太陽光発電シニア

太陽光発電一筋、40年をはるかに過ぎたが何時までも興味のつきない厄介なものに関わってしまった。

年がいくこと、大人になること

2020-06-15 08:12:10 | 日記

自分も年が行ったと感じる瞬間は年下の総理大臣が誕生した時である。国のリーダーが自分より若いとなると何事も為さなかった自分を実感してしまう。この先あれに匹敵するような地位も名誉も金も得る事は絶対に無いだろうと思ってしまう。年がいくことと大人になることは別である。自分が大人になったと実感するのは親が可愛いと思えた時である。それまで何かにつけて反発していた者がある日可愛く見える。私の親ですよとちょっと自慢気に紹介できるようになったらもう貴方は大人である。銀座通りを親を連れて歩き、皇居まで足を伸ばし、こちらは当たり前のように見慣れていると二重橋を案内できたらもう完璧な大人である。早く親を亡くした場合は実感として超えることは中々難しい。親の年齢を遥かに超えてしまった今頃、あの時言っていたのはこういう気持ちだったのかと気づき可愛らしくも思えるのは超えたことにはならない。生きている間にそう思えたら親孝行の一つもあっただろうが残念である。

拉致被害者の親御さんにとっては何時まで経っても子供だろうが、向こうはもう大人になって逆に親のことを心配しているかも知れない。しかし幾つになっても親にとって子供は子供である。昔新聞の4コマ漫画に禿げて年老いた息子が腹を出して昼寝をしていた。天国から母親がそっと布団を掛けてやるというストーリーである。幾つになっても子供は子供、と吹き出しがあった。母親の命日が近づいてきた。無言の帰宅は7月の蒸し暑い土砂降りの日だった。子供の頃は母親を「おかあちゃん」と呼んでいた。40年以上経ったが多分向こうは大人になった自分を知らない。他人には「母親が、おふくろが」と言えるが姉弟で話す母親はこちらが80や90になっても多分「おかあちゃん」だろう。恥ずかしくて他人には聞かれたくないが適当な呼び名がない。少し後の世代では「ママが」となるのだろうか。呼ぶどころか書いていてもちょっと恥ずかしくなるがそれも時代だろう。