一公の将棋雑記

将棋に関する雑記です。

宮田八段の名解説

2021-04-15 00:08:35 | 将棋雑記
11日放送のNHK杯は、松尾歩八段と伊藤匠四段の対局だった。解説は宮田利男八段である。伊藤四段は昨年10月デビューの最年少棋士で、宮田八段は彼の師匠だ。
いまの将棋界では森信雄七段や所司和晴七段に弟子が多いイメージがあるが、宮田八段も多いようだ。ほかに棋士は、本田奎五段、斎藤明日斗四段がいる。
新鋭がNHK杯に初出場した場合、師匠が解説を務めることが多い。斎藤四段が昨年NHK杯に初出場したときも、宮田八段が解説を務めた。このときは斎藤四段が中盤に鬼手を指し、宮田八段が「へぇー」「びっくり」を連発して解説にならなかったが、本局はどうか。私は感嘆も立派な解説と認識しているので、今回もそんな「迷解説」に期待していた。
対局前のインタビューでは、伊藤四段が「子供のころからずっと夢見ていた舞台ですので、楽しみにしています」と語った。
すかさず宮田八段が「いまでも子供じゃないかと言いたいんですが……」とツッコミを入れ、そりゃそうだと私は笑った。
また松尾八段は、宮田八段にお世話になった、と御礼を述べた。もっとも宮田八段によると、松尾八段とは研究会仲間だったという。
年代が違うのでかなり異色ではあるが、それを言ったらたとえば、植山悦行七段も相当交友範囲が広い。
聞き手は中村桃子女流初段。斎藤四段のときは、藤田綾女流二段が聞き手だった。中村女流初段は、宮田解説をどうまとめていくだろうか。
将棋は斎藤四段の先手で始まり、横歩取りになった。しかも松尾八段が△7六飛と回り、伊藤四段も▲8四飛と回り、かなり激しい。宮田八段は「せめて矢倉か角換わりになってくれればいいと思ってたんですけど、これはいちばん分かんない」と困惑気味だ。
棋士は自分の得意戦法以外でも無難に解説をこなすが、宮田八段は正直だ。早くも宮田節全開である。
将棋は角交換から▲6一角と放ち、早くも終盤戦の様相を呈してきた。
△7一金に▲7二歩。しかしこの瞬間、△9五角の王手飛車があった。さっきまではここで▲7七歩の切り返しがあったが、現在それは二歩だ。「あ、ああそうか、あれ?」と宮田八段も困惑する。すなわち純粋な王手飛車で、これは宮田八段ならずとも、あれあれ?という感じだ。果たして伊藤四段も長考に沈んでしまった。
「まさかとは思うんですけどね、うっかりしていたとか」と宮田八段。
たしかに研究範囲ならここで考えるのはおかしく、見落としだった可能性もある。だけど、こんな手を見落とすだろうか。
ところでテレビの上部には、形勢バーが記されている。3月28日の女流棋士出場者決定戦から導入されたもので、そのときはところどころバーが消えた時間があったが、前週の第71回大会からは、常時掲示されるようになった。そのバーも、後手が65%くらいになっている。
ここはどう指しても松尾八段が勝てるようだが、松尾八段は考えている。そこで指したのが△2六歩(図)で、宮田八段の予想にもなかった。

これは二階から目薬のような手だが、私は1964年2月11日・12日に指された第13期王将戦第3局・二上達也王将VS大山康晴名人戦で、大山名人が指した△2六歩(参考A図)を思い出した。
さらに、1967年1月16日・17日に指された第16期王将戦第1局・大山王将VS加藤一二三八段戦に現れた△2六歩(参考B図)も思い出した。
さらに、2001年8月9日・10日に指された第42期王位戦第3局・羽生善治王位VS屋敷伸之七段での、羽生王位の△2六歩(参考C図)も思い出した。



だが「松尾版△2六歩」をAIは緩手と判断し、形勢バーが先手59%に傾いた。
しかし人間の見解ではボディーブローのような垂れ歩で、必ずしもマイナスとは言い切れない。大山十五世名人は、こうした手を多用して勝ってきたのだ。
宮田八段は「すごいですね」「私なら候補の10手にも入らない」と驚いてばかりだ。
しかしこれも解説のひとつだと思う。たとえば観戦記は、指し手の変化を羅列するのがベストではないと思う。その場の緊迫した雰囲気を活写するのが重要だと思う。テレビの野球中継でも、アナウンサーがラジオと見紛うばかりに一挙手一投足を実況する場合があるが、映像があるのだから、それは必ずしも必要ない。宮田八段のそれは視聴者目線で、対局者の指し手に、いっしょに感嘆しましょう、という潔さがある。
中村女流初段も出しゃばることなく、聞き手に徹している。唯一、「私ならすぐに△2九飛成としますが……」と述べたのが自説だった。これに桃子マニアは「おお……」と唸るのである。穏やかな日曜の午前、実にゆったりした時間である。
盤面、松尾八段の指し手には突飛な手が続き、事前の情報を知らされない私たちは、余計に驚きがあった。
将棋は一手違いの激戦になったが、松尾八段がリードを保っている雰囲気があった。将棋はどんなに接近されても、確実に一手離していれば、それは大差である。
最後は86手まで、伊藤四段が投了。通常は投了後に解説者がその先をやってくれるのだが、今回ははっきりしなかった。これも宮田スタイルである。
感想戦では、宮田八段が△9五角の周辺をさりげなく伊藤四段に聞いたが、やっぱりはっきりしなかった。まさか王手飛車をうっかりしましたとは、プロの矜持からも言えまい。
対局開始15分で王手飛車がかかったときは放送時間が余るのではと危惧したが、放送18分前に対局が終わり、感想戦も味よく入って、ピッタリだった。
私は現在地底深くで、もがいているが、それを束の間でも忘れさせてくれる、楽しい時間だった。
コメント
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