私の70代

愈々90代に足を踏み入れ、人生の最終ラウンドに入った想いです。野菜作りとパソコンにも向き合っていきます。
 

唯一の友 (Sさんの人柄第2信)

2019年03月21日 | 随想

 3月10日投稿の「唯一の友 (Sさんの人柄)」をいちぶ訂正しょうか?と思いましたが、この稿をおこすことにしました。19日に定例のTさんとSさんに会いにに「太郎と花子」に出掛けました。この日は異例の太郎と花子の滞在が午前10時から午後2時ごろまで4時間になりました。話が弾んだわけです。Sさんとは、先ず最初に謹賀新年とか祝う九二歳とかの書を今迄に何枚書きましたか?とききました。私は前稿で推測で百枚余・・・と書きましたが、Sさんは、書いた書と差し上げた人を写真に撮ってありますから・・・と写真帳を出して見えました。ほとんどが太郎と花子の入居者の方で一人に2枚とか3枚以上の人があり・・・結論は、三百枚以上という話になりました。文字の総延長を計り、書入れる文字の総数で割ると1字間隔数が出てくるから・・・と云う話です。

 話しの中で下記の書を見せて戴きました。(戴いてきたのはコピー)書いてあるのは般若心経ですが、如何に小さな字を書けるか?の挑戦記録?だそうです。例えば九字と云う添え書きは、一㎝四方に”なん字”書いてあるかの・・・私の添え書きです。たずねたら、老眼の方が新聞を読む拡大メガネをかけて書くとのことで、Sさんの自主的な挑戦記録です。般若心経がほとんど頭に入っているから30分程度で書けるとのことです。すごい集中力だと感じました。

                                 

 

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3月の畑 (人参を蒔く)

2019年03月14日 | Weblog

 以前は、”人参を蒔きました”の投稿ですましていましたが、今回は作業手順の詳細な?投稿になりました。いや今年度から畑のブログはそんな傾向になっています。これも歳のなせるわざです・・・という事は、自動車をやめて行動力が落ちたことも事もありますが、主因は私の健康の衰えです。副因は「要支援2」の女房を長く一人にしておけない・・・事です。まだ自分の事は自分でできて・・・家の中や屋敷は歩けますが、外出はシルバーカーを押して200メートルぐらいの散歩をたまに・・・と云った感じです。一緒になって67年・・・子供たちに心配をかけない思い(同居です)でいます。心情面でも気弱(慎重)になりました・・・歳です。

 ブログの方は、例えば前稿の「唯一の友(Sさんの人柄)」は、写真を一枚置いて一ヶ月睨めっこして・・・投稿することができました。そういう意味では畑のことは、気楽に投稿出来ます。しかし子供達には、内容が変になったら言ってくれるように頼んであります。

 12日に人参を蒔きました。その前2日間は雨模様の日で適当な湿り気があって人参を蒔くのに最適な日になりました。写真でも感じてもらえると思います。

                 
                  畝間隔1m10cmをとって、蒔く面80cmほどの畝を作りました。約10mです。

                 
                  支柱を使って4条の溝をつくりました。間隔16cm溝の深さ7ミリ程度です。

                 
                  種子間隔5~6cmです。約700粒を蒔きました。水平になる感じで覆土します。

                 
                  3本のトンネルができました。
 

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唯一の友 (Sさんの人柄)

2019年03月10日 | 随想

 このSさんを私は”唯一の友”と思っており、ブログでも数回投稿しています。私より約2歳年上で93歳の道を歩いて見え、住宅型老人施設に住んでみえます。このSさんとの出会いは、私と同じ町のTさん、現役時代はほとんど交流がなかったですが、私が70代になってから郷土史編纂などで親しくお付き合いするようになりました。そのTさんが病で倒れ身体が不自由になられて、同じ老人施設に入居されました。私が月1回か2回Tさんを訪問するようになると、Tさんの紹介でSさんを紹介されました。その理由ですが、二人とも写真やパソコンが出来て性が合うのではないか?Tさん(1936年生まれ)の思いだったようです。

 確かに、最初から意気投合した感じでした。趣味一緒だったこともありますが、若い時代が戦争中に育ったという事、それにSさんは京都府舞鶴が故郷で・・・、息子さんが優秀で名古屋地方で活躍してみえる関係から”親父も一人になって不自由だから・・・”と息子さんの意見をとりいれて、日本海側から太平洋側の異郷の地にみえた訳です。が 要介護か要支援の人が入る老人施設ですから・・・交流がままならづ天蓋孤独だったようです。
 老人施設「太郎と花子」へは、5年前から行くようになり、自動車を止めてから3年になりますが、自転車・バス・電車・タクシーを乗り継いて(10K余)月1回訪問するようになりました。勿論Tさんにもお会いしますが、Sさんとは、2時間ぐらいしゃべってきます。発言は半半ぐらい、話題は趣味や身近な問題で会話が途切れることはありません。私が来るのを待って見える感じ・・・私も2歩前を歩いて見えるSさんから学ぶものがあります。

 先月2月は、10日日曜日にお邪魔しました。着くと直ぐ1枚の紙を渡されました。
 手紙を出そうと思いましたが、先月は9日に来訪して頂きましたので、明日ぐらいお見えになると思いこの文を書く。初めて会って談笑したのが平成27年3月24日でもう47回も談笑したことになります・・・後半は私の転倒ブログを読んでの感想や意見でした。
 私は文章を見て、私の来るのをいつも待って見えるんだ。47回にもなるんだ?そしてSさんは、こんなことまで記録して見えるんだ。しかも日記風でなく統計的に・・・若い時からそういう性格で、現在では日常身辺の事でも書きとめる・・・そうSさんはそうゆう人であらためて感心し・・・このブログ投稿も了解してもらいました。

                             
 Windows10を使ってみえます。(私はWindows7)書家と云うより書も嗜まれると感じですが、普通の人がメモにとるとか、記憶に留めるような問題を記録にとどめて保存する性格で、それが93歳の今も続いていることは素晴らしい事です。それでいて話は理窟ぽくなく・・・愚痴や自慢はほとんど出ません。
 1月と2月に訪問した時に戴い書きもので紹介します。こればかりでなく多岐にわたっています。

                         
                        1月に戴いた「謹賀新年」と2月にいただいた「祝九十二歳」の書です。

          

 ①謹賀新年は、壱代神武天皇から百二十五代平成天皇を列記して構成されています。前年は、1月1日から12月31日の日にちで
   で構成されてい
ました。今年は異色な発想・・・若い時は、歴代天皇を暗記した時代でしたから・・・と想像しています。
 
②祝九十二歳は、壱歳から九二歳を列記して構成されています。
 
 企画から構成そして完成までSさんが一人でやって見えます。説明を受けてある程度私は理解できましたが、私には絶対出来ません。企画構成に日にちが掛かりますが、書きあげるには一日で一気に書き上げるとのことです。こういった書が、私だけではなく周囲の人に書いて差し上げてみえるようです。その数百を超える・・・?一度確認してみます。縁は異なものでいい友を得ました。健康である限り会いに行きます。Sさんの後をついて行くと目標まで到達出来るかもしれません。道は野菜作りの道ですけど・・・。

 

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3月の畑 (春の芽吹き)

2019年03月07日 | 野菜つくり

 気象情報では、6日7日とも”曇りと傘マーク”が出ていましたが、昨日6日はじゃが芋を植えることが出来て、夕方になって小雨がぱらつく程度でした。そんな感じの空模様が未明まで続いて・・・、朝起きた時は6時ちょっと前、薄明りでしたが雲はもう切れており晴れが予想される空模様でした。と いうことは2日間の降雨量は数ミリと云うより、お湿り程度の畑には最適な雨でした。8時を過ぎると燦々と陽が差してきました。この春に蒔く種が16種類ほど買ってあって、まだ5種類ほどしか蒔いてありませんから、午後から2~3種類蒔きます。そして春分の日(21日)までには順次蒔き終えるつもりです。90代を野菜作りの道を歩く所以と決めている訳です。

 昨日じゃが芋の植える傍ら畑の写真を撮ってきました。畑も暖かくなってきて絵になる状況がでてきたと感じています。

                              

                               
 上2枚は、大根とトウモロコシで、2月20日に蒔いたものです。適期で露地で蒔くより、黒マルチ・ビニールトンネルを掛けても・・・倍の日にちが掛かっています。が 順調な発芽生育です。

                               

                               
 上2枚の写真は、つまみ菜です。秋の野菜の多くが収穫が終わって端境期用の野菜です。昨日は写真の3倍採れて近所に配って歩きました。一日おきに収穫できます。

                               

                                
                 金盞花でこれは道路に沿った鑑賞ようです。暖かくなってようやく花が咲き始めました

 

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3月の畑 (ジャガイモ植え)

2019年03月06日 | 野菜つくり

 今年の1月2月は、結局雪は降りませんでした。過去私の経験では初めてです。暖冬で乾燥警報が出た冬でしたが、2月末頃から雨が降るようになりました。その雨も小雨模様といった感じで・・・畑には”慈雨”と云った感じです。有り難いですが、何時もこんな調子でいかないのも?この世の中だと思っています。
 昨日5日は、1日だけの好天で兄弟集まってご先祖様の法要を済ませました。そして今日6日は朝から曇りで午後遅くから雨になって・・・、7日午前中傘マークが出てる予報です。例年より1週間早いですが、じゃが芋を植えようと畑にでました。種芋は5キロ買ってあり、これは前年どおりです。だから作業は考えたり、迷うことなく進みましたが、結構休み休みの作業で午後からも少し畑に出ました。 

                        
    10mで4畝必要ですから・・・先ず畝作りから始めました。一畝で3回休みましたが、若い時のようにはいきません。
    畝間75cmです。
              
  
                          
              種芋は、芽が両方につくように切りました。

                         
              切り口から雑菌が入らないよう石灰をつけます。

                           
        芋間隔35cmで浅い穴を掘り、芋を置いて5~6cm覆土しまし、小さな土饅頭が120箇所(株)できました。
       5キロの種芋で・・・、約20倍の100キロの収穫を予想しています。豊作ですともう少しいきます。

 

 

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2月の畑 (今年の初蒔き)

2019年02月20日 | 野菜つくり

 19日は朝からの目を凝らさないと見えない霧雨が、昼頃から雨つぶが見えるぐらいの雨になりました。庭に水溜りができるようになり、畑には有り難い雨と感じていました。明けて20日は予報どおり”晴れ時々曇り”天気になりました。しかし 庭の木々にはいっぱい露が付いており、朝からの畑は無理と判断しましたが、日差しもあり風もほどほどにありました。
 昼食を済ますと早々に畑にでました。蒔く種4種類を持って駄目なら帰ればいいからと・・・、畑はぬかるんで居ませんでしたから作業をすることにきめました。そしてトウモロコシと大根を蒔くことにしました。作業の流れをブログに投稿しようとカメラを取りに帰りました。動画で紹介したいと思っていますが?一部勉強不足です。

                  
 この時期に種を蒔こうとすると、黒マルチを敷く必要があります。(昨年経験ずみ)畝の長さは10Mありますが、マルチの穴は自分であけました。

                   
                  トウモロコシは一ケ所2粒蒔きです。    大根は2粒まきましたが、最終1本にします。

                  
            大根とトウモロコシ半々に蒔きました。大根40本 トウモロコシ80粒 トンネルを張るため弓をはりました。

                  
            トンネルの出来上がりです。無理な作業をせずに約3時間かかりました。畑なりに美しさを心掛けています。

 トウモロコシ作りでは、露地栽培では4月から蒔きはじめますが、例年アワノメイガ害虫に悩まされてきました。薬剤散布も2回3回としても被害に悩まされてきました。本来無農薬を目標・・・ごく一部ですが減農薬で野菜作りを心掛けています。この時期に蒔くと黒マルチ・そしてビニールトンネルが必要で・・・手間がかかる訳ですが、早く蒔く分アワノメイガ害虫発生前に早く収穫出来るメリットがあります。昨年この方法で収穫したトウモロコシを曾孫たちに送ったら大変好評で、再度催促の便りがあつたくらいです。此処で80本のトウモロコシを採る皮算用をしています。

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90代初期雑感

2019年02月19日 | 随想

 予報どおり19日朝9時ごろから細かい雨になりました。待ちに待った雨で、おそらく大降りでなくこんな雨が今日一日続くようです。畑は真っ白に乾いていており、畑には最適な降りかたと云ったところです。2月入ってから体調の方も良くなり・・・、冷たい風の無い日を選んで畑に出ていました。秋の野菜も後片付けと、春の野菜の種蒔き(2月から3月にかけての・・・)、4月末から植え付ける夏野菜を植える処の整地です。具体的には、全ての土地には苦土石灰を撒き耕運機で耕し、春野菜の種を蒔くところは鶏糞や化成肥料を元肥に入れて畝立てをすることです。

 秋の畑は緑でいっぱいでいしたが、今の畑は緑がちよっぴりと云った感じになっています。今日一日の雨で、明日・明後日は晴れるので3~4種類の種を蒔きたいと思っています。今年度の初蒔きです。自家用ですので一度に必要でなく順次蒔いていくつもりです。自信があって?昨年並みの種を買いましたが、自家用にしては多すぎます。野菜作りの道を歩くにはある程度の種類と面積が必要という考え方ですが?無理はしない積りです。昨年までは子供たちが取りに来たり、送ったり・・・近所にもおすそ分けして消費しておりました。

                                             

 ①倒から学ぶ②転倒を振り返る③一過性脳虚血症④血圧管理手帳から、と12月23日の転倒からブログで4回投稿しています。そして「何時倒れる解らない?」不安も大分和らぎました・・・と前稿で書いていますが、最近はほとんど不安を感じなくなりました。決して強がりを言って訳ではありません。野菜作りも素直にやる気が湧いてくる・・・、そんな感じです。これは心情すが、バイアスピリンを呑みはじめてた1月はまだ血圧が不安定でしたが、最近は以前(昨年11月12月)と比べて低めで安定してきた記録です。不安が無くなった理由で、転倒から少し学べたような気がします。
 それに比べるとブログには集中出来なくなってきました。以前から難産型で・・・昨年夏ごろから悩んでいましたが、
もう諦めることにしました。ふり返って見ると、ブログを始めて12年になります。壁に突き当たるかもしれないけれどいけるところまでいこうーが、初心の記憶です。壁かな?いや老化のようなきがします。月1回か2回でも書けるときに書く・・・そんな思いですから宜しくお願いします。

 12月29日に当地は、積雪10cmの雪が降りました。以後1月と今日2月19日まで雪は降っていません。以後の週間気象情報では26日まで2日間傘マークがありますが、雪は降らない感じです。とすると1~2月に雪が降らないと事は人生で初めてじゃないかな?温暖化と云うより、その咎めが何処に出てくるか心配しています?。

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血圧管理手帳から

2019年02月06日 | 

 2月に入りました。これから92歳の道を歩くことになります。風邪も完全に克服いたしました。あまり触れなかったですが、殆ど時を同じくして女房も風邪の症状が出て、私の場合熱が37度7~8分の熱がでましたが、女房は喉の痛みや咳は出て、お医者さんえも行くよう2回ほどすすめましたが、殆ど「平熱だから大丈夫!」と医者に行くこともなく風邪のトンネルを抜けることができました。約10日間余掛かりましたが、二人が熱を出していたら大変でしたが助かりました。

 一過性脳虚血で倒れて約40日が経ちました。バイアスピリン100mg(血液サラサラの薬)を呑むことが退院の条件でしたが、ようやくバイアスピリンを呑むことにも慣れてきました。バイアスピリンを最初に呑んだ時は、気分が悪くなるとかではなく、血液の流れが良くなりすぎて、身体がほてるとか、足湯に浸かると皮膚が赤くなるような症状でて・・・薬に対する不安がありました。病院では「良い薬ですから飲んでください」程度の説明でしたが、退院してかかりつけの先生に、薬を特性を詳しく説明して頂いてその不安は解消しました。しかし 左足が一本無くなった感じで倒れた事は頭に焼き付いて、又何時倒れるか解らない不安はなかなか消えませんでした。と云ってその不安を一生引っ張って生きるのも問題です。転倒したことを忘れることだとおもいましたが、簡単には頭から消し去ることは出来ません。確か畑にでた時は殆ど脳理にありませんが、外出するときは絶えず不安が付きまといました。この問題を私はこう解決しました。

 私は70代後半から約12年間血圧を下げる薬を呑んでいます。早い段階から記録していますが、今日はちょっと高いな?今日は正常だな?と云った感じできました。しかし1月に入ってから血圧管理手帳の12月20日23日の4日間のグラフが目に留まりました。(下図参照)朝(6時頃)130前後で正常、午後が(17時頃)150に近い高めのパターンが4日間続いていることは過去になかった数値(グラフ)です。この22日午後7時30分風呂へ入る時倒れた訳です。この時は、結果見過ごした事になりますが、これからは漫然と記録するのでなくシグナルと考えたいと思っています。具体的には、私の場合血圧が高い時150前後が、月に2~3回あります。しかし一回か二日目には下がり始めます。高い時が4~5日続く時は「要注意」そう考えると「何時倒れる解らない?」不安も大分和らぎました。

                                 

 転倒もある意味老化だと考えています。薬や対策で大事に至らなくて済みましたが、長生きが目標ではなく・・・、自分の事は自分で出来る余生を送りたいと念願しています。そういう意味で野菜作り道は素直に入れて素直に歩いていけるようです。肥料と種をいっぱい前年並み買いました。余談になりますが、このブログを書くのに1ヶ月悶々としました。どうも文章をつかさどる脳も老化したようです。

 

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一過性脳虚血症と風邪

2019年01月23日 | 

  あっと云うまに1月も28日を迎えてしまったという感じです。前回の投稿が1月7日でしたから、正月の来客も一応すみ・・・、転倒事故の事もあって新しい生活設計を探っていかなければ・・・という時でした。9日頃からテレビでは、愛知・岐阜県にインフィルエンザの警報が出されるようになりました。夫婦ともインフルエンザの予防注射は受けおりましたから多少安心していました。ところが喉の痛み咳と痰が出るようになり 、16日、体温も36度7分(平常が36度2~3分)ちょっと早めにお医者さんの診察をうけました。先ず最初にインフルエンザの検査を受けましたが、普通の風邪で安心しました。と云っても以後今日まで約2週間になりますが、診察も2回受け薬も戴きレントゲンも撮りました。熱も高い時は37度7~8分までいきましたが、38度を超えることはありませんでした。咳と痰に苦しみましたが食欲も案外あって、深刻な状態?ではなく・・・若い時と違って老いが回復を遅らせている?いや、老いが気分を慎重にさせているという感じでした。今回特に慎重になったには入浴でした。途中で36度5分ぐらいに下がって、回復していると”早とちり”して風呂に入ったのが失敗でした。だからこの度の風邪は、延べ10日位風呂に入らづ暖かい部屋で、熱い湯で体を拭くに徹しました。
 浴室は一応暖房が付いていますが、家庭ではいっときですが”おー寒い”と云う時があります。昨年まではほとんど意に介せませんでしたが、やっぱり歳だな?90代という事は、こういう事かと?しみじみ思い知らされました。

 ただ今回は昨年からの転倒事故(一過性脳虚血症状)と短期でしたが入院・・・そして連続しての風邪の症状・・・は、過去に経験した事の無い事でした。だから 毎日の思いの底には「何時倒れるかもしれない?」という不安がつきまといました。笑い話になりますが、平熱が3日つづいて・・・・咳と痰が殆どでなくなり、もう絶対大丈夫と確信して昨夜久しぶりの風呂に入りました。慎重になったというよりも?気が弱くなったという感じです。一難が去った訳で懸案の「一過性脳虚血症」についてふり返って見たいとおもいます。
 
 「一過性脳虚血症」という言葉を今回初めて知りました。脳には多くの血管が張り巡らされており、そこから栄養と酸素が供給されています。血栓とか動脈硬化により脳の血管の一部が細くなったり詰まったりしてしまうと、脳へ十分な酸素が行きわたらなくなり、このような血液の供給不足(虚血)が起きると、その部分の脳に障害が生じ、麻痺などが引き起こされる症状にはある程度認識がありました。

一過性脳虚血発作とは、一時的に脳が虚血状態となって脳梗塞と同様の症状が現れるものの、短時間で多くは数分~数十分以内に症状が完全に消失するもののことをいうようです。私の場合一時的に脳が虚血状態で風呂に入る前「転倒」した訳ですが、運よく無傷で且つ症状も即座に消滅するほどの軽症だったようです。倒れて直ぐ立ち上がり「風呂に入る前だったから・・・風呂に入らなきゃ!」と、風呂から出ると、その状態を女房に話し顔色をうかがうと「普段と同じ顔色です」でした。血圧を測ると151/82 脈拍66は、約2時間前に測った151/78脈拍57と比べて殆ど問題ないと判断しました。
 
「翌日と翌々日が休日で三日目に「倒れたことは事実で、何かの前兆?」と考えるようになっていましたから、総合病院の診察を受ける事にしたわけです。

 一週間の検査観察入院は素直に受け入れ、最後の頸動脈エコー検査でも問題なく三晩で解放された訳ですが、今は一過性脳虚血症は脳梗塞の前兆と考えるようになりました。引き続いての風邪でこの一月は、振り回された感じですが、老化が着実に進行していることを感じさせられます。身体が悪い時は薬も飲まなければならないが、必要最小限にしていきたいと思っています。何時倒れるか解らない不安は経験しただけに今もありますが、不安を忘れるような生活リズムつくらなければと思っています。

                         
                  

                  

                  

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転倒を振り返る

2019年01月07日 | 老いの道

 正月4日目で一応予定していた来客も終わりました。そう云う意味では。5日6日は本当に静かな日を送ることができましたが、女房は「何もしなかったのに?疲れたー」と横になって”うとうと”して居ることが多い感じです。私は、5日午後から散歩してくるから・・・と木曾三川公園の一つ「フラワーパーク」に行ってきました。自転車で15分ぐらいの距離で季節がら花は目立ちませんでしたが、メインの建物は、鉄筋4階建て位の高さの、総ガラス張り三角形状の建物です。6日も暖かくて、畑に仕事をさがして2時間ほど出ました。鈍った体を動かすため・・・と云った感じでした。

 今朝は(7日)マイナス3.5℃ちょっと冷えこみましたが、ガラス戸も水道も凍てついていませんでした。約束の?転倒事故と検査入院について振り返って見たいと思います。
 この件については、今迄に2回小文で投稿していますが、転倒当日を今一度ふり返ると、風呂に入る前の転倒で倒れて直ぐ起き上がりました。「おれ倒れたんだ!」「だけど立ち上がってみると何ともない!風呂へ入りゃなきゃ」そんな感じでした。但し入浴時間を少し短くした覚えです。部屋へ帰り女房に「今風呂で倒れたけど顔色はー」と聞くと「普段の顔色です」でした。血圧をはかりました。151/82 脈拍66は普段よりもちょっと高めですが、危険とは感じませんでした。翌日24日25日と連休で・・・年末私の担当の家の外回りの掃除をして過ごしました。

 26日(火)朝一番にホームドクター(血圧の薬を戴いている)を訪ねて上記の状況を話し、総合病院で検査を受けたいと思いますから紹介状を戴きたいと話しました。その時左手はどうでしたか?と聞かれました。すぐそばに確りした”手すり”があったのに掴めなかったのを後で気が付きましたと話しました。その紹介状を持って直ぐ総合病院へいきました。
 病院の診察では、まず早い段階で今日は一人できましたかと聞かれました。「ハイ、一人で大丈夫と判断して・・・タクシーできました」と、倒れた時の状況を話すと、「脳梗塞の疑いがあり、入院する事になりますが・・・脳梗塞と云う前提でこれから検査していただきます」でした。血液・小便・心電図・CTでその結果は、異常なしでした。がその席で私の家族について話になりました。どうもこの状況で90歳と11か月の老人が一人で診察を受けに来たのが先生には??だったようです。女房がいる事と総勢7人家族であることを話しました。これも珍しい事のようで、以後入院後に担当医師・介護師さんから話題にでました。どうも先生にしてみると、入院という事になると、家族と話しをしておきたい心情が強い事を感じました。この2回目の診察面談の席での結論は「この検査では問題ありませんが、最後にMRA検査を受けた結果で判断しましょう」でした。(CTよりも、より詳細で明細な画像が得られる検査)
 MRAの検査が終わったのは午後4時近くなっていました。そして結果は、「専門の先生にも見てもらいましたが、脳の血管にも異常は見られません」でした。しかし「このままあなたを返すと又脳梗塞おきて入院という確率高いですから、1週間の予定で入院して頂きます」でした。素直に従う事にし、「一度家に帰ってから又すぐ来ます」も取り下げて、息子を呼びました。息子にも上記の経過を丁寧に説明されていました。

 病室に落ちつくと直ぐ”血液さらさら”の薬を呑みました。(ネキシウム20mg・バイアスピリンジョウ100mg)朝晩の血圧・脈拍・体温・瞳孔・対光反射の検査がありました。病人ではない訳ですから日常の生活の習いを少しでも取り入れて・・・起床は5時半で布団はたたんで朝晩は院内の散歩を心掛け、日中は談話室で過ごすようにしていました。28日午後頸部動脈のエコーを受けて約1時間後担当の先生が見えて、エコーの結果も良いようで明日(29日)退院しても良いですよ!と告げら、朝一番に退院しました。入院診断では、病名「一過性脳虚血発作」症状「一過性脱力」(転倒)です。

 短い入院でしたが、良い体験が(勉強)が出来たと思っています。先ず先生の対応が暖かさ(真剣)を感じました。検査でMRAまでやって異常ないのに何故入院を勧めてくれるのだろう?素直に従いましたが・・・。転倒して救急車で運ばれて検査の結果異常がないと帰って来て・・・その後再発して車椅子生活になった人の話しを聞いた事があります。いや他人の話じゃなしに、2日前の6日弟夫婦(84歳と78歳)が来てくれました。ちょうど私がパソコンを開いていて、仏壇に参ってから私の部屋座り込むわけですが、先ずブログの私の転倒記事を読んでもらいました。炬燵に入って老後の生き方を話題にしょうと云う算段でした。二人が覗き込むように真剣に読んでいました。そして炬燵に座ると誰も口を開かない前に弟の嫁がマスクをとりました。私もやりました!!と云う感じです。顔半分が紫色で、これでも良くなったほう!でした。びっくりで開いた口がふさがらない感じでした。
 事故が起きたのは12月20日で私が23日でした。自転車の転倒事故ですが、買い物の帰り交差点で信号で止まり、確り降りればいいのに片足ついて止まったら倒れ込んだというお嫁さんの言い分。弟は普段と違ってミカンを一箱買った重さが原因の不注意が原因という判断でした。病院へは行きましたが、CTで異常がなかったので安心しているようでした。 

 気を付けていれば防げる事故もありますが、自分の意識に関係なく突然おきる脳梗塞もあるようです。それを念頭において老後の道を考えようという話になりました。

 

 

 

 

 

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