼうぜん と して シオヒガタ の ドロ を み、 ウロコグモ で かざられた アオゾラ を あおいだ。 ユウベ の こと が シンジツ なら この ケシキ は ユメ で あらねば ならぬ。 この ケシキ が シンジツ なら ユウベ の こと は ユメ で あらねば ならぬ。 フタツ が リョウリツ しよう はず は ない。 ……ヨウコ は ぼうぜん と して なお メ に はいって くる もの を ながめつづけた。
 マヒ しきった よう な ヨウコ の カンカク は だんだん カイフク して きた。 それ と ともに メマイ を かんずる ほど の ズツウ を まず おぼえた。 ついで コウヨウブ に ドンジュウ な イタミ が むくむく と アタマ を もたげる の を おぼえた。 カタ は イシ の よう に こって いた。 アシ は コオリ の よう に ひえて いた。
 ユウベ の こと は ユメ では なかった の だ…… そして イマ みる この ケシキ も ユメ では ありえない…… それ は あまり に ザンコク だ、 ザンコク だ。 なぜ ユウベ を サカイ に して、 ヨノナカ は カルタ を うらがえした よう に かわって いて は くれなかった の だ。
 この ケシキ の どこ に ジブン は ミ を おく こと が できよう。 ヨウコ は ツウセツ に ジブン が おちこんで いった シンエン の フカミ を しった。 そして そこ に しゃごんで しまって、 にがい ナミダ を なきはじめた。
 ザンゲ の モン の かたく とざされた くらい ミチ が ただ ヒトスジ、 ヨウコ の ココロ の メ には ユクテ に みやられる ばかり だった。

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