石造美術紀行

石造美術の探訪記

京都府 京都市左京区大原戸寺町 江文神社御旅所阿弥陀石仏

2009-06-18 23:16:29 | 京都府

京都府 京都市左京区大原戸寺町 江文神社御旅所阿弥陀石仏

大原の最南端、東西に山がせまる狭隘部、南に向かって流れる高野川が東に蛇行する場所に架かる花尻橋はちょうど八瀬との境にあたる。01花尻橋の北東側に江文神社御旅所がある。その敷地の北端に小さい祠がある。西側はすぐ国道367号に接する。この祠内には数基の石仏が集積されているが、一際目を引くのは中央にある石仏である。03表面を平らに整形した二重円光背を負う丸彫りに近い定印の阿弥陀如来の坐像で、洗練された精緻な出来映えは木彫像を思わせる。自然石の広い面を彫り沈めて像容を形成しつつ全体を調整する作り方は京都付近に類例が多い。石材は白っぽい褐色で、表面に苔類も見られず風化摩滅も少ない。緻密な質感はちょっと見たところ砂岩製に思えるが、よく見ると"す"が入っている。川勝博士は花崗岩とするが、安山岩か一種の溶結凝灰岩の類かもしれない。この種の石材がこの辺りで産出するのかどうかは詳しくないが、あまり見かけない質感の石材である。風化の少なさは長く堂内か覆屋の下にあったか地中に埋もれていた可能性を示している。高さ約105cmとあまり大きくはない。下端はやや不整形で正面から側面にかけて大きめの素弁の蓮華座を刻みだしている。蓮華座部分が若干小さめなので、何となく窮屈そうにも見える。背面は中央に稜状の高まりを残し、外縁にいくにしたがって厚みを減じていくように調整し、しかも表面を叩いて仕上げているようである。円光背は周縁に一定の厚みをもたせて切り落とし、円板状につくっている。02像容は、体躯のバランスに破綻なく、ふくよかなあごの線、両肩から胸にかけての肉取り、波打つ衣文のリアルな凹凸など、どれをとってもまさに木彫風で、石造品としては稀に見る表現である。額の白毫部分は丸い穴となっているが、ここには玉石が嵌め込まれていたと推定される。素面の二重円光背、定印を結び結跏趺坐する阿弥陀如来の衲衣の着こなし方、端正な面相など、デザイン的には三千院の売炭翁石仏と共通するが、螺髪をひと粒づつ刻みだす手法を採用しないなど相違点もある。さらに売炭翁石仏に比べ彫りが深く、頭部は耳の後までしっかり彫り込まれ、定印を結ぶ手先の表現もいきとどいており、一層丁寧な出来映えを示している。銘は認められず、造立時期については謎とするしかないが、叡山系石仏に属するものと考えられており、精緻な表現は鎌倉時代中期を降るものとは思えない。ややこじんまりとまとまり過ぎている感もあるが、非常に丁寧な作りと石材の質感や色調が、見る者に清楚な印象、涼しげな印象を与える傑作である。

参考:川勝政太郎 「京都の石造美術」

   中淳志 「写真紀行 日本の石仏200選」

写真右上:彫りの深さに注意してください。耳の後ろから後頭部の途中まで彫りだしています。たいていの石仏は耳までです。文中法量値は「京都の石造美術」に拠ります。神々しいお姿にコンベクス略側はご遠慮しました。豪快さや力強さはないけれど、清楚という言葉がぴったりです。美しい石仏というのはまさにこのような石仏をいうんですね。いつまでも見とれる小生でした。合掌。ちなみに人の顔を認識する機能がある小形デジカメで撮影しましたが、カメラはお顔をしっかり認識してました。