犯罪被害者の法哲学

犯罪被害・刑罰・裁判員制度・いじめ・過労死などの問題について、法哲学(主に哲学)の視点から、考えたことを書いて参ります。

村上政博著 『法律家のためのキャリア論』

2008-09-13 20:20:36 | 読書感想文
9月11日に合格発表のあった第3回新司法試験の合格率は、33%に低迷した。日本弁護士連合会は7月18日、「法曹人口問題に関する緊急提言」を採択し、合格者の数を抑えるように提言したが、それに沿った結果となった。日弁連の提言は、司法制度改革に基づく法曹人口の増員が法曹の質の低下を招いている事実を重視するものであった。表向きの理由としては、法科大学院など法曹養成システムが成熟途上にあること、一部の法科大学院で厳格な成績評価や修了認定がなされておらず、教育が十分に行われているかが不安であることが挙げられている。しかし実際には、弁護士を希望しながら就職先が決まっていない司法修習生が平成19年から平成20年で倍増していること、弁護士の平均年収が約2100万円から約770万円に大幅ダウンしたことなどが本当の理由ではないかとの声もある。

村上政博氏は、司法制度改革に基づく法曹人口の増員に対して大きな期待を寄せている。日本の弁護士の人口は、国民全体の人口比で見ると、アメリカに比べてはるかに少ない。これでは日本国民が良質の司法サービスを受けることができないため、早急に制度を改める必要がある。グローバルな時代を迎えて、日本は今のままでは国際的に生き残れない。従って、日本の法曹界も、アメリカの基準に合わせて変わる必要がある。アメリカでは、一切に法廷に立たず、企業法務の専門家として投資銀行やコンサルティングファームに就職する弁護士も多い。日本も法曹人口が増えれば、アメリカのようになる。今後は、弁護士であるというだけでは厳しくなり、それ以上のスキルやセールスポイントの獲得が求められる。そのためにも、法曹人口の増員により、切磋琢磨することによって、法曹の質を向上させることが必要である。・・・これらが村上氏の見解である。

さらに村上氏は、今後は法曹人口の増員によって人材流動化の時代を迎え、法律家の職務も多様化し、法律家の人気がますます高まると予想している。弁護士の中でもキャリアや能力によって経済的格差が生まれ、ある者は渉外弁護士や企業法務担当者として、またある者は役人の中枢ポストに就き、学者としても活躍の場を広げる。従来、法律にまつわる職業は参入規制で守られ、独特の世界を築いてきたが、これからは規制緩和の時代である。弁護士の急増に伴って格差や競争は激化するが、それこそが法曹の質の向上をもたらし、国民に良質の司法サービスをもたらすことができる。そして、仕事ができない弁護士はどんどん淘汰され、合格者が出せない法科大学院もどんどん淘汰され、日本はグローバルな時代に相応しい理想的な司法国家となる。村上氏の見通しはこのようなものであった。日弁連の緊急提言と比べてみると、同じ理由からなぜか正反対の結論に至っている。

切磋琢磨による自然淘汰が法曹の質の向上をもたらすと言われていたのに、いつの間にか同じことが法曹の質の低下をもたらすということになってしまった。これは現代社会のあちこちで見られるように、地に足が着いていない大上段の制度設計が、現実の生身の人間の一度きりの人生からの反抗を受けている図式である。能力の劣る弁護士や法科大学院がどんどん淘汰されることは、抽象的な高みの見物をしている限りは望ましいことである。しかし、淘汰された側の一度きりの人生は、どこへ行けばいいのか。妻子を抱えて仕事を辞めて法科大学院に行き、3回とも不合格になってしまった40代の男性は、どうやって人生を立て直したらいいのか。弁護士になりたくても就職できず、なっても仕事がない。すなわち、「食えない」。食えないことは死を意味する。世の中の多くの問題は、煎じ詰めていけば、最後は「死ぬのが怖い」というところに帰着することが多い。法曹人口増加の賛成反対論も、最後はここに戻ってしまうようである。