私の70代

愈々90代に足を踏み入れ、人生の最終ラウンドに入った想いです。野菜作りとパソコンにも向き合っていきます。
 

農薬の残留基準

2014年04月29日 | 野菜つくり

 最近「農薬の残留基準の緩和に”待った”」の記事が目に留まりました。 私は「家庭菜園」程度の野菜作りをしています。しかし、我が家の野菜ばかりでなく、子供たちを含めて4~5軒分の野菜を作っている・・・?自覚をもっていますが、100パーセント補給している訳ではありません。
 だから、相手が畑に採りに来たり、持って行ってやったり、折々送ったりしています。しかし、身内が食べる野菜という事もあって、使用する農薬については、一つの考え方をもっています。

 私は、無農薬栽培主義者ではありません。事実有機リン系の「マラソン乳剤」500ml1本を持っています。農薬の指定使用方法ですが、作物によって違いはありますが、「倍液2~3000倍、最終使用は、収穫14日前から収穫前日まで、使用回数は4回まで」(収穫前日までが理解できない)となっています。具体的に、ほうれん草でみると、「2~3000倍液で、収穫14日前までに、他の農薬使用を含めて4回まで使用可」となっています。(ラベルに書いてある、農薬使用基準)

 しかし私の場合、年間を通して、里芋(アブラムシ)白菜(アオムシ)トウモロコシ(アワノガメイチュウ)に各2回程度使用する程度で、(昨年は、里芋にアブラムシがつかなかった)マラソン乳剤」500mlで3~4年位あります。これは、栽培方法に工夫をしており、「畝間、株間隔を広くとって風通しを良くすることを心掛けているから」と考えています。それに「土つくり、有機農法」も大切だと考えています。具体的には、「ミミズのいる畑」です。
 その心ですが、作物には必ず残留農薬があり、孫やひ孫が生まれてくるようになると、永年その野菜を摂取すると、体に異常が発生する確率が高いと考えていることです。

 余生をこの考え方を通していきたいと考えています。そこで今作っている野菜をカ写真に撮ってみました。

               
 過去農薬を使った記憶はありませんが、現在の畑のほうれん草です。虫食いの無くきれいです。どちらかというと、「アクの強い野菜で虫も好まない野菜!」という印象です。

              
 同じ場所に作ってあるチンゲン菜です。虫食いの痕がある株が少し見えます。この程度では我が家では、普通で平気で食べます。

               
      同じく小松菜です。チンゲン菜と同じ感覚でいただいています。上記3種類は、無農薬です。

 私が作っている野菜は、市場では絶対に受け入れてもらえないとおもいます。ところが、自分が手をかけて作ると、容易に且つ安心して受け入れられることを経験しています。マラソン乳剤も、散布すると表面に付着するだけでなく浸透性があります。(植物体内に取り入れられる)これからの野菜作りは、農薬の残留を、限りなくゼロに近づけるよう、極力減農薬につとめていきたいと考えています。


4月の畑 (夏野菜の定植)

2014年04月28日 | 野菜つくり

 月末の28~30日の雨模様の予報を頼りに、27日28日夏の果菜類の定植を済ませました。一度に畑が”にぎにぎ”しくなりました。昨年の事を思うと、作付面積がすこし少なくなりましたが、作業手順はかなり簡素化したつもりです。
 
 簡素化の一つになると思いますが苗の買い出しです。昨年までは、車で25分ぐらいの岐阜県まで行っていましたが、今年から最短距離の(車で3分)昔からの種屋さんで買うことにしました。周囲には、ホームセンターを含めて数軒の苗屋さんがあり、競争が激しいです。品質、値段ですが「品質良い、値段高い」今年から買うことに決めた種屋さんの評価で、結構繁盛していました。決めた一番の理由は近い事で、まだ車に乗りますが、必要最小限の乗車を心掛けています。そして後2年たらずで車は止めます。「子供から車駄目!!」の声が掛からない限り・・・? 

        
      茄子、ピーマン、トマト、胡瓜で4本のトンネルが出来上がりました。

        
  人参のトンネルは、外してやりました。右側は今食べている小松菜、チンゲン菜、ほうれん草です。   その奥のカンレーシャのトンネルは、4日前にまいた小松菜です。

  
サニーレタスです。                    夏採りキャベツです。

  
 枝豆です。                        胡瓜です。

  
 トマトです。                        ピーマン(右)と茄子(左)です。

 この他に、南瓜7本西瓜10本を植えて、3時ごろ上がりました。疲れて”ひと寝入り”してから、パソコンに向かっています。

 


曼陀羅寺の藤まつり

2014年04月26日 | 風景

 曼陀羅寺は、正中元年(1324)創立の浄土宗の古刹で、尾張北部の最も格式の高い浄土宗の霊場でした。往時は山内に14ヶ寺の寺院を有し、現在でも9ヶ寺の寺院が現存しています。
 曼陀羅寺開祖の天真乗運上人は、後醍醐天皇の御母檀天門院の弟にあたる方で、帝の隆盛を祈り、北条氏の調伏を祈祷するために寺院「後醍醐天皇勅願寺」です。元弘3年(1333)北条氏は滅び「建武の親政」は成りましたが、ほどなく足利しの反逆にあい室町幕府が成立します。

 しかし、後醍醐天皇勅願寺故に、足利氏家臣斯波氏の弾圧にあい、80年間余無住時代が続き寺運が荒廃していきました。やがて寺運も上昇に転じ、戦国時代には、信長、秀吉、家康など時の権力者と折衝よろしきを得て乗り切り、徳川時代になると、幼時に塔頭の本誓院に学んだ阿波国守蜂須賀家政公より正堂再建の寄進をうけました。以後尾張代々の藩主から、前飛保村231石の寺領の庇護を受けて明治に至りました。

 明治維新では、寺領は失いましたが、歴代住職の努力と時勢進展に対応して、昭和45年江南市と愛知県の管理のもとに、境内43,000㎡のうち、10,000㎡を曼陀羅寺公園として整備され、多くの藤が植えられ、4月から5月にかけての「ゴールデンウイーク」には、「藤まつり」が開催されて多くの観光客が訪れるようになりました。

          
    地元のお寺という関係もあって、子供の頃から現在まで数えきれないほど訪れた寺です。

          
 私は15年ぶりに「藤まつり」に訪れたことになります。早朝の朝陽が注ぎ始めた頃で、人もまばらで静寂そのものでした。

 曼陀羅寺は本堂を中心に、現在も8ヶ寺の塔頭がある寺院群を形成しています。最盛期には14ヶ寺の塔頭がありましたが、1891年(明治24年)濃尾地震(死者7,273人、倒壊家屋14万軒)で倒壊した寺院が多く、引っ越したり,復興されなかったと言われています。

  次に紹介する慈光院は、曼陀羅寺傘下の筆頭塔頭といえる寺院です。安土桃山時代曼陀羅寺の寺運が衰えた時、助けた功績により「赤門」許されています。

          

          
       慈光院の本堂です。山内では異色の建築様式に感じて,はじめてカメラに収めました。
    まるでお城のよう・・・。

 

 この連休の内は、非常に多くの観光客が訪れますから、あえて早朝(5時半)に出かけました。朝のやわらかい日差しが、藤棚に燦々とふりそそいできました。 芍薬にツツジも映えていました。

曼陀羅寺の藤まつり


4月の畑 (慈雨)

2014年04月23日 | 野菜つくり

 一昨日は、朝暗いうちからの雨になりました。”シトシトと降る”小雨が夕方まで続く、久方ぶりの畑にはありがたい雨でした。今の畑はまだ本格的な夏作になっていませんが、緑がひときわ映えてきました。4月末から5月連休明けに植える、夏の果菜類の植える畑の準備もしなければなりません。その苗は、約半分は買いますが、あとは自家苗を使い、その種まきも適時していかねばなりませんから、忙しく過ごしています。
 
 連れを含めて今年になって言える事は、体力が衰えてきたことです。歳を考えたら当然と言えますが、作業の途中で手を休める事が多くなりました。無理をしないようにして、時間を少なくして早く上がるように心がけています。畑では「倒れてからは、遅いから・・・、前向きな気持ちと、自粛の気持ちの葛藤を繰り返しながら・・・」作付を(少なく・・・)考えています。 

             
 奥から、豌豆・玉ねぎ・人参(トンネル)小松菜で、この列は、チンゲン菜・ほうれん草を三分の一ずつ作っています。

             
     トンネルの中の人参です。

             
      キャベツで、5月下旬収穫予定です。

             
 胡瓜・茄子・ピーマン・トマトを植える畝を作りました。この他にスイカ・南瓜の畝を作りました。

 
左は、キャベツの苗で、右は、サニーレタスの苗です。一週間以内に本圃に定植します。 

 
左は、冬採り玉ねぎの苗です。右は、南瓜の苗です。今年は3種類ほど失敗しています。

 
左は、枝豆の苗です。例年カップ蒔きにしましたが・・・?、右は、さつま芋の苗床です。

 今年は、陽気が一週間遅れと云った感じです。特にトウモロコシの苗作りに失敗しています。追加蒔きしたり、直播で取り返す算段をしています。


森がなくなる

2014年04月19日 | 風景

  二週間余振りの、待望の雨の朝を迎えました。と言っても4時半起床起きざま、まだ暗い外を窓を開けてのぞいてみても、雨は降っていない感じでした。明るくなった6時ごろ外に出てみると、小雨がパラパラと降っている程度でした。それでも、「午前中小雨が降ってくれれば・・・」の期待がありましたが、8時ごろからは雨も止んで明るい曇り空になってきました。カメラを持って畑を一回りしましたが、土の表面が湿つている程度でした。  
 
 前回投稿の「去年との違い」のなかで、新緑の違いを人為的と書きましたが、実は我が家の山林を伐採してしまいました。巾も奥行も見透かせる程度の「畑の真ん中にポッン」とある林で、持ち主が数軒で、しかも樹齢百年余の大木が生茂っていました。
 近年になって周囲に住宅などが建てられるようになり、落ち葉の飛散・枯れ枝の落下など、近辺に迷惑をかけることが多くなったことが伐採の主な理由でした。冬は北風を防ぐ防風林の役目があって暖かく、夏は木陰と林の中を抜けてくる涼しい風で憩いの森でもあったわけです。が決断しました。

            
 昔のことを思うと、この林も攻め立てられてやせ細ってきましたが、伐採前の現状写真です。

            
 樹齢80~120年・樹高20M余の樫・クヌギなど12本を伐採後の写真です。西側の建物が、透けて良く見えるようになりました。

             
    太い幹の部分は業者に処分してもらい、直径20㎝以下の枝と小枝は残してもらいました。

  
 短い時間ですが、毎日のように行って後片付けをしています。左の写真は、小枝を小さく切って整理しています。右の写真は、1メートルに切りそろえてシイタケ菌を植える予定をしています。やく200本余できました。無理をせず怪我の無いように頑張っています。

 子供の頃この林は「ながやま」と言って、クワガタやカブトムシを捕って良く遊んだところです。数年前までは、まだクワガタやカブトムシが、昔ほどでないですが居ました。これで林も分断されて昆虫がすむ環境ではなくなり寂しく、時代の流れだと思うことにしています。
 
 此処の地質は、表土が2メートルぐらい上質の土で、その下は木曽川の川底(河原)になっています。数万年前からの木曽川の沖積地帯です。5年ほど前にすぐ隣の畑から、陶片を250個ほど収集してリポートを書きましたが、古墳時代の土師器や須恵器がでています。その時代から人が住んでいた訳で、畑を開墾した時に出た「小石」の捨て場になっていて、作物を作るに適さないため林になったと所と考えていいようです。5年ほど前、北西側の林が伐採され、今回私の所の林を伐採しましたから、林も分断された形になり、やがて林の緑もなくなると運命をたどると思います。

 

 

 

 

 


去年との違い

2014年04月14日 | 観察

 新緑は日ごとその緑を増してくる感じです。漠然と過ごしているとその違いに気づくことはありませんが、今春は毎日のように観察する環境にあります。具体的にいうと、「トンネルのある林」に毎日のように、時には午前午後と作業で通っている訳です。
 そして、林の落葉樹の芽吹き(新緑)が例年の勢いがない感じを受けていたからです。それでも仕事の”気ぜわしさ”に追われていましたが、偶然というか「去年の今はどんな投稿をしていたんだろう・・・」と振り返ってみるとこたよくあります。
 2013年、去年の4月の投稿ブログを見て居ましたら、4月14日林の新緑画面を見つけました。「明日は、4月14日今の(2014年)の現状写真を撮ってこようと考えた訳です。そして、比べてみて違いのあるのが解って投稿することにしました。過去こういう比べ方の投稿は初めてであることも理由の一つです。 

        
  2013年4月14日写真で、「赤芽樫」燃えるような赤と新緑の美しさにカメラを向けた記憶が蘇ってきました。

         
 2014年4月14日の時間もほとんど同じ現状写真です。道路左側の「もみじ」の新緑の繁茂状態が、明らかに違います。道路右側の(トンネル状態)違いは、人為的なものです。

         
 2013年4月14日の赤芽樫とクヌギの新緑の写真です。燃えるような赤芽と新緑の真の美しさは、一日か二日の短い期間のようで、日ごとに色は変わっていくようです。

        
 2014年4月14日の現状写真です。明らかな違いがわかります。新緑のクヌギがないのは人為的なものです。

 年々四季は巡ってきます。が、全く同一同時期の四季が巡ってくることは無いと思いましたが、こうして比べてみて実感することが出来ました。今ある畑でも成長の違いを感じていましたし、桜の花にも感じていました。気温が低かったことや、雨が少なかったがあげられますが、それ以外の要因があると思います。これが現実であることを認識しました。 
 これは樹木ばかりでなく人間社会にも「人生山あり、谷あり」です。その中で生きていきましよう。

    

 

 


4月の畑とひ孫の一年生

2014年04月13日 | Weblog

 4月8日投稿の桜も、すっかり葉桜になってしまいました。働くと汗ばむ日もありますが、北風が強くて朝夕は小寒く感じるこの頃です。畑の方も少し”緑ぽく”なってきた程度ですが、午前午後と4~5時間程度出ています。
 落葉樹の「くぬぎ」や畑の柿は、蕾もかなり膨らんで、僅かに葉っぱの緑をのぞかせてきました、「新緑の候」と言えるのは、あと10日ぐらい過ぎてからでしょうか・・・・

         
      玉ねぎです。今年は”球が締まった小さい玉ねぎ”を作ることを目標にしています。だから追
       肥は、一回だけにしました。

   
 豌豆です。                         イチゴです。

   
 3月15日蒔きの小松菜です。              同じくほうれん草です。

 ひこ孫から初めての便りが届きました。無条件癒されます!!無条件可愛いです!!そして長生きしたものです。読み終わると80年前の自分の一年生の入学日の事を思い出していました。覚えていますよ!!・・・・・

         
   「おおきいおじいちゃんと おおきいあばあちゃん おいわい ありがとうがざいました」ようたより

 そして、超早送りの走馬灯のように歩いた道が駆け抜けていきました。この子は、どんな道を歩くのだろう・・・それはこの子たちの問題ですが、逞しく前向きに生きてくれること願います。私は美しく老いていきたいと思っています。


今年の桜

2014年04月08日 | 風景

 1928年2月5日、これは私の生まれた時で86歳の道をを歩いている訳です。「毎日を忙しく過ごしています」と云うより、歳を重ねると日頃の問題が少なくなると思っていましたが、歳相応に課題は次から次えと出てくるようです。ところが今年になってから、”歳相応の課題”をこなす気力、体力が衰えてきて、一つの課題をこなすのに時間がかかるのが、忙しい思いをさせて居るのでは・・・と思うようになってきました。

 今年も桜の季節になって・・・、昨年までは結構さくらの写真を撮りに行っていたのに、「出かける気力湧いてこない!」「今年は止めてもいいや!?」の思いで畑にでていました。5日土曜日、6日日曜日は天気は良かったですが、風が強くて小寒い日で、畑から早く上がっても部屋で休んでいました。
 ところが7日月曜日は、前日とは違って朝の太陽が燦々とふりそそぎ、ふさぎ込んでいた気分が解放されたようで、思い立ったようにでかけました。6時15分でした。当然ですが花見の人は皆無で、散歩の人2~3人に会う程度ででした。 

        

        
     6時20分、木陰が長く、柔らかく暖かい大陽が”燦々とふりそそぐ桜並木でした。

    
 左は、去年の宮田用水と桜でしたが、今年はこんなに変わっていました。(右)

        
 一昨年取り上げた「ヤドリギ」が、僅かですが残っていました。(円形みどり色)

        
 帰路必ず撮っていたお知り合いの家の「しだれ桜」です。御主人は闘病中で寂しく咲いている感じでした。

 

蘇南公園の桜


4月の畑 (花園)

2014年04月03日 | 風景

  さつま芋の苗床作りが済み、仕事が一区切りつき、今日3日はゆっくりしようと考えていました。前日までの予報では、3日4日は雨の予報が出ていましたから、そんな段取り でした。
 ところが、3日朝になって雨は午後からの予報になり、午前中カメラを持って畑を一回りしました。仕事が忙しいと畑の花まで目線が回らず、結果意識することもなかったですが、さつま芋の苗床作りが済み気持ちがホットすると、畑も水仙などで花盛りになっていたからです。

 私は”畑専用カメラ”を用意しています。野菜作りを多く投稿しますが、撮影は作業の合間にするため、どうしても”砂ぼこり”で故障して今回で4回目の修繕に出しています。パナソニックG1を持ち出しましたが、畑の撮影には不向きで、結果午前、午後と二回りする不本意な映像になってしまいました。

   

   

             

             

  

   

 午後からも雨は降りませんでしたが、部屋にこもって撮った映像を並べ直しながらゆっくりしました。夜9時半現在まだ雨は降っていません。畑が乾燥気味で、今夜から雨になってくれることを願いながら、ハウスに果菜類のカップ蒔きをしょうと思っています。カメラが早く治ってくることを願っています。


4月の畑 (さつまいもの苗床)

2014年04月02日 | 野菜つくり

日中は20℃前後まで上がる春日が続いており、畑の近くにあるソメイヨシノが満開になりました。畑の行き帰りに、そのソメイヨシノを見上げながら「去年までは、写真を撮りに出かけていたのに、今年はそんな余裕がなくって忙しい・・・」感じで走り回っています。しかし去年の事を思うと働く密度は薄くなって具体的には、作業中に休む回数が多くなってきました。
 
 そんな状態ですが、4月に入って私の野菜作りは農繁期にはいってきました。明日は雨だという予報もあって、里芋とさつま芋を貯蔵したある穴から出す仕事で、女房に午前中お手伝いを頼んで朝から畑にでました。 

         
 確か土手に出ている”つくし”を写真に撮ったことがありましたが、今年は女房が知り合いから戴いたようです。夜なべに”下ごしらえ”している処を漠然と撮っておきました。翌日ラーメンの上に、一つまみ”つくし”が乗っていましたが、良かったですよ!!。その2日後に、つくしの卵とじがでました。偶然妹が来ていて、食事に食べたら「美味しい!お父さんに少し持っていきたいー」と言い出しました。私も全く異議なく同感でした。素朴な春を味わいました。

         
午後からは女房とは別々の作業でしたが、冬採り玉ねぎシャルムを収穫していました。”葉玉ねぎ”と云う感じで、全部が食べれるようで、「ネギよりも甘みがあって、この時期絶対必要!!」と調理をする人の言いぶんです。カメラを向けながら「今年も、蒔いておいてよかった!」の思いでした。


         

         
 さつま芋の苗床で、ここまで3日がかりできました。下に野菜の屑や、稲わらが入っており、発酵熱で地温をあげています。発芽するまでビニールシートを被せます。且つこの苗床はビニールハウスの中に作っています。だから、ぐっしょり汗をかいて、帰るとすぐシャワーを浴びました。今夜はぐっすり眠れそうです。