河井夫妻が逮捕拘留されてから1日が経った。拘置所という新しい生活様式に慣れることはないだろうが何処でどう間違ったか自問の日々だろう。勿論本人は法に触れることはしていないと信じているだろうから後悔はないだろうが。それにしスマホの履歴はもとよりカーナビの位置情報で出歩き先を調査するなど新しい手法が伝えられている。ドライブレコーダーなどの映像でも行先は相当絞られるだろう。不思議なのは捜査手法がリークされていることである。ゴーン氏逮捕の時の匂いを感じる検察のスピン・コントロールも混じっているようには思うが検察の捜査には極秘裏で進めるものとある程度世論を意識してやるものの2種類がありそうだ。
決して馴染むことのない拘置所生活だろうが下級国民は長い自粛生活で新しい生活様式にも多少慣れた感はある。県をまたいだ移動も可能となり、TVのニュースは観光地や娯楽施設に人が戻りつつあると伝えている。しかし今回のコロナ感染では我々が如何に普段の生活で他人が吐き出した飛沫を吸い込んでいるのか良く分った。三密回避やマスクは新しい習慣になりつつある。勿論東京も全国も未だに毎日何十人という感染者が出ているため、ピークに比べると低位ではあるが減って行っているという感触はあまりないのも理由だろうが。
緊急事態下で自粛生活が長かったことで生活様式のみならず価値観まで少し変わったように思う。それは絶対にやらなければならないことに対する疑問である。多くのことは常識とか慣行、惰性で行われてきたことに気付き始めた。違う言い方をすれば生物学的な生命維持以外は無くとも済む問題であり、そのどうでもよい事こそが文明や文化という形で表されているということだ。渋谷や新宿に行かなくても死にはしない。観光旅行をしなくとも普段の生活に支障はない。何が必要で何が無駄なことなのか仕事を含めて考える期間になったように思う。
無駄な事をするのは人間だけであることに気付いた。他の動物はちょっと遊びに出掛けようとか、豪華な食事にあり付こうとかおしゃれをしてみようなどとは思わない。草食動物は栄養価の低い草を一日中食べているのは食べないと生きられないからであり肉食動物はカロリーは高いが滅多に獲物にありつけないから殆どの時間は空腹である。無駄なことはやってられない。
自身の生活を振り返ると無駄な時間は過ごすが無駄な事は殆どやっていない。文明や文化から離れた基礎代謝ならぬ基礎生活を送っている。言い換えれば人間らしさから遠ざかっている。文明人の証は趣味の生活がどの程度混じるかである。基礎生活を維持することに汲々としている自身は決して文明生活とは言えないだろう。例えば所ジョージ氏などは立派な文明人である。厄介なことに無駄こそが文明であると思えてきた。