犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

辛い経験から立ち直って新しい人生を歩み始めるということ

2009-03-08 18:57:31 | 実存・心理・宗教
「そんなにご自分を責めないで下さい。1日も早く悲しみから立ち直られて、新しい人生を歩み始めることができますよう、心よりお祈りしています」。このように親切に言われれば、大体の人は癒され、慰められ、ほどなく立ち直り、新しい人生を歩み始めるものである。なぜなら、そのように演技をしておかなければ世間的に角が立つからであり、何かと面倒くさいからである。これほど効果よりも逆効果ばかりが生じ、しかもそれが意識されていない言葉も珍しい。「悲しみから立ち直って幸福になって下さい。あなたの幸福をお祈りしています。私で力になれることがあったら言ってください」という励ましの言葉をかけることは、疑いなく善いことであり、正しいことであり、その人のためになるものだと信じられている。従って、この言葉の受け取りを相手に拒絶されたときには、励ました側は相当なショックを受ける。しかし、正しいことはいつか必ず理解されるはずだという信念がある限り、その者はすぐに立ち直り、また適当な時期を見計らって善意の言葉をかけて癒そうとする。

人は誰しも、自分に投げかけられた言葉を聞けば、一瞬で「その通りだ」、もしくは「何か違う」との判別を行う。「そんなにご自分を責めないで下さい。悲しみから立ち直って、新しい人生を歩み始めて下さい」と言われて、一瞬にして「全くその通りだ」と思って納得したのであれば、それはそれで問題ない。これに対して、一瞬にして「何かが違う」と感じたのであれば、これはそれ以外の何物でもない。「自分を責めてはいけないんだ、立ち直らなければいけないんだ」と無理に努めているのであれば、それは努めているというその行為において、すでに答えは出ている。自分の心の動きは、現にあるようにあり、現にあるようにしかなく、それ以上の解釈は過剰な意味づけである。自らの直感に反して何らかの意味を求めること、あるいは意味を与えること、これは相対的な複数の解釈のうちの1つを選択したにすぎない。ゆえに、一旦意味を与えてしまえば、人はそれが崩れるのを常に恐れ続けることになる。これでは、幸福を求めていたはずが、どう見ても幸福ではない。

「悲しみから立ち直ること」と「新しい人生を歩み始めること」、これは通常ワンセットのように信じられているが、実際のところは必然的ではない。立ち直っても新しい人生を歩んでいないこともあれば、立ち直らずに新しい人生を歩んでいることもある。これも事後的な解釈や意味づけではなく、現にそれぞれの人はそのように生きているという事実以外の何物でもない。現実はいつも能書きに先立っている。「悲しみから立ち直って、それでどうなるんですか? 新しい人生を歩み始めても、どうせ最後は死んでしまうのに、何か意味があるんですか?」。このような問いに耐えられない者は、さらに過剰な意味づけを求め、自分にも他人にも幸福を強制しようとする。しかしながら、立ち直って新しい人生を歩んでいても不幸であることもあれば、立ち直らずに新しい人生を歩んでいなくても幸福であることもある。これもやはり、現にそれぞれの人生がそれぞれの人生を生きているという現実そのものの描写である。前向きに生きなければならないという自分への不安や焦りが他者に向けられれば、それは過剰な解釈によって、端的な現実を混乱させる。

「あなたのためを思って言ってるんです」というときの「あなた」とは、あくまでもそのように言う側がそう考えているところの「あなた」の像であって、「あなた」自身に至ることはない。これは、人間の人格はそれぞれ別々であって、脳内の動きも別々であって、他者の内心はどう頑張ってもわからないという単純な理由による。従って、いかなる事実もその人がわかるようにしかわからず、意味づけは必然的に事実を超えて過剰となる。もちろん、困っている人を見たら助けなければならないという命題や、見て見ぬ振りをするのはよくないという命題は、それ自体が虚偽や悪になることはない。また、苦しんでいる人を放置しておくこと、救いの手を差し伸べないことが奨励されるわけでもない。ここで正確に問題となっているのは、そのように言われるところの「困っている人」「苦しんでいる人」の理解が、それぞれの人のそれぞれの理解を超えることはないということである。従って、他人のためを思って言ったことが本当に他人のためになるかどうかはわからないということがわかっている者は、「新しい人生を歩み始めて下さい」という言葉が善意の押し売りであり、自らの不安の裏返しであることを知っている。

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