カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (ゼンペン 7)

2021-09-23 | アリシマ タケオ
 14

 なんと いって も フナタビ は タンチョウ だった。 たとい ニチニチ ヤヤ に イッシュン も やむ こと なく スガタ を かえる ウミ の ナミ と ソラ の クモ とは あって も、 シジン でも ない なべて の センキャク は、 それら に たいして トホウ に くれた ケンタイ の シセン を なげる ばかり だった。 チジョウ の セイカツ から すっかり シャダン された フネ の ウチ には、 ごく ちいさな こと でも めあたらしい ジケン の おこる こと のみ が まちもうけられて いた。 そうした セイカツ では ヨウコ が シゼン に センキャク の チュウイ の ショウテン と なり、 ワダイ の テイキョウシャ と なった の は フシギ も ない。 マイニチ マイニチ こおりつく よう な ノウム の アイダ を、 ヒガシ へ ヒガシ へ と こころぼそく はしりつづける ちいさな キセン の ナカ の シャカイ は、 あらわ には しれない ながら、 ナニ か さびしい カコ を もつ らしい、 ヨウエン な、 わかい ヨウコ の イッキョ イチドウ を、 たえず キョウミ-ぶかく じっと みまもる よう に みえた。
 かの キカイ な ココロ の ドウラン の イチヤ を すごす と、 その ヨクジツ から ヨウコ は また フダン の とおり に、 いかにも アシモト が あやうく みえながら すこしも ハタン を しめさず、 ややもすれば ヒト の カッテ に なりそう で いて、 ヨソ から は けっして うごかされない オンナ に なって いた。 はじめて ショクドウ に でた とき の ツツマシヤカサ に ひきかえて、 ときには カイカツ な ショウジョ の よう に はれやか な カオツキ を して、 センキャク ら と コトバ を かわしたり した。 ショクドウ に あらわれる とき の ヨウコ の フクソウ だけ でも、 タイクツ に うんじはてた ヒトビト には、 モノズキ な キタイ を あたえた。 ある とき は ヨウコ は つつしみぶかい シンソウ の フジン-らしく ジョウヒン に、 ある とき は ソヨウ の ふかい わかい ディレッタント の よう に コウショウ に、 また ある とき は シュウゾク から カイホウ された アドベンチャリス とも おもわれる ホウタン を しめした。 その キョクタン な ヘンカ が イチニチ の うち に おこって きて も、 ヒトビト は さして あやしく おもわなかった。 それほど ヨウコ の セイカク には フクザツ な もの が ひそんで いる の を かんじさせた。 エノシママル が ヨコハマ の サンバシ に つながれて いる アイダ から、 ヒトビト の チュウイ の チュウシン と なって いた タガワ フジン を、 カイキ に あって イキ を ふきかえした ニンギョ の よう な ヨウコ の カタワラ に おいて みる と、 ミブン、 エツレキ、 ガクショク、 ネンレイ など と いう いかめしい シカク が、 かえって フジン を かたい ふるぼけた リンカク に はめこんで みせる ケッカ に なって、 ただ シンタイ の ない クウキョ な キュウデン の よう な そらいかめしい キョウ ナサ を かんじさせる ばかり だった。 オンナ の ホンノウ の スルドサ から タガワ フジン は すぐ それ を かんづいた らしかった。 フジン の ミミモト に ひびいて くる の は ヨウコ の ウワサ ばかり で、 フジン ジシン の ヒョウバン は みるみる うすれて いった。 ともすると タガワ ハカセ まで が、 フジン の ソンザイ を わすれた よう な フルマイ を する、 そう フジン を おもわせる こと が ある らしかった。 ショクドウ の テーブル を はさんで むかいあう フサイ が タニン ドウシ の よう な カオ を して タガイタガイ に ヌスミミ を する の を ヨウコ が すばやく みてとった こと など も あった。 と いって イマ まで ジブン の コドモ でも あしらう よう に ふるまって いた ヨウコ に たいして、 いまさら フジン は あらたまった タイド も とりかねて いた。 よくも カメン を かぶって ヒト を おとしいれた と いう おんならしい ひねくれた ネタミ ヒガミ が、 あきらか に フジン の ヒョウジョウ に よまれだした。 しかし ジッサイ の ショチ と して は、 くやしくて も ムシ を ころして、 ジブン を ヨウコ まで ひきさげる か、 ヨウコ を ジブン まで ひきあげる より シカタ が なかった。 フジン の ヨウコ に たいする シウチ は トイタ を かえす よう に ちがって きた。 ヨウコ は しらん カオ を して フジン の する が まま に まかせて いた。 ヨウコ は もとより フジン の あわてた この ショチ が フジン には チメイテキ な フリエキ で あり、 ジブン には ツゴウ の いい シアワセ で ある の を しって いた から だ。 あんのじょう、 タガワ フジン の この ジョウホ は、 フジン に なんらか の ドウジョウ なり ソンケイ なり が くわえられる ケッカ と ならなかった ばかり で なく、 その セイリョク は ますます クダリザカ に なって、 ヨウコ は いつのまにか タガワ フジン と タイトウ で モノ を いいあって も すこしも フシギ とは おもわせない ほど の タカミ に ジブン を もちあげて しまって いた。 オチメ に なった フジン は トシガイ も なく しどろもどろ に なって いた。 おそろしい ほど やさしく シンセツ に ヨウコ を あしらう か と おもえば、 ヒニク-らしく バカテイネイ に モノ を いいかけたり、 あるいは とつぜん ロボウ の ヒト に たいする よう な ヨソヨソシサ を よそおって みせたり した。 しにかけた ヘビ の のたうちまわる を みやる ヘビツカイ の よう に、 ヨウコ は ひややか に あざわらいながら、 フジン の ココロ の カットウ を みやって いた。
 タンチョウ な フナタビ に あきはてて、 したたか シゲキ に うえた オトコ の ムレ は、 この フタリ の ジョセイ を チュウシン に して しらずしらず ウズマキ の よう に めぐって いた。 タガワ フジン と ヨウコ との アントウ は ヒョウメン には すこしも メ に たたない で たたかわれて いた の だ けれども、 それ が オトコ たち に シゼン に シゲキ を あたえない では おかなかった。 たいら な ミズ に ぐうぜん おちて きた ビフウ の ひきおこす ちいさな ハモン ほど の ヘンカ でも、 フネ の ナカ では ヒトカド の ジケン だった。 オトコ たち は なぜ とも なく イッシュ の キンチョウ と キョウミ と を かんずる よう に みえた。
 タガワ フジン は ビミョウ な オンナ の ホンノウ と チョッカク と で、 じりじり と ヨウコ の ココロ の スミズミ を さぐりまわして いる よう だった が、 ついに ここ ぞ と いう キュウショ を つかんだ らしく みえた。 それまで ジムチョウ に たいして みくだした よう な テイネイサ を みせて いた フジン は、 みるみる タイド を かえて、 ショクタク でも フタリ は、 セキ が となりあって いる から と いう イジョウ な したしげ な カイワ を とりかわす よう に なった。 タガワ ハカセ まで が フジン の イ を むかえて、 ナニカ に つけて ジムチョウ の ヘヤ に しげく デイリ する ばかり か、 ジムチョウ は タイテイ の ヨル は タガワ フサイ の ヘヤ に よびむかえられた。 タガワ ハカセ は もとより フネ の ショウキャク で ある。 それ を そらす よう な ジムチョウ では ない。 クラチ は センイ の コウロク まで を てつだわせて、 タガワ フサイ の リョジョウ を なぐさめる よう に ふるまった。 タガワ ハカセ の センシツ には ヨル おそく まで ヒ が かがやいて、 フジン の キョウ ありげ に たかく わらう コエ が シツガイ まで きこえる こと が めずらしく なかった。
 ヨウコ は タガワ フジン の こんな シウチ を うけて も、 ココロ の ウチ で あざわらって いる のみ だった。 すでに ジブン が カチミ に なって いる と いう ジカク は、 ヨウコ に ハンドウテキ な カンダイ な ココロ を あたえて、 フジン が ジムチョウ を トリコ に しよう と して いる こと など は てんで モンダイ には しまい と した。 フジン は ヨケイ な ケントウチガイ を して、 いたく も ない ハラ を さぐって いる。 ジムチョウ が どうした と いう の だ。 ハハ の ハラ を でる と そのまま なんの クンレン も うけず に そだちあがった よう な ブシツケ な、 ドウブツセイ の かった、 どんな こと を して きた の か、 どんな こと を する の か わからない よう な たかが ジムチョウ に なんの キョウミ が ある もの か。 あんな ニンゲン に キ を ひかれる くらい なら、 ジブン は とうに よろこんで キムラ の アイ に なずいて いる の だ。 ケントウチガイ も イイカゲン に する が いい。 そう ハガミ を したい くらい な キブン で おもった。
 ある ユウガタ ヨウコ は イツモ の とおり サンポ しよう と カンパン に でて みる と、 はるか とおい テスリ の ところ に オカ が たった ヒトリ しょんぼり と よりかかって、 ウミ を みいって いた。 ヨウコ は イタズラモノ-らしく そっと アシオト を ぬすんで、 しのびしのび ちかづいて、 いきなり オカ と カタ を すりあわせる よう に して たった。 オカ は フイ に ヒト が あらわれた ので ヒジョウ に おどろいた ふう で、 カオ を そむけて その バ を たちさろう と する の を、 ヨウコ は イヤオウ なし に テ を にぎって ひきとめた。 オカ が にげかくれよう と する の も ドウリ、 その カオ には ナミダ の アト が まざまざ と のこって いた。 ショウネン から セイネン に なった ばかり の よう な、 ウチキ-らしい、 コガラ な オカ の スガタ は、 なにもかも あらあらしい フネ の ナカ では ことさら デリケート な カレン な もの に みえた。 ヨウコ は イタズラ ばかり で なく、 この セイネン に イッシュ の あわあわしい アイ を おぼえた。
「ナニ を ないて らしった の」
 コクビ を ぞんぶん かたむけて、 ショウジョ が ショウジョ に モノ を たずねる よう に、 カタ に テ を おきそえながら きいて みた。
「ボク…… ないて い や しません」
 オカ は リョウホウ の ホオ を あかく いろどって、 こう いいながら くるり と カラダ を ソッポウ に むけかえよう と した。 それ が どうしても ショウジョ の よう な シグサ だった。 だきしめて やりたい よう な その ニクタイ と、 ニクタイ に つつまれた ココロ。 ヨウコ は さらに すりよった。
「いいえ いいえ ないて らっしゃいました わ」
 オカ は トホウ に くれた よう に メノシタ の ウミ を ながめて いた が、 のがれる スベ の ない の を さとって、 おおっぴら に ハンケチ を ズボン の ポケット から だして メ を ぬぐった。 そして すこし うらむ よう な メツキ を して はじめて マトモ に ヨウコ を みた。 クチビル まで が イチゴ の よう に あかく なって いた。 あおじろい ヒフ に はめこまれた その アカサ を、 シキサイ に ビンカン な ヨウコ は みのがす こと が できなかった。 オカ は なにかしら ヒジョウ に コウフン して いた。 その コウフン して ぶるぶる ふるえる しなやか な テ を ヨウコ は テスリ-ごと じっと おさえた。
「さ、 これ で おふき あそばせ」
 ヨウコ の タモト から は うつくしい カオリ の こもった ちいさな リンネル の ハンケチ が とりだされた。
「もってる ん です から」
 オカ は キョウシュク した よう に ジブン の ハンケチ を かえりみた。
「ナニ を おなき に なって…… まあ ワタシ ったら ヨケイ な こと まで うかがって」
「なに いい ん です…… ただ ウミ を みたら なんとなく なみだぐんで しまった ん です。 カラダ が よわい もん です から くだらない こと に まで カンショウテキ に なって こまります。 ……なんでも ない……」
 ヨウコ は いかにも ドウジョウ する よう に ガテン ガテン した。 オカ が ヨウコ と こうして イッショ に いる の を ひどく うれしがって いる の が ヨウコ には よく しれた。 ヨウコ は やがて ジブン の ハンケチ を テスリ の ウエ に おいた まま、
「ワタシ の ヘヤ へも よろしかったら いらっしゃいまし。 また ゆっくり おはなし しましょう ね」
と なつこく いって そこ を さった。
 オカ は けっして ヨウコ の ヘヤ を おとずれる こと は しなかった けれども、 この こと の あって ノチ は、 フタリ は よく したしく はなしあった。 オカ は ヒトナジミ の わるい、 ハナシ の タネ の ない、 ごく ウブ な よなれない セイネン だった けれども、 ヨウコ は わずか な タクト で すぐ ヘダテ を とりさって しまった。 そして うちとけて みる と カレ は ジョウヒン な、 どこまでも ジュンスイ な、 そして さかしい セイネン だった。 わかい ジョセイ には その ハニカミヤ な ところ から イマ まで たえて せっして いなかった ので、 ヨウコ には すがりつく よう に したしんで きた。 ヨウコ も ドウセイ の コイ を する よう な キモチ で オカ を かわいがった。
 その コロ から だ、 ジムチョウ が オカ に ちかづく よう に なった の は。 オカ は ヨウコ と ハナシ を しない とき は いつでも ジムチョウ と サンポ など を して いた。 しかし ジムチョウ の シンユウ とも おもわれる 2~3 の センキャク に たいして は クチ も きこう とは しなかった。 オカ は ときどき ヨウコ に ジムチョウ の ウワサ を して きかした。 そして ヒョウメン は あれほど ソボウ の よう に みえながら、 カンガエ の かわった、 ネンレイ や イチ など に ヘダテ を おかない、 シンセツ な ヒト だ と いったり した。 もっと コウサイ して みる と いい とも いった。 その たび ごと に ヨウコ は はげしく ハンタイ した。 あんな ニンゲン を オカ が ハナシアイテ に する の は じっさい フシギ な くらい だ。 あの ヒト の どこ に オカ と キョウツウ する よう な すぐれた ところ が あろう など と からかった。
 ヨウコ に ひきつけられた の は オカ ばかり では なかった。 ゴサン が すんで ヒトビト が サルン に あつまる とき など は ダンラン が たいてい ミッツ ぐらい に わかれて できた。 タガワ フサイ の シュウイ には いちばん タスウ の ヒト が あつまった。 ガイコクジン だけ の ダンタイ から タガワ の ほう に くる ヒト も あり、 ニホン の セイジカ ジツギョウカ-レン は もちろん ワレサキ に そこ に はせさんじた。 そこ から だんだん ほそく イト の よう に つながれて わかい リュウガクセイ とか ガクシャ とか いう レンチュウ が ジン を とり、 それから また だんだん ふとく つながれて、 ヨウコ と ショウネン ショウジョ ら の ムレ が いた。 ショクドウ で フイ の シツモン に ヘキエキ した ガイコウカンホ など は ダイイチ の レンラク の ツナ と なった。 シュウジン の マエ では オカ は エンリョ する よう に あまり ヨウコ に したしむ ヨウス は みせず に フソク フリ の タイド を たもって いた。 エンリョ エシャク なく そんな ところ で ヨウコ に なれしたしむ の は コドモ たち だった。 マッシロ な モスリン の キモノ を きて あかい おおきな リボン を よそおった ショウジョ たち や、 スイヘイフク で ミガル に よそおった ショウネン たち は ヨウコ の シュウイ に ハナワ の よう に あつまった。 ヨウコ が そういう ヒトタチ を カタミガワリ に だいたり かかえたり して、 オトギバナシ など して きかせて いる ヨウス は、 センチュウ の ミモノ だった。 どうか する と サルン の ヒトタチ は ジブン ら の アイダ の ワダイ など は すてて おいて この カレン な コウケイ を うっとり みやって いる よう な こと も あった。
 ただ ヒトツ これら の ムレ から は まったく ボッコウショウ な イチダン が あった。 それ は ジムチョウ を チュウシン に した 3~4 ニン の ムレ だった。 いつでも ヘヤ の イチグウ の ちいさな テーブル を かこんで、 その テーブル の ウエ には ウイスキー-ヨウ の ちいさな コップ と ミズ と が そなえられて いた。 いちばん いい カオリ の タバコ の ケムリ も そこ から ただよって きた。 カレラ は ナニ か ひそひそ と かたりあって は、 ときどき ボウジャク ブジン な たかい ワライゴエ を たてた。 そう か と おもう と じっと タガワ の ムレ の カイワ に ミミ を かたむけて いて、 トオク の ほう から とつぜん ヒニク の チャチャ を いれる こと も あった。 ダレ いう と なく ヒトビト は その イチダン を ケンジュハ と よびなした。 カレラ が どんな シュルイ の ヒト で どんな ショクギョウ に ジュウジ して いる か を しる モノ は なかった。 オカ など は ホンノウテキ に その ヒトタチ を いみきらって いた。 ヨウコ も なにかしら キ の おける レンチュウ だ と おもった。 そして ヒョウメン は いっこう ムトンジャク に みえながら、 ジブン に たいして ジュウブン の カンサツ と チュウイ と を おこたって いない の を かんじて いた。
 どうしても しかし ヨウコ には、 フネ に いる スベテ の ヒト の ウチ で ジムチョウ が いちばん キ に なった。 そんな はず、 リユウ の ある はず は ない と ジブン を たしなめて みて も なんの カイ も なかった。 サルン で コドモ たち と たわむれて いる とき でも、 ヨウコ は ジブン の して みせる コワクテキ な シナ が いつでも アンアンリ に ジムチョウ の ため に されて いる の を イシキ しない わけ には ゆかなかった。 ジムチョウ が その バ に いない とき は、 コドモ たち を あやし たのしませる ネツイ さえ うすらぐ の を おぼえた。 そんな とき に ちいさい ヒトタチ は きまって つまらなそう な カオ を したり アクビ を したり した。 ヨウコ は そうした ヨウス を みる と さらに キョウミ を うしなった。 そして そのまま たって ジブン の ヘヤ に かえって しまう よう な こと を した。 それ にも かかわらず ジムチョウ は かつて ヨウコ に トクベツ な チュウイ を はらう よう な こと は ない らしく みえた。 それ が ヨウコ を ますます フカイ に した。 ヨル など カンパン の ウエ を ソゾロアルキ して いる ヨウコ が、 タガワ ハカセ の ヘヤ の ナカ から レイ の ブエンリョ な ジムチョウ の タカワライ の コエ を もれきいたり なぞ する と、 おもわず かっと なって、 テツ の カベ すら いとおしそう な するどい ヒトミ を コエ の する ほう に おくらず には いられなかった。
 ある ヒ の ゴゴ、 それ は クモユキ の あらい さむい ヒ だった。 センキャク たち は フネ の ドウヨウ に ヘキエキ して ジブン の センシツ に とじこもる の が おおかった ので、 サルン が ガラアキ に なって いる の を サイワイ、 ヨウコ は オカ を さそいだして、 ヘヤ の カド に なった ところ に おれまがって すえて ある モロッコ-ガワ の ディワン に ヒザ と ヒザ を ふれあわさん ばかり よりそって コシ を かけて、 トランプ を いじって あそんだ。 オカ は ヒゴロ そういう ユウギ には すこしも キョウミ を もって いなかった が、 ヨウコ と フタリ きり で いられる の を ヒジョウ に コウフク に おもう らしく、 いつ に なく カイカツ に フダ を ひねくった。 その ほそい しなやか な テ から ブキッチョウ に フダ が すてられたり とられたり する の を ヨウコ は おもしろい もの に みやりながら、 ダンゾクテキ に コトバ を とりかわした。
「アナタ も シカゴ に いらっしゃる と おっしゃって ね、 あの バン」
「ええ、 いいました。 ……これ で きって も いい でしょう」
「あら そんな もの で もったいない…… もっと ひくい もの は おあり なさらない?…… シカゴ では シカゴ ダイガク に いらっしゃる の?」
「これ で いい でしょう か…… よく わからない ん です」
「よく わからない って、 そりゃ おかしゅう ござんす わね、 そんな こと おきめ なさらず に あっち に いらっしゃる って」
「ボク は……」
「これ で いただきます よ…… ボク は…… ナニ」
「ボク は ねえ」
「ええ」
 ヨウコ は トランプ を いじる の を やめて カオ を あげた。 オカ は ザンゲ でも する ヒト の よう に、 オモテ を ふせて あかく なりながら フダ を いじくって いた。
「ボク の ホントウ に いく ところ は ボストン だった の です。 そこ に ボク の ウチ で ガクシ を やってる ショセイ が いて ボク の カントク を して くれる こと に なって いた ん です けれど……」
 ヨウコ は めずらしい こと を きく よう に オカ に メ を すえた。 オカ は ますます いいにくそう に、
「アナタ に おあい もうして から ボク も シカゴ に いきたく なって しまった ん です」
と だんだん ゴビ を けして しまった。 なんと いう カレンサ…… ヨウコ は さらに オカ に すりよった。 オカ は シンケン に なって カオ まで あおざめて きた。
「オキ に さわったら ゆるして ください…… ボク は ただ…… アナタ の いらっしゃる ところ に いたい ん です。 どういう ワケ だ か……」
 もう オカ は なみだぐんで いた。 ヨウコ は おもわず オカ の テ を とって やろう と した。
 その シュンカン に いきなり ジムチョウ が はげしい イキオイ で そこ に はいって きた。 そして ヨウコ には メ も くれず に はげしく オカ を ひったてる よう に して サンポ に つれだして しまった。 オカ は いい と して その アト に したがった。
 ヨウコ は かっと なって おもわず ザ から たちあがった。 そして おもいぞんぶん ジムチョウ の ブレイ を せめよう と ミガマエ した。 その とき フイ に ヒトツ の カンガエ が ヨウコ の アタマ を ひらめきとおった。 「ジムチョウ は どこ か で ジブン たち を みまもって いた に ちがいない」。
 つったった まま の ヨウコ の カオ に、 チブサ を みせつけられた コドモ の よう な ホホエミ が ほのか に うかびあがった。

 15

 ヨウコ は ある アサ おもいがけなく ハヤオキ を した。 ベイコク に ちかづく に つれて イド は だんだん さがって いった ので、 カンキ も うすらいで いた けれども、 なんと いって も アキ たった クウキ は アサ ごと に ひえびえ と ひきしまって いた。 ヨウコ は オンシツ の よう な センシツ から この きりっと した クウキ に ふれよう と して カンパン に でて みた。 ウゲン を まわって サゲン に でる と はからずも メノマエ に リクエイ を みつけだして、 おもわず アシ を とめた。 そこ には トオカ ほど ネントウ から たえはてて いた よう な もの が カイメン から あさく もれあがって つづいて いた。 ヨウコ は コウキ な メ を かがやかしながら、 おもわず いったん とめた アシ を うごかして テスリ に ちかづいて それ を みわたした。 オレゴン マツ が すくすく と シラナミ の はげしく かみよせる キシベ まで ミッセイ した バンクーバー-トウ の ひくい ヤマナミ が そこ に あった。 ものすごく ソコビカリ の する マッサオ な エンヨウ の イロ は、 いつのまにか みだれた ナミ の ものぐるわしく たちさわぐ エンカイ の セイカイショク に かわって、 その サキ に みえる アンリョク の ジュリン は どんより と した アマゾラ の シタ に こうりょう と して よこたわって いた。 それ は みじめ な スガタ だった。 ヘダタリ の とおい せい か フネ が いくら すすんで も ケシキ には いささか の ヘンカ も おこらない で、 こうりょう たる その ケシキ は いつまでも メノマエ に たちつづいて いた。 フルワタ に にた ウスグモ を もれる アサヒ の ヒカリ が ちからよわく それ を てらす たび ごと に、 にえきらない カゲ と ヒカリ の ヘンカ が かすか に ヤマ と ウミ と を なでて とおる ばかり だ。 ながい ながい カイヨウ の セイカツ に なれた ヨウコ の メ には リクチ の インショウ は むしろ きたない もの でも みる よう に フユカイ だった。 もう ミッカ ほど する と フネ は いや でも シヤトル の サンバシ に つながれる の だ。 ムコウ に みえる あの リクチ の ツヅキ に シヤトル は ある。 あの マツ の ハヤシ が きりたおされて すこし ばかり の ヘイチ と なった ところ に、 ここ に ヒトツ かしこ に ヒトツ と いう よう に コヤ が たてて ある が、 その コヤ の カズ が ヒガシ に ゆく に つれて だんだん おおく なって、 シマイ には ヒトカタマリ の カオク が できる。 それ が シヤトル で ある に ちがいない。 うらさびしく アキカゼ の ふきわたる その ちいさな ミナトマチ の サンバシ に、 ヤジュウ の よう な ショコク の ロウドウシャ が むらがる ところ に、 この ちいさな エノシママル が つかれきった センタイ を よこたえる とき、 あの キムラ が レイ の めまぐるしい キビンサ で、 アメリカ-フウ に なりすました らしい モノゴシ で、 マワリ の ケシキ に つりあわない ケイキ の いい カオ を して、 フナバシゴ を のぼって くる ヨウス まで が、 ヨウコ には みる よう に ソウゾウ された。
「いや だ いや だ。 どうしても キムラ と イッショ に なる の は いや だ。 ワタシ は トウキョウ に かえって しまおう」
 ヨウコ は ダダッコ-らしく いまさら そんな こと を ホンキ に かんがえて みたり して いた。
 スイフチョウ と ヒトリ の ボーイ と が おしならんで、 クツ と ゾウリ との オト を たてながら やって きた。 そして ヨウコ の ソバ まで くる と、 ヨウコ が ふりかえった ので フタリ ながら インギン に、
「おはよう ございます」
と アイサツ した。 その ヨウス が いかにも したしい メウエ に たいする よう な タイド で、 ことに スイフチョウ は、
「オタイクツ で ございましたろう。 それでも これ で あと ミッカ に なりました。 コンド の コウカイ には しかし おかげさま で オオダスカリ を しまして。 ユウベ から きわだって よく なりまして ね」
と つけくわえた。
 ヨウコ は イットウ センキャク の アイダ の ワダイ の マト で あった ばかり で なく、 ジョウキュウ センイン の アイダ の ウワサ の タネ で あった ばかり で なく、 この ながい コウカイチュウ に、 いつのまにか カキュウ センイン の アイダ にも フシギ な セイリョク に なって いた。 コウカイ の ヨウカ-メ か に、 ある ロウネン の スイフ が フォクスル で シゴト を して いた とき、 イカリ の クサリ に アシサキ を はさまれて ホネ を くじいた。 プロメネード デッキ で ぐうぜん それ を みつけた ヨウコ は、 センイ より はやく その バ に かけつけた。 ムスビッコブ の よう に まるまって、 イタミ の ため に もがきくるしむ その ロウジン の アト に ひきそって、 スイフベヤ の イリグチ まで は タクサン の センイン や センキャク が ものめずらしそう に ついて きた が、 そこ まで ゆく と センイン で すら が ナカ に はいる の を チュウチョ した。 どんな ヒミツ が ひそんで いる か ダレ も しる ヒト の ない その ナイブ は、 センチュウ では キカンシツ より も キケン な イチ クイキ と みなされて いた だけ に、 その イリグチ さえ が イッシュ ヒト を おびやかす よう な ウスキミワルサ を もって いた。 ヨウコ は しかし その ロウジン の くるしみもがく スガタ を みる と そんな こと は てもなく わすれて しまって いた。 ひょっと する と ジャマモノ アツカイ に されて あの ロウジン は ころされて しまう かも しれない。 あんな トシ まで この カイジョウ の あらあらしい ロウドウ に しばられて いる この ヒト には タヨリ に なる エンジャ も いない の だろう。 こんな オモイヤリ が トメド も なく ヨウコ の ココロ を おそいたてる ので、 ヨウコ は その ロウジン に ひきずられて でも ゆく よう に どんどん スイフベヤ の ナカ に おりて いった。 うすぐらい フハイ した クウキ は むれあがる よう に ヒト を おそって、 カゲ の ナカ に うようよ と うごめく ムレ の ナカ から は ふとく さびた コエ が なげかわされた。 ヤミ に なれた スイフ たち の メ は やにわに ヨウコ の スガタ を ひっとらえた らしい。 みるみる イッシュ の コウフン が ヘヤ の スミズミ に まで みちあふれて、 それ が キカイ な ノノシリ の コエ と なって ものすごく ヨウコ に せまった。 だぶだぶ の ズボン ヒトツ で、 すじくれだった アツミ の ある ケムネ に イッシ も つけない オオオトコ は、 やおら ヒトナカ から たちあがる と、 ずかずか ヨウコ に つきあたらん ばかり に すれちがって、 スレチガイザマ に ヨウコ の カオ を アナ の あく ほど にらみつけて、 きく に たえない ゾウゴン を たかだか と ののしって、 ジブン の ムレ を わらわした。 しかし ヨウコ は しにかけた コ に かしずく ハハ の よう に、 そんな こと には メ も くれず に ロウジン の ソバ に ひきそって、 ねやすい よう に ネドコ を とりなおして やったり、 マクラ を あてがって やったり して、 なおも その バ を さらなかった。 そんな むさくるしい きたない ところ に いて ロウジン が ほったらかして おかれる の を みる と、 ヨウコ は なんと いう こと なし に ナミダ が アト から アト から ながれて たまらなかった。 ヨウコ は そこ を でて ムリ に センイ の コウロク を そこ に ひっぱって きた。 そして ケンイ を もった ヒト の よう に スイフチョウ に はっきり した サシズ を して、 はじめて アンシン して ゆうゆう と その ヘヤ を でた。 ヨウコ の カオ には ジブン の した こと に たいして コドモ の よう な ヨロコビ の イロ が うかんで いた。 スイフ たち は くらい ナカ にも それ を みのがさなかった と みえる。 ヨウコ が でて ゆく とき には ヒトリ と して ヨウコ に ゾウゴン を なげつける モノ が いなかった。 それから スイフ ら は ダレ いう と なし に ヨウコ の こと を 「アネゴ アネゴ」 と よんで ウワサ する よう に なった。 その とき の こと を スイフチョウ は ヨウコ に カンシャ した の だ。
 ヨウコ は シンミ に いろいろ と ビョウニン の こと を スイフチョウ に ききただした。 じっさい スイフチョウ に はなしかけられる まで は、 ヨウコ は そんな こと は おもいだし も して いなかった の だ。 そして スイフチョウ に おもいださせられて みる と、 キュウ に その ロウスイフ の こと が シンパイ に なりだした の だった。 アシ は とうとう フグ に なった らしい が イタミ は たいてい なくなった と スイフチョウ が いう と ヨウコ は はじめて アンシン して、 また リク の ほう に メ を やった。 スイフチョウ と ボーイ との アシオト は ロウカ の かなた に とおざかって きえて しまった。 ヨウコ の アシモト には ただ かすか な エンジン の オト と ナミ が フナバタ を うつ オト と が きこえる ばかり だった。
 ヨウコ は また ジブン ヒトリ の ココロ に かえろう と して しばらく じっと タンチョウ な リクチ に メ を やって いた。 その とき とつぜん オカ が リッパ な セイヨウギヌ の ネマキ の ウエ に あつい ガイトウ を きて ヨウコ の ほう に ちかづいて きた の を、 ヨウコ は シカク の イッタン に ちらり と とらえた。 ヨル でも アサ でも ヨウコ が ヒトリ で いる と、 どこ で どうして それ を しる の か、 いつのまにか オカ が きっと ミヂカ に あらわれる の が ツネ なので、 ヨウコ は まちもうけて いた よう に ふりかえって、 アサ の あたらしい やさしい ビショウ を あたえて やった。
「アサ は まだ ずいぶん ひえます ね」
と いいながら、 オカ は すこし ヒト に なれた ショウジョ の よう に カオ を あかく しながら ヨウコ の ソバ に ミ を よせた。 ヨウコ は だまって ほほえみながら その テ を とって ひきよせて、 たがいに ちいさな コエ で かるい したしい カイワ を とりかわしはじめた。
 と、 とつぜん オカ は おおきな こと でも おもいだした ヨウス で、 ヨウコ の テ を ふりほどきながら、
「クラチ さん が ね、 キョウ アナタ に ぜひ ねがいたい ヨウ が ある って いって ました よ」
と いった。 ヨウコ は、
「そう……」
と ごく かるく うける つもり だった が、 それ が おもわず いきぐるしい ほど の チョウシ に なって いる の に キ が ついた。
「ナン でしょう、 ワタシ に なんぞ ヨウ って」
「なんだか ワタシ ちっとも しりません が、 ハナシ を して ごらんなさい。 あんな に みえて いる けれども シンセツ な ヒト です よ」
「まだ アナタ だまされて いらっしゃる のね。 あんな コウマンチキ な ランボウ な ヒト ワタシ きらい です わ。 ……でも ムコウ で あいたい と いう の なら あって あげて も いい から、 ここ に いらっしゃい って、 アナタ イマ すぐ いらしって よんで きて くださいまし な。 あいたい なら あいたい よう に する が よう ござんす わ」
 ヨウコ は じっさい はげしい コトバ に なって いた。
「まだ ねて います よ」
「いい から かまわない から おこして おやり に なれば よ ござんす わ」
 オカ は ジブン に したしい ヒト を したしい ヒト に ちかづける キカイ が トウライ した の を ほこりよろこぶ ヨウス を みせて、 いそいそ と かけて いった。 その ウシロスガタ を みる と ヨウコ は ムネ に ときならぬ トキメキ を おぼえて、 マユ の ウエ の ところ に さっと あつい チ の よって くる の を かんじた。 それ が また いきどおろしかった。
 みあげる と アサ の ソラ を イマ まで おおうて いた ワタ の よう な ショシュウ の クモ は ところどころ ほころびて、 あらいすました アオゾラ が まばゆく キレメ キレメ に かがやきだして いた。 セイカイショク に よごれて いた クモ ソノモノ すら が みちがえる よう に しろく かるく なって うつくしい ササベリ を つけて いた。 ウミ は メ も あや な メイアン を なして、 タンチョウ な シマカゲ も さすが に ガンコ な チンモク ばかり を まもりつづけて は いなかった。 ヨウコ の ココロ は おさえよう おさえよう と して も かるく はなやか に ばかり なって いった。 ケッセン…… と ヨウコ は その いさみたつ ココロ の ソコ で さけんだ。 キムラ の こと など は とうの ムカシ に アタマ の ナカ から こそぎとる よう に きえて しまって、 その アト には ただ なんとはなし に、 こどもらしい うきうき した ボウケン の ネン ばかり が はたらいて いた。 ジブン でも しらず に いた よう な ウィアド な はげしい チカラ が、 ソウゾウ も およばぬ ところ に ぐんぐん と ヨウコ を ひきずって ゆく の を、 ヨウコ は おそれながら も どこまでも ついて ゆこう と した。 どんな こと が あって も ジブン が その チュウシン に なって いて、 ムコウ を ひきつけて やろう。 ジブン を はぐらかす よう な こと は しまい と いう しじゅう はりきって ばかり いた これまで の ココロモチ と、 この とき わく が ごとく もちあがって きた ココロモチ とは クラベモノ に ならなかった。 あらん カギリ の オモニ を あらいざらい おもいきり よく なげすてて しまって、 ミ も ココロ も ナニ か おおきな チカラ に まかしきる その ココロヨサ ココロヤスサ は ヨウコ を すっかり ユメゴコチ に した。 そんな ココロモチ の ソウイ を くらべて みる こと さえ できない くらい だった。 ヨウコ は こどもらしい キタイ に メ を かがやかして オカ の かえって くる の を まって いた。
「ダメ です よ。 トコ の ナカ に いて ト も あけて くれず に、 ネゴト みたい な こと を いってる ん です もの」
と いいながら オカ は トウワクガオ で ヨウコ の ソバ に あらわれた。
「アナタ こそ ダメ ね。 よう ござんす わ、 ワタシ が ジブン で いって みて やる から」
 ヨウコ には そこ に いる オカ さえ なかった。 すこし ケゲン そう に ヨウコ の いつ に なく そわそわ した ヨウス を みまもる セイネン を そこ に すておいた まま ヨウコ は けわしく ほそい ハシゴダン を おりた。
 ジムチョウ の ヘヤ は キカンシツ と せまい くらい ロウカ ヒトツ を へだてた ところ に あって、 ヒノメ を みて いた ヨウコ には テサグリ を して あるかねば ならぬ ほど カッテ が ちがって いた。 ジシン の よう に キカイ の シンドウ が ロウカ の テッペキ に つたわって きて、 むせかえりそう な なまあたたかい ジョウキ の ニオイ と ともに ヒト を フユカイ に した。 ヨウコ は オガクズ を ぬりこめて ざらざら と テザワリ の いや な カベ を なでて すすみながら ようやく ジムシツ の ト の マエ に きて、 アタリ を みまわして みて、 ノック も せず に いきなり ハンドル を ひねった。 ノック を する ヒマ も ない よう な せかせか した キブン に なって いた。 ト は オト も たてず に やすやす と あいた。 「ト も あけて くれず に……」 との オカ の コトバ から、 てっきり カギ が かかって いる と おもって いた ヨウコ には それ が イガイ でも あり、 アタリマエ にも おもえた。 しかし その シュンカン には ヨウコ は われしらず はっと なった。 ただ トオリスガリ の ヒト に でも みつけられまい と する ココロ が サキ に たって、 ヨウコ は ゼンゴ の ワキマエ も なく、 ほとんど ムイシキ に ヘヤ に はいる と、 ドウジ に ぱたん と オト を させて ト を しめて しまった。
 もう スベテ は コウカイ には おそすぎた。 オカ の コエ で イマ ネドコ から おきあがった らしい ジムチョウ は、 あらい ボウジマ の ネル の ツツソデ 1 マイ を きた まま で、 メ の はれぼったい カオ を して、 コヤマ の よう な おおきな ゴタイ を ネドコ に くねらして、 とつぜん はいって きた ヨウコ を ぎっと みまもって いた。 とうの ムカシ に ココロ の ウチ は みとおしきって いる よう な、 それでいて コトバ も ろくろく かわさない ほど に ムトンジャク に みえる オトコ の マエ に たって、 ヨウコ は さすが に しばらく は いいいず べき コトバ も なかった。 あせる キ を おししずめ おししずめ、 カオイロ を うごかさない だけ の チンチャク を もちつづけよう と つとめた が、 イマ まで に おぼえない ワクラン の ため に、 アタマ は ぐらぐら と なって、 ムイミ だ と ジブン で さえ おもわれる よう な ビショウ を もらす オロカサ を どう する こと も できなかった。 クラチ は ヨウコ が その アサ その ヘヤ に くる の を マエ から ちゃんと しりぬいて でも いた よう に おちつきはらって、 アサ の アイサツ も せず に、
「さ、 おかけなさい。 ここ が ラク だ」
と イツモ の とおり な すこし みおろした シタシミ の ある コトバ を かけて、 ヒルマ は ナガイス-ガワリ に つかう シンダイ の ザ を すこし ゆずって まって いる。 ヨウコ は テキイ を ふくんで さえ みえる ヨウス で たった まま、
「ナニ か ゴヨウ が おあり に なる そう で ございます が……」
 かたく なりながら いって、 ああ また みえすく こと を いって しまった と すぐ コウカイ した。 ジムチョウ は ヨウコ の コトバ を おいかける よう に、
「ヨウ は アト で いいます。 まあ おかけなさい」
と いって すまして いた。 その コトバ を きく と、 ヨウコ は その イイナリ-ホウダイ に なる より シカタ が なかった。 「オマエ は けっきょく は ここ に すわる よう に なる ん だよ」 と ジムチョウ は コトバ の ウラ に ミライ を ヨチ しきって いる の が ヨウコ の ココロ を イッシュ ステバチ な もの に した。 「すわって やる もの か」 と いう シュウカンテキ な オトコ に たいする ハンコウシン は ただ ワケ も なく ひしがれて いた。 ヨウコ は つかつか と すすみよって ジムチョウ と おしならんで シンダイ に こしかけて しまった。
 この ヒトツ の キョドウ が―― この なんでも ない ヒトツ の キョドウ が キュウ に ヨウコ の ココロ を かるく して くれた。 ヨウコ は その シュンカン に オオイソギ で イマ まで うしないかけて いた もの を ジブン の ほう に たぐりもどした。 そして ジムチョウ を ナガシメ に みやって、 ちょっと ほほえんだ その ビショウ には、 サッキ の ビショウ の オロカシサ が ひそんで いない の を しんずる こと が できた。 ヨウコ の セイカク の フカミ から わきでる おそろしい シゼンサ が まとまった スガタ を あらわしはじめた。
「ナニゴヨウ で いらっしゃいます」
 その わざとらしい ツクリゴエ の ウチ に かすか な シタシミ を こめて みせた コトバ も、 ニッカンテキ に アツミ を おびた、 それでいて さかしげ に シマリ の いい フタツ の クチビル に ふさわしい もの と なって いた。
「キョウ フネ が ケンエキジョ に つく ん です、 キョウ の ゴゴ に。 ところが ケンエキイ が これ なん だ」
 ジムチョウ は ホウバイ に でも うちあける よう に、 おおきな ショクシ を カギガタ に まげて、 たぐる よう な カッコウ を して みせた。 ヨウコ が ちょっと はんじかねた カオツキ を して いる と、
「だから のまして やらん ならん の です よ。 それから ポーカー にも まけて やらん ならん。 ビジン が いれば おがまして も やらん ならん」
と なお テマネ を つづけながら、 ジムチョウ は マクラモト に おいて ある ガンコ な パイプ を とりあげて、 ユビ の サキ で ハイ を おしつけて、 スイノコリ の タバコ に ヒ を つけた。
「フネ を さえ みれば そうした ワルサ を しおる ん だ から、 ウミボウズ を みる よう な ヤツ です。 そう いう と アタマ の つるり と した クラゲ-じみた ニュウドウ-らしい が、 ジッサイ は ゲンキ の いい イキ な わかい イシャ で ね。 おもしろい ヤツ だ。 ひとつ あって ごらん。 ワタシ で から が あんな ところ に ネンジュウ おかれれば ああ なる わさ」
と いって、 ミギテ に もった パイプ を ヒザガシラ に おきそえて、 むきなおって マトモ に ヨウコ を みた。 しかし その とき ヨウコ は クラチ の コトバ には それほど チュウイ を はらって は いない ヨウス を みせて いた。 ちょうど ヨウコ の ムコウガワ に ある ジム テーブル の ウエ に かざられた ナンマイ か の シャシン を ものめずらしそう に ながめやって、 ミギテ の ユビサキ を かるく キヨウ に うごかしながら、 タバコ の ケムリ が ムラサキイロ に カオ を かすめる の を はらって いた。 ジブン を オトリ に まで つかおう と する ブレイ も アナタ なれば こそ なんとも いわず に いる の だ と いう ココロ を ジムチョウ も さすが に すいした らしい。 しかし それ にも かかわらず ジムチョウ は イイワケ ヒトツ いわず、 いっこう ヘイキ な もの で、 きれい な カザリガミ の ついた キングチ タバコ の コバコ を テ を のばして タナ から とりあげながら、
「どう です 1 ポン」
と ヨウコ の マエ に さしだした。 ヨウコ は ジブン が タバコ を のむ か のまぬ か の モンダイ を はじきとばす よう に、
「あれ は ドナタ?」
と シャシン の ヒトツ に メ を さだめた。
「どれ」
「あれ」
 ヨウコ は そう いった まま で ゆびさし は しない。
「どれ」
と ジムチョウ は もう イチド いって、 ヨウコ の おおきな メ を まじまじ と みいって から その シセン を たどって、 しばらく シャシン を みわけて いた が、
「はあ あれ か。 あれ は ね ワタシ の サイシ です ん だ。 ケイサイ と トンジ ども です よ」
と いって たかだか と わらいかけた が、 ふと わらいやんで、 けわしい メ で ヨウコ を ちらっと みた。
「まあ そう。 ちゃんと オシャシン を おかざり なすって、 おやさしゅう ござんす わね」
 ヨウコ は しんなり と たちあがって その シャシン の マエ に いった。 ものめずらしい もの を みる と いう ヨウス を して は いた けれども、 ココロ の ウチ には ジブン の テキ が どんな ケダモノ で ある か を みきわめて やる ぞ と いう はげしい テキガイシン が キュウ に もえあがって いた。 マエ には ゲイシャ で でも あった の か、 それとも オット の ココロ を むかえる ため に そう つくった の か、 どこ か クロウト-じみた きれい な マルマゲ の オンナ が きかざって、 3 ニン の ショウジョ を ヒザ に だいたり ソバ に たたせたり して うつって いた。 ヨウコ は それ を とりあげて アナ の あく ほど じっと みやりながら テーブル の マエ に たって いた。 ぎごちない チンモク が しばらく そこ に つづいた。
「オヨウ さん」
(ジムチョウ は はじめて ヨウコ を その セイ で よばず に こう よびかけた) とつぜん フルエ を おびた、 ひくい、 おもい コエ が やきつく よう に ミミ ちかく きこえた と おもう と、 ヨウコ は クラチ の おおきな ムネ と ふとい ウデ と で ミウゴキ も できない よう に だきすくめられて いた。 もとより ヨウコ は その アサ クラチ が ヤジュウ の よう な アソルト に でる こと を チョッカクテキ に カクゴ して、 むしろ それ を キタイ して、 その アソルト を、 ココロ ばかり で なく、 ニクタイテキ な コウキシン を もって まちうけて いた の だった が、 かくまで とつぜん、 なんの マエブレ も なく おこって こよう とは おもい も もうけなかった ので、 オンナ の ホンネン の シュウチ から おこる テイソウ の ボウエイ に かられて、 ねっしきった よう な ひえきった よう な チ を イチジ に タイナイ に かんじながら、 かかえられた まま、 ブベツ を きわめた ヒョウジョウ を フタツ の メ に あつめて、 クラチ の カオ を ナナメ に みかえした。 その ひややか な メ の ヒカリ は カリソメ な オトコ の ココロ を たじろがす はず だった。 ジムチョウ の カオ は ふりかえった ヨウコ の カオ に イキ の かかる ほど の チカサ で、 ヨウコ を みいって いた が、 ヨウコ が あたえた レイコク な ヒトミ には メ も くれぬ まで くるわしく ねっして いた。 (ヨウコ の カンジョウ を もっとも つよく あおりたてる もの は ネドコ を はなれた アサ の オトコ の カオ だった。 イチヤ の キュウソク に スベテ の セイキ を ジュウブン に カイフク した ケンコウ な オトコ の ヨウボウ の ウチ には、 オンナ の もつ スベテ の もの を なげいれて も おしく ない と おもう ほど の チカラ が こもって いる と ヨウコ は しじゅう かんずる の だった) ヨウコ は クラチ に ぞんぶん な ケイブ の ココロモチ を みせつけながら も、 その カオ を ハナ の サキ に みる と、 ダンセイ と いう もの の キョウレツ な ケンイン の チカラ を うちこまれる よう に かんぜず には いられなかった。 イキ せわしく はく オトコ の タメイキ は アラレ の よう に ヨウコ の カオ を うった。 ヒ と もえあがらん ばかり に オトコ の カラダ から は ディザイア の ホムラ が ぐんぐん ヨウコ の ケツミャク に まで ひろがって いった。 ヨウコ は ワレ にも なく イジョウ な コウフン に がたがた ふるえはじめた。
     *     *     *
 ふと クラチ の テ が ゆるんだ ので ヨウコ は きって おとされた よう に ふらふら と よろけながら、 あやうく ふみとどまって メ を ひらく と、 クラチ が ヘヤ の ト に カギ を かけよう と して いる ところ だった。 カギ が あわない ので、
「くそっ」
と ウシロムキ に なって つぶやく クラチ の コエ が サイゴ の センコク の よう に ゼツボウテキ に ひくく ヘヤ の ナカ に ひびいた。
 クラチ から はなれた ヨウコ は さながら ハハ から はなれた アカゴ の よう に、 スベテ の チカラ が キュウ に どこ か に きえて しまう の を かんじた。 アト に のこる もの とて は ソコ の ない、 たよりない ヒアイ ばかり だった。 イマ まで あじわって きた スベテ の ヒアイ より も さらに ザンコク な ヒアイ が、 ヨウコ の ムネ を かきむしって おそって きた。 それ は クラチ の そこ に いる の すら わすれさす くらい だった。 ヨウコ は いきなり ネドコ の ウエ に まるまって たおれた。 そして ウツブシ に なった まま ケイレンテキ に はげしく なきだした。 クラチ が その ナキゴエ に ちょっと ためらって たった まま みて いる アイダ に、 ヨウコ は ココロ の ウチ で さけび に さけんだ。
「ころす なら ころす が いい。 ころされたって いい。 ころされたって にくみつづけて やる から いい。 ワタシ は かった。 なんと いって も かった。 こんな に かなしい の を なぜ はやく ころして は くれない の だ。 この カナシミ に いつまでも ひたって いたい。 はやく しんで しまいたい。……」

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