私の70代

愈々90代に足を踏み入れ、人生の最終ラウンドに入った想いです。野菜作りとパソコンにも向き合っていきます。
 

庭のツツジと芽条変異

2013年04月29日 | 観察

我が家の庭は、庭師さんが入らなくていい庭になっており、松や槇など、剪定の技術の必要のない樹木で構成しています。基本的には、ドウダンとツツジを主にして、自分で設計しました。整った庭というより、森に近いイメージでつくってもらいました。私が3時間程で剪定(手入れ)が済む小さな庭です。

 その庭のツツジが、今年は特に美しく感じられます。例年は5月の連休過ぎが最盛期ですが、やはり早い感じです。畑が忙しい中ですがカメラに収め、こうして投稿するのも初めてじやないかな・・・・。

      
 毎年「芽条変異」は見られますが、三色の花が見られたのも初めてのような気がします。この「芽条変異」は、ツツジの特長(先祖がえり)です。この「枝変わり」は、どの枝に出るかも本当に気まぐれで、今年は特に目に付いた枝変わりです。

      
 この木も毎年「枝変わり」あでますが、今年は目立たない感じで2か所に出ています。過去は赤の花だけです。

      
 このツツジには、「芽条変異」は過去出ていない思いで、清楚な感じの花です。

      
 このツツジも過去「芽条変異」は出ていない思いです。この木は上記のツツジよりは毎年3ポントぐらい遅く咲くつつじですが、今年は1ポイント位の遅さです。

 この文を書きながら、”今年のツツジの花の綺麗なのは剪定の時期が良かったから!”ではないかと気が付きました。確か”剪定が遅い事はだめ”なことは、知っていますが、確かな時期は勉強し直します。 


ポカシ肥料で作る野菜

2013年04月28日 | 野菜つくり

 ポカシ肥料を我が家で使い始めたのは十数年前にさかのぼります。女房が、女房の友達から教わって使い始め、最初の内は、女房がつくる野菜にだけ使用していました。畑をそれぞれ分けていましたから、私はポカシ肥料を使う事まありませんでした。(EM=有効微生物菌の効果を信じていなかったからです)

 しかし女房の作る野菜が結構出来が良くて、次第に私が感化されていったという感じです。分けていた畑も近年になって解消し、もっぱら私が作る人なっています。が、 ポカシ肥料を作ることは今も女房が担当していてくれます。 『私作る人、女房配る人』と云った感じでやっていますが、『あなたの処の野菜は美味しい!』の言葉が支えになっている感じです。女房の場合・・・・。

 私の場合は、確かに他所の野菜とくらべると「生き生きとした健康色!」と云った感じで??、自画自賛をしています。農薬の殺虫剤を極一部(アブラムシに)使うていどです。

 下は、そんな畑の現況写真です。

        

   
 3回目蒔きの野菜たちです。

   
                                    トウモロコシも定植しました。

        
 マルチを敷いた3本の畝は、茄子、ピーマン、トマトを植える予定です。畝の下には、ポカシ肥料を混ぜた元肥がしっかりと入っています。ここ2~3日で順次定植していきます。連休は畑で・・・・の思いです。


土寄せ作業

2013年04月26日 | 野菜つくり

 農作業の中で「土寄せ」という作業があります。ごく限られた作物、私が作っている野菜の中では、里芋、ジャガイモ、ネギ等の中間農作業行程です。今日は、午前中その”土寄せ”をやってこようと畑に出かけました。

   
 ジャガイモです。畝間70㎝、株間約50センチで15センチほどの深さにタネ芋を植えました。植えた時株間に鶏糞を一掴み余やってあります。今日はやはり株間に、化成肥料(オール14)一掴みと”ぼかし肥料をやりました。(白く見えるもの) 右の写真は、万能で両側の高くなつている土で溝を埋める感じで土寄せをしました。(脇芽はかいて2本立てしました)
 茎が20cmぐらいに伸びた時に本格的土寄せをします。10日ほど後になります。

   
 ネギの苗で第一回の移植がしてあります。これは化成肥料をやり、敷き藁をして溝を埋めるように土寄せをしました。2本植えですが、6本ぐらいに分結するまでにもう1回土寄せをします。6月下旬か7月に本圃に定植します。

 我が家の野菜作りの一つの特徴は、「ポカシ肥料」を全ての野菜にかなり使う事で、ポカシ肥料は自家でつくります。材料は、籾がら、米ぬか、種粕、EM菌、糖蜜で女房が担当しています。約260キロぐらい使用しています。近所ではポカシ肥料を使う人は皆無です。

 豌豆が急に大きくなりました。赤花の莢豌豆と、白花のグリンピースです。

   

 ポカシ肥料を作る女房の言い分ですが、「他所(よそ)の畑より出来が良い」といいます。ポカシを使って野菜を作る私は”否定をしません。が 私の言い分は、他所と違うのはミミズが畑にいることです。

 

 

 

 


夏野菜の定植

2013年04月24日 | 野菜つくり

 今、午後2時少し前です。昨夜から降り始めていた雨は絶え間なく、シトシトと、コンスタントに降り続いています。予報を見てみると今夜半(11時頃)まで続くようです。静かな長雨と云った感じで(予報では、ところによっては雷を伴った激しい雨といっていますが)こんな降り方で、夜までいく「静かな雨の日」です。
 朝から部屋に閉じこもっています。そして11時前後に30分ほど眠ってしまったようです。この時間になって昨日畑で撮った写真があることに気が付きパソコンに向かいました。なんか 時間潰しのようですが・・・・・お許しを・・・・

 今春は苗床へ蒔いた種、スイカ、キウリ、カボチャ、枝豆の発芽が不揃いで、特に枝豆は完全な失敗です。早々と蒔き直しましたがこれも再度失敗で、ちょっと自信を失っている思いです。
 まあ 「自家菜園程度だから、あきらめようー」自分自身を慰めています。全てが100%駄目になった訳ではないですから・・・・

 それでも、どうにか育った胡瓜と南瓜を本圃に定植しました。例年よりも一週間早く、本数も例年より少なくなって8本ずつ植えました。

   
 この列は、胡瓜で22本植わる予定で、あと2回に分けて種をまきます。3回目は地這胡瓜を予定しています。
 トンネルを掛けておきましたから、今日の長雨は心配ありません。手前はイチゴと、奥は小松菜です。

   
南瓜です。この列はあと8株植わります。小玉西瓜を予定していますが、今は苗が小さく、一週間から10日先になります。やはりトンネルを掛けておきました。

 すべての野菜は、前年より少な目に作る考えですが、西瓜だけは例年並みを考えています。今月末には苗も買って、畑もトンネルで賑やかになるはずです。


私の光明寺サクラの歴史 (第2報)

2013年04月23日 | 観察

 写真は、前投稿で使用したもので、昭和初期の木曽川堤の桜並木です。時期は開花前の木立のようです。桜は堤防の上端、高い所に植えられて居る筈です。

 だから、右側の並木は空けて明るく見えますが、左側の並木には、背後に緑の木立が覆い被さるように茂っているのに注目してください。これは竹藪(たけやぶ)です。

 子供の頃光明寺の桜を見に行くときは、この堤防を歩いていきこの竹藪にない、現在の「川島町渡り」に通ずる道路の北方町側に茶店があった記憶です。
 この竹藪は『八丁藪』といって、長さは約1キロ弱、幅は河川敷まで数十メートル?あって鬱蒼と茂って「お化けの住む所」と聞かされて、怖さ故に鮮明に記憶に残っています。それを知る人も少なくなりましたね・・・。

 私の場合、11年間学校に行きましたが、小学校3年生の時に戦争が始まり、あとの7年間は戦争中でした。当時は、それが普通、当然の事と思っていましたが、振り返ってみると『悲惨!!』一言で表現すると、そんな時代でした。
 17歳の時戦争が終わり、以後約70年間過ぎてみると、昔『夢想だにし得なかった』時代を生きている思いです。

 光明寺の桜は、思い出があって”郷愁が湧き出る”想いの桜です。さて、振り返りが長くなりました。 

 「桜並木指定理由とする国指定名勝」は全国で図の6ヶ所しかありません。しかしその印象は、古いという事です。しかも木曽川堤は一番古い指定になっています。

 という事は、昭和の初めには「全国一番の桜の名所」だったんだ!!

 歩いてみると、確かにそれを彷彿(ほうふつ)させる箇所が随所に見られます。老木あり、老木以上に病んだきあり、若木ありと、なんか人間社会の縮図みたいなものを、桜並木も醸し出しています。
 そして老木が、若木に負けないくらいに咲き誇っているのが目に留まります。私だけではないようで、良いカメラを持った人が、複数三脚をたてて老木と向き合ってみえました。桜に風格を感じます・・・歳ですかねー。

       

       

       

 車で20分余で、成木でソメイヨシノで統一された「五条川の桜」がありますが、ここの桜も違った雰囲気をもった桜並木と私は思っています。
 この桜並木の堤防(お囲い堤)は、現在二線堤になっており、本堤防は北側河川沿いにより立派な堤防が築かれています。それでできた河川敷には、木曾三川公園(138タワーパーク・フラワーパーク江南・国立)大野極楽寺公園、蘇南公園など、市の公園や各種施設が出来て市民の格好の憩いの場所になっています。 お化けが出るような八丁藪も殆ど姿を消して、極わずか138タワーパーク公園の境に竹がある程度になっています。
 
 新緑の季節になってしまい、この投稿も時期を失してしまいました。どうしても調べ物があっての事で、来年に投稿を伸ばすのも、的を外れてしまうからの思いです。あ許しを・・・
 (参考資料・ 愛知県教育委員会編集・木曽川サクラ樹勢調査報告書)

 


 

 


私の光明寺サクラの歴史 (第一報)

2013年04月15日 | 風景

 木曽川堤の桜を取り上げるようになったのは、まだ去年からです。それも「お花見!」といった感覚よりも、投稿するために写真を撮りにいくといった感じでした。人の少ない早朝の時間にいって堤の上に車を止めては、写真を撮ってくるといった程度でしたが、今年はちょっと目線を変えて見ようと、車を駐車場に止めて2時間余散策しました。堤防の上そして堤防の北側(遊歩道になっている)堤防の南側をです。
 そして気が付いたのは、多くの桜の木に品種名札が付いていること、数種類ある感じで桜並木に色の変化があること、老木と若木が混在していることです。(4月3日投稿の「今春の桜を撮る」を参照してください。

 ここは昔から『光明寺の桜』といって子供の頃(70数年前)親に連れられて行った記憶があるところです。距離で4キロほど、勿論歩いて履物は、下駄か藁ぞうり履きの時代でした。そんな記憶があるだけに「木曽川堤の桜の歴史を辿ってみよう」と考えた訳です。

 木曽川堤に咲いている訳だからと、国土交通省木曽川上流河川事務所を訪れました。「あの桜は、天然記念物に指定されていて、管轄は一宮市になっています。一宮博物館を訪ねてください」でした。”えー堤の桜は、天然記念物になってるの!!”の感覚で、私の周囲人のほとんどがそんな認識でした。
 早速連絡を取り、丁寧に資料の案内受け(一宮中央図書館)且つ博物館からも資料の提供を受けることが出来ました。その資料を使って纏めました。

 

1)黒い線は、木曽川堤で天然記念物に指定されている桜植樹区間で、右矢印は江南市草井町です。左矢印は
一宮市北方町で区間は約9キロです。
2)緑線は、県道になっており2車線で交通量もかなり多いです。県道は一宮市浅井町大野で堤防下へいき、北方
町までは(赤線と点線)一宮市市道になり、一方通行で交通量は極端に少なくなります。その赤線の所は、今回
桜を散策したところで、昔の桜並木風情の残しています。
3)黄色は、木曽川に架かった橋をさしています。ここでは、木曽川は二手に分かれて大きな中洲(島)つくっています。岐阜県各務原市川島町です。

 名勝及び天然記念物指定の由来   

       

 木曽川堤防上に植えられた桜並木をいいます。この堤防は、別称「お囲い堤」とも言われ、慶長13年(1608)徳川家康の命により、僅か2ヶ年で完成された、犬山市と弥富市を結ぶ木曽川左岸に構築された約47キロに及ぶ堤防の一部です。

 この堤防に、桜が植えられたのは明治18年(1885)年今から128年前のことでした。前年の洪水で損傷を受けた堤防の補修に際し、時の愛知県知事勝間田氏の要請をうけ、地元有志が苗木を寄付、それまで植えられていた松を伐採し堤防の両側に植樹したことに始まったようです。その後幾たびかの補植が行われ、最初葉栗村から始まり、浅井、宮田から草井と広がって徐々に桜並木としての景観が整い、開花時の見事さと、種類貴重さから昭和2年(1927)に国の名勝及び天然記念物に指定されました。

 その指定の説明に・・・
 「明治十八年堤防の両側数里に植栽セル所ニシテ樹種ハ彼岸桜及枝垂桜ヲ主トシ交フルニ少数ノ山桜ヲ以テス。花色ノ紅白花形ノ大小種々アリテ変化ニ富メリ。現存ノ樹数千余ニ達シ花時盛観ヲ呈ス比類ノ桜ヲ多数列植セル名勝トシテ全国唯一トイフベシ。」とあります。

 私が親に連れられて花見に行った頃には、光明寺の桜は、樹齢30数年になっていて居たはずです。

       

       
     昭和8年当時の写真で、桜並木と堤防に掛けられた茶店です。子供心に三味線の音が聞こえてきた記憶
    
よみがえります。

    もうちょっと早く纏めたかったですが、諸々の事情で遅くなりました。なんか2報から3報になる感じです。 

       

  


トンネルのある道

2013年04月14日 | Weblog

 10日前には、花見の最盛期でしたが、すっかり青葉の風景に変わってしまいました。去年は4月最終日に「トンネルの道」を紹介していますが、今年は季節の移り変わりが10日は絶対早いです。
 小寒い日もちょっとはありますが、全く過ごしやすい季節になりました。目に染みる新緑の風景はこころいやされます。特に私の場合パソコンで疲れた眼を癒すには、この自然の景色がどんな目薬より最適です。

        

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 ほうれん草も、せっせと頂いています。春の野菜は秋と違って成長が早いですから・・・近所の人に手伝ってもらっています。食べる事を・・・・畑で写真を撮りました。

   
 第2回目蒔きの(3月中旬)小松菜です。           第3回蒔きの(3月末)4種類の野菜です。

 この他畑には、昨年から作ってある玉葱、豌豆が大きく育っています。それにかき菜、サニーレタス、レタス、キャベツ等が5月から6月用にという思いで育っています。

 

 


もう新緑の候

2013年04月08日 | 野菜つくり

 6日7日と日本列島を襲った台風なみの風と雨は、私の所では大過なく通り過ぎていきました。東海地方では、雨風とも沿岸部が大変だったようです。その風で”そめいよしの”すっかり散って新緑の季節になりました。
 それでも、畑の人参は蒔いたばかりで、雨に叩かれると大変と(発芽不良になる)巾20㎝ほどのビニールシートで覆ってやりました。 一日置いて今日その覆いをとりに行ったとき、3月初めに蒔いたトンネルの写真を撮ってきました。

       
   ほうれん草で初収穫をしてきました。もうこれで初夏にかけての野菜は切れ目なく供給できます。3回に分けて、 いろいろ蒔いてありますから・・・。

       
  同じときに蒔いた大根です。これは4月終わり頃に収穫できます。両者とも健康色生育良好と判断しています。

       
  こちらは、蒔き直したトウモロコシと枝豆(奥のほう)です。こちらの方は”ちょっと”・・・・、実はトウモロコシと枝豆のトンネル栽培は初めての挑戦です。露地栽培では、蒔くのが遅くなり害虫の被害がでるため、それを避けて早蒔きをしたわけです。これはどうなるかな?・・・
 例年作っている露地栽培用のトウモロコシと枝豆は、苗床に蒔いていて発芽し始めています。

 初めての挑戦で上手くいくことは、極めてまれで技術の確立までには3~4年かかると思っています。早々とあきらめない事と考えています。


今春の桜を撮る

2013年04月03日 | 風景

 今春は、早々と”桜だより”が伝えられていました。

 それを聞くたびに、ちょっと浮き足立つ心境で畑にでていました。が 3月27日(水)午後から時間が空いて、光明寺の木曽川堤の桜を見に行くことにしました。花見というより探索に出かける感じでした。堤防に上がって家から5分も走ると、早咲の桜は(エドヒガン)もう満開で、普段はスイスイと走れる道路は車の渋滞でした。(写真右)

「年を考えたら、こんな時間に花見ではない・・・」と、戸惑うことなくこの日は帰りました。

 そして29日は、早朝6時に出かけました。しかし 同じような考えの人がぼっぼつみえました、カメラを持って・・・。
 散歩の人も案外みえました。約40分余で家に帰り朝食をとりながら「過去、堤防の上からの撮影だったが、下からの眺めてみよう!」9時に又出かけて2時間散策しました。

 帰路、蘇南公園によりましたが、ここはソメイヨシノで、まだ早い感じで4月1日に出かけました。結局3月27日と29日、4月1日と三日かけ、計4回出かけて写真を撮りました。昨年の事を思うと約10日早い桜の満開です。

 なお目線を変えた光明寺の桜を3日ぐらい後に再度投稿しようと考えています。

 

今春の桜を撮る