私の70代

愈々90代に足を踏み入れ、人生の最終ラウンドに入った想いです。野菜作りとパソコンにも向き合っていきます。
 

古市古墳群を訪ねて (2)

2012年11月07日 | 旅行

  百舌鳥古墳群を訪ねた日から一日置いて、27日(土)古市古墳群を訪ねました。
  

 加茂(京都)→天王寺→阿部野橋(近鉄)→古市駅と、迷うとことなく9時半頃着きました。が先入観で、百舌鳥古墳群めぐりと同じような観光案内が整っていると思い、楽な気持ちでかかりましたが、ちょっと勝手が違っていました。

 百舌鳥古墳群が堺市だけにあるのに対し、古市古墳群は藤井寺市と羽曳野市に跨っているため、観光案内に統一性がなくバラバラで貧弱であった事です。それに陵墓が標高24m以上の台地や丘陵にあり坂道が多くて苦労しました。
 もう一つ大きな違いは、百舌鳥の前方後円墳では古墳の廻りを周遊できる道が整備されていましたが、古市古墳群では、周遊道がない事を途中で知りましたが、最初のうちは戸惑いました。
  百舌鳥と同じ、約5時間弱をかけましたが、撮った写真をあとで見て、少なく解りづらいのに驚いています。            (応神天皇陵古墳で借用しました


                                         
    
 左の地図は、自転車を借りた時に頂いた案内図です。右は、応神天皇陵たもとにあった「宮内庁書陵部・古市陵墓監区事務所」で頂いたものですが、個人的に作ったもののようです。『土曜日で閉じていますが、御用の方はインタホンを押して下さい』の張り紙があり、左図が解りづらくて道を聞こうとした訳です。
 若い職員が二人出てみえて、親切におしえていただきました。が・・・・??

     
 全長110m前方部50mの前方後円古墳ですが、写真を撮った地点は道路に面しており”二つの小山が並んでいる”感じでした。銅鏡・鉄剣・鉄鉾・円筒埴輪・形象埴輪が出土しているそうで、此処は藤井寺市です。

     
 第15代天皇です。全長420m前方部330mの前方後円古墳で日本で2番目の大きさです。
 上記の大鳥塚古墳とは、道路を隔てて此処は羽曳野市です。

   
 仲哀天皇陵え行く道すがら、小さな古墳を見つけました。

     
 第14代天皇です。全長242m前方部182mの前方後円古墳です。幅50m以上の周濠が巡らされていますが、中世城砦として利用されて濠の変形が見られます。古市古墳群では4番目の大きさです。  
     
 応神天皇陵の倍塚とされて居ます。全長225m前方部153mかっては、二重の周濠を巡らせた前方後円古墳です。古市古墳群では5番目の大きさで、5基の倍塚があるところから大王又は高貴な人の陵と推測されています。

     
 墓山古墳の東に接してある、一辺が68m高さ10メートルの方墳です。応神陵の倍塚として宮内庁によって管理されています。

 前方後円古墳については、百舌鳥古墳群より古市古墳群の方が多い(100m以上の古墳9基対14基)ですが、前記した理由などによって多くを訪ねることが出来ませんでした。撮った写真も少なく、その写真を見ながら古市古墳めぐりの一日を振り返って見ても、はっきりとイメージできません。おそらく”迷い、夢うつつ”の状態で廻って居たのでしょう・・・・写真も”点”としてとらえ、百舌鳥古墳群のような全体像をとらえることは出来ませんでした。
 私が百舌鳥、古市の古墳群に関心を持った理由一つが、60年前の20歳ごろ友を訪ねて大阪堺え行った時、車窓から見た前方後円古墳の美しさ・・・が、脳裏に焼き付いていて・・・若しかして出会えるのではー?
 結局出会えることはありませんでした。しかし、耳よりな情報が古市で聞けたことが、何よりな収穫でした。それは、次稿で・・・

 


最新の画像もっと見る

コメントを投稿