あっ!気がつけば、久しぶりのブログ。
「アングラ演劇傑作ポスター展」に行く。
寺山修司、唐十郎、黒テント、大駱駝館、土方巽、自由劇場等々の
ポスターが、展示されてて、あっ、にたにた、また、口ぱかん、という感じ。
今をときめく(少し前までも含めて)人たちのポスターはスゴイよ、迫力あるよ。
例えば、CGでやったときに、このタッチは活かせるのかなと思わせるようなものがある。
トポスとアウラを連れて歩いているような、心地よさ。
このポスターの芝居で、実際に観たものも、少しだけれど、あったりして、その場所、日時、人物名が、妙にレアな記憶を呼び覚ましてくれる。
ここにあるシニフィアンの過剰さが、穿とうとしたものの実質に思いが走った。
と同時に、「アングラ」が「アングラ」であるとはどういうことなのか。これは、アヴァンギャルドの性格と傾向性の問題に繋がっている。間違ってもアヴァンギャルドの「本質性」などの言葉に収斂させてはいけないものだと思う。
「アングラ演劇傑作ポスター展」に行く。
寺山修司、唐十郎、黒テント、大駱駝館、土方巽、自由劇場等々の
ポスターが、展示されてて、あっ、にたにた、また、口ぱかん、という感じ。
今をときめく(少し前までも含めて)人たちのポスターはスゴイよ、迫力あるよ。
例えば、CGでやったときに、このタッチは活かせるのかなと思わせるようなものがある。
トポスとアウラを連れて歩いているような、心地よさ。
このポスターの芝居で、実際に観たものも、少しだけれど、あったりして、その場所、日時、人物名が、妙にレアな記憶を呼び覚ましてくれる。
ここにあるシニフィアンの過剰さが、穿とうとしたものの実質に思いが走った。
と同時に、「アングラ」が「アングラ」であるとはどういうことなのか。これは、アヴァンギャルドの性格と傾向性の問題に繋がっている。間違ってもアヴァンギャルドの「本質性」などの言葉に収斂させてはいけないものだと思う。
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