あつしが行く!!

日本共産党前福島県議会議員・長谷部あつしが日々の活動を綴ります。

「シベリヤ抑留の記録」/「二十代だけが生き残った」/藤

2009年05月08日 | 日々の活動



先日おあずかりした「シベリヤ抑留の記録」を読みました。

「昭和二十年十月から昭和二十二年三月までの十七ヶ月に及ぶ寒さと飢えとそして強制労働に苦しむ想像を絶する捕虜生活」の記録です。



すべて手書きで、1行40字ほど、1ページ13行を基本に19ページ、ところどころに連行される様子や収容所建物、木材伐採作業の様子などのスケッチを入れ、字数は9000字ほどと思われます。

1945年10月22日、ムラベーカ日本人捕虜収容所に収容された捕虜は500人。そして1947年4月3日未明に収容所を後にしたのは約150人。

「三十歳を越した人はほとんど亡くなってしまった。二十代だけが生き残ったのである。二十代でももちろん病気で亡くなった人も大勢いた」。

引揚船・永徳丸がナホトカ港を後にしたときは、「悪夢のようなあのシベリヤの過酷な捕虜生活から開放され自由になれたと、痛感した」とあります。

決められた食料以外に、食料とした松の葉や実のこと、松の種を持ち帰ったことはふれられていませんでした。



いま、市内の山やまのあちこちで藤の花が咲く風景が見られます。これは病院敷地を出て正面。