私の70代

愈々90代に足を踏み入れ、人生の最終ラウンドに入った想いです。野菜作りとパソコンにも向き合っていきます。
 

今年 最低気温の朝

2011年01月31日 | Weblog

 今朝の起床は4時45分でした。これは私の標準的な時間で起きると先ず部屋の温度を見ますが6℃でした。冬場は、外気と私の部屋の温度差は約8℃と認識していますから 「今朝はずいぶん冷え込んでいるんだ!」の印象でした。
 朝のテレビの気象予報では、名古屋は最低気温が-3.2℃は今年最低の気温と報じていました。寒気が日本全土を覆い、特に北陸地方は大雪に見舞われているようです。愛知西部は昨日今日と朝には薄っすらと雪化粧して、日中は断続的に粉雪が舞い、今日も一日寒い日が続く感じです。
 今朝の冷え込みで、積雪2cmほどの雪は踏みしめると「キュー キュー」と音が出て歩きました。初めての体験だったように思います。

 「去年の1月は、どうして過ごしたのだろうー」絶えづそんなことを思いながらこの1月を送ってきました。去年はどんなブログを書いていたかな?!と調べてみると7回投稿していました。今年はすでに10回、もしこれを投稿すると11回!!は、多いですね。今年は、何が 違っていたのだろうー、何が 暇だったのだろうー。
 まぁー あまり振り帰らずにー。 同じことが、毎年繰り返すわけがないしー。 初めての道を歩いていく訳だからー。

 パソコンを買い替えました。古いパソコンを、中がどうなっているかと分解して見てみました。勿論全くの素人の興味だけの行動でした。
 24cm四方の基盤の上に、整然と並んだ知能工場という印象です。こんなものを作った頭の良い人類に脱帽!!。

 キーボードで、私が感じたことと、写真を打ちこむと、感情をもったものが生まれ出てくる!!。パソコンの素晴らしさには”参った”ですが、パソコンには感情・涙がないようですね。
 今研究してしているかもしれませんね・・・頭の良い人が・・・・。

      

      

      

 昭和の初めに生まれて、青春時代戦争を経験し、お父さんの一台の自転車しかなかった時代から、女房以外の5人が、携帯を持ち自動車がある繁栄は全く夢のようです。
 20年前(60歳)老後をパソコンで情報を発信するなど”夢想だに”し得ませんでした 。 

 

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柿の剪定

2011年01月28日 | 野菜つくり

 毎朝氷点下または氷点下に近い朝を迎えています。16日に降った雪は11日過ぎても畑の北陰に残っており、晴れても気温の上がらない日が続いています。しかし この5日間で柿(8本)とミカン(6本)の剪定を、午前か午後のどちらかで、日当たり3時間程度の働きで済ませました。

 他の果樹と違って、柿の場合今ある枝に”実る”のでなく、その枝(結果母枝)から出て伸びた枝に”実る”ことを頭に入れて (1)実が多く着くよう (2)日当たりが万遍なくあたるよう 剪定するわけですが、それよりも、樹高を一段と低くすることを主眼に行いました。それに中ぐらいの「ケタツ」を使って上る訳ですが、足を踏み外して転落しないことを第一に考えたのが今回でした。(ぼちぼち高いところは考える時機ですね)

      
      剪定前の木

      
      剪定後の木

      
      剪定で切り落とした枝

      
 
 柿の畑の隅に蕗が作ってあります。剪定をすますとフキノトウが出ていました。ここだけは落ち葉をそっとしておきましたから、落ち葉に隠れて5ヶ所ほど見つけました。寒肥をやる時期です。

 実は、約15年前老後をどう過ごそうかと決めて(野菜作りをする)自家用菜園では畑が大きすぎると考えて畑の一部を果樹園にしょうと思いました。果樹は全くの素人でしたが、勉強すればいいと思い葡萄・リンゴ・桃・柿(渋柿)ミカン等を専門家の指導を受けて植えました。
 しかし 葡萄・リンゴ・桃はことごとく失敗し(技術が未熟)3年で撤収し、作りやすかった柿とミカンだけが残ったのが今に続いています。「二兎を追うものは一兎も得づ・・・」を知り、自家用の野菜作りだけでも精魂込める価値があると考えました。(若い時に野菜作りは少し勉強していました)
「野菜とは、会話する思い」で今も畑に出ます。

 

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80路是与曾&;的相遇 (中国語)

2011年01月26日 | Weblog

从1月9日早晨孙子||"婴儿和平"出生了!和联系了。
 因为那时正和出院的打算在1个星期听当在15日打祝贺的邮件了所以的时候照片被在16日送。结果是∶到现在正保存那张照片,但是得到"母亲的内部同意,投"的富余而来了。
 甚至到上回的投稿认为心从属于的事,但是因为"血压正在高的事情"从去年末起方面花思考的大量所以没感到苦恼,但是曾孙的照片对机会开。和妻子,同伴好象"是梦,并且说由于被治疗的们""感觉也ー",但是不异议全然有。

 在上边,下边变成对4岁2岁。好象是下边在14日作为生日的的东西庆祝了的照片。母亲正由于分娩一起回老家的山形。
 只再次或者大约3回在年见曾孙,但是在在女儿的家由于帮助在去年11月进行了(京都)的时候,3住下来了晚上,但是当2晚上我正洗澡的时候上边的遙汰进入了。许久做,进入,也在感到吃惊玩下边的茉都衣了。那个||3晚上||女儿||"装进老大爷盆浴"!。当听和招呼一下的事的时候二人到浴室开始跑了。的把結局遙汰自己拔掉,茉都衣只去掉尿布,持续家伙二晚上||被洗澡了

 遙汰的||不"让因为老大爷洗澡,て/我外面"玩所以那样的翻译用劲。我从作为" 在心是富余 "鳟鱼洗二人以及说服能结束了入浴。还从女儿以及儿媳妇有信赖!!正估价个人。

是实笑樱花。

 

正看照片,被真地治疗。山形的双亲/老太太推测可爱的事比我们。
 的事如果寿命长的话,见曾孙有当然感觉,但是正认为的事健康,并且难以能被见。」

山形好象是大雪。正希望在豆精神充沛地长大的事。

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八十路は曾孫との出会い 

2011年01月25日 | Weblog

 1月9日早朝孫から「無事赤ちゃんが生まれた!」と連絡がはいりました。
 その時一週間で退院の予定ときいていましたから、15日お祝いのメールを打っておきましたら16日写真が送られてきました。その写真を今迄温存していたことになりますが”お母さんの内諾を得て・・”投稿する余裕が出てきました。
 前回までの投稿でもお気付きだと思いますが、昨年暮れから”血圧が高いこと”に思考の多くをついやしていましたから・・・思い悩むほどではなかったですが、折々に曾孫の写真は開いてみていました。女房ともども”癒される”感じで、連れは「夢のようだー」といいますが、まったく異論ありません。

 癒される心情も多分にある感じで、血圧も目に見えて改善してきました。まだ20日ほどしか経っていませんから・・・・いましばらく記録・統計をとってから投稿したいと思っています。

            
 上は四歳に下は二歳になります。下が14日が誕生日だっので祝ってもらった写真のようです。お母さんが出産で実家の山形に一緒に帰っています。
 曾孫とは年に2回か3回程度しか会いませんが、昨年11月手伝いで娘の家に行ったとき(京都)3晩泊まりましたが、2晩め私が風呂に入っていたら上の遙汰が入ってきました。しばらくして下の茉都衣も入ってきてびっくりでした。それが3晩めは娘が「おじいちゃんお風呂へ入れるよ!」と声をかけてくれるのを聞くと二人は風呂場へ走り出しました。結局遙汰は自分でぬいて、茉都衣はオムツだけとってやつて二晩続けての入浴になりました。

 遙汰の「おじいちゃんはお風呂に入ってて・・・僕は外で遊ぶから・・・」 そんなわけにもいきません。私が”うだっちゃい”ますから、二人を洗ってやって、かつ納得させて入浴を終わることが出来ました。まだ娘やお嫁さんから信頼があるんだ!!自己評価しています。      

          
          
           実咲桜で、おねえさんににています。

 写真を見ていて本当に癒されます。山形のご両親・おばあちゃんは私達以上に可愛いことと推察いたします。
 長生きすれば曾孫に会うことは当然とは思いますが、元気で会えてありがたいと思っています。

         山形は大雪のようです。マメで元気に育ってくれることを願っています。

 

 

 

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三本柱で・・・

2011年01月22日 | Weblog

 昨日大雪以後久しぶりの暖かさ(気温は7℃)にさそわれて午前中畑に出ました。正月以後初めてになるわけですが、取り立ててする仕事もなく、剪定を少し含めて雑作業になりました。 
 

 その一つ冬野菜の遅蒔きがトンネル栽培にしてありましたが、雪の重みでつぶれて一部菜っ葉を押さえつけていました。「来てよかったー」の思いで氷のような雪を除けてやりました。
 秋蒔きの野菜では今秋は失敗したと思っています。夏の暑さでジャガイモは遅く植えたことは正解でした。が、秋蒔き野菜も例年より約一週間遅くまき、初期の生育は順調でしたが、晩秋寒さが例年より早く来て成長が止まった感じで”12月中すぎには収穫予定です”と書いていましたが、カリフラワー・ブロッコリー・キャベツはいまだ収穫していません。(キャベツは昨日1個採る)だから、今は白菜・大根・蕪・ねぎ・レタスが食卓にのぼります。
カリフラワー・ブロッコリー・キャベツが収穫皆無になったわけではなく、少し暖かくなったらと期待しています。

 たとえば、大根の種まきですが、適期に(9月初め)蒔くと3日で発芽し、10日遅れると(9月中)発芽は倍以上かかります。秋は気温は下がる一方ですから成長もじっくりという感じになります。秋の種まきは、去年の場合日覆をかけても適期に蒔く・・・を学びました。

      
 16日 10時03分                   16日  15時49分  この日は断続的に雪が降り、17日午前中にかけて積雪25cmになりました。

  食事半減 !身体をよく動かす! のほかに、いま一つ実行していることがあります。
 酒は呑めないー煙草は吸わないーから、ではないですが、実は”間食”は多かったです。そんな看板をあげていましたから、戴きものも菓子や、甘いものが多くなります。子供達からもそんな感じで、当然ですが女房も買い物のたびに(大方一緒に行きます)私ように菓子を一品か二品買います。恥ずかしい話ですが、私自身が一品いれ、悪いと思うと女房分と二個・・・・といった感じでした。

 この間食を皆無とはいかないけれど8割減らそうと考え、そして今のところ実行しています。
 この三本柱でいかないと片手落ちで効果がないと思ったからです。今のところこの三つの実行に苦痛は感じておりません。「100パーセントすんなりー」という訳ではありませんが、自然体でいけるような感じですから続けことができると思っています。
 
 最初の宣言と、一度朝の二切れの雑煮を一切れにせよ!と強く言いました。(例年2月いっぱい餅がある、毎日ではないですが。今回は少なく餅をついたからどうかな?) が、以後黙々と実行していましたら、女房が見かねて(案じて?)菓子3袋バナナ数本と団子(3本いり2パック)を買ってきました。
 この善意の誘いには自分の決意・ペースを守って行きたいと思っています。この投稿も皆さんに宣言することにより意志が崩れないことを願っています。

 午後からは、柿の剪定に出ます。

 

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大寒の日

2011年01月20日 | Weblog

 大寒の日を迎え、本当に毎日寒いです。3日前の雪は道路はほとんど消えて屋根にはごく一部、畑にはまだ一面残っています。そんな状態ですから18・19日と家の中にこもりがちで、昨日は小さな買い物を思い出して外に出ましたが、頬をさす北風の寒さでした。今日もそんな一日になる感じで、だらりと過ごしてはいけないとパソコンにむかいました。
 前回の投稿で”私の健康・食事半減”を取り上げましたが、いま一つ実行し始めたことがあり、それに触れたいと考えました。 

      
 落ち葉の一山は、一輪車1杯分です。今月終わりごろに”畑に散らばしてー”耕うん”する予定です。 
 
 正月5日までの休みが終わると”さあ!明日から何をやろう!”と思ったとき、畑は「農閑期」で取り立ててする仕事はありません。しかし、食事半減だけでは不合理だし・・・思いついたのが、柿の畑に落ちている「落ち葉」を畑に撒こう・・・そう言えば、去年も少しそうしたことを思い出しました。
 私のところの林に隣接して東側に畑があり、午後の日当たりが悪い関係で柿7本ミカン4本、少々の蕗とミョウガを作っています。林には、樹齢100年を超すクヌギの大木が7本あり、落葉時には北風に乗って落ち葉の大半が柿の畑を埋め尽くします。以前は燃したり堆肥に積んだりしていましたが、一年前から畑に撒いてトラックターで耕しました。これが一番いい感じで、落ち葉は土の中に入れると早く腐ります。
 6日から
 一輪車に四面だけの段ボール箱を乗せて、落ち葉を詰め50m~100mの別の畑に運びました。前年ことを思うと丁寧に落ち葉を集めて、計30回ほど4回(四日かけて)に分けては、良い運動になったと考えています。

       
 19日 16時30分

白菜がすっぽり雪に埋まっていましたが、3日間で顔を出してきましたその手前のわずかに見える葉っぱは大根で、その手前で数本針のように突き出ているのは玉ねぎです。
畑には長芋を掘る仕事がありますが少しで,この雪では掘れないし急ぎません。柿・ミカンの剪定は時期ですから天気をみてします。これも3回(3日間)ほどで済みますが、仕事を見つけて身体を動かすようにしていこうと考えています。 

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私の健康

2011年01月18日 | Weblog

15日(土)朝から空はどんより曇って北風の吹く寒い日になり、寒波が日本全土を覆って、予報どおり翌16日17日と大雪になりました。16日は一日雪が断続的に降り続いてなにもすることが出来ませんでした。17日は「不燃物収集日」で早朝積雪25㎝で車が使えず、一輪車で数回300mの距離を運びました。午後になり雪も止んで、暖かくなり屋根から滑り落ちた雪や、庭の雪を一輪車で15杯ほど空き地に捨てました。

   
  16日 15.50分                    17日  8.00分

 老いて先ず思うのは”健康でありたい”ということです。おかげ様と上記のごとく”まめで”動いています。
 79歳から血圧の薬を呑んでいますが、とりたてて病名のつく病もありません。
 若いころは(60代以前)大病こそ無かったですが、お医者にはよく掛かっていました。それが、息子にバトンタッチし隠居してから体質が変わったように元気になりました。以前は、年2回は風邪で寝込むことは通例でしたがピタリと止まりました。(風邪ぎみだな?と思うことはあります) 特に寒い冬場はメリヤスの長袖の肌着・股引きを着ていましたが、うすての半袖の肌着・七分の股引きにかわりました。寝床の炬燵も止めて現在に続いています。自分でも不思議で、息子へのバトンタッチで仕事の心労から抜けたこと・健康薬品(ニンニク卵黄一日一粒)畑を始めたことぐらいしか思い当りません。

 しかし ここへきて血圧で不安を感ずるようになりました。朝一回2錠の薬を呑むのが先生の処方ですが、夏場の3ヵ月は一回1錠にしています。(先生には了解の上・朝夕2回自宅で血圧を計測記録しています)
 夏に畑で汗を多くかくためとおもっていますが、先生も「夏は、そういう人があります」とのことです。10月には1錠では血圧が高めになり、自分の判断で2錠にします。
 私の血圧は、薬をのんでいて”下85-上135”を標準とすると、下は問題ないですが、上が家で測って10以上高くでることがあります。診察ではそれより高く出るのが通常です。

 それが昨年10月2錠にしてから150を超え160近くの数値が出るようになり、11月の診察でそれを先生に訴えたら、1錠を変えていただきました。(強い薬)ところが一週間ぐらいで”胸が苦しくなる”感じ(症状・お医者さんに駆け込むほどでない)が出るようになり、自分の判断で2回に分けて(朝・晩)呑んでみたら症状は消えました。(今は朝・昼)

 それでも血圧は改善すようでもなく(170が2回ほど出た)薬はまだありましたが1月5日に診察を受けました。その時先生の測定は、190が出て心電図をとり、11月の健康診断のときの”血液検査表”を見て、結果は「離尿剤」を7日間呑んでみることになりました。

 1月6日風呂上りに”正月に働かずに、食べていたから”程度の思いで体重を量ってみたら63㎏でした。過去夏場で58㎏・冬場で61㎏の認識と、血圧の不安もあって動揺しました。その晩から「食事を半分にする!!」と宣言してしまいました。普段の食事を量を測ったり、カロリーを計算しているわけではないですから、多分に感覚的な宣言ですが、この年で体重が増えることは危険だと考えました。

 それ以後、出された食べ物を平等に半分というより、ご飯・汁ものを残すようにしています。60代のことを思うと、70代は確か食べる量は少なりましたが、それを上回ること・・・、考えてみると”腹が減ったからご飯を食べるというより・・・時が来たから食べてみると、案外食べれる・・・そんな感覚・歳になったようです。そんな感覚が、ある意味危険かもしれません。
 今一つ問題なのは、食事をつかさどる女房の”沢山食べてもらうことがサービス?もつたいない?”の誘いにどう抵抗するかというのようです。
 今のところ、私が残すことに愚痴はでませんから、ありがたいと思っています。私も早くふさわしい食生活を築かなければと考えています。
 八十路は初めての道で、新しい問題が出てきますが対応していかねばなりません。
(食事半減の効果ですが、半月過ぎて続けたほうがいい感じです。もう少し数字を積み重ねてから・・・と考えています)

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凍てた朝

2011年01月10日 | Weblog

 ”朝の太陽を撮るようになって”今一つ記録(写真)に残すようになりました。太陽を撮り始めたのは12月中頃でしたが、新しい年を迎えてからの早朝の冷たさは身に凍みました。、まあ自分の身はそれなりに保護して出かけましたが、車が近い畑の車庫においてある関係から、畑の野菜に目を向けるようになりました。 過去にこの時間に畑に行ったことはなく、この投稿も”太陽を撮る”から生まれた記事であると言えます。
 ”日の出”を撮りに行った帰り、まだ陽の差していない畑全体は、冷え冷えと凍てついた状景です。その模様がもよく感じられるキャベツなど葉菜類にカメラを向けました。

        
        1月7日(7時24分)
 マイナス零度以下の気温に、葉っぱをだらりと下げて耐えている感じです。葉面が白く見えるのは霜です。陽が当たり気温が高くなると葉っぱはピント立ってきます。秋の野菜が寒さとともに甘くなるのは、葉腋が凍らない知恵なんだ!と悟りました。

        
        1月7日(7時24分)
 葉面の霜をアップで撮ってみたら、結晶があらいなと思いました。この日の最低気温は(5時ごろ)マイナス2℃でした。 

        
        1月8日(7時33分)
 翌日の5時ごろの気温は、マイナス3℃でした。葉面の霜の結晶が前日と違って細かくなっています。結晶の違いは温度差もありますが、湿度差もあるようです。

        
        1月8日 サニーレタスです。

  
 1月10日の畑です。
 畑の隅にある水槽に張った氷と、白く凍てついた土です。畑の土はコンコンに凍てついて、コンクリートの上を歩く感じで、日蔭では両者とも一日とけることはありませんでした。

 
 7日から今日10日まで連日マイナス零度以下の日が続いています。その今朝はマイナス0℃でしたが、霜は降っていませんでした。しかし早朝から冷たい北風が吹いています。
 北の北陸地方は厚い雲におおわれており、私の頭の上(太平洋側)は、ちぎれ雲が浮かんでいますが晴天です。

 去年までは、晴れ、曇り、雪程度の関心でしたが、今年は少し細かく観察しているようです。

 

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モーニング グローリー(気象現象)

2011年01月08日 | 風景

 ”寒の入り”の季節、一年で一番寒い時期に入りました。9日10日の連休に向けて再び寒波の来週で北国は大雪に見舞われると報じています。日本海側特に山陰地方が大雪で、立ち往生した自動車、雪の重みで沈没した漁船群など報じていました。
 おかげと、私の所は平穏な正月を迎えて今年の第一週が終わろうとしています。兄弟や子供たち来客のときは、ちょと”賑々しく”持って帰る野菜をとりに畑にでましたが、畑に出る必要もなく、少しの用事を見つけて外に出ますが短時間で、炬燵に入って過ごすことが多い感じです。

 正月の余り物で食事も少な目にして、結局はパソコンの前に座ることが多くなります。暮れから”朝日”を撮ることに関心を持ち、計6回ほど早朝出かけましたかねー。動機ですが年賀状に”日の出を使いたい”が発端で、なかなか納得できる映像が得られず、望遠レンズをそしてフィルターを買いましたが、結局技術の未熟だと思うようになりました。2月には、メーカーの講習を受けたいと思っています。

 4日ほど前にテレビ”空から見た地球”番組で”モーニング グローリー”(気象現象)を見て「若しかして、3日早朝撮った写真がそうではないか?」思うようになりこの投稿になりました。

 モーニング グローリーとは、朝方を中心に現れる巨大なロール状の雲であること、で発生の原因は、海風と陸風が衝突してできる前線で、海側の暖かい上昇気流と陸側の冷たい下降気l流が発生して出来る雲とされています。


  
   1月3日7時25分の写真です。(4日投稿分)南方地平線上に”べっとり”張り付いた雲がはるか西、鈴鹿山系の麓三重県まで続いています。と書いていましたが、頭の中に残っていました。この投稿にあたって、三重まで続いていた雲を写真に撮って置かなかったかと反省しています。(愛知の海岸線は変化がありますが、南方太平洋岸までは約50㌔と考えています)

  
 この投稿のため1月7日7時10分頃(3日の時刻に合わせて)でかけました。
 一番の写真と同風景を撮っています。ただし地平線上で太陽がまぶしくて、再度9時15分の写真です。

 
 
 1月3日7時10分撮影、前回投稿の写真です。北陸(日本海側)まで晴天で「冬にこんな日があるんだー」と書いています。 
 

  
 1月7日7時11分上図と同じ所を撮った写真です。
 太平洋側は晴れ、日本海側は曇天これが一般的な冬の天候です。この日は北陸は曇りで雪、ところによっては雨と予報されたいました。

 気象については、全くの素人でこの一週間の中での体験とわずかの写真からモーニング グローリー現象と結論付ける事は毛頭ありません。
 ただ珍しい現象ではないかとおもいます。ほんの数回の観察ですが、広域の空模様は一日として同じ日はないです。1月3日早朝の空模様は貴重な体験であると思っています。これも”ボケないための!””活性化のために!”もなり・・・・?   ”日の出を撮る”からこんな投稿が生まれました。

 

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正月3日の朝

2011年01月04日 | 風景

 3日の朝も6時には起床しました。朝の身なりを整えコーヒーを入れて部屋の炬燵に入りましたが、なにもすることがなく、しばし”ちゅうちょ”しましたが、また写真を撮るために出かけました。窓越しに空模様を確認し、着膨れて外に出ましたが頬をさす冷たさで、目的地までは車で5分ぐらいの距離です。

 当然のことですが、空模様は細かくは、同じ日は絶対にないです。朝日を撮るには”雲一つ無いよりも地平線上に適当に薄い雲があってくれることが最良と願っています。現地に着いてみると、最良ではなく、最悪でもなく来た以上は”粘ってみよう”と40分ほど頑張りました。最初は、外に出て撮っていましたが後半は車の窓を開けての撮影・・・(体調が心配で?)になりました。 


 車を止めて目についたのが恵那山の美しさです。標高2,191m木曾山系(中央アルプス)の山です。岐阜県と長野県に跨り、山岳信仰の山でもあり、山腹を中央自動車道のトンネルが貫通しています。上り線8,650m下り線8,489m,1975年開通当初日本一長いトンネルでした。東方にあたります。(6,55分撮影)


 太陽が昇る地平線地点は、雲に覆われていました。雲がなければ日の出が見える時間だと考えながら、10分か15分待てば・・・・・の期待をもって待つことにしました。(7,05分) 


 ふと顔を左に向けると(北の方)岐阜・金華山と山頂に岐阜城が見えました。ここは雨の日でない限りいつも見えますが、その奥に福井、石川県境になる白山連峰が白雪をいただき朝日に輝いて見えました。
 この地方の冬の気象条件は、日本海側は冬の荒天で、太平洋側は乾燥した晴天が一般的です。しかも昨日まで、東北から山陰まで日本海側は大雪だったのに・・・(7,06分)

 
 7,25分になって漸く雲の上に太陽が頭を出しました。南方の地平線上にべっとりと張り付いた雲は、目をいっぱい右に向けると鈴鹿山系の南の麓、三重県にまで広がっていました。この雲の切れ目から北は”晴天”で「冬でもこんな空模様があるんだ!」 南方洋上に停滞した気圧の谷になせる”わざ”だと考えます。が、郷中(集落)では、展望できない早朝の空模様を見ることができました。


 5分の距離の朝日を撮る地点で、近年整備された木曽川堤です。正月であることもあって、今朝は車が4台マラソン人が3人の出会いでした。この道は北東に向かっており。山麓右手(南)が犬山市で、木曽川を隔てて左手(北)が岐阜県各務原市になります。(7,06分)

 今年は、外に出ている3人の娘や息子たちは別々に(3回に、今日娘家族が )来てくれることになりました。少人数で接待も楽なことを実感してこれがいいと思っています。考えてみると「長い間孫たち家族を一度に迎える」正月できましたが、あとが疲れる年になりましたから・・・。正月の客は、私の兄弟を含めて例年20人ぐらい、今年は今日4日までに16人になりました。
 健康で顔を見せてくれることは安心で・・・私たちも、健康で自立できる年を重ねたいと考えるようになりました。

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