カナ文字文庫(漢字廃止論)

日本文学の名作などをカナ書きに改めて掲載。

ある オンナ (コウヘン 7)

2021-04-20 | アリシマ タケオ
 34

 ともかくも イッカ の アルジ と なり、 イモウト たち を よびむかえて、 その キョウイク に キョウミ と セキニン と を もちはじめた ヨウコ は、 しぜん しぜん に ツマ-らしく また ハハ-らしい ホンノウ に たちかえって、 クラチ に たいする ジョウネン にも どこ か ニク から セイシン に うつろう と する カタムキ が できて くる の を かんじた。 それ は たのしい ブジ とも かんがえれば かんがえられぬ こと は なかった。 しかし ヨウコ は あきらか に クラチ の ココロ が そういう ジョウタイ の モト には すこし ずつ こわばって ゆき ひえて ゆく の を かんぜず には いられなかった。 それ が ヨウコ には ナニ より も フマン だった。 クラチ を えらんだ ヨウコ で あって みれば、 ヒ が たつ に したがって ヨウコ にも クラチ が かんじはじめた と ドウヨウ な モノタラナサ が かんぜられて いった。 おちつく の か ひえる の か、 とにかく クラチ の カンジョウ が ハクネツ して はたらかない の を みせつけられる シュンカン は ふかい サビシミ を さそいおこした。 こんな こと で ジブン の ゼンガ を なげいれた コイ の ハナ を ちって しまわせて なる もの か。 ジブン の コイ には ゼッチョウ が あって は ならない。 ジブン には まだ どんな ナンロ でも まいくるいながら のぼって ゆく ネツ と チカラ と が ある。 その ネツ と チカラ と が つづく かぎり、 ぼんやり コシ を すえて シュウイ の ヘイボン な ケシキ など を ながめて マンゾク して は いられない。 ジブン の メ には ゼッテン の ない ゼッテン ばかり が みえて いたい。 そうした ショウドウ は コヤミ なく ヨウコ の ムネ に わだかまって いた。 エノシママル の センシツ で クラチ が みせて くれた よう な、 なにもかも ムシ した、 カミ の よう に キョウボウ な ネッシン―― それ を くりかえして ゆきたかった。
 タケシバ-カン の イチヤ は まさしく それ だった。 その ヨ ヨウコ は、 ツギ の アサ に なって ジブン が しんで みいだされよう とも マンゾク だ と おもった。 しかし ツギ の アサ いきた まま で メ を ひらく と、 その バ で しぬ ココロモチ には もう なれなかった。 もっと こうじた カンラク を おいこころみよう と いう ヨクネン、 そして それ が できそう な キタイ が ヨウコ を ミレン に した。 それから と いう もの ヨウコ は ボウガ コントン の カンキ に ひたる ため には、 スベテ を ギセイ と して も おしまない ココロ に なって いた。 そして クラチ と ヨウコ とは タガイタガイ を たのしませ そして ひきよせる ため に あらん カギリ の シュダン を こころみた。 ヨウコ は ジブン の フカハンセイ (オンナ が オトコ に たいして もつ いちばん キョウダイ な コワクブツ) の スベテ まで おしみなく なげだして、 ジブン を クラチ の メ に ショウフ イカ の もの に みせる とも くいよう とは しなく なった。 フタリ は、 ワキメ には サンビ だ と さえ おもわせる よう な ニクヨク の フハイ の すえとおく、 たがいに インラク の ミ を タガイタガイ から うばいあいながら ずるずる と くずれこんで ゆく の だった。
 しかし クラチ は しらず、 ヨウコ に とって は この いまわしい フハイ の ナカ にも イチル の キタイ が ひそんで いた。 イチド ぎゅっと つかみえたら もう うごかない ある もの が その ナカ に よこたわって いる に ちがいない、 そういう キタイ を ココロ の スミ から ぬぐいさる こと が できなかった の だった。 それ は クラチ が ヨウコ の コワク に まったく まよわされて しまって ふたたび ジブン を カイフク しえない ジキ が ある だろう と いう それ だった。 コイ を しかけた モノ の ヒケメ と して ヨウコ は イマ まで、 ジブン が クラチ を あいする ほど クラチ が ジブン を あいして は いない と ばかり おもった。 それ が いつでも ヨウコ の ココロ を フアン に し、 ジブン と いう もの の イスワリドコロ まで ぐらつかせた。 どうか して クラチ を チホウ の よう に して しまいたい。 ヨウコ は それ が ため には ある カギリ の シュダン を とって くいなかった の だ。 サイシ を リエン させて も、 シャカイテキ に しなして しまって も、 まだまだ ものたらなかった。 タケシバ-カン の ヨル に ヨウコ は クラチ を ゴクインヅキ の キョウジョウモチ に まで した こと を しった。 ガイカイ から きりはなされる だけ それだけ クラチ が ジブン の テ に おちる よう に おもって いた ヨウコ は それ を しって ウチョウテン に なった。 そして クラチ が しのばねば ならぬ クツジョク を うめあわせる ため に ヨウコ は クラチ が ほっする と おもわしい はげしい ジョウヨク を テイキョウ しよう と した の だ。 そして そう する こと に よって、 ヨウコ ジシン が けっきょく ジコ を ショウジン して クラチ の キョウミ から はなれつつ ある こと には きづかなかった の だ。
 とにも かくにも フタリ の カンケイ は タケシバ-カン の イチヤ から メンボク を あらためた。 ヨウコ は ふたたび ツマ から ジョウネツ の わかわかしい ジョウジン に なって みえた。 そういう ココロ の ヘンカ が ヨウコ の ニクタイ に およぼす ヘンカ は おどろく ばかり だった。 ヨウコ は キュウ に ミッツ も ヨッツ も わかやいだ。 26 の ハル を むかえた ヨウコ は その コロ の オンナ と して は そろそろ オイ の チョウコウ をも みせる はず なのに、 ヨウコ は ヒトツ だけ トシ を わかく とった よう だった。
 ある テンキ の いい ゴゴ ――それ は ウメ の ツボミ が もう すこし ずつ ふくらみかかった ゴゴ の こと だった が―― ヨウコ が エンガワ に クラチ の カタ に テ を かけて たちならびながら、 うっとり と ジョウキ して スズメ の まじわる の を みて いた とき、 ゲンカン に おとずれた ヒト の ケハイ が した。
「ダレ でしょう」
 クラチ は ものうさそう に、
「オカ だろう」
と いった。
「いいえ きっと マサイ さん よ」
「なあに オカ だ」
「じゃ カケ よ」
 ヨウコ は まるで ショウジョ の よう に あまったれた クチョウ で いって ゲンカン に でて みた。 クラチ が いった よう に オカ だった。 ヨウコ は アイサツ も ろくろく しない で いきなり オカ の テ を しっかり と とった。 そして ちいさな コエ で、
「よく いらしって ね。 その アイギ の よく おにあい に なる こと。 ハル-らしい いい イロジ です わ。 イマ クラチ と カケ を して いた ところ。 はやく おあがり あそばせ」
 ヨウコ は クラチ に して いた よう に オカ の ヤサガタ に テ を まわして ならびながら ザシキ に はいって きた。
「やはり アナタ の カチ よ。 アナタ は アテコト が オジョウズ だ から オカ さん を ゆずって あげたら うまく あたった わ。 イマ ゴホウビ を あげる から そこ で みて いらっしゃい よ」
 そう クラチ に いう か と おもう と、 いきなり オカ を だきすくめて その ホオ に つよい セップン を あたえた。 オカ は ショウジョ の よう に はじらって しいて ヨウコ から はなれよう と もがいた。 クラチ は レイ の しぶい よう に クチモト を ねじって ほほえみながら、
「バカ!…… コノゴロ この オンナ は すこし どうか しとります よ。 オカ さん、 アナタ ひとつ セナカ でも どやして やって ください。 ……まだ ベンキョウ か」
と いいながら ヨウコ に テンジョウ を ゆびさして みせた。 ヨウコ は オカ に セナカ を むけて 「さあ どやして ちょうだい」 と いいながら、 コンド は テンジョウ を むいて、
「アイ さん、 サア ちゃん、 オカ さん が いらしって よ。 オベンキョウ が すんだら はやく おりて おいで」
と すんだ うつくしい コエ で ハスハ に さけんだ。
「そうお」
と いう コエ が して すぐ サダヨ が とんで おりて きた。
「サア ちゃん は イマ ベンキョウ が すんだ の か」
と クラチ が きく と サダヨ は ヘイキ な カオ で、
「ええ イマ すんで よ」
と いった。 そこ には すぐ はなやか な ワライ が ハレツ した。 アイコ は なかなか シタ に おりて こよう とは しなかった。 それでも 3 ニン は したしく チャブダイ を かこんで チャ を のんだ。 その ヒ オカ は トクベツ に ナニ か いいだしたそう に して いる ヨウス だった が、 やがて、
「キョウ は ワタシ すこし オネガイ が ある ん です が ミナサマ きいて くださる でしょう か」
 おもくるしく いいだした。
「ええ ええ アナタ の おっしゃる こと なら なんでも…… ねえ サア ちゃん (と ここ まで は ジョウダン-らしく いった が キュウ に マジメ に なって) ……なんでも おっしゃって くださいまし な、 そんな タニン ギョウギ を して くださる と ヘン です わ」
と ヨウコ が いった。
「クラチ さん も いて くださる ので かえって いいよい と おもいます が コトウ さん を ここ に おつれ しちゃ いけない でしょう か。 ……キムラ さん から コトウ さん の こと は マエ から うかがって いた ん です が、 ワタシ は はじめて の オカタ に おあい する の が なんだか オックウ な タチ な もの で フタツ マエ の ニチヨウビ まで とうとう オテガミ も あげない で いたら、 その ヒ とつぜん コトウ さん の ほう から たずねて きて くださった ん です。 コトウ さん も イチド おたずね しなければ いけない ん だ が と いって いなさいました。 で ワタシ、 キョウ は スイヨウビ だ から、 ヨウベン ガイシュツ の ヒ だ から、 これから むかえ に いって きたい と おもう ん です。 いけない でしょう か」
 ヨウコ は クラチ だけ に カオ が みえる よう に むきなおって 「ジブン に まかせろ」 と いう メツキ を しながら、
「いい わね」
と ネン を おした。 クラチ は ヒミツ を つたえる ヒト の よう に カオイロ だけ で 「よし」 と こたえた。 ヨウコ は くるり と オカ の ほう に むきなおった。
「よう ございます とも (ヨウコ は その よう に アクセント を つけた) アナタ に オムカイ に いって いただいて は ホント に すみません けれども、 そうして くださる と ホントウ に ケッコウ。 サア ちゃん も いい でしょう。 また もう ヒトリ オトモダチ が ふえて…… しかも めずらしい ヘイタイ さん の オトモダチ……」
「アイ ネエサン が オカ さん に つれて いらっしゃい って このあいだ そう いった のよ」
と サダヨ は エンリョ なく いった。
「そうそう アイコ さん も そう おっしゃって でした ね」
と オカ は どこまでも ジョウヒン な テイネイ な コトバ で コト の ツイデ の よう に いった。
 オカ が イエ を でる と しばらく して クラチ も ザ を たった。
「いい でしょう。 うまく やって みせる わ。 かえって デイリ させる ほう が いい わ」
 ゲンカン に おくりだして そう ヨウコ は いった。
「どう かな アイツ、 コトウ の ヤツ は すこし ほねばりすぎてる…… が わるかったら モトモト だ…… とにかく キョウ オレ の いない ほう が よかろう」
 そう いって クラチ は でて いった。 ヨウコ は ハリダシ に なって いる 6 ジョウ の ヘヤ を きれい に かたづけて、 ヒバチ の ナカ に コウ を たきこめて、 こころしずか に モクロミ を めぐらしながら コトウ の くる の を まった。 しばらく あわない うち に コトウ は だいぶ てごわく なって いる よう にも おもえた。 そこ を ジブン の サイリョク で まるめる の が トキ に とって の キョウミ の よう にも おもえた。 もし コトウ を ナンカ すれば、 キムラ との カンケイ は イマ より も ツナギ が よく なる……。
 30 プン ほど たった コロ ヒトツギ の ヘイエイ から コトウ は オカ に ともなわれて やって きた。 ヨウコ は 6 ジョウ に いて、 サダヨ を トリツギ に だした。
「サダヨ さん だね。 おおきく なった ね」
 まるで マエ の コトウ の コエ とは おもわれぬ よう な おとなびた くろずんだ コエ が して、 がちゃがちゃ と ハイケン を とる らしい オト も きこえた。 やがて オカ の サキ に たって カッコウ の わるい きたない クロ の グンプク を きた コトウ が、 ヒルイ の くさった よう な ニオイ を ぷんぷん させながら ヨウコ の いる ところ に はいって きた。
 ヨウコ は タイ なく コウイ を こめた メツキ で、 ショウジョ の よう に はれやか に おどろきながら コトウ を みた。
「まあ これ が コトウ さん? なんて こわい カタ に なって おしまい なすった ん でしょう。 モト の コトウ さん は オヒタイ の おしろい ところ だけ に しか のこっちゃ いません わ。 がみがみ と しかったり なすっちゃ いや です こと よ。 ホントウ に しばらく。 もう こんりんざい きて は くださらない もの と あきらめて いました のに、 よく…… よく いらしって くださいました。 オカ さん の オテガラ です わ…… ありがとう ございました」
と いって ヨウコ は そこ に ならんで すわった フタリ の セイネン を カタミガワリ に みやりながら かるく アイサツ した。
「さぞ おつらい でしょう ねえ。 オユ は? おめし に ならない? ちょうど わいて います わ」
「だいぶ くさくって オキノドク です が、 1 ド や 2 ド ユ に つかったって なおり は しません から…… まあ はいりません」
 コトウ は はいって きた とき の しかつめらしい ヨウス に ひきかえて カオイロ を やわらがせられて いた。 ヨウコ は ココロ の ウチ で あいかわらず の シンプルトン だ と おもった。
「そう ねえ ナンジ まで モンゲン は?…… え、 6 ジ? それじゃ もう いくらも ありません わね。 じゃ オユ は よして いただいて オハナシ の ほう を たんと しましょう ねえ。 いかが グンタイ セイカツ は、 オキ に いって?」
「はいらなかった マエ イジョウ に きらい に なりました」
「オカ さん は どう なさった の」
「ワタシ は まだ ユウヨチュウ です が ケンサ を うけたって きっと ダメ です。 フゴウカク の よう な ケンコウ を もつ と、 ワタシ グンタイ セイカツ の できる よう な ヒト が うらやましくって なりません。 ……カラダ でも つよく なったら ワタシ、 もうすこし ココロ も つよく なる ん でしょう けれども……」
「そんな こと は ありません ねえ」
 コトウ は ジブン の ケイケン から オカ を セップク する よう に そう いった。
「ボク も その ヒトリ だ が、 オニ の よう な タイカク を もって いて、 オンナ の よう な ヨワムシ が タイ に いて みる と たくさん います よ。 ボク は こんな ココロ で こんな タイカク を もって いる の が センテンテキ の ニジュウ セイカツ を しいられる よう で くるしい ん です。 これから も ボク は この ムジュン の ため に きっと くるしむ に ちがいない」
「ナン です ね オフタリ とも、 ミョウ な ところ で ケンソン の シッコ を なさる のね。 オカ さん だって そう およわく は ない し、 コトウ さん と きたら それ は イシ ケンゴ……」
「そう なら ボク は キョウ も ここ なんか には き や しません。 キムラ クン にも とうに ケッシン を させて いる はず なん です」
 ヨウコ の コトバ を チュウト から うばって、 コトウ は したたか ジブン ジシン を むちうつ よう に はげしく こう いった。 ヨウコ は なにもかも わかって いる くせ に シラ を きって フシギ そう な カオツキ を して みせた。
「そう だ、 おもいきって いう だけ の こと は いって しまいましょう。 ……オカ クン たたない で ください。 キミ が いて くださる と かえって いい ん です」
 そう いって コトウ は ヨウコ を しばらく ジュクシ して から いいだす こと を まとめよう と する よう に シタ を むいた。 オカ も ちょっと カタチ を あらためて ヨウコ の ほう を ぬすみみる よう に した。 ヨウコ は マユ ヒトツ うごかさなかった。 そして ソバ に いる サダヨ に ミミウチ して、 アイコ を てつだって 5 ジ に ユウショク の たべられる ヨウイ を する よう に、 そして サンエンテイ から ミサラ ほど の リョウリ を とりよせる よう に いいつけて ザ を はずさした。 コトウ は おどる よう に して ヘヤ を でて ゆく サダヨ を そっと メ の ハズレ で みおくって いた が、 やがて おもむろに カオ を あげた。 ヒ に やけた カオ が さらに あかく なって いた。
「ボク は ね…… (そう いって おいて コトウ は また かんがえた) ……アナタ が、 そんな こと は ない と アナタ は いう でしょう が、 アナタ が クラチ と いう その ジムチョウ の ヒト の オクサン に なられる と いう の なら、 それ が わるい って おもってる わけ じゃ ない ん です。 そんな こと が ある と すりゃ そりゃ シカタ の ない こと なん だ。 ……そして です ね、 ボク にも そりゃ わかる よう です。 ……わかる って いう の は、 アナタ が そう なれば なりそう な こと だ と、 それ が わかる って いう ん です。 しかし それなら それ で いい から、 それ を キムラ に はっきり と いって やって ください。 そこ なん だ ボク の いわん と する の は。 アナタ は おこる かも しれません が、 ボク は キムラ に イクド も ヨウコ さん とは もう エン を きれ って カンコク しました。 これまで ボク が アナタ に だまって そんな こと を して いた の は わるかった から オコトワリ を します (そう いって コトウ は ちょっと セイジツ に アタマ を さげた。 ヨウコ も だまった まま マジメ に うなずいて みせた)。 けれども キムラ から の ヘンジ は、 それ に たいする ヘンジ は いつでも ドウイツ なん です。 ヨウコ から ハヤク の こと を もうしでて くる か、 クラチ と いう ヒト との ケッコン を もうしでて くる まで は、 ジブン は ダレ の コトバ より も ヨウコ の コトバ と ココロ と に シンヨウ を おく。 シンユウ で あって も この モンダイ に ついて は、 キミ の カンコク だけ では ココロ は うごかない。 こう なん です。 キムラ って の は そんな オトコ なん です よ (コトウ の コトバ は ちょっと くもった が すぐ モト の よう に なった)。 それ を アナタ は だまって おく の は すこし ヘン だ と おもいます」
「それで……」
 ヨウコ は すこし ザ を のりだして コトウ を はげます よう に コトバ を つづけさせた。
「キムラ から は マエ から アナタ の ところ に いって よく ジジョウ を みて やって くれ、 ビョウキ の こと も シンパイ で ならない から と いって きて は いる ん です が、 ボク は ジブン ながら どう シヨウ も ない ミョウ な ケッペキ が ある もん だ から つい うかがいおくれて しまった の です。 なるほど アナタ は セン より は やせました ね。 そして カオ の イロ も よく ありません ね」
 そう いいながら コトウ は じっと ヨウコ の カオ を みやった。 ヨウコ は アネ の よう に イチダン の タカミ から コトウ の メ を むかえて オウヨウ に ほほえんで いた。 いう だけ いわせて みよう、 そう おもって コンド は オカ の ほう に メ を やった。
「オカ さん。 アナタ イマ コトウ さん の おっしゃる こと を すっかり おきき に なって いて くださいました わね。 アナタ は コノゴロ シツレイ ながら カゾク の ヒトリ の よう に こちら に あそび に おいで くださる ん です が、 ワタシ を どう おおもい に なって いらっしゃる か、 ゴエンリョ なく コトウ さん に おはなし なすって くださいまし な。 けっして ゴエンリョ なく…… ワタシ どんな こと を うかがって も けっして けっして なんとも おもい は いたしません から」
 それ を きく と オカ は ひどく トウワク して カオ を マッカ に して ショジョ の よう に はにかんだ。 コトウ の ソバ に オカ を おいて みる の は、 セイドウ の カビン の ソバ に サキカケ の サクラ を おいて みる よう だった。 ヨウコ は ふと ココロ に うかんだ その タイヒ を ジブン ながら おもしろい と おもった。 そんな ヨユウ を ヨウコ は うしなわない で いた。
「ワタシ こういう コトガラ には モノ を いう チカラ は ない よう に おもいます から……」
「そう いわない で ホントウ に おもった こと を いって みて ください。 ボク は イッテツ です から ひどい オモイマチガイ を して いない とも かぎりません から。 どうか きかして ください」
 そう いって コトウ も ケンショウ-ゴシ に オカ を かえりみた。
「ホントウ に なにも いう こと は ない ん です けれども…… キムラ さん には ワタシ クチ に いえない ほど ゴドウジョウ して います。 キムラ さん の よう な いい カタ が イマゴロ どんな に ヒトリ で さびしく おもって おられる か と おもいやった だけ で ワタシ さびしく なって しまいます。 けれども ヨノナカ には イロイロ な ウンメイ が ある の では ない でしょう か。 そして メイメイ は だまって それ を たえて いく より シカタ が ない よう に ワタシ おもいます。 そこ で ムリ を しよう と する と スベテ の こと が わるく なる ばかり…… それ は ワタシ だけ の カンガエ です けれども。 ワタシ そう かんがえない と イッコク も いきて いられない よう な キ が して なりません。 ヨウコ さん と キムラ さん と クラチ さん との カンケイ は ワタシ すこし は しってる よう にも おもいます けれども、 よく かんがえて みる と かえって ちっとも しらない の かも しれません ねえ。 ワタシ は ジブン ジシン が すこしも わからない ん です から オサンニン の こと など も、 わからない ジブン の、 わからない ソウゾウ だけ の こと だ と おもいたい ん です。 ……コトウ さん には そこ まで は おはなし しません でした けれども、 ワタシ ジブン の ウチ の ジジョウ が たいへん くるしい ので ココロ を うちあける よう な ヒト を もって いません でした が……、 ことに ハハ とか シマイ とか いう オンナ の ヒト に…… ヨウコ さん に オメ に かかったら、 なんでも なく それ が できた ん です。 それで ワタシ は うれしかった ん です。 そして ヨウコ さん が キムラ さん と どうしても キ が おあい に ならない、 その こと も シツレイ です けれども イマ の ところ では ワタシ ソウゾウ が ちがって いない よう にも おもいます。 けれども その ホカ の こと は ワタシ なんとも ジシン を もって いう こと が できません。 そんな ところ まで タニン が ソウゾウ を したり クチ を だしたり して いい もの か どう か も ワタシ わかりません。 たいへん ドクゼンテキ に きこえる かも しれません が、 そんな キ は なく、 ウンメイ に できる だけ ジュウジュン に して いたい と おもう と、 ワタシ すすんで モノ を いったり したり する の が おそろしい と おもいます。 ……なんだか すこしも ヤク に たたない こと を いって しまいまして…… ワタシ やはり チカラ が ありません から、 なにも いわなかった ほう が よかった ん です けれども……」
 そう たえいる よう に コエ を ほそめて オカ は コトバ を むすばぬ うち に クチ を つぐんで しまった。 その アト には チンモク だけ が ふさわしい よう に クチ を つぐんで しまった。
 じっさい その アト には フシギ な ほど しめやか な チンモク が つづいた。 たきこめた コウ の ニオイ が かすか に うごく だけ だった。
「あんな に ケンソン な オカ クン も (オカ は あわてて その サンジ らしい コトウ の コトバ を うちけそう と しそう に した が、 コトウ が どんどん コトバ を つづける ので そのまま カオ を あかく して だまって しまった) アナタ と キムラ と が どうしても おりあわない こと だけ は すくなくとも みとめて いる ん です。 そう でしょう」
 ヨウコ は うつくしい チンモク を がさつ な テ で かきみだされた フカイ を かすか に ものたらなく おもう らしい ヒョウジョウ を して、
「それ は ヨウコウ する マエ、 いつぞや ヨコハマ に イッショ に いって いただいた とき くわしく おはなし した じゃ ありません か。 それ は ワタシ ドナタ に でも もうしあげて いた こと です わ」
「そんなら なぜ…… その とき は キムラ の ホカ には ホゴシャ は いなかった から、 アナタ と して は オイモウト さん たち を そだてて いく うえ にも ジブン を ギセイ に して キムラ に いく キ で おいで だった かも しれません が なぜ…… なぜ イマ に なって も キムラ との カンケイ を ソノママ に して おく ヒツヨウ が ある ん です」
 オカ は はげしい コトバ で ジブン が せめられる か の よう に はらはら しながら クビ を さげたり、 ヨウコ と コトウ の カオ と を カタミガワリ に みやったり して いた が、 とうとう いたたまれなく なった と みえて、 しずか に ザ を たって ヒト の いない 2 カイ の ほう に いって しまった。 ヨウコ は オカ の ココロモチ を おもいやって ひきとめなかった し、 コトウ は、 いて もらった ところ が なんの ヤク にも たたない と おもった らしく これ も ひきとめ は しなかった。 さす ハナ も ない セイドウ の カビン ヒトツ…… ヨウコ は ココロ の ウチ で ヒニク に ほほえんだ。
「それ より サキ に うかがわして ちょうだい な、 クラチ さん は どの くらい の テイド で ワタシタチ を ホゴ して いらっしゃる か ゴゾンジ?」
 コトウ は すぐ ぐっと つまって しまった。 しかし すぐ もりかえして きた。
「ボク は オカ クン と ちがって ブルジョア の イエ に うまれなかった もの です から、 デリカシー と いう よう な ビトク を あまり たくさん もって いない よう だ から、 シツレイ な こと を いったら ゆるして ください。 クラチ って ヒト は サイシ まで リエン した…… しかも ヒジョウ に テイセツ らしい オクサン まで リエン した と シンブン に でて いました」
「そう ね シンブン には でて いました わね。 ……よう ございます わ、 かりに そう だ と したら それ が ナニ か ワタシ と カンケイ の ある こと だ と でも おっしゃる の」
 そう いいながら ヨウコ は すこし キ に さえた らしく、 スミトリ を ひきよせて ヒバチ に ヒ を つぎたした。 サクラズミ の ヒバナ が はげしく とんで フタリ の アイダ に はじけた。
「まあ ひどい この スミ は、 ミズ を かけず に もって きた と みえる のね。 オンナ ばかり の ショタイ だ と おもって デイリ の ゴヨウキキ まで ヒト を バカ に する ん です のよ」
 ヨウコ は そう いいいい マユ を ひそめた。 コトウ は ムネ を つかれた よう だった。
「ボク は ランボウ な もん だ から…… イイスギ が あったら ホントウ に ゆるして ください。 ボク は じっさい いかに シンユウ だ から と いって キムラ ばかり を いい よう に と おもってる わけ じゃ ない ん です けれども、 まったく あの キョウグウ には ドウジョウ して しまう もん だ から…… ボク は アナタ も ジブン の タチバ さえ はっきり いって くだされば アナタ の タチバ も リカイ が できる と おもう ん だ けれども なあ。 ……ボク は あまり チョクセンテキ-すぎる ん でしょう か。 ボク は ヨノナカ を サン-クリアー に みたい と おもいます よ。 できない もん でしょう か」
 ヨウコ は なでる よう な コウイ の ホホエミ を みせた。
「アナタ が ワタシ ホントウ に うらやましゅう ござんす わ。 ヘイワ な カテイ に おそだち に なって すなお に なんでも ゴラン に なれる の は ありがたい こと なん です わ。 そんな カタ ばかり が ヨノナカ に いらっしゃる と メンドウ が なくなって それ は いい ん です けれども、 オカ さん なんか は それ から みる と ホントウ に オキノドク なん です の。 ワタシ みたい な モノ を さえ ああして タヨリ に して いらっしゃる の を みる と いじらしくって キョウ は クラチ さん の みて いる マエ で キス して あげっちまった の。 ……ヒトゴト じゃ ありません わね (ヨウコ の カオ は すぐ くもった)。 アナタ と ドウヨウ はきはき した こと の すき な ワタシ が こんな に イジ を こじらしたり、 ヒト の キ を かねたり、 このんで ゴカイ を かって でたり する よう に なって しまった、 それ を かんがえて ゴラン に なって ちょうだい。 アナタ には イマ は おわかり に ならない かも しれません けれども…… それにしても もう 5 ジ。 アイコ に テリョウリ を つくらせて おきました から ヒサシブリ で イモウト たち にも あって やって くださいまし、 ね、 いい でしょう」
 コトウ は キュウ に かたく なった。
「ボク は かえります。 ボク は キムラ に はっきり した ホウコク も できない うち に、 こちら で ゴハン を いただいたり する の は なんだか キ が とがめます。 ヨウコ さん たのみます、 キムラ を すくって ください。 そして アナタ ジシン を すくって ください。 ボク は ホントウ を いう と トオク に はなれて アナタ を みて いる と どうしても きらい に なっちまう ん です が、 こう やって おはなし して いる と シツレイ な こと を いったり ジブン で おこったり しながら も、 アナタ は ジブン でも あざむけない よう な もの を もって おられる の を かんずる よう に おもう ん です。 キョウグウ が わるい ん だ きっと。 ボク は イッショウ が ダイジ だ と おもいます よ。 ライセ が あろう が カコセ が あろう が この イッショウ が ダイジ だ と おもいます よ。 イキガイ が あった と おもう よう に いきて いきたい と おもいます よ。 ころんだって たおれたって そんな こと を セケン の よう に かれこれ くよくよ せず に、 ころんだら たって、 たおれたら おきあがって いきたい と おもいます。 ボク は すこし ヒトナミ はずれて バカ の よう だ けれども、 バカモノ で さえ が そうして いきたい と おもってる ん です」
 コトウ は メ に ナミダ を ためて いたましげ に ヨウコ を みやった。 その とき デントウ が キュウ に ヘヤ を あかるく した。
「アナタ は ホントウ に どこ か わるい よう です ね。 はやく なおって ください。 それじゃ ボク は これ で キョウ は ゴメン を こうむります。 さようなら」
 メジカ の よう に ビンカン な オカ さえ が いっこう チュウイ しない ヨウコ の ケンコウ ジョウタイ を、 ドンジュウ-らしい コトウ が いちはやく みてとって あんじて くれる の を みる と、 ヨウコ は この ソボク な セイネン に ナツカシミ を かんずる の だった。 ヨウコ は たって ゆく コトウ の ウシロ から、
「アイ さん サア ちゃん コトウ さん が おかえり に なる と いけない から はやく きて おとめ もうして おくれ」
と さけんだ。 ゲンカン に でた コトウ の ところ に ダイドコログチ から サダヨ が とんで きた。 とんで き は した が、 クラチ に たいして の よう に すぐ おどりかかる こと は え しない で、 クチ も きかず に、 すこし はずかしげ に そこ に たちすくんだ。 その アト から アイコ が テヌグイ を アタマ から とりながら イソギアシ で あらわれた。 ゲンカン の ナゲシ の ところ に テリカエシ を つけて おいて ある ランプ の ヒカリ を マトモ に うけた アイコ の カオ を みる と、 コトウ は みいられた よう に その ビ に うたれた らしく、 モクレイ も せず に その タチスガタ に ながめいった。 アイコ は にこり と ヒダリ の クチジリ に エクボ の でる ビショウ を みせて、 ミギテ の ユビサキ が ロウカ の イタ に やっと さわる ほど ヒザ を おって かるく アタマ を さげた。 アイコ の カオ には シュウチ らしい もの は すこしも あらわれなかった。
「いけません、 コトウ さん。 イモウト たち が ゴオンガエシ の つもり で イッショウ ケンメイ に した ん です から、 おいしく は ありません が、 ぜひ、 ね。 サア ちゃん オマエサン その オボウシ と ケン と を もって おにげ」
 ヨウコ に そう いわれて サダヨ は すばしこく ボウシ だけ とりあげて しまった。 コトウ は おめおめ と いのこる こと に なった。
 ヨウコ は クラチ をも よびむかえさせた。
 12 ジョウ の ザシキ には この イエ に めずらしく にぎやか な ショクタク が しつらえられた。 5 ニン が おのおの ザ に ついて ハシ を とろう と する ところ に クラチ が はいって きた。
「さあ いらっしゃいまし、 コンヤ は にぎやか です のよ。 ここ へ どうぞ (そう いって コトウ の トナリ の ザ を メ で しめした)。 クラチ さん、 この カタ が いつも オウワサ を する キムラ の シンユウ の コトウ ギイチ さん です。 キョウ めずらしく いらしって くださいました の。 これ が ジムチョウ を して いらしった クラチ サンキチ さん です」
 ショウカイ された クラチ は こころおきない タイド で コトウ の ソバ に すわりながら、
「ワタシ は たしか ソウカクカン で ちょっと オメ に かかった よう に おもう が ゴアイサツ も せず シッケイ しました。 こちら には しじゅう オセワ に なっとります。 イゴ よろしく」
と いった。 コトウ は ショウメン から クラチ を じっと みやりながら ちょっと アタマ を さげた きり モノ も いわなかった。 クラチ は かるがるしく だした ジブン の イマ の コトバ を フカイ に おもった らしく、 にがりきって カオ を ショウメン に なおした が、 しいて ドリョク する よう に エガオ を つくって もう イチド コトウ を かえりみた。
「あの とき から する と みちがえる よう に かわられました な。 ワタシ も ニッシン センソウ の とき は ハンブン グンジン の よう な セイカツ を した が、 なかなか おもしろかった です よ。 しかし くるしい こと も たまに は おあり だろう な」
 コトウ は ショクタク を みやった まま、
「ええ」
と だけ こたえた。 クラチ の ガマン は それまで だった。 イチザ は その キブン を かんじて なんとなく しらけわたった。 ヨウコ の てなれた タクト でも それ は なかなか イッソウ されなかった。 オカ は その キマズサ を キョウレツ な デンキ の よう に かんじて いる らしかった。 ヒトリ サダヨ だけ はしゃぎかえった。
「この サラダ は アイ ネエサン が オス と オリーブ-ユ を まちがって アブラ を たくさん かけた から きっと あぶらっこくって よ」
 アイコ は おだやか に サダヨ を にらむ よう に して、
「サア ちゃん は ひどい」
と いった。 サダヨ は ヘイキ だった。
「そのかわり ワタシ が また オス を アト から いれた から すっぱすぎる ところ が ある かも しれなく なって よ。 もすこし ついでに オハ も いれれば よかって ねえ、 アイ ネエサン」
 ミンナ は おもわず わらった。 コトウ も わらう には わらった。 しかし その ワライゴエ は すぐ しずまって しまった。
 やがて コトウ が とつぜん ハシ を おいた。
「ボク が わるい ため に せっかく の ショクタク を たいへん フユカイ に した よう です。 すみません でした。 ボク は これ で シツレイ します」
 ヨウコ は あわてて、
「まあ そんな こと は ちっとも ありません こと よ。 コトウ さん そんな こと を おっしゃらず に シマイ まで いらしって ちょうだい どうぞ。 ミンナ で トチュウ まで おおくり します から」
と とめた が コトウ は どうしても きかなかった。 ヒトビト は ショクジ ナカバ で たちあがらねば ならなかった。 コトウ は クツ を はいて から、 オビカワ を とりあげて ケン を つる と、 ヨウフク の シワ を のばしながら、 ちらっと アイコ に するどく メ を やった。 ハジメ から ほとんど モノ を いわなかった アイコ は、 この とき も だまった まま、 タコン な ニュウワ な メ を おおきく みひらいて、 チュウザ を して ゆく コトウ を うつくしく たしなめる よう に じっと みかえして いた。 それ を ヨウコ の するどい シカク は みのがさなかった。
「コトウ さん、 アナタ これから きっと たびたび いらしって くださいまし よ。 まだまだ もうしあげる こと が たくさん のこって います し、 イモウト たち も おまち もうして います から、 きっと です こと よ」
 そう いって ヨウコ も シタシミ を こめた ヒトミ を おくった。 コトウ は しゃちこばった グンタイシキ の リツレイ を して、 さくさく と ジャリ の ウエ に クツ の オト を たてながら、 ユウヤミ の もよおした スギモリ の シタミチ の ほう へ と きえて いった。
 ミオクリ に たたなかった クラチ が ザシキ の ほう で ヒトリゴト の よう に ダレ に むかって とも なく 「バカ!」 と いう の が きこえた。


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