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「石戸蒲桜」 北本市

2014年03月22日 12時28分39秒 | 盆栽・桜・花・木・緑・動物


10年4月9日の金曜日。「石戸の蒲桜」も満開だった。「日本五大桜」の一つと言っても知名度はいくぶん落ちる。他の四大桜は、天下に名高い「三春滝桜(福島県三春町)」「山高神代桜(山梨県北杜市)」「根尾谷薄墨桜(岐阜県本巣市)」「狩宿の下馬桜(静岡県富士宮市)」なのだから。

あれは何十年前のことだったか。この桜を見たくて石戸(いしと)の東光寺を訪ねたことがあった。花もほとんど終わっていて、風か落雷か、一本の幹しか残っておらず、無残な姿をさらしていた。それ以来来たことはない。

蒲桜は見事に蘇っていた。生き残った幹にも孫生えにも白い花がびっしりと咲き、春を謳歌していた。「人は老いても桜は若返るのだ」と実感した。「今年は、花も大きく元気。樹医さんの面倒がいいんじゃろか」と地元の老人が話しあっているのが聞こえた。

エドヒガンとヤマザクラの雑種で、「カバザクラ」という世界で唯一の種類の桜だという。染井吉野より数日遅く咲くとのことだが、並んでケンを競っていた。樹齢約800年。1922年(大正11年)に国の天然記念物に指定された時には、4本の大きな幹があり、根本も周囲が11mあった。

江戸時代から有名で、1820年の瀧澤馬琴の随筆には、渡辺崋山が描いた全盛時の桜の絵が載っている。

蒲桜は、源頼朝の異母弟の源範頼がこの地に隠れ住んでいたとう伝説に基づく。範頼は遠江国蒲御厨(かばのみくりや)で生まれたため、「蒲冠者(かばのかんじゃ)と呼ばれていた。

範頼は幼少期を近くの吉見町で暮らし、妻も鴻巣の武士の娘だったと話もある。

範頼のついていた杖が根付き、蒲桜になり、その根元にある石塔は範頼の墓石というのが蒲桜のいわれなのである。

北本市は桜のまちである。JR高崎線北本駅には出口案内板に「さくらと範頼伝説のまち 感動桜国きたもと」とある。東口の広場には見事に育った蒲桜のクローンが見事な花を咲かせていたし、公園にも同じクローンが何本も植わっている。蒲桜のまちといった風情である。

素晴らしいのは「高尾さくら公園」。全国に呼びかけて集めた30種約200本の桜が植えられていて、染井吉野一色でない桜の美しさを堪能できる。

1959年に伊豆半島船原峠付近で見つかった「船原吉野」(オオシマザクラとエドヒガンの雑種)は、染井吉野をしのぐ豪華さ。長崎県の菊咲き、二段咲きの「大村桜」、伊達政宗が植えたという「貞山桜」など珍しい桜でいっぱいだ。


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