あつしが行く!!

日本共産党前福島県議会議員・長谷部あつしが日々の活動を綴ります。

悲劇は「善意の人の沈黙と無関心」/危険予知/確かな知識・洞察力

2009年04月30日 | 日々の活動



きのう、本田宏医師の講演の最後に紹介した言葉がマーティン・ルーサー・キング・ジュニア(キング牧師です)が1964年に演説したとされる一節。

「世界最大の悲劇は、悪しき人の暴言や暴力でなく、善意の人の沈黙と無関心だ」。

本田さんが全国各地での講演で紹介し、印象に残る言葉として受け止められている様子を、ネット検索してみて知りました。

1週間ほど前にも書きましたが、故加藤周一さんは「沈黙とは、現在進行していることの、少なくとも民主主義社会では容認です…政治に無関心ということはどういう効果を生むかというと、少なくとも現状維持、保守です。沈黙は保守への支持発言です」と『私にとっての20世紀』で語っていました。



きょうは病院の安全管理委員会主催の何回目かの「危険予知トレーニング」の研修会に参加しました。

何事もなく、平穏に経過しそうに見える風景でも、何らかの変化や作用が加わると、エラーや事故を誘発するもの。

車椅子に乗った認知症の患者さんがナースステーションにいる場面、歩行器や杖で歩く患者さんの病院内の場面のイラストを見ながら、危険要因や対策を出し合うトレーニングをしました。

病棟看護師やケアワーカーたちからは、「模範解答」よりも多くの危険要因があげられ、いやぁ~、勉強になりました。

ペーパーには、「危険をもたらす要因を見つけ出す能力」のひとつに「危険に関する確かな知識あるいは洞察力」と書いてありますが、原発事業者の役員のみなさんには原子力の「確かな知識あるいは洞察力」を培ってほしい、と切実に感じました。




本田宏さん/医療を見る視点/生命の力

2009年04月29日 | 日々の活動



本田宏さんの講演を聞きました。

本田さんは埼玉県済生会栗橋病院副院長で、NPO法人医療制度研究会副理事長。

講演のタイトル「医療崩壊はこうすれば防げる!」と同名の編著書(洋泉社・新書y)や『誰が日本の医療を殺すのか』(同)の著書などがあります。「誰が…」については07年11月13日のブログで読後感想をちょこっと書きました。

本田さんの話を聞き、足元の地域医療を考えるにも、医療現場からの医療の実情を知る情報、国際的に比較した日本の医療の実情を知る情報、歴史的な日本の医療政策の推移の情報は不可欠なことをあらためて痛感させられます。

医療制度は国が根本を決めるので、当然といえば当然のことで、問題は、その「正確な情報」が住民へ知らされないこと。

本田さんは「国にはむかうことを話すので、命がけ」とおっしゃいますが、「正確な情報」=「国策への抵抗」となる真実は、医療に限らないのですが、具合が悪いと思います。

憲法25条を具体的に担保する「社会保障基本法」をつくるべき、との話もありましたが、まったくもってそのとおりだと思います。



午前中にペロと散歩。



3月7日に葉っぱのない木を掲載しましたが、その同じ木の姿。こういう生命の力に感心します。

朝の宣伝/歓迎会/生活保護寸劇

2009年04月28日 | 日々の活動



出勤前、職場の仲間と街頭から訴えました。7年前までは引っ越す前の生協病院があった場所です。

朝の定例の街頭宣伝とします。

医療生協の新入職員歓迎会がありました。
昨年の歓迎会後に新しく職員となったみなさんを歓迎しました。



乾杯の音頭をとったあと、余興ではケースワーカーがシナリオを書いた寸劇で「通りがかりの市議」役。



生活保護を住民が申請した場合、行政側には不受理の権限はなく、受理したうえで手続きをとらなければなりません。しかし現実には「水際作戦」による申請不受理の実態を暴き、違法であることを告発する劇でした。

テレビ番組/介護制度の根本的欠陥/普遍的な介護

2009年04月27日 | 日々の活動


テレビといえば、朝の福島放送(テレビ朝日系)の「やじうまプラス」、日曜日午前中はテレビユー福島(TBS系)の「サンデーモーニング」、平日は夜に2時間サスペンスドラマ番組をみる程度。

たまたまゆうべは午後9時の「NHKスペシャル」をみました。介護保険をテーマに、「サービスが足りない」「独居老人が認知症になった時は?」などを現場取材に基づいて報じていました。

率直に言わせてもらうと、10年前に取材報道すべきことだったんじゃないの? こうなることを警告する人はいくらでもいたでしょ? と思わざるをえないのです。

とはいえ、悲鳴をあげる家族をたずね、介護保険制度に根本的欠陥があることを現実から知らせてくれることは、画期的なことだと思います。

きょうのNHKラジオでも、認知症の高齢者は介護保険制度のもとで「軽度」に認定されがちなこと、根本的にサービスの量も質も足りないことが、家族から訴えられていました。

制度を利用する側にせよ提供する側にせよ、現場に居合わさないとわからない「介護」。そうであってはならないからこそ「介護の社会化」を理由に導入された介護保険制度のはずなのですが。

何が足りないのでしょうか。「介護の社会化」を普遍的な課題として考えなければならないと思います。


小名浜メーデー/思いの丈の表現/田植え準備

2009年04月26日 | 日々の活動



小名浜メーデーがありました。

一昨年からは、参加者が集まりやすい4月最後の日曜日に開催しています。

きのうからの雨は集会開始の9時ごろにはあがったものの、集会閉会直前から激しい雨。集会後は屋内での「お楽しみ抽選会」行事となりました。

今回のスローガンは「平和を守り、国民の雇用と医療を守り、労働者派遣法の廃止・市立常磐病院の存続を!」

確認された「宣言」には、「強欲な資本家と無学、無能、無力な麻生自公内閣を野放しにしておくわけにはいきません。彼らはETC割引やすずめの涙ほどの定額給付金など見せかけの温情で自分たちの失政をごまかそうと躍起になっています」の文言も。




用意された「シュプレヒコール」は「憲法9条を守れ!」、「海賊派兵新法反対!」、「市立常磐病院の民間譲渡反対!」、「モノ扱いする労働者派遣法反対!」、「麻生自公内閣打倒するぞ!」など。

思いのたけを語る表現についつい引き込まれました。



田んぼは田植えの準備。

メーデー前夜祭/構造改革政治との決別/一致できることは力を合わせて

2009年04月25日 | 日々の活動


第80回小名浜メーデー前夜祭がありました。

メーデーは実行委員会主催ですが、小名浜地区労が主体。

来賓は、連合小名浜や地方労、国労、社民党、共産党など多彩です。

宮川県議と参加し、党を代表してきょうは私があいさつ。
国民に痛みばかりを押しつける「構造改革」政治が、市立病院民間譲渡計画を招き、介護保険でも報酬アップの財源を認定方式変更によるサービスカットに求める実態を告発。

こうした政治と決別し、暮らしと憲法を守る政治への転換をいっしょに進める決意を述べました。

様ざまな立場にある方がたと意見交換でき、「一致できることは力を合わせないとならない」と話せることは、ほんとうに貴重な機会です。


政治談議/「かつての戦前」/暮らしと政治と憲法と

2009年04月24日 | Weblog
先だってだんなさんを亡くされ、今期も医療生協総代を引き続き受けてくださったかたが班長の班会に顔を出しました。

友だちから、介護保険を利用するわけでもないのに高額な保険料を取られ続けることに怒りの声が寄せられていること、介護保険を利用している家族が、状態が変わっていないのに介護度が低く認定されてしまったこと、NHKの日曜日の政党討論会を見ていると、私の気持ちを全部代弁するのが共産党の人であること、企業献金問題が話題になったら与党議員は話題をそらしたこと、など、政治談議が始まるととどまりません。

自衛隊をあれこれもっとものような理屈で海外へ派兵する事態を見て、「かつての戦前のようだ」との話も。

こうして、政治の話を思う存分話し合える場があることは、自分たちの暮らしに政治を引き寄せ、自分の問題として政治を考えることで、憲法を活かすことそのものだと思います。

安心して生活できる医療・介護のために

2009年04月23日 | 日々の活動



職員の社保委員会で「介護保険のイロハ」の勉強会をしました。

市が前回06年度の改定時に作成したパンフレット、民医連が編集する月刊誌『いつでも元気』、それにこの4月の介護認定新方式によって介護給付費削減をねらった厚労省の内部文書を報道した「しんぶん赤旗」記事、私が執筆した医療生協の「まるごとニュース」を材料にしました。

診療所に通院したり、病院に入院したり、介護サービスを受ける患者さん・利用者からすれば、医療だろうが介護だろうが、安心して生活できればいいわけです。

そうした生活の視点で、医療・介護従事者が生活の糧としている医療・介護の制度のしくみを理解することの大切さを話しました。

医療にせよ介護にせよ、市民からすればその場に居合わせて初めて制度の理不尽さに気づく面、従事者からすれば医療と介護の職場が違うので意思の疎通が必ずしも図られていない面があり、ここを社会保障といえる制度に変える視点で埋めていくことが課題だと思っています。




加藤周一さんの言葉/未来への責任/沈黙は容認

2009年04月22日 | 日々の活動
今の時代状況のもと、加藤周一さんの言葉を私たちの世代は真正面から受け止めた生き方を自覚すべきだと思っています。

「戦後世代の戦争に至る責任というのは直接にはない…しかし戦争をかつて生み出したような考え方、あるいは文化が今日持続していれば、それの持続か断絶かということは戦後世代に責任があります…戦後の人も、戦争を生み出した、あるいは戦争犯罪の背景にある文化は持続している。そしてその中で育っているわけですから、その文化に対してどういう態度を取るのかについては、もちろん責任があります…過去に対して責任はないけれども、未来に対して責任がある」(岩波現代文庫『私にとっての20世紀』51~52㌻)。

海賊対処を理由にしながら、軍隊をいつでもどこでも海外へ派兵し、任務遂行のためなら武器を使用できるしくみを自民・公明・民主がつくろうとしている今、一人ひとりが向き合うべき言葉だと思います。

「もう少し具体的にいうと…大勢順応主義に対して責任がある。大勢順応主義が最も危険なのは、その大勢が戦争に向かったときですから」。

「沈黙とは、現在進行していることの、少なくとも民主主義社会では容認です…沈黙は保守への支持発言です。うんざりするほど、『現状維持に私は力を貸します』ということです…『うんざりしたら変えよう』でなければまずい」。







新緑と山桜/厚労省の仕事をさせない自公政権/新芽

2009年04月21日 | 日々の活動






この時期、病院の建物の南東に隣接する林の新緑と山桜の景色がみごとです。

先日、小池晃参院議員が介護認定をめぐる厚労省の内部文書を明らかにしたことを書きましたが、厚労省はその存在を認め、これまで認定を受けていた人が介護度が変わった場合、従来の介護度を継続できるとする「経過措置」を都道府県に通知した、とのこと。

しかし、新たに認定を受ける人は新認定制度が適用されます。

新認定制度が必要な介護を奪うことを事実上認めながら、実は認めようとしない態度。

問題を認めた以上、新しい認定方式そのものを撤回すべきなのに、社会保障費削減の呪縛にとらわれた厚労省はそれができない。誰のための、何のための省なのでしょう。自民党と公明党の政権が厚労省の本来の仕事をさせない元凶と言うほかありません。

近くある介護保険勉強会のためにちょっと資料調べをしました。

病院敷地の小楢林も新芽。気分もなんだか洗われます。