「サッカー文化フォーラム」夢追い人のブログ

1993年のJリーグ誕生で芽生えた日本の「サッカー文化」。映像・活字等で記録されている歴史を100年先まで繋ぎ伝えます。

「花燃ゆ」とサッカー文化フォーラムの関係

2015年01月11日 20時11分58秒 | サッカー文化
少し堅苦しい話しになって申し訳けありませんが、おつきあいください。

今月からNHK大河ドラマ「花燃ゆ」が始まり、今日は2回目、私は午後6時からのBSプレミアムでの放送を見ることにしているので、さきほど45分間、テレビにかじりついてました。

明治維新に大きな役割を果たした吉田松陰、大河ドラマでは、主人公そのものではないが、松陰が獄死するまでは実質的な主役となるに違いない。

私が吉田松陰のことを本格的に知りたいと思うようになったのは、ちょうど3年前の1月、伊豆の下田を訪ねてからだ。下田には「下田開国博物館」というのがあり、ペリー来航、ハリス領事滞在などの資料と合わせて、ペリー艦隊の船に乗り込もうとして失敗した吉田松陰の資料も展示されている。

そこで、驚くべきことを2つ知った。一つは吉田松陰について初めて書物にしたのが、日本人ではなく英国人のスティーブンソンだったということ。もう一つは、私が住んでいる東京都内に吉田松陰に関する史跡がいくつかあり、その代表的なものとして、中央区小伝馬町の獄死の地、そして世田谷区の松陰神社があるということ。

そこから、私は猛烈に吉田松陰に関心を持つようになった。日本では、しばしば、日本人に評価されないうちに海外から評価され、その評判が逆輸入されることがあるが、明治の時代にもそういうことが起きていたのだ。

下田を訪ねてから3年、吉田松陰の生涯も、その家族のこともある程度知ったので、今年の大河ドラマはとてもスンナリ見れる。しかし、実は吉田松陰が、松下村塾で教えた事柄、その内容がどういうものかについては、まだ、詳しく知らない。

今年の課題は、吉田松陰が何を考え、何を伝えたのかを知ること、ということで、まず手にとったのが「新釈・講孟余話・・・吉田松陰、かく語りき」という本だ。



本の題名だけでは、なんの本か良くわからないが、これは、吉田松陰が、松下村塾で、孟子の教えを講義した時の、自分の考えを記録した「講義録」のようなもので、それを大学教授の松浦光修氏が現代語版にしたものだ。

ここまでは、いわば前置きで、ずいぶん長くなったが、「花燃ゆ」に合わせて手にとった、この本の一節が「サッカー文化フォーラム」に取り組んでいる私の心に、もっとも響く一節なのだ。

その一節というのは、
「思えば、松陰という人は、間違いなく天から「大任」を降ろされて(与えられて)いた人です。そして、松陰という人は、生涯をかけて、その「大任」をまっとうしています。
おそらく、今を生きる私たち一人ひとりも、何かしらの「大任」を降ろされて(与えられて)いるにちがいありません。ですから、たぶん天は、私たちが生涯をかけて、その「大任」を果たすことを”期待”しているはずです。」
という部分だ。

私が取り組んでいることは、とても「大任」と言えるほどのものではないが、いまサッカー文化フォーラムとして、各種メディアに記録された一つひとつの動き・変化をサッカー文化事象として100年先に繋ぎ伝えていくんだと決意している。

それこそが、まさに「たぶん天は、私が生涯をかけて、その「任務」を果たすことを”期待”しているはず」のことだと、あらためて思う。

私は、この吉田松陰の教えを忠実に守り、自分の役目をまっとうしたいと思うのです。

大河ドラマ「花燃ゆ」とサッカー文化フォーラムは、そんな風に関連しているのですと、ちょっと乱暴な結びつけだったかも知れません。

人生66年にして、最も尊敬する歴史上の人物になりつつある吉田松陰のことを話題にしたかった気持ちに免じてお許しください。

それにしても、人生を懸けてやるべきことはこれだ、と言える幸せを得られたのは幸運なことですが、それが66歳になってからというのは、少し恥ずかしいものです。多くの人々は、早い人であれば20歳台、遅くても30歳台、40歳台で、自分の天職を見出して人生に励むのでしょうけれど、私は60年かかりました。

でも、言い換えれば「60年かかって見つかるということもあるので、焦らずコツコツと探し続けてください」とエールを送れるということかも知れません。よく言うではありませんか、早熟な人もいれば晩生(おくて)の人もいると・・・。

しかも、この歳になってからでは、あと何年も続かないかなと思っていた気持ちをガラリと変えてくれた出会いもあった。そう昨年夏にお会いした神戸在住のレジェンドジャーナリスト・賀川浩さんだ。

あの方のお元気な様子に接して、年寄じみたことを考えている自分が恥ずかしくなった。今年90歳を迎えられる賀川さんと同じぐらい続けられるとしたら、あと20年以上の時間をいただけるいうことになる。あとは自分が、どれだけ気持ちに張り合いをもてるかだけのことだ。

その賀川浩さんは、日本時間の今夜遅くに行なわれるFIFAバロンドール授賞式で、栄えあるFIFA会長賞を受賞するため、スイスのチューリヒに出かけられている。(はずだ) WOWOWが、その様子を放送してくれるので、明日起きてから録画をみるのが楽しみだ。

最後に、新しい年でもあるので、サミエル・ウルマンの「青春の詩」の最初のほうを、読み返してみましょう。

「青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ・・・・・」

さきほど「日本では、しばしば、日本人に評価されないうちに海外から評価され、その評判が逆輸入されることがあるが・・・」と書いたが、ウィキペディアによれば、この詩は「日本で有名になり、アメリカにお里帰りした」詩だという。2つのエピソードは、世界中の人々が、よいものをよいと評価して取り入れる、その気持ちが大切だということをよく示している。


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