カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (ゼンペン 4)

2021-11-07 | アリシマ タケオ
 8

 ヒ の ヒカリ が とっぷり と かくれて しまって、 オウライ の ヒ ばかり が アシモト の タヨリ と なる コロ、 ヨウコ は ネツビョウ カンジャ の よう に にごりきった アタマ を もてあまして、 クルマ に ゆられる たび ごと に マユ を いたいたしく しかめながら、 クギダナ に かえって きた。
 ゲンカン には イロイロ の アシダ や クツ が ならべて あった が、 リュウコウ を つくろう、 すくなくとも リュウコウ に おくれまい と いう はなやか な ココロ を ほこる らしい ハキモノ と いって は ヒトツ も みあたらなかった。 ジブン の ゾウリ を シマツ しながら、 ヨウコ は すぐに 2 カイ の キャクマ の モヨウ を ソウゾウ して、 ジブン の ため に シンセキ や チジン が よって ワカレ を おしむ と いう その セキ に カオ を だす の が、 ジブン ジシン を バカ に しきった こと の よう に しか おもわれなかった。 こんな くらい なら サダコ の ところ に でも いる ほう が よほど まし だった。 こんな こと の ある はず だった の を どうして また わすれて いた もの だろう。 どこ に いる の も いや だ。 キベ の イエ を でて、 ニド とは かえるまい と ケッシン した とき の よう な ココロモチ で、 ひろいかけた ゾウリ を タタキ に もどそう と した その トタン に、
「ネエサン もう いや…… いや」
と いいながら、 ミ を ふるわして やにわに ムネ に だきついて きて、 チチ の アイダ の クボミ に カオ を うずめながら、 オトナ の する よう な ナキジャクリ を して、
「もう いっちゃ いや です と いう のに」
と からく コトバ を つづけた の は サダヨ だった。 ヨウコ は イシ の よう に たちすくんで しまった。 サダヨ は アサ から フキゲン に なって ダレ の いう こと も ミミ には いれず に、 ジブン の かえる の ばかり を まちこがれて いた に ちがいない の だ。 ヨウコ は キカイテキ に サダヨ に ひっぱられて ハシゴダン を のぼって いった。
 ハシゴダン を のぼりきって みる と キャクマ は しんと して いて、 イソガワ ジョシ の キトウ の コエ だけ が おごそか に きこえて いた。 ヨウコ と サダヨ とは コイビト の よう に だきあいながら、 アーメン と いう コエ の イチザ の ヒトビト から あげられる の を まって ヘヤ に はいった。 レツザ の ヒトビト は まだ シュショウ-らしく アタマ を うなだれて いる ナカ に、 ショウザ ちかく すえられた コトウ だけ は こうぜん と メ を みひらいて、 フスマ を あけた ヨウコ が しとやか に はいって くる の を みまもって いた。
 ヨウコ は コトウ に ちょっと メ で アイサツ を して おいて、 サダヨ を だいた まま マツザ に ヒザ を ついて、 イチドウ に チコク の ワビ を しよう と して いる と、 シュジンザ に すわりこんで いる オジ が、 ワガコ でも たしなめる よう に イギ を つくって、
「なんたら おそい こと じゃ。 キョウ は オマエ の ソウベツカイ じゃ ぞい。 ……ミナサン に いこう おまたせ する が すまん から、 イマ イソガワ さん に キトウ を おたのみ もうして、 ハシ を とって いただこう と おもった ところ で あった…… いったい どこ を……」
 メン と むかって は、 ヨウコ に クチコゴト ヒトツ いいきらぬ キリョウナシ の オジ が、 バショ も オリ も あろう に こんな バアイ に ミセビラカシ を しよう と する。 ヨウコ は そっち に ミムキ も せず、 オジ の コトバ を まったく ムシ した タイド で キュウ に はれやか な イロ を カオ に うかべながら、
「ようこそ ミナサマ…… おそく なりまして。 つい いかなければ ならない ところ が フタツ ミッツ ありました もん です から……」
と ダレ に とも なく いって おいて、 するする と たちあがって、 クギダナ の オウライ に むいた おおきな マド を ウシロ に した ジブン の セキ に ついて、 イモウト の アイコ と ジブン との アイダ に わりこんで くる サダヨ の アタマ を なでながら、 ジブン の ウエ に ばかり そそがれる マンザ の シセン を こうるさそう に はらいのけた。 そして カタホウ の テ で だいぶ みだれた ビン の ホツレ を かきあげて、 ヨウコ の シセン は ひともなげ に コトウ の ほう に はしった。
「しばらく でした のね…… とうとう アシタ に なりまして よ。 キムラ に もって いく もの は、 イッショ に おもち に なって?…… そう」
と かるい チョウシ で いった ので、 イソガワ ジョシ と オジ と が きりだそう と した コトバ は、 もののみごと に さえぎられて しまった。 ヨウコ は コトウ に それ だけ の こと を いう と、 コンド は とうの カタキ とも いう べき イソガワ ジョシ に ふりむいて、
「オバサマ、 キョウ トチュウ で それ は おかしな こと が ありました のよ。 こう なん です の」
と いいながら ダンジョ を あわせて 8 ニン ほど いならんだ シンルイ たち に ずっと メ を くばって、
「クルマ で かけとおった ん です から マエ も アト も よく は わからない ん です けれども、 オオドケイ の カド の ところ を ヒロコウジ に でよう と したら、 その カド に タイヘン な ヒトダカリ です の。 ナン だ と おもって みて みます と ね、 キンシュカイ の ダイドウ エンゼツ で、 おおきな ハタ が 2~3 ボン たって いて、 キュウゴシラエ の テーブル に つったって、 ムチュウ に なって エンゼツ して いる ヒト が ある ん です の。 それ だけ なら なにも べつに めずらしい と いう こと は ない ん です けれども、 その エンゼツ を して いる ヒト が…… ダレ だ と おおもい に なって…… ヤマワキ さん です の」
 イチドウ の カオ には おもわず しらず オドロキ の イロ が あらわれて、 ヨウコ の コトバ に ミミ を そばだてて いた。 さっき しかつめらしい カオ を した オジ は もう ハクチ の よう に クチ を あけた まま で ウスワライ を もらしながら ヨウコ を みつめて いた。
「それ が また ね、 イツモ の とおり に キントキ の よう に クビスジ まで マッカ です の。 『ショクン』 とか なんとか いって オオデ を ふりたてて しゃべって いる の を、 カンジン の キンシュ カイイン たち は アッケ に とられて、 だまった まま ひきさがって みて いる ん です から、 ケンブツニン が わいわい と おもしろがって たかって いる の も まったく もっとも です わ。 その うち に、 あ、 オジサン、 ハシ を おつけ に なる よう に ミナサマ に おっしゃって くださいまし」
 オジ が あわてて クチ の シマリ を して ブッチョウヅラ に たちかえって、 ナニ か いおう と する と、 ヨウコ は また それ には トンジャク なく イソガワ ジョシ の ほう に むいて、
「あの オカタ の コリ は すっかり おなおり に なりまして」
と いった ので、 イソガワ ジョシ の こたえよう と する コトバ と、 オジ の いいだそう と する コトバ は きまずく も ハチアワセ に なって、 フタリ は しょざいなげ に だまって しまった。 ザシキ は、 ソコ の ほう に キミ の わるい アンリュウ を ひそめながら ツクリワライ を しあって いる よう な フカイ な キブン に みたされた。 ヨウコ は 「さあ こい」 と ムネ の ウチ で ミガマエ を して いた。 イソガワ ジョシ の ソバ に すわって、 シンケイシツ-らしく マユ を きらめかす チュウロウ の カンリ は、 いる よう な いまいましげ な ガンコウ を ときどき ヨウコ に あびせかけて いた が、 いたたまれない ヨウス で ちょっと イズマイ を なおす と、 ぎくしゃく した チョウシ で クチ を きった。
「ヨウコ さん、 アナタ も いよいよ ミ の かたまる セトギワ まで こぎつけた ん だ が……」
 ヨウコ は スキ を みせたら きりかえす から と いわん ばかり な キンチョウ した、 ドウジ に モノ を モノ とも しない ふう で その オトコ の メ を むかえた。
「なにしろ ワタシドモ サツキ-ケ の シンルイ に とって は こんな めでたい こと は まず ない。 ない には ない が これから が アナタ に タノミドコロ だ。 どうぞ ひとつ ワタシドモ の カオ を たてて、 コンド こそ は リッパ な オクサン に なって おもらい したい が いかが です。 キムラ クン は ワタシ も よく しっとる が、 シンコウ も かたい し、 シゴト も めずらしく はきはき できる し、 わかい に にあわぬ モノ の わかった ジン だ。 こんな こと まで ヒカク に もちだす の は どう か しらない が、 キベ シ の よう な ジッコウリョク の ともなわない ムソウカ は、 ワタシ など は ハジメ から フサンセイ だった。 コンド の は じたい ダン が ちがう。 ヨウコ さん が キベ シ の ところ から にげかえって きた とき には、 ワタシ も けしからん と いった じつは ヒトリ だ が、 イマ に なって みる と ヨウコ さん は さすが に メ が たかかった。 でて きて おいて まことに よかった。 いまに みなさい キムラ と いう ジン なりゃ、 リッパ に セイコウ して、 ダイイチリュウ の ジツギョウカ に なりあがる に きまって いる。 これから は なんと いって も シンヨウ と カネ だ。 カンカイ に でない の なら、 どうしても ジツギョウカイ に いかなければ ウソ だ。 テキシン ホウコク は カンリ たる モノ の イチ トッケン だ が、 キムラ さん の よう な マジメ な シンジャ に しこたま カネ を つくって もらわん じゃ、 カミ の ミチ を ニホン に つたえひろげる に して から が ヨウイ な こと じゃ ありません よ。 アナタ も ちいさい とき から ベイコク に わたって シンブン キシャ の シュギョウ を する と クチグセ の よう に ミョウ な こと を いった もん だ が (ここ で イチザ の ヒト は なんの イミ も なく たかく わらった。 おそらくは あまり しかつめらしい クウキ を うちやぶって、 なんとか そこ に ユトリ を つける つもり が、 ミンナ に おこった の だろう けれども、 ヨウコ に とって は それ が そう は ひびかなかった。 その ココロモチ は わかって も、 そんな こと で ヨウコ の ココロ を はぐらかそう と する カレラ の アサハカサ が ぐっと シャク に さわった) シンブン キシャ は ともかくも…… じゃ ない、 そんな もの に なられて は こまりきる が (ここ で イチザ は また ワケ も なく ばからしく わらった) ベイコク-ユキ の ネガイ は たしか に かなった の だ。 ヨウコ さん も ゴマンゾク に ちがいなかろう。 アト の こと は ワタシドモ が たしか に ひきうけた から シンパイ は ムヨウ に して、 ミ を しめて イモウト さん がた の シメシ にも なる ほど の フンパツ を たのみます…… ええと、 ザイサン の ほう の ショブン は ワタシ と タナカ さん と で マチガイ なく かためる し、 アイコ さん と サダヨ さん の オセワ は、 イソガワ さん、 アナタ に おねがい しよう じゃ ありません か、 ゴメイワク です が。 いかが でしょう ミナサン (そう いって カレ は イチザ を みわたした。 あらかじめ モウシアワセ が できて いた らしく イチドウ は まちもうけた よう に うなずいて みせた)。 どう じゃろう ヨウコ さん」
 ヨウコ は コジキ の タンガン を きく ジョオウ の よう な ココロモチ で、 ○○ キョクチョウ と いわれる この オトコ の いう こと を きいて いた が、 ザイサン の こと など は どうでも いい と して、 イモウト たち の こと が ワダイ に のぼる と ともに、 イソガワ ジョシ を ムコウ に まわして キツモン の よう な タイワ を はじめた。 なんと いって も イソガワ ジョシ は その バン そこ に あつまった ヒトビト の ウチ では いちばん ネンパイ でも あった し、 いちばん はばかられて いる の を ヨウコ は しって いた。 イソガワ ジョシ が シカク を おもいださせる よう な ガンジョウ な ホネグミ で、 がっしり と ショウザ に いなおって、 ヨウコ を コドモ アシライ に しよう と する の を みてとる と、 ヨウコ の ココロ は はやりねっした。
「いいえ、 ワガママ だ と ばかり おおもい に なって は こまります。 ワタシ は ゴショウチ の よう な ウマレ で ございます し、 これまで も たびたび ゴシンパイ を かけて きて おります から、 ヒトサマ ドウヨウ に みて いただこう とは コレッパカリ も おもって は おりません」
と いって ヨウコ は ユビ の アイダ に なぶって いた ヨウジ を ロウジョシ の マエ に ふいと なげた。
「しかし アイコ も サダヨ も イモウト で ございます。 ゲンザイ ワタシ の イモウト で ございます。 くちはばったい と おぼしめす かも しれません が、 この フタリ だけ は ワタシ たとい ベイコク に おりまして も リッパ に テシオ に かけて ゴラン に いれます から、 どうか おかまい なさらず に くださいまし。 それ は アカサカ ガクイン も リッパ な ガッコウ には チガイ ございますまい。 ゲンザイ ワタシ も オバサマ の オセワ で あすこ で そだてて いただいた の です から、 わるく は もうしたく は ございません が、 ワタシ の よう な ニンゲン が ミナサマ の オキ に いらない と すれば…… それ は ウマレツキ も ございましょう とも、 ございましょう けれども、 ワタシ を そだてあげた の は あの ガッコウ で ございます から ねえ。 なにしろ ゲンザイ いて みた うえ で、 ワタシ この フタリ を あすこ に いれる キ には なれません。 オンナ と いう もの を あの ガッコウ では いったい なんと みて いる の で ござんす かしらん……」
 こう いって いる うち に ヨウコ の ココロ には ヒ の よう な カイソウ の フンヌ が もえあがった。 ヨウコ は その ガッコウ の キシュクシャ で イッコ の チュウセイ ドウブツ と して とりあつかわれた の を わすれる こと が できない。 やさしく、 あいらしく、 しおらしく、 うまれた まま の うつくしい コウイ と ヨクネン との めいずる まま に、 おぼろげ ながら カミ と いう もの を こいしかけた 12~13 サイ-ゴロ の ヨウコ に、 ガッコウ は キトウ と、 セツヨク と、 サツジョウ と を キョウセイテキ に たたきこもう と した。 14 の ナツ が アキ に うつろう と した コロ、 ヨウコ は ふと おもいたって、 うつくしい 4 スン ハバ ほど の カクオビ の よう な もの を キヌイト で あみはじめた。 アイ の ジ に シロ で ジュウジカ と ジツゲツ と を あしらった モヨウ だった。 モノゴト に ふけりやすい ヨウコ は ミ も タマシイ も うちこんで その シゴト に ムチュウ に なった。 それ を つくりあげた うえ で どうして カミサマ の ミテ に とどけよう、 と いう よう な こと は もとより かんがえ も せず に、 はやく つくりあげて およろこばせ もうそう と のみ あせって、 シマイ には ヨノメ も ろくろく あわさなく なった。 2 シュウカン に あまる クシン の スエ に それ は あらかた できあがった。 アイ の ジ に カンタン に シロ で モヨウ を ぬく だけ なら さしたる こと でも ない が、 ヨウコ は ヒト の まだ しなかった ココロミ を くわえよう と して、 モヨウ の シュウイ に アイ と シロ と を クミアワセ に した ちいさな ササベリ の よう な もの を うきあげて あみこんだり、 ひどく ノビチヂミ が して モヨウ が イビツ に ならない よう に、 めだたない よう に カタンイト を あみこんで みたり した。 デキアガリ が ちかづく と ヨウコ は カタトキ も アミバリ を やすめて は いられなかった。 ある とき セイショ の コウギ の コウザ で そっと ツクエ の シタ で シゴト を つづけて いる と、 ウン わるく も キョウシ に みつけられた。 キョウシ は しきり に その ヨウト を といただした が、 はじやすい オトメゴコロ に どうして この ユメ より も はかない モクロミ を ハクジョウ する こと が できよう。 キョウシ は その オビ の イロアイ から おして、 それ は オトコムキ の シナモノ に ちがいない と きめて しまった。 そして ヨウコ の ココロ は ソウジュク の コイ を おう もの だ と ダンテイ した。 そして コイ と いう もの を セイライ しらぬげ な 45~46 の みにくい ヨウボウ の シャカン は、 ヨウコ を カンキン ドウヨウ に して おいて、 ヒマ さえ あれば その オビ の モチヌシ たる べき ヒト の ナ を せまりとうた。
 ヨウコ は ふと ココロ の メ を ひらいた。 そして その ココロ は それ イライ ミネ から ミネ を とんだ。 15 の ハル には ヨウコ は もう トオ も トシウエ な リッパ な コイビト を もって いた。 ヨウコ は その セイネン を おもうさま ホンロウ した。 セイネン は まもなく ジサツ ドウヨウ な シニカタ を した。 イチド ナマチ の アジ を しめた トラ の コ の よう な カツヨク が ヨウコ の ココロ を うちのめす よう に なった の は それから の こと で ある。
「コトウ さん アイ と サダ とは アナタ に ねがいます わ。 ダレ が どんな こと を いおう と、 アカサカ ガクイン には いれない で くださいまし。 ワタシ キノウ タジマ さん の ジュク に いって、 タジマ さん に おあい もうして よっく おたのみ して きました から、 すこし かたづいたら はばかりさま です が アナタ ゴジシン で フタリ を つれて いらしって ください。 アイ さん も サダ ちゃん も わかりましたろう。 タジマ さん の ジュク に はいる と ね、 ネエサン と イッショ に いた とき の よう な わけ には いきません よ……」
「ネエサン てば…… ジブン で ばかり モノ を おっしゃって」
と いきなり うらめしそう に、 サダヨ は アネ の ヒザ を ゆすりながら その コトバ を さえぎった。
「サッキ から ナンド かいた か わからない のに ヘイキ で ホント に ひどい わ」
 イチザ の ヒトビト から ミョウ な コ だ と いう ふう に ながめられて いる の にも トンジャク なく、 サダヨ は アネ の ほう に むいて ヒザ の ウエ に しなだれかかりながら、 アネ の ヒダリテ を ながい ソデ の シタ に いれて、 その テノヒラ に ショクシ で カナ を 1 ジ ずつ かいて テノヒラ で ふきけす よう に した。 ヨウコ は だまって、 かいて は けし かいて は けし する ジ を たどって みる と、
「ネーサマ は いい コ だ から 『アメリカ』 に いって は いけません よよよよ」
と よまれた。 ヨウコ の ムネ は われしらず あつく なった が、 しいて ワライ に まぎらしながら、
「まあ キキワケ の ない コ だ こと、 シカタ が ない。 イマ に なって そんな こと を いったって シカタ が ない じゃ ない の」
と たしなめさとす よう に いう と、
「シカタ が ある わ」
と サダヨ は おおきな メ で アネ を みあげながら、
「オヨメ に いかなければ よろしい じゃ ない の」
と いって、 くるり と クビ を まわして イチドウ を みわたした。 サダヨ の かわいい メ は 「そう でしょう」 と うったえて いる よう に みえた。 それ を みる と イチドウ は ただ なんと いう こと も なく オモイヤリ の ない ワライカタ を した。 オジ は ことに おおきな トンキョ な コエ で たかだか と わらった。 サッキ から だまった まま で うつむいて さびしく すわって いた アイコ は、 しずんだ うらめしそう な メ で じっと オジ を にらめた と おもう と、 たちまち わく よう に ナミダ を ほろほろ と ながして、 それ を リョウソデ で ぬぐい も やらず たちあがって その ヘヤ を かけだした。 ハシゴダン の ところ で ちょうど シタ から あがって きた オバ と ゆきあった ケハイ が して、 フタリ が ナニ か いいあらそう らしい コエ が きこえて きた。
 イチザ は また しらけわたった。
「オジサン にも もうしあげて おきます」
と チンモク を やぶった ヨウコ の コエ が ミョウ に サッキ を おびて ひびいた。
「これまで なにかと オセワサマ に なって ありがとう ございました けれども、 この イエ も たたんで しまう こと に なれば、 イモウト たち も イマ もうした とおり ジュク に いれて しまいます し、 コノゴ は これ と いって たいして ゴヤッカイ は かけない つもり で ございます。 アカ の タニン の コトウ さん に こんな こと を ねがって は ホント に すみません けれども、 キムラ の シンユウ で いらっしゃる の です から、 ちかい タニン です わね。 コトウ さん、 アナタ ビンボウクジ を しょいこんだ と おぼしめして、 どうか フタリ を みて やって くださいまし な。 いい でしょう。 こう シンルイ の マエ で はっきり もうして おきます から、 ちっとも ゴエンリョ なさらず に、 いい と おおもい に なった よう に なさって くださいまし。 あちら へ ついたら ワタシ また きっと どうとも いたします から。 きっと そんな に ながい アイダ ゴメイワク は かけません から。 いかが、 ひきうけて くださいまして?」
 コトウ は すこし チュウチョ する ふう で イソガワ ジョシ を みやりながら、
「アナタ は サッキ から アカサカ ガクイン の ほう が いい と おっしゃる よう に うかがって います が、 ヨウコ さん の いわれる とおり に して さしつかえない の です か。 ネン の ため に うかがって おきたい の です が」
と たずねた。 ヨウコ は また あんな ヨケイ な こと を いう と おもいながら いらいら した。 イソガワ ジョシ は ヒゴロ の エンカツ な ヒトズレ の した チョウシ に にず、 ナニ か に ひどく ゲッコウ した ヨウス で、
「ワタシ は なくなった オヤサ さん の オカンガエ は こう も あろう か と おもった ところ を もうした まで です から、 それ を ヨウコ さん が わるい と おっしゃる なら、 そのうえ とやかく いいと も ない の です が、 オヤサ さん は かたい ムカシフウ な シンコウ を もった カタ です から、 タジマ さん の ジュク は マエ から きらい で ね…… よろしゅう ございましょう、 そう なされば。 ワタシ は とにかく アカサカ ガクイン が イチバン だ と どこまでも おもっとる だけ です」
と いいながら、 みさげる よう に ヨウコ の ムネ の アタリ を まじまじ と ながめた。 ヨウコ は サダヨ を だいた まま しゃんと ムネ を そらして メノマエ の カベ の ほう に カオ を むけて いた、 たとえば ばらばら と なげられる ツブテ を さけよう とも せず に つったつ ヒト の よう に。
 コトウ は ナニ か ジブン ヒトリ で ガテン した と おもう と、 かたく ウデグミ を して これ も ジブン の マエ の メハチブ の ところ を じっと みつめた。
 イチザ の キブン は ほとほと ウゴキ が とれなく なった。 その アイダ で いちばん はやく キゲン を なおして ソウゴウ を かえた の は イソガワ ジョシ だった。 コドモ を アイテ に して ハラ を たてた、 それ を トシガイ ない と でも おもった よう に、 キ を かえて きさく に タチジタク を しながら、
「ミナサン いかが、 もう オイトマ に いたしましたら…… おわかれ する マエ に もう イチド オイノリ を して」
「オイノリ を ワタシ の よう な モノ の ため に なさって くださる の は ゴムヨウ に ねがいます」
 ヨウコ は やわらぎかけた ヒトビト の キブン には さらに トンジャク なく、 カベ に むけて いた メ を サダヨ に おとして、 いつのまにか ねいった その ヒト の つやつやしい カオ を なでさすりながら きっぱり と いいはなった。
 ヒトビト は おもいおもい な ワカレ を つげて かえって いった。 ヨウコ は サダヨ が いつのまにか ヒザ の ウエ で ねて しまった の を コウジツ に して ヒトビト を ミオクリ には たたなかった。
 サイゴ の キャク が かえって いった アト でも、 オジ オバ は 2 カイ を カタヅケ には あがって こなかった。 アイサツ ヒトツ しよう とも しなかった。 ヨウコ は マド の ほう に アタマ を むけて、 レンガ の トオリ の ウエ に ぼうっと たつ ヒ の テリカエシ を みやりながら、 ヨカゼ に ほてった カオ を ひやさせて、 サダヨ を だいた まま だまって すわりつづけて いた。 まどお に ニホンバシ を わたる テツドウ バシャ の オト が きこえる ばかり で、 クギダナ の ヒトドオリ は さびしい ほど まばら に なって いた。
 スガタ は みせず に、 どこ か の スミ で アイコ が まだ なきつづけて ハナ を かんだり する オト が きこえて いた。
「アイ さん…… サア ちゃん が ねました から ね、 ちょっと オトコ を しいて やって ちょうだい な」
 われながら おどろく ほど やさしく アイコ に クチ を きく ジブン を ヨウコ は みいだした。 ショウ が あわない と いう の か、 キ が あわない と いう の か、 ふつう アイコ の カオ さえ みれば ヨウコ の キブン は くずされて しまう の だった。 アイコ が ナニゴト に つけて も ネコ の よう に ジュウジュン で すこしも ジョウ と いう もの を みせない の が ことさら にくかった。 しかし その ヨ だけ は フシギ にも やさしい クチ を きいた。 ヨウコ は それ を イガイ に おもった。 アイコ が イツモ の よう に すなお に たちあがって、 ハナ を すすりながら だまって トコ を とって いる アイダ に、 ヨウコ は おりおり オウライ の ほう から ふりかえって、 アイコ の しとやか な アシオト や、 ワタ を うすく いれた ナツブトン の タタミ に ふれる ささやか な オト を みいり でも する よう に その ほう に メ を さだめた。 そう か と おもう と また いまさら の よう に、 くいあらされた タベモノ や、 しいた まま に なって いる ザブトン の きたならしく ちらかった キャクマ を まじまじ と みわたした。 チチ の ショダナ の あった ブブン の カベ だけ が シカク に こい イロ を して いた。 その すぐ ソバ に セイヨウレキ が ムカシ の まま に かけて あった。 7 ガツ 16 ニチ から サキ は はがされず に のこって いた。
「ネエサマ しけました」
 しばらく して から、 アイコ が こう かすか に トナリ で いった。 ヨウコ は、
「そう ごくろうさま よ」
と また しとやか に こたえながら、 サダヨ を だきかかえて たちあがろう と する と、 また アタマ が ぐらぐらっ と して、 おびただしい ハナヂ が サダヨ の ムネ の アワセメ に ながれおちた。

 9

 ソコビカリ の する キラライロ の アマグモ が ヌイメ なし に どんより と おもく ソラ いっぱい に はだかって、 ホンモク の オキアイ まで トウキョウ ワン の ウミ は ものすごい よう な クサイロ に、 ちいさく ナミ の たちさわぐ 9 ガツ 25 ニチ の ゴゴ で あった。 キノウ の カゼ が ないで から、 キオン は キュウ に ナツ-らしい ムシアツサ に かえって、 ヨコハマ の シガイ は、 エキビョウ に かかって よわりきった ロウドウシャ が、 そぼふる アメ の ナカ に ぐったり と あえいで いる よう に みえた。
 クツ の サキ で カンパン を こつこつ と たたいて、 うつむいて それ を ながめながら、 オビ の アイダ に テ を さしこんで、 キムラ への デンゴン を コトウ は ヒトリゴト の よう に ヨウコ に いった。 ヨウコ は それ に ミミ を かたむける よう な ヨウス は して いた けれども、 ホントウ は さして チュウイ も せず に、 ちょうど ジブン の メノマエ に、 タクサン の ミオクリニン に かこまれて、 オウセツ に イトマ も なげ な タガワ ホウガク ハカセ の メジリ の さがった カオ と、 その フジン の ヤセギス な カタ との えがく ビサイ な カンジョウ の ヒョウゲン を、 ヒヒョウカ の よう な ココロ で するどく ながめやって いた。 かなり ひろい プロメネード デッキ は タガワ-ケ の カゾク と ミオクリニン と で エンニチ の よう に にぎわって いた。 ヨウコ の ミオクリ に きた はず の イソガワ ジョシ は サッキ から タガワ フジン の ソバ に つききって、 セワズキ な、 ヒト の よい オバサン と いう よう な タイド で、 ミオクリニン の ハンブン-ガタ を ジブン で ひきうけて アイサツ して いた。 ヨウコ の ほう へは みむこう と する モヨウ も なかった。 ヨウコ の オバ は ヨウコ から 2~3 ゲン はなれた ところ に、 クモ の よう な ハクチ の コ を コオンナ に せおわして、 ジブン は ヨウコ から あずかった テカバン と フクサヅツミ と を とりおとさん ばかり に ぶらさげた まま、 はなばなしい タガワ-ケ の カゾク や ミオクリニン の ムレ を みて アッケ に とられて いた。 ヨウコ の ウバ は、 どんな おおきな フネ でも フネ は フネ だ と いう よう に ひどく オクビョウ そう な あおい カオツキ を して、 サルン の イリグチ の ト の カゲ に たたずみながら、 シカク に たたんだ テヌグイ を マッカ に なった メ の ところ に たえず おしあてて は、 ぬすみみる よう に ヨウコ を みやって いた。 ソノタ の ヒトビト は ジミ な イチダン に なって、 タガワ-ケ の イコウ に あっせられた よう に スミ の ほう に かたまって いた。
 ヨウコ は かねて イソガワ ジョシ から、 タガワ フウフ が ドウセン する から フネ の ナカ で ショウカイ して やる と いいきかせられて いた。 タガワ と いえば、 ホウソウカイ では かなり ナ の きこえた ワリアイ に、 どこ と いって とりとめた トクショク も ない セイカク では ある が、 その ヒト の ナ は むしろ フジン の ウワサ の ため に セジン の キオク に あざやか で あった。 カンジュリョク の エイビン な そして なんらか の イミ で ジブン の テキ に まわさなければ ならない ヒト に たいして ことに チュウイ-ぶかい ヨウコ の アタマ には、 その フジン の オモカゲ は ながい こと シュクダイ と して かんがえられて いた。 ヨウコ の アタマ に えがかれた フジン は ガ の つよい、 ジョウ の ほしいまま な、 ヤシン の ふかい ワリアイ に タクト の ロコツ な、 オット を かるく みて ややともすると カサ に かかりながら、 それでいて オット から ドクリツ する こと の とうてい できない、 いわば シン の よわい ツヨガリヤ では ない かしらん と いう の だった。 ヨウコ は イマ ウシロムキ に なった タガワ フジン の カタ の ヨウス を ヒトメ みた ばかり で、 ジショ でも くりあてた よう に、 ジブン の ソウゾウ の ウラガキ された の を ムネ の ウチ で ほほえまず には いられなかった。
「なんだか ハナシ が コンザツ した よう だ けれども、 それ だけ いって おいて ください」
 ふと ヨウコ は レヴェリー から やぶれて、 コトウ の いう これ だけ の コトバ を とらえた。 そして イマ まで コトウ の クチ から でた デンゴン の モンク は たいてい ききもらして いた くせ に、 そらぞらしげ にも なく しんみり と した ヨウス で、
「たしか に…… けれども アナタ アト から テガミ で でも くわしく かいて やって くださいまし ね。 マチガイ でも して いる と タイヘン です から」
と コトウ を のぞきこむ よう に して いった。 コトウ は おもわず ワライ を もらしながら、 「まちがう と タイヘン です から」 と いう コトバ を、 ときおり ヨウコ の クチ から きく チャーム に みちた こどもらしい コトバ の ヒトツ と でも おもって いる らしかった。 そして、
「なに、 まちがったって ダイジ は ない けれども…… だが テガミ は かいて、 アナタ の バース の マクラ の シタ に おいときました から、 ヘヤ に いったら どこ に でも しまって おいて ください。 それから、 それ と イッショ に もう ヒトツ……」
と いいかけた が、
「なにしろ わすれず に マクラ の シタ を みて ください」
 この とき とつぜん 「タガワ ホウガク ハカセ バンザイ」 と いう おおきな コエ が、 サンバシ から デッキ まで どよみわたって きこえて きた。 ヨウコ と コトウ とは ハナシ の コシ を おられて たがいに フカイ な カオ を しながら、 テスリ から シタ の ほう を のぞいて みる と、 すぐ メノシタ に、 その コロ ヒト の すこし あつまる ところ には どこ に でも カオ を だす トドロキ と いう ケンブ の シショウ だ か ゲッケン の シショウ だ か する ガンジョウ な オトコ が、 おおきな イツツモン の クロバオリ に しろっぽい カツオジマ の ハカマ を はいて、 サンバシ の イタ を ホオノキ ゲタ で ふみならしながら、 ここ を センド と わめいて いた。 その コエ に おうじて、 デッキ まで は のぼって こない ソウシ-テイ の セイカク や ボウ-シリツ セイジ ガッコウ の セイト が イッセイ に バンザイ を くりかえした。 デッキ の ウエ の ガイコク センキャク は モノメズラシサ に いちはやく、 ヨウコ が よりかかって いる テスリ の ほう に おしよせて きた ので、 ヨウコ は コトウ を うながして、 いそいで テスリ の おれまがった カド に ミ を ひいた。 タガワ フウフ も ほほえみながら、 サルン から アイサツ の ため に ちかづいて きた。 ヨウコ は それ を みる と、 コトウ の ソバ に よりそった まま、 ヒダリテ を やさしく あげて、 ビン の ホツレ を かきあげながら、 アタマ を こころもち ヒダリ に かしげて じっと タガワ の メ を みやった。 タガワ は サンバシ の ほう に キ を とられて イソギアシ で テスリ の ほう に あるいて いた が、 とつぜん みえぬ チカラ に ぐっと ひきつけられた よう に、 ヨウコ の ほう に ふりむいた。
 タガワ フジン も おもわず オット の むく ほう に アタマ を むけた。 タガワ の イゲン に とぼしい メ にも するどい ヒカリ が きらめいて は きえ、 さらに きらめいて きえた の を みすまして、 ヨウコ は はじめて タガワ フジン の メ を むかえた。 ヒタイ の せまい、 アゴ の かたい フジン の カオ は、 ケイベツ と サイギ の イロ を みなぎらして ヨウコ に むかった。 ヨウコ は、 ナマエ だけ を かねて から ききしって したって いた ヒト を、 イマ メノマエ に みた よう に、 ウヤウヤシサ と シタシミ との まじりあった ヒョウジョウ で これ に おうじた。 そして すぐ その ソバ から、 フジン の マエ にも トンジャク なく、 ユウワク の ヒトミ を こらして その オット の ヨコガオ を じっと みやる の だった。
「タガワ ホウガク ハカセ フジン バンザイ」 「バンザイ」 「バンザイ」
 タガワ その ヒト に たいして より も さらに こわだか な ダイカンコ が、 サンバシ に いて カサ を ふり ボウシ を うごかす ヒトビト の ムレ から おこった。 タガワ フジン は せわしく ヨウコ から メ を うつして、 グンシュウ に トットキ の エガオ を みせながら、 レース で ササベリ を とった ハンケチ を ふらねば ならなかった。 タガワ の すぐ ソバ に たって、 ムネ に ナニ か あかい ハナ を さして カタ の いい フロック コート を きて、 ほほえんで いた フウリュウ な ワカシンシ は、 サンバシ の カンコ を ひきとって、 タガワ フジン の メンゼン で ボウシ を たかく あげて バンザイ を さけんだ。 デッキ の ウエ は また ひとしきり どよめきわたった。
 やがて カンパン の ウエ は、 こんな サワギ の ホカ に なんとなく せわしく なって きた。 ジムイン や スイフ たち が、 ものせわしそう に ヒトナカ を ぬうて あちこち する アイダ に、 テ を とりあわん ばかり に ちかよって ワカレ を おしむ ヒトビト の ムレ が ここ にも かしこ にも みえはじめた。 サルーン デッキ から みる と、 サントウキャク の ミオクリニン が ボーイ チョウ に せきたてられて、 ぞくぞく ゲンモン から おりはじめた。 それ と イレカワリ に、 ボウシ、 ウワギ、 ズボン、 エリカザリ、 クツ など の チョウワ の すこし も とれて いない くせ に、 むやみ に きどった ヨウソウ を した ヒバン の カキュウ センイン たち が、 ぬれた カサ を ひからしながら かけこんで きた。 その サワギ の アイダ に、 イッシュ なまぐさい よう な あたたかい ジョウキ が カンパン の ヒト を とりまいて、 フォクスル の ほう で、 イマ まで やかましく ニモツ を まきあげて いた クレーン の オト が とつぜん やむ と、 かーん と する ほど ヒトビト の ミミ は かえって とおく なった。 へだたった ところ から たがいに よびかわす スイフ ら の たかい コエ は、 この フネ に どんな ダイキケン でも おこった か と おもわせる よう な フアン を まきちらした。 したしい アイダ の ヒトタチ は ワカレ の セツナサ に ココロ が わくわく して ろくに クチ も きかず、 ギリ イッペン の ミオクリニン は、 ややともすると マワリ に キ が とられて みおくる べき ヒト を みうしなう、 そんな あわただしい バツビョウ の マギワ に なった。 ヨウコ の マエ にも キュウ に イロイロ な ヒト が よりあつまって きて、 おもいおもい に ワカレ の コトバ を のこして フネ を おりはじめた。 ヨウコ は こんな コンザツ な アイダ にも タガワ の ヒトミ が ときどき ジブン に むけられる の を イシキ して、 その ヒトミ を おどろかす よう な なまめいた ポーズ や、 たよりなげ な ヒョウジョウ を みせる の を わすれない で、 コトバスクナ に それら の ヒト に アイサツ した。 オジ と オバ とは ハカ の アナ まで ブジ に カン を はこんだ ニンプ の よう に、 トオリイッペン の こと を いう と、 アズカリモノ を ヨウコ に わたして、 テ の チリ を はたかん ばかり に すげなく、 マッサキ に ゲンテイ を おりて いった。 ヨウコ は ちらっと オバ の ウシロスガタ を みおくって おどろいた。 イマ の イマ まで どこ とて にかよう ところ の みえなかった オバ も、 その アネ なる ヨウコ の ハハ の キモノ を オビ まで かりて きこんで いる の を みる と、 はっと おもう ほど アネ に そっくり だった。 ヨウコ は なんと いう こと なし に いや な ココロモチ が した。 そして こんな キンチョウ した バアイ に こんな ちょっと した こと に まで こだわる ジブン を ミョウ に おもった。 そう おもう マ も あらせず、 コンド は シンルイ の ヒトタチ が 5~6 ニン ずつ、 クチグチ に こやかましく ナニ か いって、 あわれむ よう な ねたむ よう な メツキ を なげあたえながら、 ゲンエイ の よう に ヨウコ の メ と キオク と から きえて いった。 マルマゲ に ゆったり キョウシ-らしい ジミ な ソクハツ に あげたり して いる 4 ニン の ガッコウ トモダチ も、 イマ は ヨウコ とは かけへだたった キョウガイ の コトバヅカイ を して、 ムカシ ヨウコ に ちかった コトバ など は わすれて しまった ウラギリモノ の そらぞらしい ナミダ を みせたり して、 アメ に ぬらすまい と タモト を ダイジ に かばいながら、 カサ に かくれて これ も ゲンテイ を きえて いって しまった。 サイゴ に モノオジ する ヨウス の ウバ が ヨウコ の マエ に きて コシ を かがめた。 ヨウコ は とうとう ゆきつまる ところ まで きた よう な オモイ を しながら、 ふりかえって コトウ を みる と、 コトウ は いぜん と して テスリ に ミ を よせた まま、 キヌケ でも した よう に、 メ を すえて ジブン の 2~3 ゲン サキ を ぼんやり ながめて いた。
「ギイチ さん、 フネ の でる の も マ が なさそう です から どうか これ…… ワタシ の ウバ です の…… の テ を ひいて おろして やって くださいまし な。 すべり でも する と こおう ござんす から」
と ヨウコ に いわれて コトウ は はじめて ワレ に かえった。 そして ヒトリゴト の よう に、
「この フネ で ボク も アメリカ に いって みたい なあ」
と ノンキ な こと を いった。
「どうか サンバシ まで みて やって くださいまし ね。 アナタ も そのうち ぜひ いらっしゃいまし な…… ギイチ さん、 それでは これ で オワカレ。 ホントウ に、 ホントウ に」
と いいながら ヨウコ は なんとなく シタシミ を いちばん ふかく この セイネン に かんじて、 おおきな メ で コトウ を じっと みた。 コトウ も いまさら の よう に ヨウコ を じっと みた。
「オレイ の モウシヨウ も ありません。 コノウエ の オネガイ です、 どうぞ イモウト たち を みて やって くださいまし。 あんな ヒトタチ には どうしたって たのんで は おけません から。 ……さようなら」
「さようなら」
 コトウ は オウムガエシ に モギドウ に これ だけ いって、 ふいと テスリ を はなれて、 ムギワラ ボウシ を まぶか に かぶりながら、 ウバ に つきそった。
 ヨウコ は ハシゴ の アガリグチ まで いって フタリ に カサ を かざして やって、 1 ダン 1 ダン とおざかって ゆく フタリ の スガタ を みおくった。 トウキョウ で ワカレ を つげた アイコ や サダヨ の スガタ が、 アメ に ぬれた カサ の ヘン を ゲンエイ と なって みえたり かくれたり した よう に おもった。 ヨウコ は フシギ な ココロ の シュウチャク から サダコ には とうとう あわない で しまった。 アイコ と サダヨ とは ぜひ ミオクリ が したい と いう の を、 ヨウコ は しかりつける よう に いって とめて しまった。 ヨウコ が ジンリキシャ で イエ を でよう と する と、 なんの キ なし に アイコ が マエガミ から ぬいて ビン を かこう と した クシ が、 もろく も ぽきり と おれた。 それ を みる と アイコ は こらえ こらえて いた ナミダ の セキ を きって コエ を たてて なきだした。 サダヨ は ハジメ から ハラ でも たてた よう に、 もえる よう な メ から トメド なく ナミダ を ながして、 じっと ヨウコ を みつめて ばかり いた。 そんな いたいたしい ヨウス が その とき まざまざ と ヨウコ の メノマエ に ちらついた の だ。 ヒトリポッチ で とおい タビ に かしまだって ゆく ジブン と いう もの が あじきなく も おもいやられた。 そんな ココロモチ に なる と せわしい アイダ にも ヨウコ は ふと タガワ の ほう を ふりむいて みた。 チュウガッコウ の セイフク を きた フタリ の ショウネン と、 カミ を オサゲ に して、 オビ を オハサミ に しめた ショウジョ と が、 タガワ と フジン との アイダ に からまって ちょうど コクベツ を して いる ところ だった。 ツキソイ の モリ の オンナ が ショウジョ を だきあげて、 タガワ フジン の クチビル を その ヒタイ に うけさして いた。 ヨウコ は そんな バメン を みせつけられる と、 ヒトゴト ながら ジブン が ヒニク で むちうたれる よう に おもった。 リュウ をも かして メスブタ に する の は ハハ と なる こと だ。 イマ の イマ まで やく よう に サダコ の こと を おもって いた ヨウコ は、 タガワ フジン に たいして すっかり ハンタイ の こと を かんがえた。 ヨウコ は その いまいましい コウケイ から メ を うつして ゲンテイ の ほう を みた。 しかし そこ には もう ウバ の スガタ も コトウ の カゲ も なかった。
 たちまち センシュ の ほう から けたたましい ドラ の オト が ひびきはじめた。 フネ の ジョウゲ は サイゴ の ドヨメキ に ゆらぐ よう に みえた。 ながい ツナ を ひきずって ゆく スイフ が ボウシ の おちそう に なる の を ミギ の テ で ささえながら、 アタリ の クウキ に はげしい ドウヨウ を おこす ほど の イキオイ で いそいで ヨウコ の ソバ を とおりぬけた。 ミオクリニン は イッセイ に ボウシ を ぬいで ゲンテイ の ほう に あつまって いった。 その サイ に なって イソガワ ジョシ は はたと ヨウコ の こと を おもいだした らしく、 タガワ フジン に ナニ か いって おいて ヨウコ の いる ところ に やって きた。
「いよいよ おわかれ に なった が、 いつぞや おはなし した タガワ の オクサン に おひきあわせ しよう から ちょっと」
 ヨウコ は イソガワ ジョシ の シンセツブリ の ギセイ に なる の を ショウチ しつつ、 イッシュ の コウキシン に ひかされて、 その アト に ついて ゆこう と した。 ヨウコ に はじめて モノ を いう タガワ の タイド も みて やりたかった。 その とき、
「ヨウコ さん」
と とつぜん いって、 ヨウコ の カタ に テ を かけた モノ が あった。 ふりかえる と ビール の ヨイ の ニオイ が むせかえる よう に ヨウコ の ハナ を うって、 メ の シン まで あかく なった しらない ワカモノ の カオ が、 ちかぢか と ハナサキ に あらわれて いた。 はっと ミ を ひく イトマ も なく、 ヨウコ の カタ は ビショヌレ に なった ヨイドレ の ウデ で がっしり と まかれて いた。
「ヨウコ さん、 おぼえて います か ワタシ を…… アナタ は ワタシ の イノチ なん だ。 イノチ なん です」
と いう うち にも、 その メ から は ほろほろ と にえる よう な ナミダ が ながれて、 まだ うらわかい なめらか な ホオ を つたった。 ヒザ から シタ が ふらつく の を ヨウコ に すがって あやうく ささえながら、
「ケッコン を なさる ん です か…… おめでとう…… おめでとう…… だが アナタ が ニホン に いなく なる と おもう と…… いたたまれない ほど こころぼそい ん だ…… ワタシ は……」
 もう コエ さえ つづかなかった。 そして ふかぶか と イキ を ひいて しゃくりあげながら、 ヨウコ の カタ に カオ を ふせて さめざめ と オトコナキ に なきだした。
 この フイ な デキゴト は さすが に ヨウコ を おどろかし も し、 キマリ も わるく させた。 ダレ だ とも、 いつ どこ で あった とも おもいだす ヨシ が ない。 キベ コキョウ と わかれて から、 なんと いう こと なし に ステバチ な ココチ に なって、 ダレカレ の サベツ も なく ちかよって くる オトコ たち に たいして カッテ キママ を ふるまった その アイダ に、 グウゼン に であって グウゼン に わかれた ヒト の ウチ の ヒトリ でも あろう か。 あさい ココロ で もてあそんで いった ココロ の ウチ に この オトコ の ココロ も あった の で あろう か。 とにかく ヨウコ には すこしも おもいあたる フシ が なかった。 ヨウコ は その オトコ から はなれたい イッシン に、 テ に もった テカバン と ツツミモノ と を カンパン の ウエ に ほうりなげて、 ワカモノ の テ を やさしく ふりほどこう と して みた が ムエキ だった。 シンルイ や ホウバイ たち の ことあれがし な メ が ひとしく ヨウコ に そそがれて いる の を ヨウコ は いたい ほど ミ に かんじて いた。 と ドウジ に、 オトコ の ナミダ が うすい ヒトエ の メ を とおして、 ヨウコ の ハダ に しみこんで くる の を かんじた。 みだれた つやつやしい カミ の ニオイ も つい ハナ の サキ で ヨウコ の ココロ を うごかそう と した。 ハジ も ガイブン も わすれはてて、 オオゾラ の シタ で すすりなく オトコ の スガタ を みて いる と、 そこ には かすか な ホコリ の よう な キモチ が わいて きた。 フシギ な ニクシミ と イトシサ が こんがらがって ヨウコ の ココロ の ウチ で うずまいた。 ヨウコ は、
「さ、 もう はなして くださいまし、 フネ が でます から」
と きびしく いって おいて、 かんで ふくめる よう に、
「ダレ でも いきてる アイダ は こころぼそく くらす ん です のよ」
と その ミミモト に ささやいて みた。 ワカモノ は よく わかった と いう ふう に ふかぶか と うなずいた。 しかし ヨウコ を だく テ は きびしく ふるえ こそ すれ、 ゆるみそう な ヨウス は すこしも みえなかった。
 ものものしい ドラ の ヒビキ は サゲン から ウゲン に まわって、 また センシュ の ほう に きこえて ゆこう と して いた。 センイン も ジョウキャク も もうしあわした よう に ヨウコ の ほう を みまもって いた。 サッキ から テモチ ブサタ そう に ただ たって ナリユキ を みて いた イソガワ ジョシ は おもいきって ちかよって きて、 ワカモノ を ヨウコ から ひきはなそう と した が、 ワカモノ は むずかる コドモ の よう に ジダンダ を ふんで ますます ヨウコ に よりそう ばかり だった。 センシュ の ほう に むらがって シゴト を しながら、 この ヨウス を みまもって いた スイフ たち は イッセイ に たかく ワライゴエ を たてた。 そして その ウチ の ヒトリ は わざと フネジュウ に きこえわたる よう な クサメ を した。 バツビョウ の ジコク は 1 ビョウ 1 ビョウ に せまって いた。 モノワライ の マト に なって いる、 そう おもう と ヨウコ の ココロ は イトシサ から はげしい イトワシサ に かわって いった。
「さ、 おはなし ください、 さ」
と きわめて レイコク に いって、 ヨウコ は タスケ を もとめる よう に アタリ を みまわした。
 タガワ ハカセ の ソバ に いて ナニ か ハナシ を して いた ヒトリ の タイヒョウ な センイン が いた が、 ヨウコ の トウワク しきった ヨウス を みる と、 いきなり オオマタ に ちかづいて きて、
「どれ、 ワタシ が シタ まで おつれ しましょう」
と いう や いなや、 ヨウコ の ヘンジ も またず に ワカモノ を コト も なく だきすくめた。 ワカモノ は この ランボウ に かっと なって いかりくるった が、 その センイン は ちいさな ニモツ でも あつかう よう に、 ワカモノ の ドウ の アタリ を ミギワキ に かいこんで、 やすやす と ゲンテイ を おりて いった。 イソガワ ジョシ は あたふた と ヨウコ に アイサツ も せず に その アト に つづいた。 しばらく する と ワカモノ は サンバシ の グンシュウ の アイダ に センイン の テ から おろされた。
 けたたましい キテキ が とつぜん なりはためいた。 タガワ フサイ の ミオクリニン たち は この コエ で カツ を いれられた よう に なって、 どよめきわたりながら、 タガワ フサイ の バンザイ を もう イチド くりかえした。 ワカモノ を サンバシ に つれて いった、 かの キョダイ な センイン は、 おおきな タイク を マシラ の よう に かるく もてあつかって、 オト も たてず に サンバシ から しずしず と はなれて ゆく フネ の ウエ に ただ ヒトスジ の ツナ を つたって あがって きた。 ヒトビト は また その ハヤワザ に おどろいて メ を みはった。
 ヨウコ の メ は ドキ を ふくんで テスリ から しばらく の アイダ かの ワカモノ を みすえて いた。 ワカモノ は キョウキ の よう に リョウテ を ひろげて フネ に かけよろう と する の を、 キンジョ に いあわせた 3~4 ニン の ヒト が あわてて ひきとめる、 それ を また すりぬけよう と して くみふせられて しまった。 ワカモノ は くみふせられた まま ヒダリ の ウデ を クチ に あてがって おもいきり かみしばりながら なきしずんだ。 その ウシ の ウメキゴエ の よう な ナキゴエ が けうとく フネ の ウエ まで きこえて きた。 ミオクリニン は おもわず ナリ を しずめて この キョウボウ な ワカモノ に メ を そそいだ。 ヨウコ も ヨウコ で、 スガタ も かくさず テスリ に カタテ を かけた まま つったって、 おなじく この ワカモノ を みすえて いた。 と いって ヨウコ は その ワカモノ の ウエ ばかり を おもって いる の では なかった。 ジブン でも フシギ だ と おもう よう な、 うつろ な ヨユウ が そこ には あった。 コトウ が ワカモノ の ほう には メ も くれず に じっと アシモト を みつめて いる の にも キ が ついて いた。 しんだ アネ の ハレギ を カリギ して いい ココチ に なって いる よう な オバ の スガタ も メ に うつって いた。 フネ の ほう に ウシロ を むけて (おそらく それ は カナシミ から ばかり では なかったろう。 その ワカモノ の キョドウ が おいた ココロ を ひしいだ に ちがいない) テヌグイ を しっかり と リョウメ に あてて いる ウバ も みのがして は いなかった。
 いつのまに うごいた とも なく フネ は サンバシ から とおざかって いた。 ヒト の ムレ が クロアリ の よう に あつまった そこ の コウケイ は、 ヨウコ の メノマエ に ひらけて ゆく おおきな ミナト の ケシキ の チュウケイ に なる まで に ちいさく なって いった。 ヨウコ の メ は ヨウコ ジシン にも うたがわれる よう な こと を して いた。 その メ は ちいさく なった ヒトカゲ の ナカ から ウバ の スガタ を さぐりだそう と せず、 イッシュ の ナツカシミ を もつ ヨコハマ の シガイ を ミオサメ に ながめよう と せず、 ぎょうぜん と して ちいさく うずくまる ワカモノ の らしい コクテン を みつめて いた。 ワカモノ の さけぶ コエ が、 サンバシ の ウエ で うちふる ハンケチ の ときどき ぎらぎら と ひかる ごと に、 ヨウコ の アタマ の ウエ に はりわたされた アマヨケ の ホヌノ の ハシ から シタタリ が ぽつり ぽつり と ヨウコ の カオ を うつ たび に、 ダンゾク して きこえて くる よう に おもわれた。 「ヨウコ さん、 アナタ は ワタシ を ミゴロシ に する ん です か…… ミゴロシ に する ん……」


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